金〇先生
少し時を遡る。
―――王都、ミールガント上空。
巨大な鳥が、闇夜の空を優雅に羽ばたいていた。
鳥の多く夜目が効かないから夜に飛んだりしないと、そう思う者もいるかもしれないが、意外と飛んでいる。目視で確認できないだけで、渡り鳥などは夜も飛んでいるらしい。
この鳥も夜に飛べるタイプなのだろう。
その容姿は孔雀のそれと似ていた。しかし、色は真っ白でサイズが桁違いに大きい。孔雀とは別の種であることは確かだ。この鳥は、以前アキを捕まえ、飛び回っていたワイバーンを追い回していた、あの鳥だった。そして、一度だけ見せた巨大なルゥの姿と瓜二つだった。サイズはこちらの方が大きいが。
巨大な鳥は、ミールガント上空を旋回し続けている。
そして、その鳥の上には二つの人影が乗っていた。
一人は五十嵐空雄ことアキ、もう一人は水の二級精霊マレ。この二人だった。
二人はじっと地上を見下ろしていた。
眼下に広がる王都の街並みを眺めているわけではない。そもそも暗くて何も見えはしないだろう。見えるのはチラほらと光る松明の明りと、家から漏れ出るランプの光だけ。二人が見ているもの、それは松明の明りが一際多く集まっているミールガント城。その内にある避難所だった。
避難所は豪快に破壊され、八首の水の龍が暴れ狂っていた。そして、その標的は闇水の精霊アイズ。アイズを相手にあそこまでド派手に暴れる者はそうはいない。つまり、わかりきったことだが、あの水龍の主は冬華だという事だ。
『被害は甚大だな』
マレが冷静に告げる。
「ですねぇ」
(やったのはうちの妹です。なんて言えねぇ)
まあ、すぐにバレるのだが。
しかし、アイズを相手にしているとはいえ、あそこまで派手に建物を破壊するだろうか? いくら何でもアイズを外に押し出すだけなら、入り口が壊れるくらいまでに力をセーブするだろう。
(中で何かあったのか?)
アキがそんなことを考えていると、冬華が飛び出し、アイズに攻撃を仕掛けていた。
「……ん?」
アキは冬華の戦いぶりに首を傾げている。
明らかに動きがおかしい。普段の冬華なら、曲線をイメージした動きを主軸とした戦い方をする。それに対し、今は随分と直線的な動きをしている。おまけに型がなっていない。動きがてんでバラバラだった。あんなものを嵐三に見られようものなら、基礎から叩き直されるレベルだった。
「あのバカ。そんな攻撃が当たるわけねぇだろ」
アキが呟くと、マレが驚いたようにアキを見た。
『お前、見えているのか?』
「え? ええ、まあ」
この高さから裸眼で見ると、昼間でも人は点くらいにしか見えない。ましてや今は夜である。精霊であるマレも見えているわけではなく、魔力を感じている状態だ。人間であるアキに見えるはずがない。マレはそう思っていた。
アキはディバイドを使い、魔力を目に集め視力を高めていた。秘密にするつもりはないけれど、説明するつもりもない。面倒だからだ。
「ん?」
すると、状況に変化が起こった。
「…………なるほど、確かみたいですね」
『当然だ。アクア様が妄言を言うとでも思ったのか』
マレの口調は平静を装って入るが、目つきは鋭くなっていた。アクアを愚弄されたと感じたのだろう。しかし、そんなことはありえない話だ。普通に考えれば、人間であるアキが先代の水の精霊の長を愚弄するはずがない。
否定しようと視線をマレに向けようとした時、アキは目を疑うような光景をその目で捉えた。
「……あの、バカが!」
アキの怒りにも似た感情を吐き出した。何に対するものなのかはアキにしかわからない。
マレは視線を向ける。
『……なんだ?』
マレは地上ではなく、まわりの宙へ視線を走らせていた。
