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綺麗な薔薇には刺がある  作者: 丘/丘野 優
第一章 三人の少女
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第5話 三人の少女と容姿

 少女から放たれた光は、フランクのみならず、ヴォルフラムとジュゼッペも飲み込んだ。

 油断していたとはいえ、三人ともそれなりの経験を積んだ冒険者である。 

 その瞬間、そろって、一瞬意識が飛び、体の力が抜けたことを自覚したが、場所が場所だ。

 そのまま完全に意識を失っては命の危険があることを即座に認識した。

 だからこそ、そんな状態であっても、気力を振り絞り、なんとか三人そろって岸まで必死に泳いだ。

 そして、どうにかこうにか、やっと湖から上がると、


「……げほっ、げほっ……く、くそっ。何だってんだよ……あの光は……」


 ヴォルフラムは悪態をつきいながら、周囲を見回した。

 後ろからは水音が聞こえ、どうやら他の二人も無事に岸に上がれたらしいということがそれで分かる。

 特に手助けはしなかったが、フランクとジュゼッペの二人が問題なく岸に上がれることだろうということは確信していたからそれは別にいい。

 今、重要なのはそんなことではなく、先ほどの光の正体である。

 しかし、いくら周りを見渡しても、何も見当たらない。

 どういうことかと頭を抱えるヴォルフラムに、後ろから声がかかる。


「……げほっ……俺の知ったことか……ただ、岸にはおかしな娘がいたはずだが……」


 それに続いて、もう一人の声が、


「な、なにっ……娘じゃと……っ!? 娘……ん? な、なんとっ!?」


 何かに気づいたようにそう叫んだ。

 これにヴォルフラムは首を傾げ,


「あ……?」


 と呟いた。

 何かがおかしい、と思ったからだ。

 なぜと言って、やり取り自体はいつもの慣れたものであるのに、何か、奇妙な感覚がしたからだ。

 この強烈な違和感は一体……とヴォルフラムが考え始めたそのとき、ジュゼッペのものらしき声が、叫んだ。


「ピチピチのかわいこちゃんが! 若い娘が二人もおる! なんと! これはなんと素晴らしことなんじゃ! 少し小さい気もするが、数年もすれば美女になること請け合いじゃあ!!」


 直後、ヴォルフラムは体当たりを受けた。

 というより、何者かに抱き着かれたらしい、ということに気づいた。

 しかし、思いのほか、衝撃は軽い。

 妙に柔らかくもあった。

 奇妙に思ってその抱き着いてきた何者かを確認してみれば、そこには兎耳の生えた少女の体があって……。


「あ、あぁ!? お、お前は一体……どこから!? なにもんだっ!?」


 そう言って引きはがし、距離をとった。

 やはり、見た目通りというべきか、相当に軽くすぐにはがれた。

 しかし、兎耳の少女にめげる様子はなく、手をわきわきさせながらヴォルフラムを妙な視線で見つめている。


「どこの誰、じゃと? まぁ、そんなことは気にする出ないぞ、少女よ。いま、ここにいるのはわしとお主、そしてそこの少女だけじゃ。なに、怖くはない……ただ、新しい世界を教えてやろうと……それだけじゃ」


 そう言って、再度、ヴォルフラムに抱き着こうとした少女であるが、その試みは失敗した。

 なぜなら、ヴォルフラムとその少女の間に、もう一人、水色のドレスを身に纏った少女が現れて、物理的に遮ったからだ。


「……やめろ、爺さん。今は、そんなことをしている場合じゃない」


 兎耳の少女を留めた後、その首根っこを掴んだドレスの少女はそう言ってため息をつく。

 こちらも、兎耳の少女と同じく、ヴォルフラムには見覚えのない少女だった。

 まだ二十歳には至っていないだろう幼い顔立ちではあるが、豊かなスタイルをしている。

 全体的に水で濡れていて、服が体にぴったりと張り付いているため、正直、目のやり場に困る格好をしている。

 兎耳の少女の平らかな具合とは正反対である。


「ぬうっ!? な、なにをするのじゃ! 少女よ! 離すのじゃ! お前の順番は、あっちの娘の後じゃ!」


 兎耳の少女は首根っこをひっつかまれながらも、そんなことを言いながらばたばた暴れる。

 しかし、ドレスの少女は、それを見ても特に驚かずに、ただ頭を抱えて、


「呆れた爺さんだな……本気で言っているのか、冗談なのか……まぁ、いい。爺さん、あんた、ジュゼッペの爺さんで合ってる……よな?」


 兎耳の少女の首根っこを掴んだまま、そう、尋ねた。

 その質問の意味は、ヴォルフラムはしばらく考えてから理解し、目を見開く。

 ただ、兎耳の少女だけはまだ気づいていないようで、彼女は叫ぶように言った。


「なにおう! わしはいつでも本気じゃぞ! このわしこそが、デアイドルの《好色酒飲み爺》こと、ジュゼッペ=カッサーノじゃ! 見ればわかるじゃろ!? それとも、わしの名はそれほど通っておらんとでも!?」


