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もう一つの真実

「え? どういうこと? シアさん、ううん、アイズが担い手ってどういうこと!」

 シアの姿を確認した冬華が声を荒げ疑問を口にした。

 しかし、ここは水の聖域、初対面である冬華がいきなり疑問を口にしたところで、それに答えてくれる精霊など誰もいない。

「なんで無視するのよ!」

 そもそもまだ自己紹介もまだなのだ。精霊たちからすれば、『黙れ人間! アクア様に失礼だろう!』といった心境だろう。しかもアキ以外に人間が増えているのだから尚更だろう。冬華たちを見る精霊たちの視線が鋭く冷たい。

 そんな事とは知らず、その視線と、誰も答えないことに苛立った冬華は、アキの腕を引っ張った。

「ちょっと、お兄ちゃん! ここの連中態度悪いんだけど!」

「お前も十分悪いだろう。少し黙ってろ。詳しい話は……後でシルフィに聞け」

「なんでシルフィ頼みなのよ!」

「シルフィの説明の方がわかりやすいだろ?」

「む~確かに」

 冬華はうまく丸め込まれ、不服そうにだが、一応納得し口を噤んだ。

 アキはアクアに頭を下げ、謝罪する。

「すみません、うちの妹が失礼な口を利きまして。このアホな子は、妹の五十嵐冬華です」

「誰がアホ、もごもご……」

 冬華が文句を言いそうになったところを、シルフィがサッと口を塞ぎ暴言を吐かないように防いだ。

 ミューズは興味深そうに『ほう』と冬華をまじまじと見つめ、アクアは見定めるように目を細め、冬華を見据える。

『……なるほどな。その者がお前が言っていた、水の精霊と盟約を交わした盟約者か』

「はい」

『確かに、内から水の精霊の気配を感じるな。しかし、そなたのことは後回しだ。こやつの対処を先にせねば消滅してしまうからな』

 そう告げると、アクアの目が光る。

 すると、床から水が渦を巻いて立ち昇り、シアを包み丸く球体を作る。

 そして、アクアが口を開くと、水の球体は吸い込まれるように飲み込まれた。

『これでしばらくは大丈夫だろう。さて、アキオ。約束通り、お前たちを解放しよう。そして、お前たちの知りたい事にも答えよう』

「ありがとうございます。では、いくつかお願いします。まず、担い手とは一体?」

『ふむ、担い手か。担い手とは、いずこかから現れた闇の者に対抗するため、我々が異世界より召喚した者と精霊とが同化した者の事を言う』

「同化ですか。憑依ではなく?」

『うむ。力を振るう際、精霊の力を纏っていた為、人々には憑依しているように見えたのだろう。元々あ奴は実体を持たぬ存在だった。こちらの世界で実体となるため精霊と同化したのだ』

「実体を持たない? 召喚したのは人間ではないんですか?」

『人間? いいや、違う。そうだな、そなたの中におる者と似て非なる者、と言ったところか』

「俺の中……(アルスか?)」

『そなたの中におる者は闇。しかし、我らが召喚した者は光を力の根源としておる。瘴気を浄化するためなのだから当然だろう。我らは彼らを召喚し、それぞれ火、水、地 風の精霊と同化させたのだ』

(ん?)