マレが見ていたのは水。大気に含まれる水分を見ていた。大気中の水分は一定ではない。乾燥していたり、湿気が多かったりと、場所や天候、環境によって変わる。しかし、ある個所に急速に集まるという事は自然には起こりえない。人為的、魔力的な介入がなければ起こるはずがない。つまり、今それが起こっているという事だ。
『大気中の水分があの場所に集中している』
マレの指し示す場所を、アキは目を凝らして見る。
冬華達の上、上空に、闇夜で見えづらいが無数の水の槍が浮かんでいた。それらはすべて冬華へと向けられているようだ。
冬華は気付いていない。きっとアイズが仕掛けたのだろう。
「まずいな……マレさん、すみませんが先に行きます。下が片付いたら下りて来てください」
『先に行くって……ここは……!?』
マレが言い終える前にアキは鳥の背から飛び下りていた。
(ん~見つからないように下りたいな。あれには不意打ちした方がよさそうだし)
アキの心の声を盗み聞きした者がいた。
(『だったら僕の力を使ってよぉ。ほらぁ、僕って黒いでしょぉ? 絶対見つからないよぉ』)
アルスは自身の暗闇シルエットオバケを自覚していたようだ。
確かに闇夜に紛れるなら闇はうってつけだろう。
アキは落下しながらすぐさま決断する。
(わかった。アルス、力を貸してくれ)
(『もちろんだよぉ。僕とアキは一心同体なんだからぁ』)
アルスの声はいつも以上に弾んでいた。
何をはしゃいでいるのかは知らないが……まあ、アキからお願いされたことが嬉しいのだろうけれど、とにかくやる気を見せている。
その証拠に、アキの体から噴き出した闇は、あっという間にアキを覆っていた。
「よし、行くぞ!」
(『うん!』)
アキは空を蹴り落下に加速を加える。
夜でよかったのか悪かったのか。昼間であれば景色が見え、この落下速度は恐怖でしかないだろう。並の人間ならば、ちびって気絶していたに違いない。しかし、今は夜で景色はよく見えず、アキが見ているのも一点のみ。そのおかげで恐怖は緩和されているが、パラシュート無しの目隠しスカイダイビングという今の状況は、別の意味で恐怖だろう。その恐怖を忘れる為、アキは見ているその一点に意識を集中する。
(『あはは、早い早ーい』)
アルスの楽し気な声がアキの集中力を削いでいた。
「……うるさい!」
(『ええっ!?』)
地上に近づくと、水の槍が落下をはじめていた。
アキは空を蹴り更に加速する。水の槍を追い抜き一足先に地面に着地すると、冬華の首根っこを掴み、頭上に闇の障壁を張る。それと同時に水の槍が降り注いできた。
ドドドドドドドド……
頭上に降り注ぐ水の槍は障壁に阻まれ弾き落とされた。
「ハァ……あっぶねぇ、ギリだったな」
アキは安堵の溜息を吐く。
しかし、冬華はアキの出現に気付いていないのか、今もアイズに向け駆け出そうともがいている。
アキは冬華を羽交い絞めにし、動きを封じる。
さすがに水の槍が降り注ぐ中を行かせるわけにはいかない。折角防いだのが無意味になってしまう。それに我を忘れた冬華を行かせれば、返り討ちにあうのが関の山だ。
「冬華! 落ち着け冬華! そんなんじゃあいつは倒せない! わかってるだろう!」
しかし、アキの声は冬華に届いていない。
水の槍の衝突音がアキの声を妨げているのもあるが、冬華自身がすべてを拒絶し耳を閉ざしていたからだ。その原因となったものが、すぐ近くに横たわっている。
アキはチラリと視線を向ける。
サラの元に血みどろのカルマが横たわっている。カルマの状態を見れば何があったのかは一目瞭然だった。
「マネするなと言っておいただろう。バカルマ……」
水の槍の勢いが弱まってくると、冬華は注意の逸れた俺の腕を振りほどき、障壁内から飛び出して行った。
「アイズ―――!」
「チッ!?」
「冬華さん!」
懐かしいサラの声が聞こえて来た。
(ああ、この声だよ~)
『馬鹿な!?』
(ハッ!? 和んでいる場合じゃない!)
