霊拝の間の戦い3
アキは黒いカレンを見据えゆっくりと立ち上がる。
この場に黒い女の子が現れるのはサラの予知夢でわかっていた。それがおそらくカレンである事も、光輝からの謎の交信があったため気付いていた。が、直にカレンを目の当たりにすると、カレンを巻き込んでしまったのだと改めて突き付けられ心が痛んだ。こんなことになる前にカノンさんの下に返しておくべきだったと。悔やんでも悔やみきれない。
しかし、今は悔やんでいる場合ではない。カレンの目的、いや、カレンを操るセイシという者の目的を知る必要がある。
(狙いが俺なら話が早くていいんだけどなぁ)
光輝の話からもその可能性は高い。
しかし、本当にそうなのだろうか? アイズは『ヤツはまだ諦めてねぇ』と言っていた。アイズがヤツと言うからには、その対象はシン、もしくはシアだとアキは思っていた。もしヤツというのがセイシであるなら、狙いはアキではなく……。それは昨晩アクアから聞かされた話から導き出された可能性だ。アイズとセイシに繋がりがあるのかは不明だが……。
アキはカレンに訊ねた。
「カレン! お前の、セイシの目的はなんだ! 俺か? それとも……」
カレンは目を細め、ユラリとその闇に染まった瞳を向ける。そして、アキの言葉が可笑しいのか、幼さの残る顔で妖艶に微笑んだ。
「セイシ様の目的? ……フフッ、それはセイシ様が仰っていたでしょ?」
「つまり、俺ってことか?」
「ええ、私の仕事はアキを連れていくこと。他のことには手を出す必要はないって。だから、大人しくついて来てくれる?」
カレンは右手を差し出して告げた。
他のことには手を出す必要はない。つまり、アイズが言っていたのはセイシのことではないという事だ。冬華の試練が行われたことでシアの線もない。消去法でシンという事になる。ヤツが仕掛けてくるかもしれない以上、冬華がまだ動けない今、アキが聖域を離れるわけにはいかない。
そして、カレンの手を取るということは、その申し出を受けてついて行くという事。アキが受けいれるはずはないのだ。
しかし、アキはゆっくりとカレンに歩み寄り、手を伸ばしていた。
「アキ!」
サラが声を上げるが、アキは催眠術にかかったかのようにカレンの手を取ろうとしていた。
ドカッ
アキがカレンの手を取ろうとした瞬間、二人を引き裂くように牛頭Cの拳が床に突き刺さった。
アキは牛頭Cの拳を躱すと舌打ちをする。
「チッ!? もう少しだったのに」
アキはカレンの手を取ることで、カレンを蝕んでいる瘴気を吸い出そうと考えていた。「ダークイーター」を使えない今、直に接触する必要があったのだ。気付かれないようにそっと近づき手を伸ばしたのだが、その聞き分けの良さが逆に仇となったようだ。前回キッパリ断っていた為、その変化に違和感を感じたのだろう。誰が感じたのかはわからないが、気付かれて当然だった。
アキは牛頭Cを蹴り後方に跳ぶと、距離を取った。
「やはり、痛めつけて連れ去るしかないわね」
カレンは抑揚のない言葉を発し、魔剣ダガーを振り上げた。魔剣ダガーに埋め込まれた魔石が怪しく輝く。
魔剣ダガーは水を操る。床に張られた水が意思を持ったのように波打ち、カレンのまわりをグルグルと回る。そして、カレンが魔剣ダガーを振り下ろすと、それに従うように、アキめがけて水の矢が射出された。
