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自由に

はい、予告通り続きです。


「―――とまあ、そんなことがありましたとさ。おしまい」


 冬華が物語風に話を締め括る。「めでたしめでたし」と言わないのは、めでたくない話が多かったからだろう。

 それを裏付けるように、ロマリオの執務室は重苦しい雰囲気に包まれていた。そうならないよう物語風に締め括ったのだが、あまり効果はなかったようだ。

「そんな、空雄様が……」

 ローザはアキが連れ去られたと聞き、その場に崩れ落ちてしまっていた。

 冬華たちが戻ったと聞き、アキも無事に戻ったのだと思い喜び勇んで待ち構えていたところへ、その情報である。密かに思いを寄せていたローザには辛い話だった。その為、その他の話は何も耳に入っていなかったようだ。

「あれ? 私の話聞いてたかな? 連れて行ったのはカレンちゃんだし、連れ去られたのはお兄ちゃんだからきっと大丈夫だよ、って言ったよね? ね?」

 冬華が同意を求めると、すかさずシルフィが同意する。

『はい、確かに言いました』

 確かに言ったが、それには大丈夫な根拠が少しもなかった。納得できるのは冬華とシルフィだけだったようだ。

 まったく聞こえていないローザを心配し、ロマリオは侍女にローザを部屋で休ませるように告げる。

 ローザが退室するのを見送り、ロマリオが再度確認する。

「空雄は本当に大丈夫なのだな?」

 その問いかけに、冬華とシルフィは自信あり気に頷いた。

「二人がそこまで言うのであれば我々も信じよう。とはいえ、問題は山積みだな。空雄は連れ去られ、カルマは死んだ。敵はアルスやシン、セイシだけでなく、新たに闇まで現れるとは……」

 ロマリオは苦虫を噛み潰したような表情をしている。悪い報せばかりだから仕方がないが悲観してばかりもいられない。

「マーサよ、どう思う?」

 ロマリオが眉間に皺を刻み込み、マーサに訊ねた。

「はい、今までに調べた文献にはそのようなことは記されてはいませんが、我々よりも長く生きる精霊の長からの情報であるなら事実でしょうな。しかし、闇を倒す、あるいは封印できる者が4戦士ではなく、担い手なる真に精霊に認められた者だけとなると、まずは担い手を揃えることが先決ですな」

「そうだな……」

 マーサの言葉で更に重苦しい雰囲気になる。

 すると、冬華が空気を壊すように明るく言い放った。

「だいじょぶだいじょぶ! そのために私が担い手になって来たんじゃない!」

 冬華は「ふふん」と控えめな胸を張り得意気にしている。しかし、それでもその場の空気は壊れなかった。倒せなかった時の封印に掛かる代償も聞いていたからだ。再封印には担い手を犠牲にしなければならない。それは冬華だけでなく、他の三人も犠牲にしなければならないという事だ。冬華は納得して担い手になったが、他の者が納得するとはかぎらない。

 そんな心配をよそに冬華は更に言い放つ。

「大丈夫だって、私かなり強くなったんだから。最強への扉を開いちゃった感じ? もうコウちゃんよりも強いんじゃないかなぁ? どう? 勝負してみる? みる?」

 肘で光輝を突いて挑発しているが、光輝が首を縦に振ることはなかった。

「いや、僕も強くはなったと思うけど、今の冬華ちゃんに敵うかというと正直自信はない」

「え~勝負しないの?」

「ああ、しないよ」

 光輝にすげなく断られ、冬華は「つまんないの~」とそっぽを向いた。

 光輝は今、それどころではなかった。

 闇を倒すにも封印するにも担い手の力が必要だ。しかし、そこに自分が介入する余地があるのかというと、否である。アルスを倒すために腕を磨いて来た。アキの力を自分のモノにした。しかし、こと闇に関しては担い手でない自分は蚊帳の外だった。今までしてきたことがすべて無駄だったのではないか、という疑念が脳裏を過っていた。

(アキもこんな気分だったのだろうか)