 アキはアクアの話を聞き、今まで聞かされてきた話との食い違いに疑問を抱いた。

「あの、俺の聞いた話と違いがあるようなんですが……」

 アキは今までに知り得た情報を話し、その差異について訊ねた。

『なるほど。我々と、そなたらとでは伝わっておる話が違うようだな。では我々に伝わっておる話を聞かせてやろう』

 アクアの話の内容はこうだった。


 はるか太古の時代、精霊たちは虚空より闇の力が接近していることに気付き観測していた。

 闇は、不幸にも地上に落下し世界に解き放たれた。

 しかし、その闇は小さく弱々しかった。放っておけばいずれ消滅するだろう。

 そう思い、観察し、放置していた。

 闇は力を取り戻すべく、生物を襲っていくが、当時地上に生息していた生物には、闇の力の源である負の感情を持つ者はいなかった。

 取り込むべき瘴気の存在しない地上において、闇はますます小さくなっていき、消滅した。

 そう思っていた。

 しかし、地上に人間が生まれ落ちると、闇は再び現れ活動を再開した。

 闇は待っていたのだ。瘴気を生み出す、負の感情を抱く生物の誕生を。

 闇は人間を襲い、力を蓄え、そして人間の知識を得て、一つの結論に至った。

 人間を利用し、更なる力を得ようと。

 人間は利己的で欲深い。我欲に惚れ力を求める者は必ず存在する。闇はそれを利用し、人間と接触した。

 人間に力を授けることを条件に、ある場所に案内させた。

 最も闇に近しい力を持つ存在。地の精霊のいる地、アースガルドへ。

 地獄、地の底、地に堕ちる、と例えられるように、地には闇が滞り易い。そして、母なる大地というように、力に溢れている。

 その力を取り込む為だった。

 闇は地の精霊を1体、また1体と取り込み、地の精霊の長をも取り込んだ。

 そして、その力を使い更なる力を得ようとアースガルドを飲み込みはじめた。

 人間の欲は、地の精霊を絶滅の危機に追い込み、世界を危機に追いやった。

 そして、そうと知らないアースガルドの民から、地の精霊は裏切りの汚名を着せられてしまった。

 それが原因で、精霊たちは元凶である人間を嫌悪するようになった。

 生き残った地の精霊たちは、土の精霊と名を変え、闇を倒すために残りの三精霊たちと策を弄した。

 それが担い手を生み出す事だった。

 精霊たちは、召喚の儀式を執り行い、彼の地より光の者を召喚した。

 しかし、彼らは実体を持たず、精霊に近しい存在だとわかった。こちらの世界で実体となる為、こちらの世界にいる彼らに近しい存在、精霊と同化することを思い付き、それを実行した。

 四大精霊それぞれの中から最も優れた者が選ばれ、同化し、担い手が誕生した。

 しかし、担い手の力を持ってしても闇を倒すことは敵わなかった。

 仕方なく当時の精霊の長たちと共に、その身を触媒とし封印することにした。倒す方法を探る時間稼ぎとして。

 その封印は厳重にされ、解かれる事のないよう二重に施された。

 その要の一つが、ゲーティアにある封印の石碑だった。

 しかし、その封印の一つ目をつい先日解かれてしまった。

 再び封印するためにも、担い手の力の残滓であるシアの回収が急務だったわけである。


「精霊たちが人間を嫌悪しているのはそういった理由だったんですね。四大精霊の一角が地の精霊ではなく土の精霊だったのもこれで納得です。ですが……」

 それと同時に、最初の疑問の他に更なる疑問が浮かんできた。

「人間が力を借りに、聖域を訪れていないんですか?」

 嵐三と継守の話では、何度か人間が訪れているはずなのだ。

『いいや、来てはおらん。いや、正確には追い返したと言った方が正しいか。人間は災厄を呼び込むからな』

 今の話を聞いては、反論の余地もなく、アキは黙り込むしかなかった。

『だが、その際に精霊がいなくなるという騒ぎがあった』

「まさか、人間が?」

 嵐三たちから聞いた話と、アクアから聞いた話を総合すると、そう考えるのが妥当だろう。蘇ったアルスを封じる為にはどうしても精霊の力が必要だったのだから。

『はじめはそう思っておったのだが、いなくなった者というのが、血気盛んな若い精霊で、当時穏やかに過ごしていた聖域に馴染めない者だったのだ。力試しのつもりで自分からついて行ったのだろう』

 精霊とは基本的に自由な存在だ。聖域にいる者は聖域の理に従わなければならないが、出て行く者を引き止めたり、帰って来る者を拒んだりはしない。

 だからこそ、見て見ぬ振りをしたのだろう。

 その結果、アルス封印の為に犠牲となってしまったわけなのだが。

「そうですか……ん? では、エルメティアへ入るための条件というのは……」

『何の事だ? 人間がこちらに来ることに制限は掛けていない。風当たりはキツイものになるから、自分から来ようとするものなどいないだろうがな。おそらく、人間について行った精霊が、こちらに来ないよう適当にでっち上げたものだろう』

「そうですか……」

 そもそも、制限があれば継守もエルメティアへ行くことはできなかったはずだ。

(ん? ちょっと待て。制限がないのにどうして遺跡は封印されてたんだ?)

 それを訊ねると、アクアは知らないと言った。つまり、精霊たちが封印したわけではないという事だ。

 そうなると、人間が封印したことになるのだが、やはりドラゴンの襲撃を恐れて封印していたのだろうか?

