表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
253/288

煌き

 ワイバーンのブレスが止むと、そこには黒く焼け焦げた嵐三の姿があった。

「そんな、じいちゃん……クソッ!?」

 光輝は膝をつき、悔しさで地面を殴りつける。

 汐音は口元を押さえ、目には涙が溢れていた。

 ワイバーンはそれを嘲笑うかのように見下ろし、次のターゲットへ視線を向ける。

 動けなくなっている二人へ向けファイアーブレスを吐き出した。


ゴォォォォォォォォォォ……


 しかし、ファイアーブレスは二人には届かなかった。

 二人の目の前に風の障壁が張られブレスを防いでいた。

「光輝兄ちゃん! 何やってんだよ! 止まってたらやられるだろ!」

 上空から声が投げかけられた。

 見上げると、風音が上空に浮かんでいた。

 先ほどの障壁は風音の張ったものだった。

「風音?」

「風音君……飛んでる」

 二人は惚けたように風音を見上げていた。

「援護するから態勢を立て直して! 姉ちゃんも隠れてないで手伝えよ!」

 風音は光輝たちにそう告げると、物陰に隠れている麻土香に向かい声を上げる。

「そりゃ手伝うけど、私の攻撃効かないから隠れてコソコソ攻撃したかったのに~」

「いいから行くよ!」

 麻土香の愚痴を他所に、風音は攻撃を開始する。

「はあぁぁぁぁ……」

 風音は手刀に風の刃を纏わせ、魔力を籠めその濃度を増していく。そして、

「うりゃっ!」

 ワイバーンへ向け手刀を振り下ろす。

ヒュンッ

 濃度を増した風の刃は一直線にワイバーンへ飛んでいく。

ドッザシュッ

 風の刃はワイバーンに直撃すると、二つに割れ床に傷跡を刻み付ける。

 効かないことがわかっていたかのように、風音は次々に風の刃を振り下ろしていく。

ドッザシュッドッザシュッ……

 反撃の間を与えられないワイバーンは片羽を羽ばたかせ、強引に飛び立とうとする。

「逃がすか! ダウンバースト!」

 風音は、腕を振り下ろし、ワイバーンの頭部へ突風を落す。ワイバーンは下降気流に飲まれ床にくぎ付けにされる。

 自信なさげだった頃が懐かしく思える程、風音は変わっていた。まさか男になって来たのか? とさえ思えてしまう程の変貌ぶりだ。きっと、浄化を成功させ自信を持つことができたのだろう。