ヒュン
バシャン
アキは手刀で水の矢を叩き落とした。
魔剣ダガー単体での魔法は大した威力はない。魔力を注ぎ込むことで多少威力を増すことはできるが、カレンの魔力を注ぎ込んだとしても、アキにはさほど変わりない。
しかし、不運にもここは水の聖域、清められた水が死ぬほどある。清められた水は魔力を浸透しやすく扱いやすい。つまり、カレンの魔力が続く限り、水の矢は無尽蔵に放つことができる。そして、操られているカレンに躊躇はない。魔力が尽きるまで放ち続けるだろう。文字通り死ぬまで。
水の矢は次々と放たれアキに襲い掛かる。
アキは水の矢すべてを叩き落とす勢いで、手刀を振り下ろし続ける。
バシャバシャバシャ……
数は多いが、防ぎきれない程ではない。しかし、このまま続けていれば、カレンの方に限界が訪れる。
アキは何とか水の矢を止め、カレンに近づこうと考えていた。
「ルゥ! 水の矢を吹き飛ばせ!」
「グエッ!(うん!)」
ルゥはすぐさま翼を羽ばたかせ、突風を起こした。
突風はアキとカレンの間に吹き抜け、水の矢を吹き飛ばした。
その隙をつき、アキはカレンの下へ一気に接近しようとした。
しかし、牛頭Cに行く手を阻まれてしまった。
ドゴッ
「ぐっ!?」
不意を突かれたアキは、牛頭Cに殴り飛ばされた。
床に四肢を着き着地すると、アキを追い牛頭Cは頭の角を突き出し突進してきた。まるで、バッファ〇ーマンのハ〇ケーン〇キサーのようだ。
アキは起き上がり横に飛び退こうとする。
すると、足元の水が、アキの足に絡みついた。
カレンが水を操り、アキの足を絡め取ったのだ。
「チッ!?」
アキは力ずくで水の拘束を解いたが、その一瞬の遅れの所為で、牛頭Cの攻撃を完全に躱すことはできなかった。
「くっ、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
牛頭Cの角がアキのローブに引っ掛かり、引きずられて行く。
そして、アキを振り上げるように、牛頭Cは首を大きく振った。
アキは勢いよく上空に放り上げられてしまった。
「どわぁぁぁぁぁっ……あ?」
しかし、天井に叩きつけられるまでには至らなかった。アキの体は天井から一メートルの高さで止まり、重力に引かれ落下をはじめた。アキにとって幸運にも思えるが、そうではなかった。アキにとっては天井に叩きつけられた方がよかったのだ。
空中、空を飛べない者にとって、そこは自由の利かない空間だ。天井に届いていれば、体勢を変えることが出来たかもしれない。自分の意思で跳んだのであればある程度は何とかなるかもしれない。しかし、牛頭Cによって出鱈目に放り上げられたアキには、自分で体勢を変えることができなかった。つまり、いい的だった。
ここに水の矢が打ち込まれるかもしれない。強力な水鉄砲程度の威力と言えど、数を打ち込まれればダメージとなる。そして、落下と同時に牛頭Cの攻撃が待ち受けている事だろう。
アキは覚悟を決め防御、ディバイドで攻撃が当たるであろう面の肉体を強化した。
今現在右側面だが、体が回転している為、次の瞬間には背後になる。アキは回転に合わせ強化箇所を変えていた。
しかし、一向に攻撃は来なかった。
回転で正面が下を向いた際にちらりと見ると、ルゥがカレンを押さえてくれていた。
(ナイスだ、ルゥ!)