 とりあえず、真実がわからない以上、それで納得しておくしかない。まだ、他に疑問は残っているのだから。

「では、アクア様たちは召喚の儀式で光の者を召喚したのに、どうして俺達人間が召喚されたんですか?」

 人間が訪れていないという事は召喚の儀式を見ていないという事だ。独自に編み出した儀式だったからなのか? 誤った儀式をせっせと続けても闇を倒すことはできないだろう。

『ふむ。おそらくついて行った精霊から聞き、我々の召喚の儀式を真似たのだろう。しかし、我々と人間とでは魔力の質が違う。儀式で繋がる世界も違うのだ。人間の魔力で儀式を行えば、人間に近しい存在のいる世界と繋がるは道理だろう。とはいえ、元いた世界と繋がるとは、面白い』

 真実を知らなかったマリアさんたちからすれば、俺達のいた世界は異世界。しかし、そこはマリアさんたちの先祖が元々いた世界でもある。召喚の儀で繋がったという事は、過去の術者の帰りたいという思いが作用していたのかもしれない。もしくは「なぜ我々だけ」という念が、無関係な人間を巻き込んでいたのかもしれない。

 どちらにせよ、人間の魔力では人間と近しい存在の住まう世界と繋げられても、光の者の住まう世界に繋げることはできなかったという事。精霊たちの召喚の儀式と同じ結果にはならなかったという事だ。

(はた迷惑な話だ。アルスが蘇る度に無関係な人間が巻き込まれるなんて……ん? あれ?)

「あの、先程、人間が訪れた際、精霊たちは穏やかに過ごしていたと仰いましたが、アルス、いえ闇が蘇ったのにどうして穏やかでいられたんですか?」

 闇を倒すことを考えていた精霊たちが、闇が蘇って穏やかでいられるはずがないのだ。そして、精霊たちが動いていれば人間が召喚されることもなかったはずなのだ。

 アキのこの質問にアクアは首を傾げてしまった。

『何を言っておるのだ? その当時、闇は蘇ってはおらぬぞ』

「え?」

『蘇っておれば、私が気付かぬはずがなかろう』

 嵐三に聞いた話では、アルスが蘇り、時の権力者が術者を雇いアルスと戦ったはず。だから人間は精霊の下を訪れたのだ。

『まあ確かに、わずかに闇の波動を感じてはいたが、小さなものだったから人間が垂れ流した負の感情ではないか? ん? アキオ? 聞いておるのか?』

 それとも、アルスが現れたのは、アクアが話した一回のみ?

 数回、いや、最低でも二回は現れたはずだ。それは嵐三やマーサの話からも否定できない。

(どういうことだ? 真実はいつも一つじゃないのか!? コ〇ン君!)

 アキの思考は少々混乱しはじめていた。その為、アクアの言葉も耳に入っていなかった。

(そうだ! 当事者に聞けばいい。おい、アルス!)

(……)

 しかし返事はない。ただのしかばねのはずもない。

(寝てるのか? ったく、こんな時に……でもまあ、記憶も完全に戻ってないから覚えてないかもしれないな。それは後で聞くとして)

 光の者でも倒せなかった闇を、俺たち人間が倒せるのだろうか?

「アクア様、闇を倒す手段はあるのですか?」

『ふむ、その事なのだがな。我々は、我々と担い手の力のみで倒そうとずっと考えておった。その所為で、倒す手段を考え付くことはできなかった。思い付いていれば、とうの昔に倒しておるわけだしな』

「では、まだその手段は……」

『いや、先程のアキオの話を聞き、思い付いた。人間の力を借りるなどありえなかったからな。いや、これは人間を軽視する発言だな。お前たちの考えに乗ろうと思う』

「俺たちの?」

『うむ、我々だけでなく、第三者と協力しようという事だ。勇者と言ったか? その者に力を貸そうと思う。そなたの仲間ならば信用もできよう』

 そう言えば、アクアの話の中に勇者という単語は出て来なかった。ここでも食い違いが出ていた。出てきたのは、闇を呼び込んだ人間のみ。どう間違えても勇者には思えない。人の姿をしていたから、当時の人々がそう関違いしたとも考えられるが。

