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異変

ガサガサッ、ザワザワ

 枝や葉の風に揺れる音が聞こえる。

 風が心地いい。

「……うっ……」

 木漏れ日の降り注ぐなか、総司は目覚めた。総司は首を動かしまわりを見る。

「ここ……どこだ? 森?」

 まわりは木々に囲まれ膝上まで伸びた草が鬱蒼(うっそう)と茂っている。

 起き上がろうとすると右腕が重い。そこには総司の腕を抱きかかえ、気絶した結衣がいた。

(胸が当たってますが……)

 総司は結衣の胸の柔らかさに意識を奪われかけたが、理性を総動員して意識を胸から反らす。

 総司は腕を開放してもらうため結衣を起こそうと声を掛ける。

「結衣? ……結衣! 大丈夫か?」

 かるく肩をゆすってみる。……胸の弾力を確認する羽目となり、理性が飛びかける。

「……ん」

 結衣の声に理性が踏みとどまる。

「結衣?」

「ん~なぁ~に?」

 結衣は寝ぼけたような声を出すが、まだ寝むそうだ。どうやら大丈夫みたいだ。

「起きれるか?」

「総司?……おはよ~」

 眠たそうな瞳で見上げてくる。耳にかかっていた髪がハラリと落ち、艶やかな唇が言葉を紡ぐ。

(なんか、色っぽいな……!? いかんいかん、こんなだからアキにシスコン呼ばわりされるんだ!)

 いくら血が繋がっていないとはいえさすがにまずいと思い、総司は頭を振って雑念を振り払う。

「あ、ああ、おはよ」

「……ん!? ここどこ?」

 結衣はまわりを見てようやく異変に気付いたようだ。

「もう、二人っきりになりたいからってこんなところに連れてこなくてもいいのにぃ」

「いや、違うから」

 結衣は見当はずれのことを言った。総司は即否定する。

「む~~で、ここどこ?」

 結衣はなにやら不満顔で口を尖らせているが、気にしたらいろいろとまずい気がした総司はスルーすることにした。

「わからない、学校に向かってたはず……だよな」

「うん、あのバカを置いて急いで角曲がって……そのあとは……あれ? アキは?」

「あ!?」

 結衣の言葉ではじめてアキがいないことに気付いた総司は自分がどれだけ困惑していたのか理解した。

 二人でキョロキョロまわりを見たけれど見当たらない。近くにはいないようだ。

「アキーーーーー?」

 総司は大声で呼びかけてみたが、返事はない。ただのしかばねのようだ、とは言わない。

 ここにいるのは総司たちだけのようだ。

「いないみたいね」

「ああ、……どーなってんだ?」



ガサガサ、ガサガサ


 繁みの奥から葉のこすれるような音がする。それに気づいた結衣が総司にしがみつく。

「総司!? 何かいる!」

「アキか?」

「わかんないよ」

 二人は小声で確認し合うが当然わからない。声をかけてみようと息を吸い込んだとき、そこに何かがあらわれた。

 何かと言ったのは、それが何なのか二人には理解できなかったからだ。

 見た目は犬っぽいが、犬にしてはサイズがデカイ、犬にしては爪や牙が鋭い、獲物を見据える目は赤く怪しく光っている。何より全身から発せられる雰囲気というか気配が違う。殺気とも違う禍々しい、何か恐怖をかきたてるものを吐き出している。イメージとしてはゲームなどに出てくるヘルハウンドに似ている。それが何体も……


ガルルルルル


「なんなのあれ?」

「わからないけど、襲う気満々みたいだな」

 怯えている結衣を横目に、なんとしてでも結衣だけは守らないと! と総司は震える手で傍らに落ちていた竹刀を抜いた。

「大丈夫だ、おまえはオレが必ず守ってやる!」

 総司は結衣の前に出て、恐怖を振り払うように下っ腹から気合をいれた。


「キィエエエエエエエエエエエエーーーーーーーッ!!」


雄たけびとともに、襲いかかってきたヘルハウンドの胴めがけて竹刀を振りぬこうとした。


ベキッ


 竹刀はヘルハウンドの鋭い爪に一瞬でへし折られてしまった。その衝撃に総司の手が痺れる。背後にいる結衣に襲い掛かかろうとヘルハウンドが回り込む。

「クッ」

「キャッ!?」

 飛び掛かってきたヘルハウンドの攻撃が結衣に掠り、倒れたところに次々と襲い掛かっていく。弱っている獲物を我先にと喰らいつくかのように……

「結衣ッ!?」

 結衣に駆け寄ろうと後ろを見せた総司にも襲いかかっていく。総司はヘルハウンドに押し倒され、身動きが取れなくなる。

「結衣ーーーー!」

 総司の脳裏が絶望に塗り潰されようとしたとき……


ドスドスドスッ

ギャウ、グワゥ


 総司は音のする方を見ると、そこには結衣を襲っていたヘルハウンドが倒れていた。その体(正確には首や頭)には矢が刺さっていた。いつの間にか総司を襲っていたヘルハウンドの動きも止まっていて、かわりにあたたかいものが総司の頬に滴り落ちていた。


