第2話 三人の少女とその事情
酒場の店主、ルイスの台詞に、そう反応した赤い帽子の少女。
どうやら、ルイスの名前を呼んだのは無意識だったらしい。
連れの少女たちが呆れた顔になった。
それから、まず水色のドレスの少女が言う。
「……ヴォル、あんたはどうしていつもそう、不注意なんだ……?」
続けて獣人の少女も、
「自分で正体は死んでも隠すと言っておった癖に、まさか自分からこうも簡単にバラすとはのう……馬鹿とはこのことじゃ。まぁ、いつまで続くものかとは思ってはいたがの」
二人とも、慌てる赤い帽子の少女をじとっとした視線で見つめながらも、仕方がないという雰囲気であるのが、この少女の迂闊さがいつものものであることを示していた。
ただ、店主ルイスにとって重要なのは、そのことではない。
そうではなく、先ほどの少女のルイスの呼び方のみならず、このどことなく力の抜けるやり取りにも強烈な見覚えがあることに気づいた。
ルイスは驚愕の表情で叫ぶ。
「おいおい……まさか、あんたたちまで……!? フランクに、ジュゼッペ爺さん!?」
その名前もまた、ヴォルフラムと同様、数日前から行方の分からなくなっている熟練冒険者の名前である。
ルイスの台詞に獣人の少女とドレスの少女は、
「……完全に気づいたようじゃな」
「当たり前……なこともないか。この見た目だしな。ルイスは少し勘が鋭すぎた。もっと鈍い奴の前でよくよく試してからここに来るべきだったな」
そんなことを言っている。
二人の台詞は、まさルイスが気づいたことが正しいと認めるもので、予想が当たったことに驚きと戸惑いを感じながらもルイスは続ける。
「やっぱり……お前らなのか。獣耳のが、ジュゼッペ爺さん、水色のドレスのが、フランク……それに、赤い帽子を被ったお前が、ヴォルフラム……?」
一人ひとりにそう言うと、赤い帽子を被った愛らしい少女――ヴォルフラムが、可愛らしい少女然とした笑みを浮かべて、
「へへ……おう、ルイス。なんでかこんなことになっちまった」
と、それほど悲観した様子もなく、むしろあっけらかんとした表情と声でそんな返答をする。
ルイスはその適当さに、小さいことは気にしないと公言していたヴォルフラムの性格を思い出し、何とも言えない表情を浮かべ頭を抱えながら考える。
これは、一体どういうことなのだ、と。
心の中で何度も自問自答しながらも、決して答えは出なさそうな疑問であった。
ちなみに、フランクやジュゼッペ、というのは中年冒険者ヴォルフラムとパーティを組んでいた、同じく熟練冒険者である二人の名前であることはすでに述べた。
本人たちの言動からしても、水色のドレスを身に纏った少しクールな少女の方がフランクであり、兎耳を生やした獣人風の少女の方がジュゼッペなのは明らかだ。
しかし、やはり何度見てもその見た目は本来の彼らのものとはかけ離れていた。
本来、フランクの方はあのようなメリハリのついた体型の白い肌が美しい少女などではなく、無口で不愛想な大男で、ただよく見てみると刈り込まれた短髪が月のような銀色をしており、また瞳も海のように深い青色をしていて非常に整った顔立ちの男だった。
ありとあらゆる武具の扱いに精通しており、得物を一切選ばずに戦えることから“器用貧乏のフランク”と呼ばれていたベテランである。
どう考えても、あんなに華奢で小柄な少女がフランクのはずがないのだ。
ジュゼッペの方は、枯れた体を怪しげなローブで覆った、いかにも魔術師然とした老人であり、酒場に来れば若いウェイトレスの尻を触ることに心血を注いでいたエロ爺であったが、その実力は十分にベテランと呼ぶに足るものだった。
魔力量の問題か、派手な魔術を使わないが、その豊富な経験と深い知識はそれを補うに余りあると言われており、最小の行動で最大の結果を導き出す、極めて計画能力の高い老人だった。
当然、兎耳など生えてはいなかったし、亜麻色の長髪というよりは、真っ白な長い顎鬚を生やして、それを愛用の櫛で手入れしている老人のはずだった。
当然、あのような小さな少女であるはずなどない。
当然、ヴォルフラムだってそうだ。
本来の彼はすでに四十を超えていて、黒目黒髪の大剣を背負った、まさに荒くれ冒険者そのものという容姿をしていたはずなのだ。
なのに、今、彼は腰に小さなナイフを差した、きわめて小柄な少女の形をしている。
不思議にもほどがあった。
ちなみに、フランクとジュゼッペの二人は、冒険者としての実力はヴォルフラムと並んで一流、というよりかは、二流から三流程度だっただろう。
この街では一番に近い実力者ではあるのだが、本当に実力のある冒険者は、こんな辺境の街の酒場にたむろしたりしないで、たとえば王都などの大都市で活躍しているものだ。
ここにいる時点で、いくらベテランと言っても実力のほどは知れていた。
けれど、そうはいっても、ベテランはベテランである。
中年や老齢に差し掛かるまで、冒険者として生き抜いてきた、というのはそれだけで尊敬に値する実績であり、そう簡単には死なないという証明でもある。
つまり、自分の手に負えないとわかったら即座に手を引く判断力を持っているということである。
引き際を心得ていると言い換えてもいいだろう。
それなのに、ヴォルフラムを初め、フランクもジュゼッペもここ数日、完全に行方不明だったのである。
彼らを知る街の者は皆、今度ばかりは運命が彼らに背を向けたのだと、今頃はどこぞの迷宮か森の中で屍を晒しているだろうと、少し寂しげな気持ちで予測していた。
それなのに、である。
ルイスの目の前には今、確かに、そんな三人のおっさん不良冒険者たちに言動がよく似た、しかし三人の見目麗しい少女たちがいるのだ。
驚くな、というのが無理な相談だった。
「……三人とも、一体、何があった……?」
驚きに何を聞いていいかもわからないルイスだったが、一番聞かなければならない質問が何なのかはかろうじて判断することが出来た。
そう、重要なのは、それだ。
なぜ、三人の中年と老人が、こんな少女たちに姿を変えてしまったのか。
その原因こそが大切なのだ。
ヴォルフラムはそんなルイスの言葉に、よくぞ聞いてくれた、という顔をして、ただ少し口ごもりながら答える。
「あー、まぁ……話せば、長くなるんだけどよ……」
そうして、ヴォルフラムが語りだしたのは、驚くべき話だった。