悪夢のはじまり
総司たちはおそらく北に向かっている。
おそらく、と言うのは正確にわからないからだ。土地勘もなく森の中、同じような景色を見ながらの行進であるのも理由の一つだ。
総司はス〇ホのアプ〇で確認しようとしたのだが、総司のス〇ホも結衣のもヘルハウンドに襲われたときに壊れてしまっていたのだ。
(最新機種なのに、分割払いもまだ一回しか払ってないのに……)
総司はショックのあまり肩を落としていたが、生きているだけよしとし、他の方法を考えた。
うろ覚えの知識を掘り起こす。時計の短針を太陽に合わせ、その短針と文字盤の12のちょうど真ん中が南だったはず。そう思い出し総司はそのように試す。その結果今進んでいるのが北だろうと判断した。
方角はわかったが総司は落ち着かなかった。というのも、自分たちの立ち位置に違和感があったからだ。
ハイドが総司たちの前を歩き。総司たちのまわりを傭兵たちが外敵から守るような位置取りで進む。傍から見たら人攫いにつかまったように見えるだろう。どうにもそう感じて総司は落ち着かなくなっていた。
結構歩き続けているんだけれどまだつかないのだろうか。もう正午になろうとしているのに、出発した時間を確認していなかったから何時間歩いているのかはわからないのだけれど……
総司は苛立ちを誤魔化すように額の汗を拭う
「フー、暑いな」
疲れからなのか体が熱い気がする。頭も重だるくモヤモヤする。夏ということもあるのだろうが……
総司は額に手を当てると、ふと気付き小声で呟く。
「(あれ? 夏だよな?)」
総司は違和感を覚えまわりに耳を向ける。蝉の声が聞こえない。森の中なのに夏の風物詩の代表たる蝉がいない。今朝登校時には確かにいたというのにこの森にはいない。
総司は不思議に思い眉を顰めてまわりを見渡していると、ハイドが声を掛けてきた。
「どうかしましたか? もうすぐですので頑張りましょう」
「あ、はい」
「……」
総司は短く返事をすると結衣の反応がないことに気付く。
「結衣? 大丈夫か?」
「うん……平気……」
結衣は気丈にも笑顔を作って言うが、笑顔が不自然で声も弱々しく全然平気には見えない。総司に寄り添っている結衣は体重を総司に預けて歩いていて腕にも力がない。
心配になり総司は顔をのぞき込む。
「どうした? やっぱり調子悪いんじゃないか?」
「ん……少し頭が重い? かな」
結衣は額に脂汗をかき顔色も悪い。
「少し休むか?」
「ううん……いい。早くここから出たいから」
「そうか、苦しかったら言えよ?」
「うん……」
総司の注意が結衣に向いたがために自分たちのいる世界の異変から意識がそれてしまった。
今いる世界が総司たちのいた世界とは異なっていることをうすうす気づいていたにもかかわらず……
しばらく行くとハイドの言ったとおりひらけたところにで出た。
「やっと森をぬけたか」
総司はそう呟くと表情を険しくする。
森は抜けたのだがそこに街はなく廃墟があった。
総司は眉を顰めハイドに訊ねた。
「ここは?」
「教会です。お恥ずかしいのですが、先日魔物の襲撃にあってしまいこの有様なのですよ」
よく見ると壁にヒビが入り所々崩れていて、屋根が落ちているところもある。屋根の残骸のところに十字をかたどった木片が落ちていた。十字架のようだからここがハイドの言うように教会だったことは本当のようだ。
それにしても普通屋根の上に立っていた十字架を落としたままにしておくだろうか?