アイズの聞きたくもない声で我に返ると、
『フン、無駄だ』
「おぉぉぉぉぉっ!」
冬華とアイズの剣が交差しようとしていた。
「バカが!」
アキは地面を蹴り、姿を消した。
そして次の瞬間、アキは冬華を蹴り飛ばした。
ドカッ
『なんだ!?』
アイズは何が起こったのかと視線を走らせ、冬華を蹴り飛ばした得体のしれないものを目で捉えようとしている。
不意打ち御免! と言わんばかりにアキは手を、いや足を出した。
「お前は邪魔だ」
『なに? ぐあっ!?』
アキは時間を稼ぐためにも、冬華とは反対方向に思い切りアイズを蹴り飛ばした。たいしたダメージはないだろうが、時間が稼げればそれでよし。
アキが冬華に視線を向けると、冬華は苛立ったような視線を向けて来た。
「邪魔するな! お前も一緒に殺すわよ!」
「チッ!?」
(いい度胸じゃねぇかこの馬鹿冬華!)
アキは地面を蹴り姿を消す。そして、冬華の目の前に現れ、その頭を両手で掴み固定する。
「いい加減目を覚ませ! このバカチンがぁ!」
ゴンッ
アキは金〇先生を彷彿とさせる言い回しでセリフを吐き、頭突きをかました。
「ぐはっ!?」
冬華は額を押させ地面を転げ回っている。
(ふん、兄貴を殺すとかぬかした罰だ。ざまぁみろ)
アキは大人げないことを思っていた。アキもまだまだ子供なのだ。17だし。
痛みが治まったのか、冬華は涙目で食って掛かって来る。
「痛いじゃない!? 何すんのよお兄ちゃん! ……え? お兄ちゃん?」
どうやら正気に戻ったらしい。やはり、謝った道へ進もうとする者を導くには、金〇先生が一番だな。
金〇先生の偉大さに、アキは一人感服した。
冬華を見下ろし、闇のフードを取り顔を晒す。
「お前何やってんの? 死にたいの?」
「そんなわけないじゃん! あいつはカルマを! ……くっ、だからあいつも同じ目に遭わせてやる」
冬華の瞳に憎しみの炎が再び灯ろうとする。
「それで、復讐しよう……ってか!」
ゴンッ
アキは再び頭突きをかました。
「ぐはっ!?」
冬華は額を押さえ転げまわる。
「何すんのよ! ゴンゴン頭突きされたら、お兄ちゃんみたいに馬鹿になっちゃうじゃん!」
イラッ
ゴンッ
「がはっ!?」
イラついたアキは、三度頭突きをかました。
「お前は元々馬鹿だろうが! 馬鹿を矯正するには頭突きしかねぇんだよ!」
「私馬鹿じゃないもん!」
「馬鹿だろ! お前が復讐することをカルマが望むと思うか! あいつはお前の剣技を美しいとかぬかして惚れこんでたんだぞ! それなのになんださっきのは! てんでなってない! あんな攻撃俺にも当たんねぇぞ!」
「なんでよ! ……あいつは私からカルマを奪ったんだよ! それにミュウまで!」
「ミュウ? ……ああ、やっぱりか」
アキの言い回しにイラッとした冬華は声を荒げる。
「何がやっぱりなのよ!」
「お前、ミュウの声聞こえてねぇだろ」
「え?」
「ミュウ、泣いてるぞ。お前が声を聞いてくれないって」
『泣いてません!』
ミュウはすぐさま否定する。
「嘘吐け! わんわん泣いてただろ!」
『わんわんなんて泣いてません! 適当な事言わないでください!』
「俺は事実を言ってるんだ」
『妄想です! あなたは私を泣かせたいだけでしょう!』
「……確かにお前が泣いてるところは見たことがないな。泣いてる姿はさぞ可愛らしいんだろうなぁ」
『かわ……この、変態!」
「変態の何が悪い! 俺は変態を胸に生きている!」
アキは妙な自身に満ちていた。馬鹿である。
二人の会話は完全に脱線していた。
冬華はというと、アキが一人でブツブツ言っているようにしか見えなかった。
「ミュウ、いるの?」
『はい、いますよ』
ミュウは変態を無視すると、冬華に返事をした。
しかし、
「本当に? 声、聞こえないよ」
『冬華……』
ミュウの声は悲し気で、今にも泣き出しそうだった。
冬華に認識されないことをではない。冬華が悲しみ、その身を焼かんほどの憎しみに染まっていることが悲しかったのだ。
「冬華、憎しみを捨てろ」
「え?」
「憎しみはお前の心を曇らせる。だからミュウの声が聞こえないんだ」