 しかし、力を貸すと言っても、どう貸してくれると言うのだろうか。

「水の精霊の力なら、すでに冬華がその身に宿していますが」

『そうだな、だからその者の中にいる水の者に、担い手の力を授ける』

「え? そんなことが?」

『ここにあるのはすでに意思のない力のみ。受け渡すことは可能だ。闇を倒せなかった後悔の念が、闇に囚われたのだろう。しかし、そなたらと共に闇を倒せば、悔いもなく逝けるだろう』 

 光が闇に堕ちるなどあり得ない。余程の後悔だったのだろう。その心の隙を突かれ、闇に堕ちたアイズに取り込まれたのだろう。

『もちろん、その者たちが担い手として相応しいかどうか、試練を与えるがな』

「試練……」

 継守が受けたという試練を思い浮かべたが、その試練というのも当時の精霊によって適当に行われたものだろう。という事は、こちらが本来の試練という事になる。一筋縄ではいかないだろう。

 アキは冬華をチラリと見ると、冬華はやる気満々な表情をしていた。

「その試練! 私たちが受けて立つわ!」

 挑まれれば断らない。正々堂々と迎え撃つ。男らしい姿がそこにはあった。

 女としてはどうかと思えるが、カルマに恥ずかしい姿など見せられない。カルマが惚れた女であるために、その信念を曲げることなど今の冬華にはできないのだ。

『うむ、よく申した。試練は明日行うとしよう。今日はしっかり休むといい。そなたらの解放も、試練の後でよいな?』

「はい」

『では、明日また会おう。私も疲れたのでな』

 アクアももう高齢。腑に落ちない点はあるが、長話に付き合わせたことを申し訳なく思っていたアキは、今日のところは引き下がることにした。

『マレ、その者らを部屋に案内してやれ』

『はい。承知しました』

 マレは恭しく頭を下げ、アキたちの下へ歩み寄る。

「では失礼します」

 アキたちはマレの後に続き、霊拝の間を出て行く。

 その際、アキはミューズに視線を向け、何やら合図を送っていた。


 部屋へ向かう途中、アキは足を止めた。

「マレさん、先にみんなを部屋に連れて行ってもらえますか。俺はルゥと散歩してから行きますので」

「パパ!」

 アキとサラに挟まれていたルゥは、アキが遊んでくれるのだと思い、パアッと花が咲いたような表情をしていた。

『……わかった』

 マレは一瞬訝し気に表情を険しくしたが、何かに思い至ったのか表情を戻し頷いた。

 アクアに部屋へ連れて行くように言われたマレが、それを承諾したことに違和感を覚えたシルフィだったが、マレと同じく、アキの行動の意味を思い出し、口を噤んだ。

「でしたら私も」

 アキとルゥが散歩に出かけるのであれば、サラもそれについて行くのが当然の流れだろう。

「え? あ~と、それは……」

 アキが奥歯にものが挟まったような反応を示していると、ルゥが手を引っ張り見上げて来た。

「パパァ?」

 ルゥはサラの手をギュッと掴んでいた。

 やはり母親が恋しいのかもしれない。サラと離れたくないのだろう。

 チラリとサラを見ると、「ダメですか?」というような、上目遣いで断りづらい仕草を見せていた。

(こ、断れん! それ、ずるくないですか?)

 と思いつつ、アキは頷いた。

「わかった。サラも一緒に行こう」

「はい!」

「グエッ!」

 サラとルゥは嬉しそうに返事をし、ルゥはサラに飛びついた。サラはそんなルゥを愛おしそうにギュッと抱きしめている。

「じゃあ私も行く」

『ダメです』

 冬華も同行しようと声を上げたが、シルフィが即座に止めた。

「なんでよ!」

『なんでも! 冬華は私と部屋に行くの!』

「だから、なんで……」

『久しぶりに冬華と会えたんだもん、二人っきりでおしゃべりしたいの。ダメ?』

 シルフィはこれでもかという程、可愛らしく冬華に言い募った。

(こ、断れない! それ、ずるくないですか?)

 と思いつつ、冬華は頷いた。

「わかったわよ。私もシルフィとおしゃべりしたいし」

『うん!』

 シルフィはこれ見よがしに冬華の腕にしがみ付いた。

 冬華もまんざらではなさそうだ。

 五十嵐兄妹は、ちょろかった。

 こうして、二手に分かれることとなった。


さて、この食い違いは何を意味しているのでしょう?


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