第11話 三人の少女と冒険者組合
「……少しは落ち着いたらどうだ、ヴォルフラム。いい加減貧乏ゆすりがうざいぞ」
フランクが、隣に座るヴォルフラムの足元を見て、そう言った。
小刻みに震えており、それが貧乏ゆすりであるのは明らかだ。
ヴォルフラムの顔を見れば、非常にイライラとしていることも伝わってくる。
その理由は、中々名前を呼ばれないからだ。
次々の他の冒険者は呼ばれていくと言うのに……なぜ、ということだろう。
多くの冒険者が集うここは、冒険者組合である。
酒場も一応併設されているが、ルイスの店のように飲み明かす場所というよりかは、受付に呼ばれるまでの間、軽食を楽しんだり、パーティメンバーたちと一緒にテーブルを囲みながらこれからの依頼の予定を話し合ったり、また依頼後の報酬の分配について話し合ったりするための場所である。
ヴォルフラムたちもその中にある席の一つに腰かけていて、受付に呼ばれるまでの間、軽食を楽しんでいるのだ。
最初、ヴォルフラムたちはヴルストにエールという分かりやすい冒険者セットを頼もうとしていたが、なぜか頼んだ結果、運ばれてきたのはフルーツジュースと甘味である。
店の店主がウインクしてヴォルフラムたちを見て微笑んだので、悪意ではなくむしろ気遣いがそのような行動に出させたのだろう。
値段はこちらの方が高いはずだが、頼んだものと別のものを出してきたのだ。
おそらく、最初に頼んだものの値段が適用される。
ここはそういう店なのだ。
とは言え、店主にとっては気遣いでも、ヴォルフラムにとっては余計なことに他ならない。
そこからヴォルフラムはイライラとし始め、さらに中々呼ばれないとあってそれはさらに助長されたのだった。
――暴れるヴォルフラムは流石に俺でも抑えきれんぞ。
そういう表情をしながらジュゼッペを見ようとしたフランクだが、ジュゼッペの方は、
「ほう、あのウェイトレス、新人か。中々いいからだしとるのう……よし、触りに行こう!」
などと言って椅子から降り、一直線に走り出していった。
しばらく見ていると、ウェイトレスと話し込み、それから抱き着き、そして胸やら尻やらを堪能した挙句、頭を撫でられて帰って来た。
見た目は兎耳の女の子供だ。
何をされようと、ウェイトレスが叱るはずがない。
しかし、戻って来たジュゼッペの顔を見れば、その感覚も変わるのではないか?
「うへへへへ。最高じゃな、この体、最高じゃな!」
と言いながら、だらしなく鼻の下を伸ばしている。
以前の老人そのままの顔だったらともかく、今は将来が極めて期待される美少女であるのにそんな表情では……。
なんだか見てはいけないものを見ているような気がして、フランクは頭が痛くなる。
――この中で、少しでもまともなのは俺だけのようだ。
そう言う感覚もないではなかった。
自分もやはり正しくまともというわけではない、と分かっているあたり、フランクはそこそこ冷静である。
そんな中、
「ヴォルフラムさん、フランクさん、ジュゼッペさーん!」
と、とうとう名前が呼ばれた。
三人はテーブルの上に置いてある食い物を物凄い勢いで片づけ、即座に受付に向かった。
◇◆◇◆◇
「ええっとぉ……」
「なんだ? 何か言いたいことでもあんのかコラァ!」
困惑顔の冒険者組合職員に、ガンを飛ばしてそんなことを抜かすヴォルフラム。
「落ち着け、ヴォルフラム」
「そうじゃぞ。まずは話し合いじゃ」
まるでこれから山賊稼業でも始めそうな様子の三人組だが、見た目が若い少女たちなのだ。
まるで迫力はない。
もちろん、ヴォルフラムの凄みも全くの無駄である。
職員のお姉さんは、困惑した顔を維持しつつ、尋ねる。
「ヴォルフラムさんと、フランクさんと、ジュゼッペさんの冒険者証が提出されていたのですけど……あの」