 光輝は今更ながらにアキの気持ちを理解した。

 その沈んだ表情を見て汐音が声を掛けようとすると、

「チョ―――ップ!」

ゴスッ

「うぐっ!?」

 冬華が光輝の頭に手刀を振り下ろしていた。

「ちょっ!? 冬華ちゃん!? いきなり何してるんですか!」

 汐音の抗議にも冬華は悪びれもしない。

「だぁってぇ、コウちゃん辛気臭い顔してんだもん。またあの時みたいにまるでダメ男になるつもり?」

 冬華のこの言葉にその場の空気が困惑に染まる。

 言いたいことはわかるが何の事だか意味がわからない。皆そんな表情をしていた。

「冬華、そのネタはワシ世代じゃないとわからんと思うぞ」

 嵐三がこそっと耳打ちしてきた。

「嘘っ!? マジで? まるでダメ男だよ? 知らないの?」

 正確には丸〇だめ夫、ドタバタコメディ漫画でアニメやドラマ化までした作品である。

 しかし、冬華の年代で知っている者はいないだろう。いても相当なマニアだろう。嵐三から聞かされていた冬華とアキ、シルフィは知っているけれど、さすがに光輝は知らないようだ。冬華の軽いボケは、年代的に周知されていないという理由でツッコんではもらえなかった。

 冬華は一つ咳ばらいをする。そして、

「コホン……え~と、うん。さっきも言ったでしょ、お兄ちゃんに考えがあるみたいだって。たぶんその考えにはコウちゃんも含まれてるはずだよ……(たぶん)」

 さっきの(くだり)をなかったことにした。

 言葉の最後に自信のなさが窺えたが、誰も気づいていないようだ。

「そう、なのかな?」

「うん! お兄ちゃんがコウちゃんをハブったことなんてないでしょ! だから気を落さない! 今はやれることをする! いい?」

 アキが光輝をハブったことはない。

 距離を置かれたことはあったが、それは自分の所為だと光輝は理解している。それに、アキとは精神世界でちゃんと話もして、和解? もしている。何かの作戦があるのなら光輝を戦力に組み込まないわけがない。

「うん、そうだな」

 冬華たちのように無条件の信頼を寄せる光輝だった。

「ま、差し当たっては、お兄ちゃんの捜索と、ガイアス、フレイアの拘束だね」

「そうじゃな、空雄はおそらくアースガルドにおるじゃろう、そしてガイアスも同じくアースガルドにおるはずじゃ。アイズが水の聖域を目指したのと同じ理由でな」

「となると、フレイアも同じ理由でクリムガルドにおる可能性が高いわけじゃな」

 冬華が口火を切ると、嵐三とマーサが現状を確認し合う。

「ウィンディはお兄ちゃんと一緒にいるからいいけど……あれ? ウィンディってどうなのかな?」

 冬華がシルフィに視線を向けると、シルフィは目を閉じ首を横に振る。

 どうなの? とは、ウィンディの中に担い手の残滓があるのかということだ。

『わかりません。あの女は何も言っていませんでしたし、それらしい気配は何も感じませんでした。合流して聞き出せばいいでしょう』

「合流ねぇ、やっぱり二人って仲良し……」

『違います』

 シルフィは食い気味に否定した。

 冬華が「素直じゃないなぁ」とシルフィをからかっていると、気を取り直した光輝が口を開いた。

「よし、時間もないから、アースガルドへ向かうパーティとクリムガルドへ向かうパーティ、二手に別れて捜索しよう」

「ふむ、そうじゃな。封印が一つ解かれ、もう一刻の猶予もないかもしれんからのう。それで、組み分けはどうするのじゃ?」

 嵐三が訊ねると、冬華がすかさず口を挟んだ。

「私と麻土香ちゃんはアースガルド組で」

 麻土香はわかるが、冬華はどうして? という視線が向けられた。

 冬華の属性的には対フレイア戦で有利になる。だから、クリムガルドへ向かった方が戦力的にはいいはずだ。やはりアキを捜したいというのが強いのだろうか?

 と、疑問が疑念に変わり、容赦なく冷たい視線が冬華に突き刺さる。

「ち、違うよ! お兄ちゃんとか関係ないし! いや、なくはないけど……」

 しどろもどろになりながら言い訳をすると、「う~」と唸り理由を口にした。

「クリムガルドにはソウ君が行くでしょ? てことは結衣ちゃんもでしょ? あの二人と行くのはちょっと、ねぇ?」

 ねぇ? と言われても困る。ここに二人がいないからいいものの、聞きようによっては二人を嫌っているように聞こえてしまう。しかし、二人の事が嫌いというわけではないはずだ。二人とは友好的な関係を築けているのは、見ていればわかる。では、どういうことだろう? 

