救出
―――その夜。
サラは城壁の陰に隠れていた。
当初の予定通り教会に忍び込み、冬華達を救出するつもりのようだ。
ライオニールから「刑の執行を取りやめるように説得するから宿で待っていろ」と言われたが、おそらくそれは無理だろう。もしそれが可能なら、昼間の裁判モドキの際にそれが叶っていたはずだ。
そして、ライオニールは主教の言葉を聞き黙り込んでしまっていた。少なからずサラの事を疑っているのかもしれない。だから宿で待っていろと言ったのかもしれないのだ。大人しく宿に戻って待っていれば、監視が付いて動けなくなる恐れがある。それでは手遅れになってしまう。明日になれば冬華達は処刑されるのだから。
城門前は相変わらず警備の門兵が立っている。正面からは無理だろう。ならば城壁を越えるまで。
それにしてもこの城壁、よじ登るには少々高すぎる。サラのような考えを持つ者がいた為、壁を高くしたのだろう。
しかし、この高さもサラの魔法に掛かれば余裕で跳び越えられる。
という事は、他の者にも可能だという事だ。それを阻止する仕掛けが施されているに違いない。
だとしたら、城壁を跳び越えるのは危険だ。跳び越えた途端見つかる恐れがある。最悪即死もあり得る。ああも容易く極刑を言い渡すことができるのだ。侵入者相手に慈悲はないだろう。
サラはどこかに侵入できる箇所はないかと、城壁外周をグルッと見て回る。
裏手に一つ小さな入り口がある。
侵入口としては丁度いい。見張りが一人いるが、眠らせてしまえばいいだろう。問題は中に入ってからだ。おそらく兵士が巡回しているだろう。見つからないように忍び込むしかないのだが、ここで一つ問題がある。目立たないようにしなければならないのだが、どうしても目につく存在がいる。ルゥだ。
背後から、ルゥがお尻フリフリついて来ている。なんと愛くるしい仕草だろう。
時折、虫やら蜥蜴やらを啄ばんでいる。ここに来る前に食事は済ませて来たのだが、まだ食べるようだ。成長期なのだろう。特に横への成長が著しい。本当に飛ぶ事を諦めてしまったのだろうか。
少し不安になるサラだった。
「グエ?」
そんなサラにルゥは首を傾げている。
その愛くるしさに、サラは「飛べなくてもいいかな」と思っていた。
……しかし、今問題となっているのはそこではない。
この愛くるしさが目立ってしまうという事だ。……少し違うが、概ね合っている。
さすがにルゥを一緒に連れて侵入することは難しいだろう。
サラはルゥに向き合い、申し訳なさそうに声を掛ける。
「ルゥちゃん」
「グエ?」
「今から中に侵入するんですけど、その、ルゥちゃんはここで待っていてほしいの」
「グエッ!?」
ルゥは「なんで!?」と言っているようだ。
「ルゥちゃん最近すくすくと育って大きくなってきてるから、兵士に見つかってしまうと思うの」
「グエッ!?」
ルゥは「嘘っ!?」と驚いているようだ。最近の自分の食欲と、成長を自覚していなかったようだ。
「私はルゥちゃんが大きく立派に育ってくれてとても嬉しいわ。でも、忍び込むにはちょっと目立ってしまうの。だから、ここで隠れて待っててほしいの」
「グエ、グエェェェェ」
ルゥは「ママ、置いて行かないで」と寂しがっているようだ。頭をスリスリと摺り寄せてイヤイヤとしている。
「ゴメンねルゥちゃん。すぐに冬華さん達を連れて戻って来るから、少しの間だけ辛抱しててね」
サラは、ルゥの頭から首にかけて優しく撫でてやる。
「グエェェェェ……」
ルゥは切なげ気に鳴いている。
サラは後ろ髪引かれる思いでルゥを残し、裏口へ近づいて行った。
見張りの兵士は一人。サラは見つからないように眠りの魔法を放つ。
「(眠りよ)」
淡い光が兵士を包み込む。