本当に貴方たちですか、と尋ねたそうな表情がそこにあった。
冒険者組合は受付をする際、並んで順番を待つのが非効率であると、冒険者証を受付横にあるボックスに入れれば、順番が来れば呼ばれるシステムになっている。
もちろん、人が少ないときは普通に並んでいいのだが、今日は朝から来たから割と込んでいたのでそうなったのだ。
つまり、職員のお姉さんは、たった今、初めてヴォルフラムたち冒険者証を提出した者の顔を見たことになる。
その困惑もよく理解できた。
理解できたが、ヴォルフラムが理解するはずがなかった。
「だから、なんだこら。文句があるのかって聞いてんだよ」
「いえ……あの、文句は……ないのですけど、ヴォルフラムさんたちと言えば……もっとこう、迫力ある大きな人たちで……三十後半くらいからの年齢の方たちで……。でも、お三方とも、まだ二十歳にもなっておられないですよね?」
とはいえ、ヴォルフラムとて、まるで現実を知らないというわけでもない。
職員のお姉さんの疑問は、そうやってはっきり口にされると理解せざるを得なかった。
そもそも、なんで凄んだかと言えば、それで押し切れるかもしれないと言う狡い手だったのだ。
それが出来ない時点で、もう凄んでも無駄だ。
この顔で凄んだところでどれだけの意味があるのかとフランクとジュゼッペが説得していた通りになったわけだ。
仕方なくヴォルフラムは説明をフランクに丸投げする。
「俺ぁ、ダメだ。頼む」
フランクは頷いて、お姉さんに向き合う。
「色々な困惑は理解できるが、話が色々と込み合っているのだ。とりあえず、いらっしゃるのであれば冒険者組合長を呼んでくれないだろうか? 話さなければならないことが、いくつかある」
ヴォルフラムたちはこれで、このデアイドルではかなりの冒険者だ。
冒険者組合長とも知己であり、会いたいと言えば会える、そんな間柄である。
しかし、職員の女性はまだ困惑顔で、
「ですが……冒険者組合長は非常にご多忙で、通常、冒険者の要請を受けてもすぐに会う、ということは滅多にないのです。その規則に例外を設けるわけには……」
「ううむ……」
間違ってはいない主張に、フランクが顔をしかめると、仕方がないとばかりにジュゼッペが後ろから出てきて、「変わるのじゃ」と言ってきた。
フランクは素直にジュゼッペに場所を譲る。
こういうときに最も解決能力を発揮するのは実のところジュゼッペであった。
まるで常識的ではない老人だが、それだけに年の功なのか、最後には丸く収めることを得意とする。
策略家として知られているのはだてではないのだ。
ジュゼッペはすぐに女性職員の耳元に口を寄せ、
「……ふぅ~」
と息を吹きかける。
「あっ……」
と女性が頬を赤くした。
「ぶん殴るぞ、爺さん」
と、ジュゼッペの行動に低い声で忠告をしたヴォルフラム。
後ろから威圧も感じたのだろう。
ジュゼッペは慌ててふざけた空気を吹き飛ばし、改めて耳元で二、三言、何か言った。
すると女性職員は、
「すすす、すぐに冒険者組合長を呼んでまいります!」
と物凄い勢いで奥の方へと走っていった。
どうやら目的は達成したらしい。
どうやったのかと気になってジュゼッペにヴォルフラムとフランクが尋ねると、ジュゼッペはこともなげに言った。
「……デアイドルの三人組に隠し子がいるとは知らなんだか? わしらがそれじゃ。ほれ、見た目は全然違うが、雰囲気が似ておるじゃろう。三人はもう引退して、わしらに冒険者業は任せると言っておる。ついては冒険者組合と話がしたい、と言った」
この台詞に、ヴォルフラムはその頭を思い切り叩き、フランクがその耳を死ぬほど引っ張ったのは、言うまでもない。




