第6話 三人の少女と飛び込む問題
「……それで、そのあとはどうしたんだ?」
ヴォルフラムたちの災難の詳細を聞いたルイスが、何とも言えない表情でそう、尋ねた。
ヴォルフラムと思しき少女が、それに答える。
「どうもこうもねぇよ。いやぁ、あれから困った困った」
「というと?」
ルイスが先を促すと、フランク……らしい少女が頷いて答えた。
「まぁ、こうなってしまったことはとりあえず仕方がないとして、だ。とにかく街に戻って対策を練ろうと言うことになったんだ……ところがな……」
頭を抱えて首を振るフランク。
ふわりとした髪が振られ、甘い匂いが周囲に撒き散らされる。
以前はもっと男臭い匂いを漂わせていた男のはずなのに、そうしていると年頃の少女にしか見えないのがおそろしい。
しかも極めて魅力的だ。
とは言え、こうして顛末を聞いていても違和感が物凄いが、しかし口調は以前と少しも変わっていない。
ただ、見た目と声質が大幅に変わっただけだ。
そしてそれがすべてだった。
そんなフランクの言葉に、どうしたのかと思って首を傾げるルイスに、三人の少女の中で最もお気楽そうな表情をした少女……自称ジュゼッペが言う。
「少し考えれば当たり前の話じゃったが、街の門番がデアイドルにワシらを入れてくれなんだ。やれお前たちはどこから来ただの、何の目的でデアイドルに来ただの、女三人で旅などしているのかだの、とひっきりなしに尋ねられてのう。さらに身分を証するものの提出を求められたのじゃが……」
そこまで聞いて、ルイスにもその続きが読めた。
なるほど、この見た目では……。
「そこで、本来の身分証が使えないことに気が付いた、ということか……なんとまぁ」
ひどく考え無しのような気もするし、こんな状況に置かれることなど普通はないのだから、その点を考えると気が回らなかったのもうなずける気がする。
ヴォルフラムは言う。
「冒険者組合で出してる冒険者証には、性別の欄を非表示に出来る機能があるし、年齢も同じように出来はする。出来はするが……」
「……それをしたところで意味がないくらいに、この街においてお前たちの名前は有名すぎるな。まぁ、悪い方向にだが……街の一般人ならともかく、門番で知らない奴はいないだろう。デアイドルの問題児三人組を……」
ヴォルフラムたちの悪名は、デアイドルに響きわあっていて、名前だけ見れば門番たちにはその顔と性別と年齢と所属が即座に頭に浮かぶほどである。
それを、愛らしい少女たちが名乗っては怪しいことこの上なく、したがって冒険者証はデアイドルで使っても身分を証するには不十分だったというわけだ。
ヴォルフラムは続ける。
「そういうことだな。それで……しばらく街の外で野営して……色々なことを考えつつ、どうやったら街に入れるかも相談したんだが……」
そこで不穏な表情をしたヴォルフラムに、ルイスは慌てていう。
「お、おい。まさかお前ら、何か不法な手段で入って来たんじゃないだろうな?」
しかし、その心配は杞憂だったらしく、フランクが首を横に振って言う。
「いや……正直、それは考えないでもなかったんだが、結局適当な隊商に交じって入れてもらうことにしたんだ。もちろん、いくらか手数料は取られたが、まぁ、この見た目だしな。それほど揉め事の気配は感じられなかったのだろう。すんなり混ぜてくれたよ」
ついで、ジュゼッペも、
「ま、ヴォルフラムの奴は最初から徹頭徹尾、夜中に忍び込めばそれでいいと主張していたがの。それはそれで面白そうじゃが、あとあとバレると面倒じゃ史、無難な手段に頼ることにしたんじゃ。幸い、デアイドルに来る対象にはいくつか知っている者がいたからのう。その中でも人の良さそな奴を選んで近づき、口八丁で丸め込んで、結果、こうして街に入れた、というわけじゃ」
そう言ったので、ルイスは、
「……ほっとしたよ。お前らを放置しておくと何をするかまるで分からんからな。まぁ、どうしてそうなったのか、その経緯については理解した。その若い娘が何者なのかは分からないが……なってしまったおのは仕方がないだろう。しかし、これからどうするつもりだ?」
まさか、少女として一生を終える気もないだろう。
そういう意味を含めての質問だた。
当然、ヴォルフラムたちにそのつもりはないようで、