兵士はフラフラと船を漕ぎだし、壁に寄りかかるとズルズルと腰が地面に下がっていく。
ぐーぐーと寝息が聞こえて来たところで、サラは裏口に駆け寄り、扉を少し開いた。
隙間からそっと中を覗き込むと、所々に松明が灯され明るく照らし出されていた。そして、真っ直ぐに通路があり、通路を挟むように城と教会が鎮座している。
裏手にまわったから、右手に城、左手が教会だ。左手奥に行けば礼拝堂、手前が裁判を行った講堂がある。おそらく、その地下に冬華たちが捕らえられている牢があるのだろう。
講堂の入り口は通路沿いにあるが、そこには兵がしっかり立っている。眠らせるには目立つ位置だ。きっと裏に勝手口があるはず。サラはそちらを目指すことにした。
通路には兵士が巡回しているが、通り過ぎてしまえば中に入れるだろう。
サラは、巡回の兵が通り過ぎるのを確認すると、そっと扉を開き気配を殺して中に侵入する。侵入時に気をつけなければならない蝶番は、嫌な音を響かせなかった。さすがは城の扉、整備が行き届いている。
教会の勝手口は、不用心にも鍵がかかっていなかった。城壁で護られている為、そこまで用心する必要はないという事だろうか。それだけ、警備に絶対の自信があるという事だろう。今回はそれが幸いしたのだが。
しかし、それが誤りだったと、後に気付くことになる。
教会の中はひっそりとしている。
明りはなく、窓の外から射し込む松明の光だけが光源となっていた。
サラは地下へ続く階段を探して歩く。
講堂側に人は誰もいなかったが、礼拝堂側から気配を感じる。夜の祈りを捧げているのだろう。
講堂と礼拝堂を隔てる通路を静かに歩いて行くと、上り階段を見つけた。真っ直ぐ講堂の二階席に続いているようだ。おそらくそのさらに上に主教や、他の司祭たちの私室があるのだろう。
上り階段があるという事は、近くに下り階段があるはず。
案の定、すぐ横にあった。
サラが階段を下りて行こうとすると、背後から声を掛けられた。
「そこで何をしているんですか?」
「っ!?」
(見つかった!?)
サラは心臓が飛び上がる程に驚いていた。
サラは気配を消して侵入していた為、見つかるとは思っていなかったのだ。そして何より、背後を取られたことに驚いている。サラはこれでも戦闘の訓練を受けている。マーサの護衛として行動を共にしていたのだから当然だ。警戒している状態で背後を取られることなどないと自負していた。しかし、それでも背後を取られた。それは相手も気配を消していたという事だ。
サラはゆっくりと振り返る。
すると、そこには思わぬ人物が立っていた。
―――牢獄。
「なあ、冬華。これからどうするんだ?」
カルマは壁越しに訊ねる。
「どうするって、きっとサラさんが何とかしてくれるわよ」
冬華はカルマが見えないのをいいことに、ゴロンと横になりながら答えていた。
「イヤイヤ、さすがに今回はサラ殿でも無理だろう。ていうか、人間には無理だろう」
「ん~まあねぇ。無理なら無理で処刑の時に脱走するまでよ」
「だったら今脱獄しても同じなんじゃねぇか?」
「全然違うわよ。ひょっとしたらひょっとするかもしれないじゃない。あのイルムって人、精霊を連れてた。きっと同じように精霊を連れてる私の事が気になってるはずよ。なんか押しに弱そうだったから、サラさんが説得すれば落ちるかもしれないし」
「なんだよ押しに弱そうって……だけどよ、そのイルムとか言うやつが言っても主教は折れなかったんだろ? やっぱり無理だろ」
「む~」
ゲシゲシッ
「ん? 何の音だ?」
「さあ?」
ゲシゲシッ
冬華はカルマが見えないのをいいことに、カルマが寄りかかっているであろう壁を蹴っていた。
(口答えして! このっ! カルマのくせに生意気よ! このっこのっ!)
