違い
サラさんを見送って後、俺は今テーブルに向って勉強している。異世界に来てまで勉強することになるとは思いもしなかった。とは言え俺たちの世界とは違うのであれば、それを知ることが生き残る上で最も重要であると言えるだろう。
大きく違うところと言えば、魔法と魔物の存在だろう。
魔法とは、ザックリ言えば体内にある魔力をエネルギーに変換して様々な現象を起こすこと、でいいのかな。超能力との違いはどこにあるんだろう? 使えない人から見るとどっちも同じなんだけれど……まぁ、ロールプレイングゲームとかに出てくるものと同じと考えていいでしょう。
他にも精霊魔法がある。例外もあるが、これは人が使えるようなものではないらしい。というのも、古い文献に精霊魔法を扱えたものがいたらしいと記述があったようだが、詳細は記されていなかったようで事実かどうかわからないそうだ。そもそも人と精霊が接触したという記録が残ってない時点で疑わしいのだ。人の扱える魔法だけで十分便利だったりするから精霊魔法にまで手を出す必要性がないというのも要因だろう。
魔物に関しても、ゲーマーならおなじみなものだろう。ゲル状のもの、動物ベースで変異してしまったもの、複数の動物の合成体、術によって生み出されたもの様々に存在している。
中でも厄介なのは魔族や竜族だ。言うまでもないよね、もう常識の範囲内だよね。この二種族に遭遇することは滅多にないが、もし遭遇したら全力で逃げる! 逃げられる保証はないけれど。遭遇するような危険地域には近寄らない! 俺たちの世界と同じかもしれない。危険の度合いは違うのだが……
「魔法に魔物ねぇ、まだ実際に見てないからいまいちピンとこないんだよなぁ。後でばあちゃんに見せてもらおうかなぁ」
見てみないと異世界だって実感できないし……
ばあちゃんは今隣の部屋にいる。
今俺が勉強に使っている書物は、ばあちゃんが隣の部屋から持ってきてくれたものだ。
「これらをおぬしにやるからしっかり頭に叩き込んでおくのじゃ。魔法、魔物は当然じゃが、アイテムに関しても危険アイテムをしっかりな。おぬしは無警戒に身に着けそうじゃからのぅ。呪いにかかりでもしたら面倒じゃ」
鋭いところついてくるよなぁ、やはり年の功。
「あり得なくないから、言い返せない……」
「死にたくなければしっかりやることじゃ」
まぁ、死にたくはないし、やりますよ、やりますとも。
そして、ばあちゃんはもう一つの要件を言う。
「さて、アキよ。血を少しもらうぞ」
「へ?血!?なななんで!」
なんの前触れもなく何言っちゃってるの!? 俺は動揺しどもってしまった。
「なにをビビッておる、何も吸わせろとゆうとるわけではないじゃろ」
「だ、だよね。吸血鬼と言えば不老不死が相場だし、ばあちゃんはもうばあちゃんだし」
「失礼な物言いじゃな」
「あははは……」
(正直者と言ってくれ)
ばあちゃんはやれやれと言った感じで説明する。
「まあいい、おぬしの魔力量、魔法の資質を調べるためじゃ。魔力は体の中を駆けめぐっておる、血液と同じようにのう。じゃから血を少量採り呪術的に分析するんじゃ」
「へぇ」
「魔法の扱い方を知らない者には、その人に合った方法で扱い方を教えてやらねばいかんからのう」
「じゃあ、この世界の人はみんな魔法が使えるの?子供も?」
「才能にもよるが、だいたいは呼吸するのと同じように扱えるようになる。あとは修練次第で強くも弱くもなる」
そう言いながらばあちゃんはナイフで俺の指を少し切り、血を瓶に採って隣の部屋に入っていった。
というやりとりがあったんだが……なかなか出てこない。分析って、そんなに時間がかかるのかな?
勉強ばかりしてるとほかのことしたくなるよね。勉強しなきゃと机に向かうと机の汚さが気になって掃除始めたり。その中にマンガの本があろうものなら確実に読んじゃうよね。このマンガ呪われてるんじゃね? ってくらい目が離せなくなるよね。そんなことなかった? え、俺だけ? いやいやそんなことないでしょ! 鉄板でしょ!
まぁそんな状況が今なんだけど、自分の家じゃないから余計な事できないし、ってなるとあとはよそ事考えるしかないよね。考えることと言ったらもうサラさんのことでしょう! 今朝のサラさん見ちゃったら年頃の男の子なら仕方ないよね、脳裏に焼き付いてるもん、いやむしろ焼き付けたもん!
