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魔女の同窓会  作者: 和間 諭季
Ⅰ.2017年11月14日 夜
2/45

1

 仕事からの帰り道、()(しま)宏美(ひろみ)は不意にその足を止めた。

 振り返る。夜の住宅街――午後十一時を回ったそこには、当然ながら人影はない。


「どうしたの?」

「い、いえ。何でもありません」


 ともに帰宅途中だった上司、久間瑞穂の問いかけに、微かに声を上ずらせて答える。二重に巻いたマフラーの隙間から、白い息が洩れた。


「たぶん、気のせいです。誰かに、見られているような気がして」

「見られている?」


 瑞穂の整った容姿に、険しいものが混じる。こういった時の瑞穂には何者をも寄せ付けがたい鋭さがあり、それは彼女の社内での風聞にも少なからぬ影響を与えている。


「だから、気のせいですよ」


 慌てて、宏美は言い募る。


「わたし、彼氏と上手く別れるのに失敗してストーカーされたことがあるんで、そのせいで少し神経質になってるんだとおもいます」

「それ、いつのこと?」


 眉の傾斜をさらに険しくした瑞穂が、宏美をまっすぐに見つめて問う。


「三年くらい……前のことです」


 しまったという思いを隠しながら、宏美は答えた。


「三年というと、うちの会社がヨツバ生命から独立した頃?」

「はい」

「そういえばあの頃、あなた時々浮かない顔をしてたっけ。てっきり独立のごたごたのせいだと思っていたけど……気付けなくって、ごめんなさい」

「そんな――わたしの個人的なことですから。それにもう済んだことなんで、今は全く問題ありません」

「そうなの? 私に力になれることがあるなら、遠慮なく言いなさいよ」


 そう言って微笑む瑞穂の目には、まだ心配そうな色が残っている。間違いなく有能で部下の面倒見もいい彼女だが、ちょっと心配性で生真面目すぎる。これさえなければまさに理想の上司なのだがと考えた宏美は、まあ仕方がないのだろうと思い直す。頑固なまでの真面目さこそが仕事をこなす上での彼女の最大の武器だし、部下への行き届いた気遣いも過度の心配癖と無関係ではあるまい。長所と短所は大抵の場合、同じカードの表と裏でしかないのだ。


「でも……」


 ふと思いついて、瑞穂の顔をじっと見つめる。


「もし本当につけられているとしたら、心配すべきはわたしよりもミズさんのほうじゃないんですか?」

「私?」


 瑞穂が不思議そうに聞き返す。


「そうですよ。だってわたしとミズさんなら、大抵の男はミズさんのほうをストーカーしたいって思います」

「宏美ちゃん……普通の男の人はストーカーをしたいだなんて思わないわ」

「いいえ、男はみんなオオカミなんです!

 ミズさんレベルならストーカーしたいって思わせることぐらい簡単です!」


 何故か拳を握り締め、力説する宏美。だが肝心の瑞穂は、困ったように小さく首を傾げるだけ。全くこれだからとため息をついて、宏美は瑞穂に噛み砕くように言い含める。


「いいですか? ミズさんはもてるんです! 今春に会社で行われた裏人気投票では、『気になる異性』『叱られたい異性』『叱りたい同性』の三冠を獲得してるんですよ! わたしだって男だったらミズさんのこと、絶対に放っておきません――いえ、実際のところ男でなくても……」

「もう。あんまり上司をからかうものじゃないわよ」


 熱くなる宏美を、瑞穂は首を横に振ってかわす。


「あしたも早いんだから、さっさと帰りましょ」

「うー、半分は本気だったのに。これだから朴念仁は……」


 唇を尖らせてぼやく宏美。

 実際、もったいないなぁと思うのだ。仕事に関してこそ極めて厳しい瑞穂だが、その厳しさにも理不尽さはない。それに一皮剥いてみれば、からかい甲斐もあって面白い。だから恋愛対称としてもそれ以外としても、彼女の人気は実のところ、社内でもことのほか高い。なのに当の本人は、そのことに全く気付いていない――というよりも、そんなことは決してありえないと端から信じ込んでいるように思える。


「ホーント、もったいない……」

「なにか、言った?」

「いえ、なんでもないです。あ、わたしコッチなんで、失礼します」

「ええ、おつかれさま」

「おつかれさまでーす」


 瑞穂に一礼して、宏美は自分のマンションへ向う――自分の、といっても短期賃貸しているウィークリー物件だが。予想外に難航している調査事案への対応の為、宏美たちのチームは今週から現地出張中なのだ。


 ニュータウン建設予定地区、武蔵ヶ原についての調査と評価。二週間もあれば済むと思われていたその仕事は、しかし一カ月以上経った今も目処が付いていない。理由は、武蔵ヶ原で頻発している数々の不可解な事故。今日もこんな時間まで残業して、原因どころか事象ごとの関連さえ掴めていない。あるいはもしかしてこの土地って呪われてでもいるのかしら、と冗談交じりに考えた宏美は、不意に吹き付けた北風に身を竦ませた。

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