アギトの底
「みんなあたしのまわりに集まって!」
いち早く声を上げたのは結衣君だった。
結衣君はそう声を掛けると両手を前に突き出しドーム状の防御壁を展開した。
この防御壁は普通の魔法ではないらしく詳細はまだ不明とのことだ。この防御壁、結衣君の意志で形を変えられるらしい。
僕たちがそのドーム内に入ると石の槍が落下しはじめる。
「な!? 将軍なにを!」
近くにいた将軍がマリアさんを抱え上げドーム内に投げ込んだ。
「きゃっ!?」
「マリア殿を頼む!」
将軍はそう叫ぶと石の槍を迎撃するために剣を構える。
「サラさん早くこっちへ!」
汐音君が前方を見て叫ぶ。
サラさんが起き上がり走り出そうとする。しかしこの距離だと間に合いそうもない。
「きゃっ!?」
サラさんが悲鳴を上げると前のめりに倒れてしまった。サラさんのローブをアギトが踏みつけているのが見えた。
「アギト! きさま!」
僕は怒声を上げたが、アギトは空を見上げたまま動かない。
「クッ! 結衣君! 防御壁を広げられないか!」
「ダメ! これ以上広げると強度が下がって受け止めきれないと思う!」
「クソッ!」
僕はサラさんの下へ駆け出そうとするが、汐音君に腕を掴まれ止められた。
「放せ!」
「ダメです! もう間に合いません!」
気が動転しているのかサラさんはダガーをアギトの足に何度も突き刺し逃れようと試みている。
その頭上には勢いを増した石の槍が迫って来ていた。
僕らのまわりも逃げ惑う兵士たちの悲鳴や怒声が響き渡っている。
「アッハハハハハハハハッ!」
その中に狂気に嗤う声が混じり聞こえてきた。ゴーレムの上に立つアルマのものだった。
石の槍が防御壁に当たる。
ガガガガガッ
「サラさん!」
「…………!」
次の瞬間、無数の石の槍と巨大な竜巻が辺り一面を覆いつくした。
ビュウゥゥゥゥゥ……
石の槍の雨が止み、風が止むと結衣君の作った防御壁を残し後には何も残っていなかった。石の槍すらも地面には残されていなかった。遠くの建物の辺りまで兵士たちは吹き飛ばされて、魔物の死骸や石の槍の残骸らしきものも飛ばされていた。
「今の結衣ちゃんいなかったらやばかったね」
冬華ちゃんがそう呟くと防御壁が消えた。見ると結衣君が倒れていた。
「え? 結衣ちゃん!」
「結衣! 大丈夫か?」
総司が結衣君を抱き起こす。
「う、うん。でも、しばらく動けないかも……」
「すまない、結衣君。無理をさせた」
「いいの、こんなことしか、できないから……」
結衣君はそういうと力なくぐったりとした。
「結衣!」
総司が結衣君を揺り動かす。
カレンちゃんが結衣君へ駆け寄り容態を見る。
「大丈夫。力の使い過ぎによる過度の疲労みたい。気を失ってるだけ。休ませてあげないと」
「そうか、よかった。ありがとう結衣君。……総司は結衣君に付いていてやってくれ」
「ああ、すまん」
僕は防御壁内にいる全員の無事を確認していると、前方を確認していた汐音君が声を上げた。
「会長! サラさんが!」
僕は前方へと視線を向ける。
アギトが肩で息をして立っていた。怪我一つしていないようだ。
その足元にサラさんが身を丸めるようにうずくまっていた。
二人のまわりから外に向かってなんらかの力が発生したような跡が地面に刻まれていた。さっきの竜巻の正体はやはりアギトの魔法によるものだったようだ。肩で息をしているのは大規模な魔法を放った後だからだろう。
それにしてもどれほどの力を隠し持っているんだ?