「でも、憎しみを捨てることなんて……」
できるはずがない。生まれて初めて異性に想いを寄せたのだ。その相手を奪われて冷静でいられるはずがない。
ミュウもそれをわかっているから何も言えないのだ。言えても聞こえはしないだろうけれど。
もちろんそんなことはアキも百も承知だ。無理難題を言っていることはわかっている。しかし、誰かがそれをしなければならない。いつもなら嵐三がするところなのだが、今はいない。
「……冬華、カルマの事は俺にまかせろ。お前はミュウと一緒にアイズを倒せ」
「え? それって、どういう……」
冬華はアキの言葉にわずかな希望を抱いた。
「お前、ちゃんと確認したか? カルマの心臓の鼓動を」
「し、してない……だって死んじゃったと思って……」
冬華は両手で口を押さえ、嗚咽を堪えていた。
「……ミュウはお前から離れたりしない、いつもお前の心に寄り添ってくれる。いつか、同じように悲しみに暮れることがあっても、お前を支え、その悲しみを分かち合ってくれる。よく言うだろ? 『人という字は人と人とが支え合ってできている」って。中には『片方楽してるじゃねぇか』って言うヤツもいるけど、それは当然のことだ。支えた者だっていつか困難に直面する。その時支えられた者が支え返すんだからな。だから憎しみなんかでミュウの事を忘れるな。ミュウが可哀想だろ? お前とミュウは一つなんだから」
金〇先生に触発されたのか、いろいろ入り混じたことを言っているが、この場合人と精霊、冬華とミュウが支え合って戦って行けと言いたいようだ。
「……うん、ゴメン、ゴメンね、ミュウ」
『いいんですよ。私はいつも冬華の味方ですから』
冬華の耳に、心に、ミュウの声が届いた。
「ミュウ!? 聞こえる、聞こえるよ! ミュウの声が!」
『ええ、私も冬華の心を感じます』
ミュウの声は、泣いているんじゃないかと思えるほど嬉しそうだった。
ミュウの姿が見えるわけではないが、アキはそれを見ないように背を向ける。
「じゃ、カルマに恥ずかしくない戦いをしろよ」
アキは手をプラプラ振ってその場から離れていく。
「あったりまえじゃない! カルマが惚れ直す戦いを見せてやるわよ! 行くわよ、ミュウ!」
『ええ!』
冬華が身構えると、アイズはこちらに近づいて来ていた。
『随分と長い作戦会議だったな? ……ん?』
アイズは雰囲気の変わった冬華を目にし、不機嫌そうな表情をする。
アイズのご機嫌を取る気のない冬華は、ふんっと鼻で嗤い飛ばす。
「ここからが本番よ!」
冬華は魔力を籠め、両手を前にかざす。
「盟約に従い我が声に応え、顕現せよ! おいで! 猛涼の澪精ミュウ・ヴァルナ―!」
すると、前方に魔法陣が展開し、勢いよく水柱が立ち昇った。
そして、立ち昇る水柱が弾けると、水の衣を纏い、青いショートヘアー、青い瞳、青白い肌の水の精霊ミュウが姿を現す。
その表情は晴れやかで、気力魔力共に十分と言った感じだった。
『冬華! 続けていきますよ!』
「うん!」
『冬華、私を受け入れますか』
「ミュウだったら、私はいつでも受け入れ態勢万全よ!」
冬華はウィンクして了承する。
「『 憑依! 』」
二人が声を合わせると、ミュウは足元から吹き上がる水柱に包まれ、渦潮の如く激しく巻荒れていく。そして、冬華を頭から飲み込み包み込むと、更に激しく渦巻いていく。
「『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』」
渦が冬華を覆い集束し、一際激しく渦巻くと、キンキンッと内側から上下に斬り裂かれた。斬り裂かれた上半分は霧のように霧散し、下半分の渦潮の上に冬華が姿を現した。
その姿は、清らかな水の如き青い髪、吸い込まれるような青い瞳、何者にも穢されない青白い肌、水が滴っているかのような艶やかな体に袖のない着物と袴、水の羽衣を纏っている。両手には、水の剣よりも集束された二振りの水の刀が握られていた。
冬華はアイズを見下ろし水の刀を向ける。
「『あんたを浄化してあげる!』」
冬華はアイズを真っ直ぐに見据え言い放った。
玉ではありません。




