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物置き

遅くなりました。

「ここにカルマが?」

 そこはアキの部屋だった。

 ついさっきまで、冬華は隣の部屋で眠っていた。扉を開いたまま着替えてもいた。おまけにバスタオル一枚で廊下をうろついていた。危うくはしたない姿を見られるところだった。

 しかし、今の冬華はそんなことに頭がまわる余裕はなかった。早くカルマに会いたい。ただその一心だった。

 アキは扉を開き中に入っていく。

 冬華もその後に続く。

 アキのベッドにカルマは寝かされていた。

「カルマ!?」

 冬華はベッドに駆け寄りカルマの顔を確認するように、両手でカルマの頬に触れる。

 微かに熱を感じる。

 浅いが、呼吸もしている。

 それは生きている証だった。

 冬華の瞳から自然と涙が溢れ出ていた。涙は頬を伝い、カルマの頬に落ちる。

 アニメやドラマであるなら、ここでカルマが目覚めるのだが、残念ながらその気配はない。

 それでも、生きていてくれたことが冬華には嬉しかった。

「カルマ、カルマァァァッ!」

 冬華は嬉しさのあまり、アキがいることなどお構いなく、カルマに抱きつき泣き出した。

 アキは冬華が泣き止むのを黙って待っていた。

「ヒック……グスッ、ズズッ」

 冬華の鼻を啜る音が聞こえてくる。

 泣き止むと、振り返りアキを見上げる。

 目は赤く、目蓋も赤い。しかし、その表情は嬉しさに溢れていた。

 アキは胸が苦しくなるのを感じた。

「お兄ちゃん、ありが……」

「冬華」

 アキは冬華の言葉を遮った。

 ありがとうなんて、感謝されるようなことは何もしていないのだから。

 アキの神妙な面持ちを目にし、冬華は表情を強張らせた。

 この嬉しい出来事が、泡沫の如く消え去るのではないかと不安が過ったのだ。

 アキのドッキリ、悪戯だと思いたい。そう願いながら、アキの言葉を待った。

 アキは息を吸い込むと、覚悟を決めたように語り出した。

「あの時、カルマの体にまだ気が残っていることに気付いて、俺は処置を施した。手足に滞っていた気を正常な流れに戻し、回復魔法を掛けられる状態に戻した。そして、サラに回復してもらった」

 冬華は黙って話を聞き、頷いている。

 ここまではいい。話がここで終わったなら、冬華の不安は杞憂で終わる。しかし、話はまだ続いていた。

「体は回復したが、この体に魂は宿っていない」

「え? どういう意味?」

「カルマは自分が死んだと思い、それを受け入れてしまった。その結果、魂は体を抜け、黄泉へと旅立ってしまった。魂の抜けた体は、直に朽ち果てるだろう。期待させておいて、本当にすまん」