「サラ!」
マリアさんが動かないサラさんに向かって呼び掛けた。
もそもそと起き上がったサラさんはまわりの惨状に気付くと目を見開いて硬直した。
「こ、これは……はっ!?」
サラさんはアギトにローブを踏まれていることに気付きローブを引き抜こうと勢いよく引いた。
そのときアギトが足を上げたためサラさんは勢いよく後ろに倒れた。
「うわっ!?」
サラさんが見上げるとアギトと目が合った。するとアギトはフードを深く被りなおし何かを呟いた。
「ハァハァハァ……(これはなかなかキツイな……)」
「え?」
サラさんは何か不思議そうに小首を傾げている。
そんなことより早くこっちに来てもらわないとアギトが次の攻撃に入ってしまう。ゴーレムからの攻撃もいつ再開されるかわからない。
「サラさん! 早く!」
「あ、はい!」
サラさんは立ち上がり、アギトから視線を外さないようこちらに戻ってきた。
その際アギトはなんら手を出す気配を見せなかった。やはり今の魔法の影響か? と思っていると戻ってきたサラさんが小声で言った。
「(光輝さん、アギト魔力がもう残っていないようです。アギトから魔力を感じられませんでしたから)」
「マジで!」
僕は思わず声を上げてしまった。僕は慌てて口を手で覆った。底抜けの強さを持っているアギトの底が見えてきたんだ、驚いても仕方がないだろう?
「え、ええ本当です。倒すなら今しかないでしょう」
(今の、一瞬アキさんに似てたな。やっぱり親友なんだ)
サラさんがそんなことを考えているなんて露知らず僕はアギトを見据える。
確かにさっきから肩で息をしていて、回復してる感じはしない。サラさんに刺された足も血が流れて塞がる様子はない。
「このチャンスを見逃す手はないな」
僕が呟くと、それが聞こえていたのかアギトが口を開いた。
「ふん、俺を倒すなら今がチャンスだぞ?」
「そのようだな!」
僕が剣を構えてアギトへ駆け出すと、後ろから冬華ちゃんとカルマも駆け出して来ていた。
「はぁぁぁぁぁ!」
僕は真聖剣で横薙ぎに振り抜いた。
アギトは後方に飛んで躱したが、サラさんに刺された足の影響かあまり離れておらず、冬華ちゃんとカルマが追撃を掛ける。
アギトの動きが悪いのを見て二人は突きではなく、両サイドから挟み込むように横薙ぎに振り抜いた。
ギュィン、キンっ
とらえたかと思ったその攻撃は、アギトが懐から取り出した両手のダガーで受け止められていた。
「なっ!?」
「えっ!?」
今まで武器を使ってこなかったアギトが武器を取り出したんだ、驚きもするだろう。しかしその間をアギトは見逃してはくれなかった。
アギトはカルマを蹴り飛ばすとカルマの剣を受けとめていた左のダガーで冬華ちゃんの剣を握る右手を斬りつけようとする。
冬華ちゃんは咄嗟に腕を引きアギトのダガーを躱すと、左のダガーでアギトへ突きを繰り出す。
アギトはそれを右のダガーで弾くと左のダガーで突く。
その突きを冬華ちゃんはバックステップで躱した。
「魔法使えなくても強いね。でも、剣で負けるわけにはいかない!」
そういうと冬華ちゃんは表情を剣士のそれへと変えアギトを見据えると構えをとる。
左足を前に腰を落とし左の短刀をアギトへ向け右の長刀はやや後ろ斜め下に構える、一対一の真剣勝負の時の構え。
邪魔はするなということだ。
しかし、アギトを見据えていた冬華ちゃんは不機嫌そうに口を開いた。
「なんのつもり?」
それもそのはず、アギトは冬華ちゃんと同じ構えをとっていた。
奇をてらったものであるのは間違いないだろう。相手の動揺を誘うためだ。
そんな付け焼刃で相手をしようとするアギトの態度が冬華ちゃんは気にいらなかったのだ。
「ふん……戦場で一騎打ちを挑むな!」
アギトがそう吠えると右のダガーで逆袈裟で振り抜く。
「そんな攻撃!」
冬華ちゃんはそれに逆らわず左のダガーでいなすと右のショートソードでアギトの胴を右から逆袈裟で振り抜く。
