第10話 三人の少女とその解説
次の日。
「……あれ? 皆さんはどこに……」
サンドラはルイスの酒場の三階にある住居部分からおりてきて、店でグラスを拭いたり仕込みをしているルイスにそう、尋ねた。
皆さん、とはヴォルフラムたちのことで、彼らは店のどこにもいない。
昨日の夜、助けてくれる、というところまで話したのだが、そのあと、ヴォルフラムたちは色々と話さなきゃならないことがあるから、細かい用件を聞くのは明日だ、と言われてしまったのだ。
サンドラとしては、自分の身を守るために早く聞いてほしかったのだが、ヴォルフラムたちは、この店は安全だから、危険を感じるならここに泊まれという話をした。
ルイスはその提案に頭を抱えていたが、最終的に「……分かった」と頷いた辺り、こういうことは日常茶飯事なのだろう、と思われた。
「あいつらは冒険者組合に行ったよ。あんたの依頼を受けるためにも、まずは登録関係からどうにかしないとならねぇって言ってたから、安心していいぞ」
その言葉に、サンドラはどうやら見捨てられたわけではないらしい、とほっとする。
そんなサンドラを見て、ルイスは、
「……まぁ、昨日今日であったばかりなんだ。今一信用が怪しいところがあるかもしれないが、あいつらはあれで受けた仕事はしっかりやる奴らだ。一度受ける、と決めた以上、あんたを見捨てることは何があってもないさ」
と言った。
その表情には、今、口にしたような信頼が宿っていて、ルイスと、彼らの間にある繋がりの深さを感じたような気がした。
だからサンドラは尋ねる。
「ルイスさんとあの人たちの付き合いは長いのですか?」
しかし、ルイスは意外なことを言う。
「いいや? 三年ぐらいだな。あいつら同士もそんなものだ。意外と短いだろう?」
三年。
決して短くはない期間だと思うが、しかし、あそこまで心を許し合っていると言うか、分かりあっている関係になるのに三年は少し短いような気もする。
ルイスにしても、十年以上の付き合いはありそうな雰囲気だった。
ルイスも、それは分かっているようで、
「……変わったやつらなのさ。たった三年で、このデアイドルに完全に溶け込んじまったんだ。始めのうちはもちろん、冴えない三人組だとからかわれてたがな。すぐにそんな噂はひっくり返って行って……今ではあいつらがこのデアイドルの看板よ。ま、良くも悪くも、だけどな……いや、悪い方の名声の方が大きいかな?」
「……ええと」
サンドラが首を傾ると、ルイスは、
「ヴォルフラム、あの赤い帽子の奴は、この街の至る所の飲み屋でツケで死ぬほど飲んでる奴でな。白金貨が飛んでいくほどの額だ。それでついた二つ名は《ツケのヴォルフラム》。馬鹿だろ?」
「それは……」
よほどの古酒や生産数の限られた酒ならともかく、この街の酒場のような、行っては悪いがさびれたところで飲む酒だけでそれだけの金額のツケになるというのは、尋常ではない。
それこそ、熟成用の樽いくつか分は飲まなければそうはならないだろう。
とてもではないが、三年あっても一人で飲み切れる量ではないように思う。
ルイスは続けた。
「フランク。青いドレスを着た、無表情な奴がいただろう? あいつは、武器は何でもござれの達人だ。ただ、なんでもござれだが、突出したものはなにもなくてな。それに加えて、飲み過ぎると性格が豹変する。売られた喧嘩を買いまくって、そこらにあるもの全てを武器にしながら大ゲンカだ。朝、酔いが醒めて気づくと、周りには壊れたテーブルやら椅子やらカウンターやらだ。当然、弁償って話になる。結果、ついた二つ名が《器用貧乏のフランク》。何でもできるが、それが悪い方向に働いて貧乏になっちまうって意味も込めた、それこそ二つ意味のある名前だな」
「あんなに穏やかそうなのに……」
とてもではないが、そんな酒乱を起こしそうな人物には見えなかった。
昨日だって、冷静になってみれば結構な無理なんだを言っている兎耳の少女を止めているのは彼女だった。
だというのに……。
「最期の一人がジュゼッペだ。兎耳の生えてる、おかしな頭をした奴がいただろう? あの人はな……もうとにかくめちゃくちゃだ。酒、女、ギャンブル、すべてに目がなくてな。そこらを歩いている好みの女を見かけたら、即座によっていってナンパを始める。それも、隙あらば尻やら胸やらに手を伸ばしながらな。どんなところにいてもそんな態度なのはある意味あっぱれだが、それでついた二つ名は《好色酒飲み爺ジュゼッペ》だ。頭おかしいぜ……」
そう言って、呆れたようにルイスは首を振る。
「……あれ? 爺?」
ふっとサンドラの口から出た疑問に、ルイスははっとした顔をして、
「あ、あー……まぁ、その辺りは色々とあるんだ。説明してもいいんだが……それはあいつらがいるときの方がいいだろう。いっそ知らないほうがいいかもしれんがな」
と、よく分からないことを言う。
どういうことなのかはサンドラには理解できないが、しかし、ルイスにしろヴォルフラムたちにしろ、なんだかんだ言って、サンドラによくしてくれている。
そんなルイスがそう判断するなら、そうなのかもしれない、と思ってあまり気にはしなかった。
それにしても、
「……女の子なのにナンパなんてするんですね?」
純粋に疑問に思って、サンドラはそう言った。
実際、今までサンドラの周りにはそう言った人物はいなかった。
本当のところは、存在してはいても表に出さなかっただけなのだが、それを教える人間がいなかったため、サンドラは知らなかった。
そんなサンドラの無菌培養的なところをその質問だけで察知したルイスは、難しい顔で、
「……人間ってのは不思議でな。見た目が女でも、中身が男だって場合もあるんだ。これは悪いことじゃないんだぜ。ただ、そうだってだけだ」
「なるほど、ジュゼッペさんもそうなんですね?」
サンドラは非常に素直なので、特に何の抵抗も見せずに、そういうものだと受け入れた。
その反応に、ルイスは、何かこの少女に吹きこめばすべて信じてしまうのではないか、と思い、ふっとグラスを見せて、
「そうだ。で、このグラスは魔法のグラスでな。話しかけるとたまに返答してくれる」
と言った。
しかしサンドラは意外にも、
「またまたぁ。このグラスは喋りませんよ?」
と普通に返答してきた。
素直と言っても、信じる対象は一応選んでいるらしい、とそれで分かる。
しかし、この後にサンドラの口からぼそり、と出てきた台詞を聞けば、ルイスは顔色を変えたことだろう。
「……魔法のグラスは、形も違いますし、それに魔力もありますからね……見ただけで分かります」
けれど、運がいいのか悪いのか、その言葉がルイスの耳に届くことは無かった。
ルイスはそのまま、再度、グラスの拭き掃除に戻る。
昨日は色々あったが、営業までに仕込みをしておかなければならないものは色々ある。
ついでだし、サンドラにも手伝わせよう、と考えながら、何を任せれば問題ないか、選択を始めたのだった。