「一匹残らず始末しろーーー!」

「おおーーーー!」


 野太い声とともに数人の男たちがヘルハウンドに切りかかっていた。

「うおらぁ!」

 コスプレ集団かと思うような男たちだった。鎧なのか? 胸当てや籠手をつけている。どこかの兵士というにはあまりにも薄汚れている。手には刃こぼれしていそうな剣や、斧など各々武器を持ってヘルハウンドを切り付けていく。離れているヘルハウンドには別の男がボウガンのようなもので仕留めていく。

 統制が取れているというより、ほとんど力でゴリ押ししている感じだが、それでも確実に仕留めていき、瞬く間にヘルハウンドの群れは全滅した。


 総司は結衣に駆け寄って抱き起した。

「結衣、大丈夫か?」

「総司! ……うん」

 結衣は総司に抱き着いて震えていた。総司と同じように自分に迫っていた死に恐怖しているのだろう。

 結衣を落ち着かせていると、男たちが近づいてきて声を掛けてきた。

「大丈夫ですか?」

 予想外に落ち着いた感じの声だった。

「は、はい……」

 総司は返事をすると声の主を見上げる。先ほどヘルハウンドを掃討した男たちとは違って神父のような服装の優男風の人物が立っていた。その姿や声とは裏腹に目は俺たちを値踏みするかのようなイヤな目つきで見ていた。

「神父様、助けていただきありがとうございました」

 礼を言うと、先ほどの目つきが消えていた。……気のせいだったのかと、総司は小首を傾げる。

「……いえ、人を助けるのは神に仕える身として当然の行為ですので」

 取って付けたような返事が返ってきた。

 さっきの目つきやまわりの男たちの風体からどうにも胡散臭さを感じてしまう。

「申し遅れましたが、私はハイドというものです」

「あ、えっと俺は総司です。こっちは結衣といいます」

 ハイドという男の名乗りに、総司は真面目に応えてしまった。

「それにしてもなぜこんなところに?異国から来られたのですか?」

「え?」

「見慣れない服装ですし、なにより黒髪の人などはじめて見るもので」

 ハイドはそう言うと総司の髪や服に視線を向ける。さっきの目つきはこれのためか? とも思ったが明らかにさっきの値踏みするような嫌な感じはしない。

「あ、いえ、その……」

 わからないことだらけで答えようがない総司は言葉を探して硬直する。

「どうやら混乱なさっているようですね、無理もありません。どうです? これから私共は教会に戻るところなのですが、ご一緒しませんか?」

 総司が答えに困っているとハイドはそう提案してきた。まわりの男たちが気になるが……

 総司の視線に気づいたのかハイドは彼らの説明をしてくれた。

「あぁ、彼らは私が雇った護衛です。傭兵稼業をしているからなのか、どうにも粗野になってしまうようです」

 その声が耳に入った傭兵の一人が睨んでいる。

「おっと、失礼。護衛してもらっているのに今のはよくないですね」

 と、ハイドは肩をすくめて笑う。

 確かに、結衣の安全を考えると護衛はありがたい。ここがどこかもわからないままだ。

 とにかく人のいるところまで行けばなんとかなるかと思い、総司は口を開く。

「近くに街とかあるんでしたらそこまででいいんですが……」

注意深くいってみた。

「そうですか……わかりました。それではそこまで行きましょうか」

 ハイドは一瞬考える素振りを見せると了解する。

「すみません、ありがとうございます」

 結衣の安全最優先で注意して行こう。

「傭兵のみなさ~ん、準備ができましたら出発しましょう」

「へ~い」

 ハイドの間の抜けた呼びかけに応えた傭兵たちは倒したヘルハウンドの毛皮や爪、牙などを剥ぎ取っていた。




 黒髪の二人を引き連れて男たちは歩み出す。

 その一部始終を映し出していた鏡を興味深く見ている……

 荒れ果てた部屋、鏡の前に立つ長い髪の二人。

 はっきりと分かれる明暗、白と黒、白い女と、黒い女。

 絹糸のようなサラサラの白い髪、透き通るような白い肌、真っ白のドレスを着た怪しい光を放つ紅い瞳の女。

 艶やかな黒い髪、透き通るような白い肌、黒いワンピースを着た光を灯さない黒い瞳の女。

 白い女が何かをつぶやくと何者かが現れる。

「……はい、ここに」

 片膝を着き答える。女の声だった。

「…………」

「かしこまりました、ただちに」

 白い女の命を受けうやうやしく頭を下げ消え失せた。

 白い女は口端を吊り上げニヤリと笑う。

 黒い女は無表情のまま鏡に目を向け続けている。



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