アギトはそれを左のダガーで受け止めると、振り上げた腕をクルッと回し右上からの袈裟切りで振り下ろす。
「なっ!?」
冬華ちゃんは 左腕でアギトの腕を止めて防いだ。
両手が塞がって無防備となった冬華ちゃんの腹へアギトは蹴りを入れた。
「ぐふっ!?」
数歩後退した冬華ちゃんへアギトは追撃を掛ける。
僕はそれを止めるためアギトの前へたち塞がり横薙ぎに剣を振り抜こうとした。
アギトはそれを右のダガーで受け止めると左のダガーで顔を狙って突いてきた。
僕はすんでのところで躱したが、アギトは攻撃を止めることなく連続で突いてきた。
僕は首を左右に振り避ける。避け切れている……おかしい。アギトの最初の突きは鋭いものだったが、連続で突くにつれその鋭さがなくなってきている。
そう思ったとき、アギトへ向けて矢が飛んできた。汐音君の魔力の矢だった。
アギトがその矢をダガーで切り落とした隙に僕はバックステップで距離を取った。
矢に意識のいっているアギトの背後へ冬華ちゃんが音もなく駆け寄ると、
「静流双薙」
そう静かに口にし、静かに流れる水面のように回転すると二刀をアギトの首へと横薙ぎに振るう。
アギトはそれが見えているかのように反応し、素早く体を回転させると二刀を冬華ちゃんの剣へと横薙ぎに振り抜いた。
ギンッギュインッ
剣戟の音が鳴り響くと冬華ちゃんの剣が弾き飛ばされた。
「なっ!? ……なんで?」
茫然と立ち尽くす冬華ちゃんへアギトは何かを呟いた。
「ハァハァ(お前は何も変わらない。自分の戦いに固執する)」
「え? ……そんな」
アギトは困惑する冬華ちゃんに蹴りを放つ。
「冬華!」
飛び込んできたカルマが冬華ちゃんを抱きかかえるように庇うと、そのまま蹴りを受け二人とも地面へと転がった。
顔を上げたカルマは何か不思議そうな表情をしている。
「ぐっ……ハァハァ、弱ってる俺相手にこの程度か? その程度でこの世界を救おうとはよく言えたな」
アギトは僕を見据え吐き捨てるように言った。が、その表情には疲労が見えはじめていた。
「アッハハハハハッ、アギト、お前剣の腕もあったんだなぁ。もう、さっさと終わらせちまえよ」
アルマが愉快そうに嗤う。ていうか存在を忘れていたな。
「(チッ、うるせぇんだよクズが……)」
アギトが何かを呟いた。
(今、クズって言わなかったか?)
アギトが僕を見て口を開く。
「光輝……お前はここに何をしに来た?」
「何って……」
「お前がさっさと自分の役割をこなしていれば、失われずに済んだ命があったんだ! お前がちんたらしていたせいで……」
「お前……なにを……」
「お前が……お前のせいで!」
アギトは僕の前に歩み寄り僕を蹴り飛ばした。
「ぐっ!?」
やはり初撃は早い。がアギトの蹴りにはさっきほどの力はない。魔力が尽きて体力も限界なのか?
「会長!」
「光輝さん!」
アギトへ向けて魔力の矢と風の刃が放たれたが、矢はアギトのダガーで撃墜され、風の刃はギリギリで躱された。
「邪魔をするな!」
ドスッドスッ
「うっ!?」
汐音君たちの足元へアギトのダガーが突き刺さる。
アギトは僕へ歩み寄ると両手で素早く僕の肩を掴み、
ゴンッ
アギトが額をぶつけてきた。
アギトの黒い瞳が僕を見つめる。その瞳は憂いを孕んでいた。
「いい加減なりふり構わず死ぬ気で掛かってこいよ……力を見せてみろ! それとも誰かが死なないと力を引き出せないのか? だったら……」
アギトはそういうと僕を突き飛ばした。
僕は倒れないように踏みとどまると剣を握る手に力を籠める。アギトの意図がサッパリわからない。
アギトは全員を見定め汐音君に視線を合わせニヤリと嗤う。
そして汐音君へ向けゆっくりと歩き出す。これから何をするのか僕に見せつけるように。
汐音君は自分が狙われたことを肌で感じ身構えた。
僕は誰かを、汐音君を死なせるつもりもない! 掛かって来いと言うのなら行くまでだ!