そして、アキの落下予測地点では、牛頭Cが今か今かと待ち構えていた。
(ですよねぇ)
待ち構えているとわかっていても、アキにできることは変わらない。攻撃される際、タイミングよく下を向いていれば対応できるのだが、世の中そんなに甘くはないだろう。
やはり、と言うか、アキは背後から落下してしまった。
アキは全開で背を強化した。
そして、
ガクン
アキの体は逆くの字に曲がる。
「アキ―――!?」
サラの悲鳴が響き渡る。
サラの目には、アキの体が牛頭Cの角に貫かれたように見えたのだろう。
もちろんそんなことはない。アキはディバイドによって、完全に防御していた。
というわけでもなかった。
アキの体は、牛頭Cの角に接触する前に停止していた。
アキの体は、アキの背から突き出た透明な手によって牛頭Cの角を掴み止まっていた。
当然天井を仰いでいるアキには見えていない。
しかし、背の違和感には気付いていた。
アキは牛頭Cが新たに攻撃を仕掛けて来る前に体を捩り、牛頭Cの頭上から逃れ距離を取った。そして、両手を背中に伸ばし確認する。が、ギリギリ届かなかった。届く前に霧散してしまった。
「な、なに? 俺の背中、何か生えてた?」
アキが独り言のように呟くが、すでにその背には何もなく、誰も答えられなかった。
返事が返ってきたのは、まったく予期していないところからだった。
『(何をしている! しゃんとしろ!)』
それは内側からの声だった。
「かまってちゃん!?」
『(誰がかまってちゃんだ!)』
アイズだった。どうやらアイズが水を操り助けてくれたようだ。
しかし、アイズはアルスが倉庫内(アルスの体内)に拘束しているはずなのだが……。
(……アルス)
『(ごめ~ん。だってぇアキがピンチっぽかったしぃ、なんかこいつが力を貸してくれるって言うしぃ)』
(それを信じて、拘束を解くってどういうことだ)
『(少しだけ、少しだけだよぉ。変な動きをしたらすぐ抑えるよぉ)』
(まったく……で、どういう風の吹き回しだ?)
『(フンッ、そんなことはどうでもいいだろ。それより、俺の警告を忘れたのか!)』
「え?」
アキはハッとし視線を向けると、アクアの側にフォンテが立っていた。いつの間にかそこに立っていた。何をするでもなく、ただ立っていた。
「フォンテ?」
しかし、その表情は戦いに怯えている風でもなければ、以前見たような幼い感じでもない。感情のない人形のような冷たい表情だった。
「なんだ?」
アクアもミューズも、フォンテの存在に気付いていない様子だ。
フォンテはスッとアクアに手を伸ばす。
『(ボーッとするな! さっさとヤツを止めろ!)』
「え?」
『(いいかげん気付け! ヤツの中にいるんだよ!)』
フォンテの中に何かがいるのか? 何も感じないが、アイズのこの切羽詰まった様子はただ事ではない。よくわからないが、見過ごしていい状況でないことは確かなようだ。
アキはすぐさま駆け出した。
しかし、またしてもそこで邪魔が入る。
視線を外したことで、その接近に気付かなかったのだ。
アキは牛頭Cの蹴りをまともに喰らってしまった。
ゴスッ
「ぐっ!?」
吹き飛ばされる瞬間、ちらっと視界の端に見えたのは、フォンテの手から闇が噴き出すところだった。
「くそっ!? アクア様、後ろだ!」
『!?』
アキの声に反応し、アクアとミューズは振り返った。
しかし、少し遅く、闇はアクアを捕らえようとしていた。
『フォンテ!? これは!?』
『くっ!? アクア様!』
驚愕の表情をするアクア、咄嗟に駆け出すミューズ。それを嘲笑うかのように、闇はアクアを包み込む。
闇がアクアに取り付くと、用なしとばかりにフォンテの体は糸の切れた人形のようにその場に倒れ込んだ。
包み込むとはいってもアクアの体を覆いつくす程ではなかった。この一瞬であの巨体を覆うことなどできはしない。包み込んだのは、アクアの左腕、左前足と言った方が正確かもしれないが、闇が包み込んだのはその一部分だけだった。
「そこは!? くそっ!」