「いつまでもこんな格好でいられるかよ。とにかくもとに戻る方法を探すぜ、俺は」
ヴォルフラムがそう言い、続いて、フランクが、
「俺もだ。まぁ、今までより周りの扱いが大分柔らかくなったよな気がするから、少しくらいなこれでもいいんだが、一生という訳には流石にな……困る」
そう言った。
しかし、ジュゼッペだけは反応が少し違っていて、
「わしは別に一生このままでも構わんがのう? 娘っこに近づいてもまるで警戒されない、いくら触っても許される、これほどの天国は他にあるまい!」
と清々しそうに叫んだ。
その表情は本当にうれしそうで、わけのわからない体にされた悲哀はまるで感じられない。
確かに、ジュゼッペは先ほどから女性客やウェイトレスが通るたびに尻を触ったり抱き着いたりしているが、宣言通り、一切警戒されている様子はなかった。
むしろ、可愛らしいものを見るような目で見られていて、頭を撫でられているくらいである。
ルイスは呆れた顔で、
「……お前ら、この爺さんをさっさともとに戻してくれ。社会の害だ、こんなもの」
と首を振りながら呟いた。
ヴォルフラムとフランクも深く頷いて、
「俺も心の底からそう思うぜ……」
「出来ることなら、早々にどうにかしたいところだな……」
そう言った。
しかし、ことはそう簡単ではないことは、フランクの言葉からも感じられた。
「……なんにしても、冒険者組合への報告は早くした方がいいぞ。お前らの今後に関わってくるからな。冒険者を続けるのは……残念だが、難しいだろう?」
ルイスはそう、ヴォルフラムたちに忠告する。
これは全くその通りで、ヴォルフラムたちはつい先日まで冒険者として活動していたのだ。
何か依頼で迷惑をかけることになってはことである。
それに、これからの食い扶持の確保という問題もあった。
以前は、問題児だったとはいえ、その実力を確かに認める人間がいたからこそ、何とか食べていくことが出来ていた。
しかし、今はどうだ。
華奢な少女三人で冒険者などやっていけるのか、そういう話になってしまう可能性が高いだろう。
ルイスの話は、そういう心配を含めてのものだった。
けれど、そう言った点について、ヴォルフラムたちは意外にも楽観的な様子であった。
「あぁ、まぁそうだな。心配してくれたありがとうよ。ただ、冒険者は続けるつもりでいるぜ」
ヴォルフラムがそう言ったことに驚いて、ルイスは言う。
「だが、その体じゃ……」
その言葉は、ヴォルフラムたちを心配してのものであって、別にやめろと言いたいわけではなかった。
ただ、少女の体では、今までと体力や腕力が違うだろう。
冒険者は、一にも二にも、まずは体力である。
それはたとえ魔術師であっても同じで、ジュゼッペですら通常の人間からすると化け物クラスの体力の持ち主だったのだ。
そうである以上、今の彼らには冒険者は難しそうにルイスには思えたのだ。
けれど、ジュゼッペは笑顔で、
「なに、むしろ今まで出来なかったタイプの依頼もこなせそうじゃぞ。ほれ、どこかにスパイとして潜り込む、とかそういうのじゃ。この見た目では誰も怪しむまい」
フランクもそれに続けて、
「確かにな……今までは俺やヴォルフラムの体がでかすぎて、目立ち過ぎだったし、名前も売れすぎていたからな。この容姿なら、そういう部分は楽そうではある」
それにルイスは呆れた顔で、
「おいおい、フランク。あんたまでそんなことを言ってるのか? あんたは二人を止めてくれよ……」
そう言った。
ヴォルフラムたち三人組は、三者三様に問題児ではあったが、フランクについては実のところ、多少の常識が期待できた。
いつも冷静で、興奮することの少ないこの男は、いつだってこのパーティがおかしな方向に進みそうな時に、さりげなく修正をしてきたのだ。
それなのに、今のフランクはむしろ、積極的におかしな方向に踏み出そうとしている。
そんな風にルイスには思えたのだ。
けれど、フランクは、
「まぁ、ルイス、あんたの心配も分かる。だがな……」
と、何かを言いかけたところで、
――ガタガタッ!
と、突然大きな音がして、酒場の扉が開け放たれた。
そして直後、
「た、助けてください!」
と、叫び声を上げながら、少女が入って来たのだった。