横になりながら壁を蹴る姿は酷く見っとも無いものだった。決してカルマには見せられないだろう。
「何をしてるんですか? 冬華さん。そんな見っとも無い格好で」
「へ?」
見上げると、サラが呆れたような表情で冬華を見下ろしていた。
冬華は、壁を蹴っている状態で硬直していた。
ヒラヒラの短いスカートはめくれ上がり、スパッツが丸見えだった。
「あ、あははは~、ヤダなぁもう。いるならいるって言ってよ~サラさんも人が悪いなぁ」
冬華は身なりを正し、なぜか正座に座り直した。
説教される前に、反省の意を態度で示そうというのだろう。
女の子がそんなはしたない格好でいたことに、サラは一言二言小言を言いたかった。しかし、さすがに今の状況でそんなことをしている暇はない。後でまとめて説教しようと心に誓い。グッと言葉を飲み込んだ。
「今の事に関しては後でゆっくり話しましょう」
「うぐっ」
冬華は後の長い説教を覚悟した。
「よくここまで来られたな。見張りはいなかったのか?」
カルマは鉄格子に顔を押し付け、覗き込むようにしている。
こっちもこっちで見っとも無い。そんなに冬華の見っとも無い姿を見たかったのだろうか。
サラの冷たい視線にも気づいていないようだ。
サラは冷たい視線のまま答える。
「ええ、教会にはあまり人がいませんでしたから。それに協力してくださった方がいましたから」
声も冷たかった。
「協力してくれた人?」
冬華は正座のまま聞き返した。
すると、サラの後ろからひょこっと顔を出した。
「どうも」
「あ、どうも……って、イルムじゃない!」
冬華はぺこりと頭を下げ、ガバッと顔を上げた。
「イウムって、あのイウムか?」
カルマは鉄格子に顔を押し付けたままだ。名前もハッキリ言えない程押し付けているようだ。
「イウムって誰よ。バカは放っておいて、サラさんが説得してくれたの?」
「いえ、彼が冬華さんと話がしたいとかで、私とは別にここに来たようです。それで、兵士の注意を引いてもらって私は中に入って来られたんです」
あの時、イルムに呼び止められなければ、下に詰めていた兵士たちに見つかっているところだったのだ。講堂付近に誰もいなかったからといって、牢に誰もいないなどありえないだろう。
イルムに注意を引いてもらい、鍵を拝借し、中に入って来たのだ。
「ほ、ほらぁ、やっぱり私の事が気になってたじゃない。私の言った通りだったでしょ!」
「お、おふ」
「……」
もう、いい加減目障りになって来たサラは、牢の鍵を開けることにした。
ガチャリ
「ハァ~やっと出られたぁ」
「ハァ……」
冬華は牢から出られて喜び、カルマはなぜかガッカリしている。サラの視線の冷たさは増すばかりだ。
冬華はイルムに向き直り訊ねる。
「それで? 話って何を聞きたかったの?」
「あ、はい。あの、フォンテが言ってたんですが、あなたも精霊を連れていますよね?」
「ああ、あの可愛い精霊の子が? うん、連れてるよ」
「どうしてあの時みなさんに見せなかったんですか? そうすれば極刑になんてならなかったのに」
イルムは冬華が極刑に処されることを気にしていたようだ。
「そうですよ! 折角の助かるチャンスだったのに」
サラもあの時の事を納得できていないようだ。
「あはは、ごめんごめん。だってほら、私、災厄を呼び込む人間ってことになってるし、あそこでミュウを見せても、術で強制的に従えてるって思われるのがオチじゃない? だからだよ」
「それ、俺が言っ……ぐほっ!?」
冬華はカルマの鳩尾に肘を入れ黙らせた。
「な、何しやが、る……」