 アキは冬華に頭を下げた。あのアキが冬華にだ。

 それだけで、この話に嘘はないと冬華は確信してしまった。

「そんな……」

「俺は、お前に別れの時間を作ってやりたかった。でも、その時間もそう長くはない。直に聖域に着く。それまでここにいて構わない。それまでに別れを済ませておけ」

「……」

 冬華は何も言わなかった。放心したようにカルマの顔見つめていた。

 アキは話し終えると、二人だけにしてやるために、部屋を出て行った。

 扉を閉めると、中から嗚咽する声が聞こえて来た。

 部屋の外にはミュウが悲し気な表情で立っていた。話を立ち聞きしていたのだろう。

「ミュウ、冬華の側についててやってくれ」

『はい』

 ミュウは頷くと、門番のように扉に背を向けて立ち、目を閉じた。冬華の悲しみを、共に受けとめようとしているのだろう。

 それを見届け、アキは階段を下りて行った。

 リビングへ入ると、アルスに視線を向ける。

「あれはどこだ?」

『お庭だよぉ。お庭の物置の中に放り込んであるよぉ』

「雑だな、おい」

『えへへぇ』

 アルスは褒められたと思ったのか、身を捩り照れ笑いを浮かべていた。

 アキはリビングの窓を開き、そのまま庭に出て行く。

 それを引き止め、ウィンディが訊ねる。

『アキ、冬華にはどこまで?』

「不確定要素が多いからな……」

『そうですか。……そうですね』

 そう頷くと、ウィンディは立ち上がり、アキの後について行く。

『あ、待ってよぉ。僕もいくぅ』

 緊張感のない声を上げ、アルスもトテトテと後について行く。

 庭の隅には、百人乗っても大丈夫そうな物置が建てられている。

 物置の扉を開くと、そこは……

「異次元かよ……」

 と言いたくなるような、別次元の広い空間になっていた。

『だってぇ、ここも僕のお腹の中だもん』

「お前の腹は二つあるのか」

『えへへぇ』

 アルスは照れ笑いを浮かべている。

 もちろん褒めてはいないのだが、やるべきことはやってくれている為、アキは黙ってアルスの頭を撫でてやった。

 アルスは嬉しそうにしている。

 正確にいうなら、今現在この家の敷地内すべてがアルスの腹の中になっている。この一定空間をアルスが掌握していないと何かと困るからだ。

 物置の中には巨大な透明な筒が三つあり、それぞれが管で繋がっている。

 これらは、あくまでもアキのイメージを形にしたものであり、機械的な機能は一切ない。

 中央の筒の中には、純水を少し黒く濁らせたような色彩の、人の形をしたものが入っている。

 左側の筒の中には、闇色の靄のようなものが入っている。

 そして、右側の筒の中には、濁りのない色彩のアイズが眠るように入っていた。

 この巨大な張りぼて装置の中で、闇水の精霊アイズを分解し、それぞれあるべき姿へと還していたのだ。

「うまく進んでいるみたいだな」

『うん! もう少しで終わると思うよぉ』

 アルスはそう答えると、左側の筒から伸びる細い管をストローのように口に咥え、チューチュー吸い始めた。

「ジュースかよ」

『ふぇ? おふいくふぁふぁがなふておいひいひょぉ(汚水臭さがなくておいしいよぉ)』

「何言ってんのかわかんねぇよ。飲むか喋るかどっちかにしろ」

『チュ―――!』

 と、アルスは勢いよく吸い始めた。話すよりも、飲むことを優先したようだ。

 とはいえ、食欲が(まさ)ったわけではなく、早く力と記憶を取り戻し、アキの役に立ちたいという意気込みの表れなのだろう。と、アキは思うことにした。

「さてと……」

 アキはアイズの入る筒の前に立つと、コンコンと扉をノックするように筒を叩いた。

 すると、ノックに気づいたアイズがゆっくりとその瞳を開いた。

 アイズは状況を確認するように視線を周囲に走らせる。そして、アイズを見ているアキに視線を固定した。

『貴様、俺をこんなところに押し込めて、どうするつもりだ?』

「随分な言い草だな。消滅させられないだけマシだろう?」

『ふん』

「まあ、用があるからこうして捕らえたんだけどな。少し聞きたいことがあるんだが、お前は自分が何者なのか覚えているか?」

『当たり前だ! 俺を馬鹿にするか! 俺はアイズ、清浄なる水の精霊アイズだ!』

「清浄なる……闇水ではなく、水の精霊なんだな?」

『くどい! だが、あんなものに惑わされていたとは……すべては人間の愚かさが原因だ。やはり人間など滅ぶべきなのだ』

 どうやら、アルスの闇に囚われていた時の記憶はあるようだ。という事は。

「……人間への憎しみは、闇の力とは関係なく抱いているってことか?」

『当然だ! 人間達が俺に何をしたと思っている! あいつに何をさせたと思っている! ……俺が人間を許すことなどありえない!』

 アイズは怒りをぶつけるように筒を殴りつけた。

 ゴンッと大きな音を響かせ、その衝撃で巨大な筒はビリビリと揺れていた。

 壊れるんじゃないかと、アキは内心ヒヤヒヤしていた。

「文献には、そこまで詳しく書かれていなかったからな。そこまでは知らん」

『ふん! だろうな。人間は自分たちに都合のいいことしか書き残さないからな。都合の悪いことは、すべて闇に葬る。それは人間の得意とするところだからな』

「……否定はしない。人間は臆病で、弱い生き物だ。自分が助かるためなら、時に残酷な選択もする。お前が人間を憎む気持ちもわからなくもない」

『ふん、人間のお前に何がわかる』

「そうだな。ぶっちゃけよくわからん。そんな酷いに裏切りをされたことはないからな。しかしだ。それだけ人間を憎んでいる割に、冬華にご執心だったみてぇじゃねぇか。冬華は人間だぞ?」