 麻土香は風音のダウンバーストへ向け手をかざし魔法を放つ。

石の槍(ストーンスピア)!」

 石の槍がダウンバーストへ巻き込まれ、そのままワイバーンへと降り注ぐ。

ズガガガガガッ

 雨のように降り注ぐ石の槍はダウンバーストで威力を増しているが強度はそのままな為、ワイバーンの外皮に阻まれ砕け散った。

「ああもう! やっぱり効かないじゃない!」

 麻土香はそう言うと地団駄を踏む。麻土香の目の前に石柱が二本そそり立ち、それが砕け散ると中からナイトゴーレムが二体現れる。

「ナイトちゃんたち! やっちゃいなさい!」

 ナイトゴーレムたちは、ワイバーンへ向け駆け出した。

 その様子を見ていた光輝は、飛び散る石の破片を防ぎながら呟く。

「こりゃ、こっちまで巻き込まれるぞ」

 光輝は惚けている汐音の腕を掴み、壁際へ、嵐三の遺体の下へ向かう。

 嵐三のまわりは焦げた臭いが充満していた。しかし……

 光輝が首を傾げていると、光輝の手を振りほどき汐音が訊ねて来た。

「光輝、どうしてさっき嵐三さんを守らなかったんですか! あのタイミングなら、風の障壁でブレスを防げたはずですよね!」

 汐音は、責めるように光輝に詰め寄る。お前が守らなかったから嵐三は死んだのだと言うように。

「俺がじいちゃんを見殺しにしたと言いたいのか?」

「だって、そうでしょう! 守れたはずなのにそれをしなかったんですから!」

「……」

 光輝は表情を険しくし、黙り込む。

「何とか言いなさい!」

 汐音は声を荒げて光輝を睨みつける。

 そこへ、麻土香がコソコソやって来て口を挟む。

「汐音ちゃん落ち着いて、嵐三さんなら無事だから」

「———え!?」

 汐音は目を見開いて麻土香を見つめる。

「ブレスが直撃する前に私が石化したから生きてるよ」

「でも……」

 石化は一瞬ではできないと麻土香は言っていた為、本当に直撃前に石化できていたのかわからない。

 汐音はそこを懸念していた。

「今回は嵐三さん一人だけだから石化なんて一瞬だよ。人数が多いとそれだけ時間が掛かるってだけ。だから嵐三さんは無事。安心して」

 麻土香は汐音を落ち着かせるようにニッコリ微笑んだ。

 汐音は肩の力を抜き、安堵の息を吐いた。しかし、

「嵐三さんが無事なのはわかりました。でも、だからと言って、あなたが見捨てたことに変わりはありません! あなたのおじいさんだと言うのに……私は、あなたを軽蔑します」

 汐音はそう告げると、光輝へ、いや、アキへ、感情のない冷たい視線を向けた。

 光輝は一瞬悲しそうな表情をしたが、すぐに表情を改めた。

「そうだな、軽蔑されても仕方がない。だが今はヤツを倒すことが先決だ」

「そんな事、あなたに言われなくてもわかってます!」

 光輝は、汐音の嫌悪感丸出しの態度を受けとめ、麻土香に視線を向ける。

「麻土香、じいちゃんの石化を解いてくれ。そしたらワイバーンの動きを封じる準備をしていてくれ。できたら石化させられたらいいんだけど」

「ん~でっかいから全身石化する前にブレスの餌食になりそう」

「だったら、足だけでもいい」

「うん、わかった。やってみるよ」

 そう言うと、麻土香は嵐三の石化を解き、ワイバーンの死角へ回り込み、魔力を練り始める。

 石化は解けたが、嵐三は気を失ったままのようだ。

「汐音、じいちゃんの回復をしてくれ」

 汐音は無言で光輝に背を向け、嵐三へ回復魔法をかける。

 それを見て、光輝は完全に嫌われたと肩を落としていた。


 嵐三の回復が終わるのと同時に、アルマが扉を開き飛び出してきた。

「嵐三殿! 強弓です!」

 その声にビクッと反応した嵐三が目を覚ました。

「な、なんじゃ!? わしは号泣などしとらんぞい!」

「え?」

「ん?」

 どうやら寝惚けているようだ。汐音と目が合いお互いに首を傾げている。

「それ、ごうきゅう違いだって……」

 光輝はシラっとした視線を向ける。

 そして、アルマに手を差し出す。

「強弓を」

「はい!」

 アルマから強弓を受け取ると、安全な場所へ下がるように告げた。

 光輝は背を向けたままの汐音に告げる。

「汐音、気は進まないかもしれないけど、強弓を射るのに協力してもらうぞ」

「……わかりました」

 汐音は、なんの感情も乗っていない声で返事をする。

「ど、どうしたのじゃ?」

 嵐三は二人の様子の変化に気付き、窺うように二人の表情を見る。

 汐音は目を瞑り何も言わない。今は何も言いたくないのだろう。一応今から協力してワイバーンを倒さないといけない為、今口を開いては、嫌悪感で協力できなくなると考えたのだろう。