アクアから闇を引き剥がすには、左腕を侵食する闇を浄化するか吸い出すしか方法はない。
アキは起き上がり駆け出そうとする。
しかし、そんなアキを引き止める者がいた。
「な!?」
振り返ると、妖艶に微笑む黒い少女カレンがアキは羽交い絞めにしていた。
アキはカレンのすぐ側まで蹴り飛ばされていたようだ。
「フフフッ、アキ、一緒に行こ」
聞きようによっては少し心ときめく言葉だが、アキにはそこに気を止める余裕はなかった。
カレンの言葉を合図に、アキの体は影の中に引きずり込まれていたのだ。
「くっ!?」
アキは、影の淵に腕を掛け、転移を遅らせる。
「アキ!?」
「パパ!?」
「俺のことはいい! 冬華を護れ!」
アキはサラとルゥに声を上げると、シルフィへ視線を向ける。
「シルフィ!」
シルフィはビクッとし、アキに駆け出しそうな体を必死に押さえこんだ。そして、下唇を噛みしめ苦渋の決断を下した。
アキを見つめ、一つコクリと頷くと、ルゥを回収し冬華の下へ向かった。
そして、アキの下へは牛頭Cが歩み寄っていた。アキを見下ろし、闇へ叩き落とすようにアキの腕を蹴り飛ばす。
「くっ!?」
支えを失ったアキは、そのまま影の中へ吸い込まれて行った。
アキを吸い込むと、影は跡形もなく消え失せた。
「アキ―――!」
「パパ―――!」
サラとルゥの悲痛な叫びが響く。
暴れるルゥを強引に引き連れ、冬華の下へ向かったシルフィは、サラとルゥに告げる。
『大丈夫、アキを信じて! 今は冬華を護ることに専念して』
「しかし……」
『アキの妻になるのなら信じなさい!』
シルフィに言い咎められ、サラはハッとし口を噤んだ。
アキを信じることはサラにとって自然なことなのだ。信じて当たり前、信じないことなどあり得ない。こうなることは予知夢でわかっていた。それをアキにも話していた。こうなるとわかっていたアキが、何の策もなしに簡単に連れ去られるはずがないのだ。何か理由があるに違いない。その理由とは、カレンのことに違いない。しかし、それならこの場でも助ける方法はあったはず。きっと他にも理由があるに違いない。
サラはそう信じることにした。
『ルゥちゃん、あなたもアキの子なら自分が今すべきことがわかるはずです。アキを失望させないでください』
「パパ……グエ(うん)」
ルゥは少し寂し気に頷いた。まだまだ小さなルゥにとって、父親と離れるのは寂しい事なのだ。
『次アキに会う時には立派になった姿を見せてあげてください。きっと喜びます』
「グエッ!(うん!)」
シルフィに頭を撫でられルゥは元気よく頷いた。空元気ではあるが、目的が出来たことで落ち着いてくれたのならそれでいい。
(とは言ったものの、あれに手を出せるのは現状誰もいないのよね。アクア様に取り付く前なら時間稼ぎくらいは出来たんだけど。冬華が戦えるようになるまでもつかな……)
シルフィはアクアの様子を窺った。
アクアはどうにか抵抗を続けているようだが、長くはもちそうにない。あの闇の目的はわからないが、早く取り除かなければ。
シルフィが一歩踏み出すと、牛頭ABCが取り囲むように立ち塞がった。
『これはマズイですね』
シルフィは身構えながら呟いた。
一体なら余裕、二体だと五分五分、三体相手では少しばかりきついだろう。冬華を護りながらでは尚更だ。おまけに瘴気がある限りほぼ不死身ときたら、もうお手上げだろう。
しかし降伏はありえない。
シルフィは気合を入れ、先手を打とうと床を踏みしめた。
すると、
ドガッ
牛頭Cが吹き飛んでいった。
シルフィの気迫に押されたわけではない。物理的に蹴り飛ばされていた。
蹴り飛ばした張本人、ミューズへ視線を向ける。
『シルフィ! トウカの試練が終わるまで何としてでも抑えるぞ!』
『は、はい!』
シルフィはそう返事をしたが、
(とはいえ、ミューズ様が出張って来たのなら、あっという間に片付くわよね。もっと早く出て来てくれればいいのに……)
とは言えないシルフィだった。
アクアの左腕には一体何が? アキの思惑とはいったい?
次話でわかるだろうか。