疑念を募らせる総司をよそにハイドは口を開く。
「街へ行かれたいんでしたね。街ではないのですが、ここから西に行ったところに村があります。お嬢さんもお疲れのようですし少し休んでから向かいましょう」
できれば早くここを離れたい衝動にかられていたが、たしかに二人とも疲れていたので総司は渋々承諾した。
「なにか飲み物でもお出ししましょう、中へお入りください」
ハイドそう言い廃屋へ入っていく。
中に入ると、やはり崩れていたりするが屋内ということもありそこそこ片づけられていた。
「飲み物を持ってきますので掛けてお待ちください」
「あ、はい、ありがとうございます」
ハイドは奥の部屋へ飲み物を取りにいった。
正面には大勢の巡礼者たちが神に祈りを捧げるための象徴であるマリア像……いや欠けてはいるが羽根が付いているから天使像だろうか? その像に向かって木製の長い椅子が中央の通路を挟んで並んでいる。ステンドグラスがないだけでいたって普通の教会だった。
総司たちは、出入り口近くの椅子を選んで座った。
「結衣、大丈夫か?」
「総司、早くいこ。……ここイヤ」
結衣は怯えているような表情を見せて言う。
「どうしたんだ?」
「わかんないけど、イヤなの」
「少し休んだら出発するから、な?」
「……うん」
結衣は自分では気づいていなかったが総司にはわからない何かを感じていた。
まわりを見ると、傭兵たちは入ってきていないようだ、護衛なのだから外を見回っているのだろう。
総司は彼らがいないことで少し安心できた。彼らから感じる雰囲気だったり視線にどうにも嫌悪感が否めないからだ。守ってもらっておいてなんて言いぐさなんだろうとは総司も思ったが、それ以上の嫌悪感が勝るから仕方がない。
学校でもあるだろう? どうしても嫌いな奴ともクラスでやっていかないといけないもどかしさ。学校では適当にあしらっておけばいいだけなのだが、ここではそうもいかない。生死がかかっているから適当ではいられない。相手に敬意を払いつつ、つきず離れず一定の距離を保っておかなければ。
総司はそう思い、結衣の肩を抱く。
「どうぞ、水で申し訳ないのですが」
ハイドが水の入った木製のコップを持ってきた。
「すみません、いただきます」
「……いただきます」
総司たちはコップを受け取り水を飲んだ。
朝から何も口にしていなかったから普通に、自然に水を飲んだ……飲んでしまった。
水に薬が混入されていることなど疑うこともなく。
そして、総司たちは眠りに落ちて行った……
「もういいぞ!」
ハイドが外の連中に声を掛けると、男たちがぞろぞろと中に入ってくる。
「クックックッ、黒髪のレアものだ! こりゃ高く売れるぜ」
「女の方なんて肌もスベスベでかなりの上玉ですぜ。体もたまんねぇっすよ!」
「ヒヒっ、ちょっと味見してもいいでしょ?」
男の一人が女の首筋に舌を這わせる。他の男たちも群がるように女の体を弄ろうと手を伸ばしはじめた。
「ダメだ! 頭が戻るまで我慢しろ」
「我慢なんてできないっすよ」
男たちはもう止まらないと言わんばかりに女の足を、太腿を、胸を弄りはじめた。
「ダメだと言っている! 頭に殺されたいのか」
ハイドは声を荒げて言う。
ビクッ
男たちは体を強張らせ女から離れる。
「じょっ冗談っすよ~ハハッ」
「ハァ、まったく、手足を縛りあげろ! 頭もすぐ戻る」
ハイドは溜息を吐くと男たちを顎で指図する。
「ヘイ」
総司は暗闇の中を走っていた
「ハァハァ、結衣ーーーどこだーーー」
返事はない。
まわりを見渡しても闇、闇、闇……闇しかない
どんなに走っても……
どんなにどんなに走っても、結衣は見つからない
結衣だけは必ず守る、そう誓ったのに……
「結衣、結衣、結衣……」
どれだけ走っただろう……もう足が動かない……
「結衣……」
声が震え涙がこみ上げる
「……たす……けて……」
甘い香りとともに声が聞こえてくる
「……結衣?」
顔を上げると結衣が悲しそうな顔で立っていた
総司は結衣に駆け寄り声を上げる
「結衣!」
「……どうして……守ってくれるって言ったのに……」
「守るさ! 必ず守って見せる!」
「……ウソ……ウソよ……」
「本当だ! 絶対守る!」
「……ホントウに?……」
「ああ、本当だ」
「……でも……もう遅いよ……」
「なんで!?」
「……ワタシ……こんなに穢れちゃったんだよ……」
結衣の服はボロボロに破かれあられもない姿になっていた
「!?」
総司は心臓を握りつぶされたかのような衝撃を受け絶望に包まれた
「ぅああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「こんな、こんな!? 結衣が、こんなこと! そんな! くそっくそっくそっ!」
総司は地面を殴りつけ爪が剥がれるのも構わず掻きむしり殴り続けた
結衣は消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。
「……こんなワタシ……いらないよね……」
「……な……」
「……もう……守ってくれないよね……」
「……そんな……」
「……もう……愛せないよね……」
結衣は涙を流していた……
「そんなことない!」
総司は泣きながら叫び結衣を強く抱きしめた
「これ以上結衣を傷つけさせやしない! 俺が結衣を守り続ける! 愛し続ける!」
「結衣を傷つけようとするヤツは誰であろうと殺してやる!!」
「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」
総司は呪詛のように言葉を吐き出す
結衣は総司を包み込むように抱きしめ甘くささやく
「……うれしい……」
「……ワタシも……アナタを愛し続ける……」
「……ワタシは……アナタのものよ……」
『……アナタは……ワタシのものよ』
『……ああ……』
総司の瞳は憎悪の炎に染まり、甘く深い深い闇に沈んでいった……