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綺麗な薔薇には刺がある  作者: 丘/丘野 優
第一章 三人の少女
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第4話 三人の少女と一人の奇妙な少女

「ヒャッハー!! 我が魔術をとくと味わうがいい 氷矢グラキエス・サーゴ!」


 ジュゼッペがテンション高くそう叫びながら杖を差し出し、ゆらゆらと湖の上に浮かぶ雑なつくりのいかだの上から、目の前に大きく飛び上がって姿を現した一匹の巨大な魚の化け物に向かって魔術を放つ。

 見れば、それは氷の矢であった。

 巨大な槍ほどの大きさのそれは、ジュゼッペの近くに出現したあと、回転しながら巨大な魚の化け物に向かって突き進み、命中する。


「……グルラァァァッ!」


 飛び上がった勢いのまま、ジュゼッペを一飲みしようとしていたらしい化け物であったが、魔術によって急所を一撃で貫かれたらしく、ジュゼッペに一矢報いることすら出来ずに、断末魔の悲鳴をあげて湖に大きな音を立てて叩きつけられ、沈んでいく。

 それからしばらくして、沈んだ巨体はぷかり、と湖の水面に浮かんできた。

 それを見たジュゼッペは木で造られ魔術によって補強された即席のいかだの上で満足そうな笑顔を浮かべて頷き、筏の上で観戦していたヴォルフラムとフランクにドヤ顔で言った。


「どうじゃ! ガキども! これがわしの実力じゃ!」


 それはまるで、新しいおもちゃを手に入れた子供が自慢しているかのような、ある意味でほほえましく、ある意味でくだらない光景であったが、ヴォルフラムとフランクはこの爺さんよりも少しだけ、大人だったようである。

 パーティ最年長の冒険者の呆れた自慢に、まずヴォルフラムが、


「……そりゃあ、良かったな、爺さん。立派だよ、その年で」


 次にフランクが、


「まったくだな……ふつう、その年でここまではしゃぐのは難しいだろう。一周回って尊敬の念すら浮かんでくるぞ」


 と言って褒めた。

 しかし、ジュゼッペは二人の言葉に含まれた揶揄の意味に微妙に気づいたらしく、


「お主ら……わしのこと、馬鹿にしとるじゃろ? 絶対そうじゃろ! この! わしがいなければいかだすら作れんかった癖に偉そうにしおって!」


 そう言って、湖の上に浮かぶ小さないかだに地団太を踏んで揺らす。

 いくら魔術で補強しているとはいえ、もともとがその辺の木を適当に組み合わせて作った安普請の代物である。

 ジュゼッペの動きにガタガタといかだは大きく軋む。

 その様子に、ヴォルフラムとフランクは慌てて叫ぶ。


「おっ、おい! 爺さん! やめろよ! 沈むだろ!?」


「ただでさえ重い俺たちが乗ってるんだぞ!? いくら魔術で補強したからと言って、あんまり乱暴に扱っては……!?」


 レンズ湖についたはいいが、水辺で水遊びでもないだろう、ということで湖に出るためにいかだを作ったのだが、これは一応、三人の共作だった。

 ヴォルフラムが木をいくつか切り倒し、フランクが細かい枝を取り除いたりするなどして、ある程度加工した上、ジュゼッペが魔術的な補強を行い、即席でもなんとか湖の上に漕ぎ出せるものを作ったのだ。

 それで、しばらくは湖の上で狩りをしていたわけだが、ジュゼッペは先ほどまでほとんど戦ってこなかったため憂さが貯まっていたらしい。

 それを晴らそうと、比較的派手な魔術を使い、また巨大な魔物ばかりを狙って攻撃していたのだ。

 いかに大きい、といっても、この辺りの魔物の強さは大したものではなく、それ自体は別によかったのだが、問題はそう言った魔物を倒すたび、小さないかだが沈みそうなほど大きな波が起こることだ。