 その台詞は驚くべきもので、ヴォルフラムは数秒唖然とする。

 それから、ゆっくりと口を開き、


「ま、まじかよ……あんたが、爺さんだって!?」


 驚くヴォルフラムに、冷静な表情のドレスの少女が首を振った。

 この状況で、ドレスの少女が誰なのか、ヴォルフラムにはなんとなく推測がついてしまう。

 ヴォルフラムが尋ねる前に、ドレスの少女は自らその正体を明かす。


「そして俺が、《器用貧乏のフランク》こと、フランク=ヴェルジュというわけだ。そして、あんたが……」


 ドレスの少女に指を差されたので、ヴォルフラムは答える。


「お、俺は……《ツケのヴォルフラム》だ……」


 促され、答えてみたが、何かおかしいとそこで気づく。

 声が妙に高い気がするのだ。

 そして、その現象に一体いかなる意味があるのかは、フランクとジュゼッペの惨状を見れば、火を見るよりも明らかというものだろう。


「改めて名乗ったり名乗られたりしてみると、三人そろって酷い二つ名がついたものだが、他人なら絶対に名乗りたくないし名乗らないという点で、こういうときに重宝する二つ名だな……」


 そう、ぶつぶつとつぶやくフランクに、おそるおそるヴォルフラムは尋ねる。


「お、おい! いま、俺の見た目はどうなってる!?」


「……小柄な、極めて愛らしい少女だな。ぬいぐるみなどが似合いそうだ。あぁ、赤い帽子とひまわりの髪飾りがチャームポイントだぞ」


 とおぞましいことを言う。


「ま、まじかよ……」


「……気になるなら、水面を鏡にして確認してきたらどうだ? ……最も、俺は自分を自分で確認するのが恐ろしいが」


 フランクがそう言ったので、ヴォルフラムは頷く。


「そ、そうする!」


 そして実際に見てみた水面には、確かにフランクの言ったとおりの、相当に幼い少女の姿が映ってヴォルフラムを見返していた。

 服装も、今まで身に付けていたものではない、体にフィットした愛らしいものに変わってしまっている。

 フランクよりは年下で、ジュゼッペよりは年上、という感じの、まさにぬいぐるみやら安っぽい髪飾りやらが似合いそうな年代の少女である。


「か、勘弁してくれよ……」


 あまりのことに、そう、口から漏らしたヴォルフラムに、後ろから声がかかる。


「なんと、お主らがあのごつい二人とはのう。これは笑える」


 その声には慌てる様子もなく、ただ楽しそうな感情だけが覗いていた。


「爺さん……」


 何とも言えずにそう返したヴォルフラムを無視して、ジュゼッペらしき少女は自分も水面を見て、


「ほう! わしも美少女になったもんじゃ! これは面白いのう! フランクも随分とよく育って……」


 そう言いながらフランクに近づき、フランクの体を触り始める。

 特に胸の辺りを入念に触るが、フランクは特に反応もしない。

 というか、酷く呆れた顔をしてから再度、ジュゼッペの首根っこを掴み、ぶん投げてから、


「……全く信じられん爺さんだな……酒場のウェイトレスの気持ちが、今、分かった。これは一度よくよく言って聞かせなければなるまい……」


 と言って腕を組んだ。

 もともとが巨体だったことが関係しているのか、フランクの胸はヴォルフラムやジュゼッペのものとは比べ物にならないほどだった。

 それが組まれた腕の上に乗り、ジュゼッペは投げ捨てられた遠くから物欲しそうな視線で見つめているが、ヴォルフラムは、


「この状況でそんな気分になれるなんて、ある意味尊敬するぜ……いや、そもそもよく考えてみろよ、爺さん。いくら見た目がこうだからって、そいつはフランクなんだぞ? あのごつい中年男だぞ? いいのかよ……」


 と、呆れたような称賛しているような妙な声で呟いたのだった。


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