 光輝は苦笑いを浮かべるだけだ。

「二人ともどう……」

「じいちゃん……」

 嵐三がもう一度訊ねようとすると、光輝がそれを遮り告げる。

「サポート頼むぜ?」

「あ、ああ、わかっておる」

 嵐三が頷くのを確認すると、光輝は風音と麻土香に告げる。

「風音! 奴を飛び立たせるな!」

「ずっとやってるじゃん! いいから早く!」

 確かに風音がずっと一人でワイバーンを押さえてくれていた。魔力量の多さが窺えるが、そろそろ限界かもしれない。表情に余裕がなくなってきている。

「おう、すまん、もうひと踏ん張り頼む!」

「うん!」

「麻土香! 合図をしたら頼む!」

「オッケー!」

 麻土香は準備万端と言った感じに親指を立てて見せる。

 光輝は強弓に矢を(つが)え、汐音に向き直る。

「汐音」

「……」

 汐音は無言のまま光輝の対面に立ち強弓を掴み構える。

 そして、必要な魔法を掛ける。

 光輝の能力を上げる為の「身体強化(フィジカルフォース)」を掛け、強弓を一気に引き絞る。

 そして、一発必中のコンボ魔法、「策敵の目(サーチアイ)」「誘導(ホーミング)」「魔力の矢(マジックアロー)」を掛ける。

 ワイバーンはナイトゴーレムの動きに翻弄され、こちらの動きに気付いていない。

「麻土香! 今だ!」

 光輝の合図を聞き、麻土香が両手を床に叩きつけ魔法を放つ。


「時を止め、一時の眠りにつけ! 石化(ペトラファクション)!」


 麻土香の両手から光の波紋が拡がっていき、ワイバーンへ迫る。

 ワイバーンはそれに気づき、片羽を羽ばたかせ飛び立とうとする。

「逃がさないって言ってるだろ! ダウンバースト!」

 風音のダウンバーストはワイバーンを再び下降気流で飲み込み、床にくぎ付けにする。

 そして、石化の光の波紋に飲まれ、ワイバーンは足元から石化していく。


Gyaaaaaaa……


 ワイバーンは咆哮を上げ、ダウンバーストと石化から逃れようと、もがきはじめる。

 しかし、石化のはじまった足は動くことはなく、尻尾や腕、羽を動かしもがいている。

 その尻尾は、偶然にも死角にいた麻土香へ向かっていた。

「えっ!?」

 ワイバーンの尻尾は床を抉りながら麻土香を襲う。

ドガガガガガガッ

「キャァァァァァッ!?」

「姉ちゃん!」

 麻土香へ意識が向き隙が生じた風音へ、片羽で巻き起こした突風が襲う。

ビュオォォォォォォォッ

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

「麻土香! 風音!」

 光輝の声に反応するように、ワイバーンがは光輝たちへ視線を向ける。

 そして獰猛な口を開きファイアーブレスを吐き出してきた。

「じいちゃん!」

「わかっておる! フンッ!」

 嵐三は腕に纏った風の刃を振り下ろし、ブレスを斬り裂いた。

 風の刃は一直線に飛んで行き、一筋の道を作る。

「今だ!」

 光輝の合図で、二人は矢を放った。


ビュンッ


 矢は、目にも止まらぬ速さで、斬り裂かれてできた炎の道を真っ直ぐに飛んでいく。

 そして、ワイバーンの口の中へと吸い込まれた。


ズシュッ


 とワイバーンの口内、上顎から突き抜け、脳を貫いた。

 ブレスは止み、暴れていた尻尾や腕、羽は動きを止める。

 どんな生物でも脳を破壊されれば活動を停止する。

 ワイバーンもその例に漏れず、活動を停止した。

 ワイバーンは立ったまま絶命していた。


「「「やったぁぁぁぁぁっ!」」」


 という歓声がどこからともなく聞こえて来た。

 見ると、尻尾に吹き飛ばされたと思われていた麻土香と、下がっていたはずのアルマが抱き合って歓声を上げていた。

 どうやら、尻尾が直撃するよりも早くアルマが飛び出し、麻土香を救っていたようだ。

 その反対側では、吹きとばされた風音が、倒れたまま両腕を上げ歓声を上げていた。

 全員しぶとく生き延びていたようだ。

 皆の無事を確認し、光輝は強弓を下ろし汐音は無言で手を放す。

「何とか倒せたな」

「そうですね」

 光輝の呟きに、汐音は冷たく答える。返事をするくらいには倒せたことが嬉しい様だ。

 光輝は苦笑いを浮かべながら、嵐三に声を掛けようとする。

「じいちゃ……?」

 すると、嵐三はワイバーンを見据えたまま動かない。 

「じいちゃん? どうしたんだ?」

 光輝が訊ねると、嵐三は手で制し黙らせる。

 そして、ゆっくりと、立ったままのワイバーンへ近づいて行く。

 立ったまま?