 そして、それに加えて今、ジュゼッペが子供のように暴れ始めたため、いかだの強度は限界に近付いていた。


 結果として……。


「誰がやめるかっ! この! このこのっ!」


 ジュゼッペはヴォルフラムとフランクに何を言われようと暴れるのをやめようとしない。

 その度に軋みの音は大きくなっていき、今ではガタガタと巨大な音になっている。

 ヴォルフラムとフランクはそんなジュゼッペに、懇願するように叫ぶ。


「じ、爺さんっ! マ、マジでやべぇって! 冗談じゃねぇよ!」


「た、たのむっ! ジュゼッペ! 頼むからやめてくれぇっ!!」


 二人にしては珍しく本気での懇願だった。

 しかし、それでもジュゼッペはやめようとはしなかった。

 そして……。


 ――がこん。


 と、妙な音が聞こえた。

 それを聞いた三人は顔を見合わせる。

 それからフランクが、


「……今の音……」


 と言い、ヴォルフラムが空を見上げてため息をつき、


「聞いたぜ……まぁ、なんだ、お互い、岸に上がれるといいな……」


 と言った。

 ジュゼッペだけは状況がつかみきれないような表情で、


「んっ? お主ら、何を言って……!!」


 しかし、流石のジュゼッペも様子がおかしいことにようやく気づいたらしい。

 ふと、足元を見ると、いかだのつるで止めていた部分が解け、それぞれの木が独立して流され始めていた。

 ジュゼッペはそれを確認すると情けない顔で、


「あっ……」


 と声を上げる。

 ヴォルフラムは額に青筋を浮かべながら、そんなジュゼッペにいう。


「爺さん、何か言うことはあるか?」


 謝罪なら今聞こうじゃないか、ということらしい。

 ジュゼッペはそんなヴォルフラムに、


「……ごめんちゃい」


 と頬を赤くして言い放った。

 その顔にはまるきり反省の色などなく、許してね?とでも言いたげな老人には似合わない可愛い感じの表情を浮かべている。

 それを見たヴォルフラムは拳をぎりぎりと握り締め、それから叫んだ。


「このくそ爺っ!」


 そのまま殴りかかろうとしたが、フランクが呆れたように、


「……まぁ、これもいつものことだな……」


 とため息をつくと同時に、いかだが完全に分解した。

 そしてヴォルフラムはその本懐を遂げることなく、他の二人と共に湖に投げ出される。

 そのまま沈むわけにもいかず、三人はばしゃばしゃと泳ぎ、岸に向かうべく死ぬ気で努力することを強いられた。

 なんだかんだ言って、三人とも泳ぐことは出来る。

 それも、重い鎧や武具を持ってすらも沈むことなく、である。

 だから、普通に考えればこのまま問題なく岸に辿り着けるはずだった。

 けれど。

 岸までもうひと泳ぎ、というときに至って、


「……」


 フランクの目に岸辺を幽鬼のように歩く、一人の少女の姿が目に入った。

 しかも、尋常な様子ではない。

 そもそも、その体がおかしかった。

 どう見ても少女の体が、その向こう側まで見えるほどに透けているのだ。

 よく見ると、足も地面を掴んでおらず、不自然に浮いている……。

 そんな奇妙な光景にフランクは思い出す。

 あれは、まさか噂の少女では、と。

 そう思ったフランクは声を上げた。

 他の二人に注意を促そうと考えて。


「お、おい! ヴォル! ジュゼッペ爺さん!」


 緊迫したフランクの声が響いた。

 フランクは冷静沈着な男で、滅多なことで慌てたりはしないだけに、そんな声を出したフランクに、他の二人は不思議に思って反応する。

 しかし、それでもその反応は芳しくなかった。

 それも当然だろう。

 長い距離を泳いで、精神的にも肉体的にも疲労していたのだから。

 そもそもやる気がない、というのもあるかもしれないが。


「なんだよ……もう泳ぎ着かれてきたぜ」


 ヴォルフラムが言うと、呆れたようにジュゼッペが後を継ぐ。


「若いもんがなに情けないこと……言っておるんじゃ……はぁはぁ」


「爺さん、あんたも息が切れてるぜ……」


 そんな脱力するやり取りをしている。

 しかしフランクだけは慌てており、


「二人とも、そんなことを言っている場合では……っ!?」


 そう言ったが、それと同時に、岸辺の少女の視線が三人の方に向けられ、


「……見つけ……た……」


 と口元が動いた。

 それから少女の手がゆっくりと挙げられ、フランクたちに向けられる。


 何かする気だ!


 そう察知したフランクは、


「ま、まずいっ! おい、二人とも!」


 危機を感じてそう叫んだが、二人には届かなかった。

 直後、少女の手からまばゆい光が発せられ、フランクの意識は飛んだのだった。


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