『……冬華か。あれは特別だからな』

「特別?」

 水の精霊と憑依できる冬華は、確かに特別だと言えるだろう。しかし、アイズが冬華を狙い出したのは、冬華とミュウが盟約を交わすより以前からだ。アイズの言う特別というのは、憑依とは別の意味を差しているのだろう。

「どういう意味だ?」

『……お前に話すつもりはない』

「俺には、か?」

『……』

「そうか……」

 さほど面識のないアキに、プライベートな事を話すはずがない。しかし、この口ぶりは、話してもいいと思える者がいるみたいだが……それは冬華か、それとも同じ水の精霊であるミュウか。どちらにしろ、ここまで人間を恨む理由は話してはくれなさそうだ。

 この分だと、これから話すことにも耳を傾けてくれないかもしれない。しかし、元々がダメ元、話すだけでも話してみよう。

「アイズ、ここからが本題なんだが……」

 と、アキは本題を切り出した。

 やはりと言うか、アイズは聞く気がないのかそっぽを向いていた。

 話し終えると、アイズはそっぽを向いたまま黙り込んでしまった。

 話している間、耳はしっかりアキに向いていた。一言も拒絶の言葉を言わなかったという事は、話に興味が沸いたのかもしれない。そして、その話の内容を吟味しているのだろう。

「返事は待つが、あまり時間がないのもわかっているだろう? 早めに決めてくれ」

『……』

 アイズはチラリとアキの瞳を見る。アキが本気で言っているのか確認しているようだ。

 一切視線を外さなかったアキが、本気であると感じたのだろう。

 アイズは再び視線を逸らそうとする。すると、アキの背後にいるウィンディの存在に気付き、視線を止めた。

 ウィンディはジッと見つめ、アイズの背を一押しするかのように一つ頷く。

 しかし、アイズはスッと視線を逸らし、瞳を閉じた。

「いい返事を待ってる」

 アキはそう言うと、物置から出て行った。

 ウィンディはアイズを一睨みし、アキに続いて出て行った。

『あ~待ってよぉ、チュ―――!』

 アルスは、もう一吸いしてから出て来た。

『アキ、いいんですか?』

「ああ、アイズは冬華を特別だと言ってたからな。たぶん大丈夫だろう」

『……そうですか? アキがそういうのでしたらいいんですが……』

 ウィンディは納得できていないようだが、言葉を飲み込んでいた。

 家に入ろうとすると、


「アキ、そろそろ着きますよ。起きてください」


 と、サラの声が聞こえて来た。

「もうそんな時間か。ウィンディ、アルス、後を頼むな」

「はい」

『うん!』

 アキは玄関へ向かい、階段からチラリと二階を見上げた。

「(もう少しだけだぞ)」

 アキはボソリと呟き家を出た。



 目覚めると、後頭部に心地いい感触を感じた。

(ここは天国か?)

 アキを覗き込む二人の顔が目に飛び込んできた。

「女神様と天使がいる。やはり天国、俺は死んだのか」

「死んでません」

 女神様は困った人を見るように微笑んだ。

「パパ―――!」

 天使は嬉しそうにアキの腹にダイブしてきた。

「ぐふっ!?」

 衝撃で、アキの体はくの字に曲がる。

 女神様と天使、もちろんサラとルゥだった。

「ルゥ! 軽いからっていきなり飛び込んで来るな。さすがに腹は痛い」

 と言いつつ、アキはルゥを優しく抱き留めていた。

「グエェ」

 ルゥは嬉しそうだ。

『ようやく起きたか。もう聖域だぞ』

 マレの言う通り、ここはすでに聖域内だった。


アキはアイズに何を話したのでしょう?

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