 光輝はその異常さに気付いた。石化の所為で、倒れないという可能性もあるが、余程重心のバランスが良くないとありえないだろう。

 生きている、のか?

 光輝は脳裏にそんなことが過ったが、脳を破壊されて生物が活動できるはずがない。

 しかし、一度過った不安はそう易々と払拭できない。

 光輝は嵐三の動向をワイバーンの様子を注意深く観察する。

 嵐三がワイバーンの足元まで進むと、

ガクン

 ワイバーンの頭が動き、


Gyaaaaaaa……


 口から瘴気を吐き出し咆哮を上げた。

「気をつけろ! やはりこやつ! 元から死んでおったのだ!」

 嵐三がそう声を上げると、ワイバーンは咆哮を上げながら首をグルと回し、瘴気を撒き散らしてきた。

 麻土香は石のシェルターを造り、アルマとそれにこもり瘴気を防ぐ。

 風音は風の障壁を張り防ぐ。

 そして、正面にいる三人にも瘴気が迫る。

「キャァァァァッ!?」

「汐音!」

 光輝は汐音を庇うように抱き寄せる。

 嵐三は二人を守るように正面に立ち風の障壁を張る。

 ワイバーンは、脳を貫いた相手を覚えているかのように怨嗟の籠る咆哮を上げ、瘴気の出力を上げて来る。


Gyaaaaaaa……


 嵐三は何とか押しとどめようと堪えるが、次第にじりじりと押されはじめる。

「ぐ、ぐぅぅ……」

 光輝は汐音を背後に残し、前に出る。そして、両手を突き出し風の障壁を重ねようとする。

 しかし、光輝の風の障壁は張られなかった。

「くそっ!?」

「空雄、お前もう……ぐあっ!?」

 嵐三は押し負け、吹き飛ばされた。

「じいちゃん!? くっ!?」

 光輝は両手を前に押し出し、絞り出すように風の障壁を張る。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 出力はかなり低いが何とか障壁を出し、瘴気を防ぐ。

 光輝は背後の汐音に声を張り上げる。

「汐音! じいちゃんのところまで下がれ! お前一人くらいならじいちゃんの気の障壁の中に入れるはずだ!」

「あなたはどうするんですか!」

「俺のことはいい! さっさと行け!」

「あなただけの問題ではないでしょう! 光輝の体はどうなるんですか!」

 汐音はアキだけでなく、と言うか、光輝の戻って来る体のことを心配していた。

 光輝は、いや、アキは、ニッコリ微笑みを向ける。

「(お前の…………)」

 アキの呟きは汐音には届かず、汐音はアキの微笑みの意味がわからず首を傾げる。

「え? なにを……」

 汐音が訊ねようとした時、風の障壁が霧散した。

「くっ!?」

 アキは汐音を抱き寄せると、耳元で囁いた。

「……じゃあな、汐音」

「え?」

「じいちゃん!」

 アキは嵐三に声を掛けると、汐音を投げ飛ばした。

 汐音は嵐三にキャッチされ気の障壁に包まれる瞬間、瘴気に包まれて行くアキの寂し気な微笑みを見つめていた。

「五十嵐君……」

 アキの立っていた場所には瘴気が渦巻き、後から後から瘴気を吹き付けられている。

「五十嵐君! 光輝ぃぃぃっ!!」

 汐音の声が響き渡る。


キンッ


 突如光が煌くと、瘴気は斬り裂かれ霧散していく。

「……え?」

 汐音は霧散していく瘴気を、瘴気の中に煌く光を惚けたように見つめていた。

 そして、再び光が煌くと、光の剣閃がワイバーンを襲う。


ザシュッ


 その剣閃は、ワイバーンのいまだ健在の片羽を斬り落とした。


Gyaaaaaaa……


 ワイバーンは絶叫を上げ、羽を斬り落とした者を睨みつける。

 汐音の、ワイバーンの視線の先には、神々しく煌く光の剣を手にした光輝が立っていた。


「アキ……」


 光輝の頬に光の雫が一筋零れた。


光輝の中のアキはどうなったのでしょう?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