今朝早くに起き、朝食をおいしくいただいた(もちろんサラさんの手作りだ)。
サラさんはすぐ出発する予定なので片づけは俺がやっている。サラさんは「わたしがやりますよ」と言っていたが、片付けくらいはやらせてほしいと言ったら渋々了承してくれた。
今サラさんは寝室で着替えをしている。ここにいる間はワンピース姿しか見てなかったが、さすがに魔物がいる中を行くにはいざというときに動けないから、それに相応しい服に着替えるのだそうだ。
片づけを終え、サラさんが出てくるのを待っている間、サラさんの武器を見せてもらっていた。やっぱり男の子は武器とかに興味がわくからね。
「ばあちゃん、これってナイフ?」
ナイフにしては長いような、柄も少し長いし、柄の先に綺麗な宝石が着いていた。
「それはサラの戦闘スタイルに合わせて特別に作らせたものでのう、基本は魔法を主体に戦うから、柄の部分は魔力を増幅させるロッドの役割をしておる。当然剣も使えるのじゃが、普通の剣は少々重くて動きが悪くなるからと、剣とナイフの中間くらいの長さのダガーを基本に作ったようじゃ」
刀で言うところの小太刀みたいな感覚かな? その感覚もわからないのだけれど。刀なんて持ったことないし……
「あぶないですよ」
横から優しく声を掛けられた。
夢中になっていたようでサラさんが隣に来ていることに気付かなかった。
「あ、サラさ……」
サラさんの姿に硬直してしまった。
こ、これはすごいです! 体のラインがハッキリとわかるタイトワンピだと!? その上胸元が開いて谷間が見事です! 動きやすさ重視のためだろうけど丈が短い、短すぎませんか? 生足がまぶしいです! 目のやり場に困ります!? 抱きしめてもいいですか! と挙動不審になっていると、さすがにその視線に気づいたサラさんが困った子を窘めるように言う。
「もう、どこ見てるんですか?」
「す、すいません!?」
俺は顔を上げたが、目は釘づけになってなかなか離れてくれない。
「ふふっ、仕方のない人ですね」
なんとか目線を上げると、サラさんは恥ずかしそうに微笑んでいて怒っているようには見えなかった。そして今更ながら雰囲気の違いに気づく。
いつもはおろしている髪をポニーテールに結っていた。
「いいですね! それ似合ってますよ」
「ありがとうございます。戦闘にはこちらの方が邪魔になりませんから」
サラさんはしっぽ部分を手でもてあそびながら言う。女性のこういう仕草ってたまらないよね。
サラさんはテーブルに用意しておいた、ウエストポーチののようなベルトを巻き、腰にさっきの武器を差し、ローブを羽織って冒険者が完成した。仕上げにリュックを背負って準備完了。
サラさんは昨日から何度言ったかもわからない言葉をもう一度繰り返す。
「おばあちゃん、なるべく早く戻るようにしますが、アキさんのことよろしくお願いしますね」
「言われんでもわかっておる。おまえも何が起こるかわからんのじゃから気を付けるのじゃぞ」
「はい。アキさん、一人で出歩いたりしないでくださいね」
「わかってます。サラさんが戻るまでおとなしくしてます」
なんだか子供扱いされてるような? お母さんみたいなこと言われてしまった。心配させるのも悪いしおとなしくしていよう。
「サラさんも気を付けて」
「はい、それでは行ってきます」
サラさんは後ろ髪を引かれながらも出発した。
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「はぁ、サラさんいいなぁ」
あんな彼女がほしい!
「なにがいいんじゃ?」
「うおっ!?」
いきなり後ろから声を掛けられ、椅子から落ちそうになる。振り向くとばあちゃんが目を吊り上げて声を上げる。
「色ボケしとるヒマがあったら、魔法の一つも覚えんか!」
「今ちょっと休憩してたとこだし! そんなことより、俺の魔力は?」
俺はなんとか誤魔化そうと言葉を連ねた。
「アホにサラはやらんからな」
誤魔化せなかった!?
「あ~~おぬしの魔力なんじゃがな……」
ゴクッ
魔法が使えるかもってなると緊張するなぁ。空飛べたりするのかなぁ。ワクワクが止まらないぜぃ。
て、あれ? なに? この苦渋の決断をするかのようなばあちゃんの表情は!
「……なかった」
ばあちゃんはボソリと言った。
あれ? よく聞き取れなかったな。俺は小首を傾げながら聞き返した。
「分析できなかった?」
「いや、なかったんじゃ」
「……なにが?」
「魔力が‥‥じゃ」
「またまたぁ、驚かそうとして~」
「いや、驚かすつもりはないんじゃが。いや、むしろワシが驚いたくらいじゃ」
「マジ?」
「……」
「…………」
部屋の中に気まずい空気が満ちて行った……