 冬華が何を言いたいのか光輝にはわからなかった。それは皆も同じだったようで、頭の上にはてなマークが浮かんでいた。

「あれ? わかんない? アツアツカップルになりつつあるあの二人と一緒じゃ……見てて胸焼けしちゃうじゃん。あれに対抗できるのはもうコウちゃんたちくらいでしょ?」

 後半の声のトーンが低い。なんだか闇を感じてしまう声音だった。

 光輝と汐音は「そんなことは……」と顔を赤くし口ごもっている。

「「ホント、リア充なんて爆発すればいい」」

 冬華と麻土香がボソリと謎のハモリを見せた。胸の内にどんな闇を抱えているのだろう。

 いたたまれなくなった光輝は矛先を変えようとし、つい口を衝いてしまった。

「いやいや、それなら冬華ちゃんだって……」

「光輝」

「え? あ、いや、すまない」

 汐音に咎められ、光輝は謝罪した。

 当然カルマの事も聞いている。さすがにそれはシルフィが話していたが、冬華は表情を変えずにいたので気持ちの整理がついているのだと思っていた。しかし、そうであったとしても思い出させるようなことは言うべきではないだろう。

 冬華は「ん? 何が?」と平然としている。

 しかし、どこかぎこちなくも感じる。無理をしているのではないかと心配し、汐音が声を掛けようとするが、それを遮るかのように冬華が口を開いた。

「まあ、あくまで私の希望だから、振り分けはコウちゃんの任せるよ」

「あ、ああ、わかった」

「じゃ、お腹空いたからご飯食べて来るね。振り分け出来たらすぐに出発するんでしょ? 腹ごしらえしとかなきゃね。あと、何か聞きたい事あったらシルフィに聞いて。シルフィの方がお兄ちゃんからいろいろ聞いてると思うから。じゃそゆことで」

 冬華は矢継ぎ早に言うと、手をプラプラ振って執務室を出て行った。

「冬華ちゃん……」

 冬華へ伸ばされた汐音の手は、冬華の居なくなった虚空を所在なさげに彷徨っていた。




 食堂へ来た冬華は、カウンターで食事を受け取り隅の席に着いた。

 しかし、食事には手をつけずボーッとしていた。今日のメニューが好きなものではなかったから、というわけではない。メニュー自体見えていないようだ。ただ受け取り、そのまま席に着いただけだった。

 食堂はシンと静まり返っている。他の兵士達はまだ演習中なのだろう。一人でいるには丁度いい静けさだった。


 どのくらいボーッとしていただろう? まだ微かにぬくもりのある食事からそれほど時は経っていないように思われる。

 その程度の時間が経つと、冬華に近づいてくる足音に気付いた。いや、正確には冬華ではなくミュウが気付き、その人物が近づいていることを冬華にそっと報せたのだ。

 それは冬華が話さなければならない人物だったから……。


「冬華さん、ここいいですか?」

「……はい」


 その問いかけに冬華ははじめ動揺していたが、真っ直ぐに見つめ頷いた。

 了承を得たアルマは、冬華の対面の席に腰を下ろす。

 この組み合わせは珍しく、何とも違和感があった。

 ひょっとしたら、近い将来この組み合わせで話す機会があったかもしれない。それは、カルマが恋人を紹介する時であったり、婚約者を紹介するときであったかもしれない。それはカルマありきの話であり、今はカルマの姿はない。

 残念ながら今この場では、そんな心躍るような展開はなく、もっと辛く残酷な要件のはずだ。

 執務室にアルマの姿もあった。冬華たちからの報告は聞いている。カルマの経緯はすでに知っている。陛下がそれについて言及してくることはなかった。それは自国の兵士が無様に死んだとは考えていないからだろう。自分の職務を全うし、弱き者を護るために戦い命を落としたと信じているからだろう。アルマ同じ思いだからこそ黙って聞いていたのだ。しかし、今は違う。陛下の御前でもなければ、他の兵士もいない。冬華と二人きりだ。兵士としてではなく、一人のカルマの身内として感情を発露させても咎める者は誰もいない。