カルマは腹を押さえ蹲る。
「それに、ここって教会でしょ? ひょっとしたら、私とミュウの盟約を解除する術とかあったら面倒じゃん。また盟約を結びにローズブルグへ戻んないといけないしね。何より、ミュウを見世物になんてしたくなかったし」
『まったく、私は冬華の濡れ衣が晴れるなら構わないのに……』
と、ミュウの声が聞こえてくる。言葉とは裏腹に、気遣ってくれた冬華にミュウは嬉しそうだ。
「そう言う事だったんですね。理由はわかりましたが、これからどうしましょうか?」
「それなのよねぇ。このまま逃げたんじゃ何のためにここまで来たのかわかんなくなるし」
冬華とサラが悩んでいると、イルムがそっとその中に入り込んでくる。
「あの~みなさんは何をしにここまでいらしたんですか? 人間が王都に来るなんて滅多にないようですし」
「ああ、えっとね。私達、水の聖域に行きたいのよ」
冬華がそう口にすると、イルムは驚いたように声を上げた。
「み、水の聖域に!?」
「シーッシーッ! 声が大きいよ!」
冬華は人差し指を立て、イルムの口元に押し付けて黙らせる。
本来なら自分の口元に押し当てるのだが、勢い余ってイルムにしてしまったようだ。
しかしすでに遅かった。
「やはり貴様らの狙いは聖域だったのか!」
「ゲッ!? バレた!」
入り口からぞろぞろと兵士が雪崩れ込んできた。
「フンッ、その女が侵入することははじめからわかっていた。ライオニール様がそう仕向けたのだからな。その上で、貴様らの本当の目的を知るために泳がせていたのだ!」
「陛下が……」
「女! ライオニール様の信頼を踏みにじりおって!」
兵士は剣を抜き、サラを睨みつける。
「待ってください! 誤解です! 私は陛下の信頼を踏みにじってなど……」
「黙れ! 今の話が何よりの証拠だろう!」
「違います!」
「担い手様は早くこちらへ! すぐ安全な場所へお連れします」
「え、あ、ちょっと……」
サラと兵士が言い争っている間に、別の兵士がイルムを連れて行ってしまった。
「担い手様まで連れ去ろうとは! やはり人間など信頼に足らん!」
「なんでそうなるのよ!」
「担い手様の口を封じていただろう!」
「うっ、それは……」
確かに封じていたからぐうの音も出ない。見られたくないところばかり見られている。
「全員ひっ捕らえろ!」
兵士の号令に他の兵士たちは剣を抜き、冬華たちを包囲する。
「ど、どうする冬華?」
カルマがヨロヨロと立ち上がり訊ねる。
一応拳を握り込み、ファイティングポーズを取っている。
「どうするって……」
抵抗するにも武器はない。いや、なくても何とかなりそうだが、ここで暴れても何もいいことはない。心証を悪くするだけだ。とはいえ、すでに極刑の身。これ以上悪くなることはない。
すると、
「ぐわっ!?」
「な、なんだきさま! 貴様も奴らの仲間……ぐあっ!?」
入口の向こうで、兵士が騒いでいる。冬華たち以外にも侵入者がいたのだろうか。
しかし、牢には冬華たち以外には誰もいないはず。ここに用があるものなどいないはずだ。
冬華たち、そして兵士たちが困惑していると、兵士が吹っ飛んできた。
ドザッ
「うわっ!? な、何なのよ一体!」
見ると、入り口に一人の獣人と思しき人物が立っていた。
暗がりでハッキリとは見えないが、そのシルエットからは、小柄でフサフサ感が見て取れた。おそらく獣人の子供だろう。
そして、
ドッカァァァァァァン
それとほぼ同時に地上で爆発が起こった。
この獣人の子供は一体?
地上では一体何が?
次話に期待?