「おあぁぁぁぁぁぁ!」
僕は吠えるとアギトへと向かって行く。
アギトは足を止め僕を見据え、体の向きを変える。
僕の剣は何度振り抜こうともアギトをとらえることができなかった。アギトは体力の限界を迎えていようと最小限の動作で躱していく。
そこへ堪えることができなくなった総司が結衣君から離れ攻撃に加わった。
二人掛かりでもやはりとらえられない。決して速いわけではないのだが、アギトの動きは洗練さを増していく。躱すことだけにすべてを注ぎ、限界を超えて無我の境地にでも踏み込んだかのような動きを見せ躱していく。
「クソッ!? なんで当たらない!」
サラさんとカルマも加わり、汐音君も援護に入った。
冬華ちゃんはまだ座り込んだままだ。じっとアギトを見つめている……なんでそんな悲しそうな表情を?
今はアギトを倒すのが先だ。5対1これで押し切る!
一度に掛かれるのは2、3人が限度でも休む暇を与えなければいつかはとらえられる。
僕たちは間髪入れず攻撃し続けた。
アギトは荒い呼吸をしながらも総司の炎の剣を見て口を開く。
「ハァハァ、力を、使えるのは、総司だけか? 情けな……がはっ!?」
アギトは突如吐血し、動きも洗練さを欠いてくる。注意力も散漫になっているようだ。今度こそ限界がきたのか? そう思ったのは僕だけではなくサラさんも同じだったようだ。
「いけます! 確実に動きが悪くなってきています!」
そこから僕たちの攻撃が掠るようになっていき、次第に当たるようになっていった。
アギトの体にはいくつもの切り傷が刻まれている。中にはかなり深い傷もあった。
「ハァハァハァ、しぶてぇなぁ。いい加減諦めろよな」
カルマがうんざりしたように言う。
「ハァハァハァ……」
アギトは呼吸を整えるので余裕がないのか何も答えない。
そこへ高みの見物をしていた忘れられている人物が声を上げた。
「アギト! お前の力もそこまでみたいだな? おい、やれ!」
アルマが黒髪の女へ攻撃するよう命じた。
まずい、アギトだけじゃなく僕たちもすでに限界にきているのにあのゴーレムの攻撃なんてくらったらやばい。
僕たちはゴーレムの攻撃に備え身構える。
しかし一向に攻撃してくる気配がない。
「うあぁぁぁぁぁっ」
黒髪の女はうめき声を上げ頭を押さえ苦しみ出していた。
(なんだ? なにが起こったんだ?)
誰もが疑問に思うなか、アルマは舌打ちをして言い放つ。
「チッ、もう限界かよ。今回は早かったな。おい、アギト! お前がのんびりしてやがったせいだぞ! オレたちは後退する。お前は責任とって、そいつらの足止めをしろ! おい、引き上げるぞ!」
アギトを置いてとっとと退散か、要するにアギトを捨て駒にすると言うことだ。所詮は魔物を操る奴等か、命を代替えの効く物か何かだと思っているのだろう。こうなるとアギトも哀れだな。
そう思いアギトを見ると、動きを止め俯いていて表情は窺えなかった。アギトは今何を思っているのだろうか……
そんなことを考えているとサラさんが声を上げた。
「何をボーっとしてるのですか、早くアギトを倒してあの二人も倒さないと! 苦しんでいる今しかないんです! これを逃したらまた攻めてくるんですよ!」
僕はハッとして顔をアルマたちの方へ向けた。しかし、アルマたちは後退することなくその場にとどまっている。アルマは怒声を上げているようだが……
すると苦しんでいた黒髪の女がこちらに視線を向け声を漏らした。
「う、あ……アギ、ト……た、助けて……」
黒髪の女はアギトに助けを求めた。
「(お、っせぇよ……)」
アギトは呟くとよろよろと黒髪の女の方を見上げる。
「アッハハハハハハッ、これはなかなかにいいタイミングだったな」
黒髪の女の足元から白い女、モルガナが現れた。
「く、そ……」
アギトはモルガナを睨みつけ悪態をついていた。