 アルマがここへ来たのは、たった一人の最愛の弟を失った兄が、護り切れなかった冬華を非難するためなのかもしれない。

 冬華はカルマの最期をアルマに話さなければならない。謝罪しなければならない。非難を受けとめなければならない。それがカルマを死なせてしまった自分の責任だとわかっていたから。

「あの、アルマさん……」

 冬華がアルマをさん付けで呼ぶのは珍しい。アルマは一瞬困惑してしまった。

「……すみませんでした。カルマを、弟さんを死なせてしまいました。すべて私の責任です。本当にすみませんでした」

「冬華さん……」

「謝って許される事ではないことはわかっています。でも、私にはそれくらいしかできなくて……すみませんでした。それで、その……」

 アルスの言葉を遮るように謝罪の言葉を口にし頭を下げた。そして、話さなければならないことがあるが、なかなか言い出せないでいた。それはあの時の事を思い出さなければならないからだ。

 冬華の顔が悲痛に歪んでいく。

 辛いのは冬華も同じだと、アルスも重々承知していた。

「冬華さん」

「は、はい」

 冬華は沙汰を待つように目をキュッと瞑った。

「あいつの最期はどうでしたか?」

「え?」

 冬華はその問いかけに戸惑い顔を上げた。

 非難されることを覚悟していた冬華は、まさかアルマの方から切り出してくるとは思っていなかったのだろう。

「あいつは立派でしたか?」

「……はい、立派でした。村人を救うため、私を護るために必死に戦ってくれました」

「あいつは兵士であり、根っからの戦士です。たとえ相手が自分よりの強くても、護るべき者のためなら剣を振るう。決して背を向けたりはしない。戦場で死ぬことも覚悟していた」

「はい、そう言ってました。自分は兵士だから逃げることはできないんだって。私を護るためなら無理もするって」

「あいつは冬華さんの事を好いていましたからね。口には出しませんでしたが、態度には出ていましたから」

 わかりやすいヤツだから、とアルマは微笑みを漏らす。

「ですから、冬華さんが気に病む必要はありません」

「でも!」

 冬華の声をアルスは手で制し続ける。

「私はカルマを誇りに思っているんです」

「え?」

「あいつは惚れた女の為に命を掛けられる男になったのだから。そして、冬華さんは生きてここにいる。惚れた女の為に戦い命を落としたのなら、あいつも後悔はないでしょう」

「……」

「だから、カルマをあなたの(かせ)にしないでください」

「枷だなんて……」

 アルマは冬華の否定の言葉を更に否定する。

「カルマの事を悔やんで歩みを止めてしまうのであれば、それは枷でしかない。そんな事あいつは望んでいない。俯かず、前を向いてください。あなたの前にはいくつもの選択肢が広がっている。あなたは自由に生きていいんです。そんなあなただからこそ、あいつも惚れこんだのだから」

 冬華はその瞳に涙を溜めながら聞いている。

「だから、あいつの分まで精一杯生きてください。誰よりも自由に。それがあいつの望んでいることだと思います」

「……はい」

 冬華は嗚咽交じりに頷くと、瞳に溜まった涙が頬を伝って流れ落ちて行った。

 非難されるとばかり思っていた冬華は、アルマが自分(冬華)の気持ちを慮ってくれるとは夢にも思っていなかったのだろう。その気持ちが胸に刺さり、留めていた涙が止めどなく溢れてしまった。

 アルスは一つ咳ばらいをすると、視線を宙に彷徨わせた。

「コホン、あ~これは兄として、最初で最後の妹への助言だと思って心に留めておくように。いいな、冬華」

 アルマは照れくさそうにそう言った。

 アルマはずっと、あり得たかもしれないそんな未来に思いを馳せていたのかもしれない。しかし、それはもう叶うことのない夢となってしまった。だからこそ、最後に兄としての務めを果たそうとしたのだろう。

「はい、お兄さん」

 冬華もこの一時の儚い夢に便乗し、涙笑いを浮かべ頷き返した。


次回、アースガルド、クリムガルドへ出発します。

組み分けはどうなる事やら。

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