闇の中の試練
……
……闇
「お~、いい感じに闇ってるねぇ」
アキは闇の中、空間を覆う闇を見てそんな呑気な事を言っていた。
そして、フンフフンフフ~ンと鼻歌交じりに闇の中を歩いて行く。
闇に包まれた空間の中、ここに不釣り合いな日本家屋がポツリと一軒建っている。
アキは門を潜りその家屋へと、自分の家のように気軽に入って行く。
玄関から入り、靴を脱ぎ上がり込んで行く。
暗い廊下はひっそりとし、板張りの床からひんやりと冷たい空気が感じられる。
廊下を進んで行くと、光の漏れている襖を見つけた。
その部屋から、光と共に音も漏れ聞こえてくる。
アキは襖に手を掛ける。
そして、襖をスーッと開くと、お気楽な声を発する。
「うぃ~っス」
「……」
しかし、返事はなかった。
どうやら、アキには気付いていないようだ。それほど集中しているのだろう。
部屋の中は和室となっていて、部屋の隅にテレビが置かれている。
そのテレビの前に光輝が正座で座っていた。
光輝は食い入るようにテレビを見ていた。
こうして見ると、子供が夢中になってテレビを見ている様に見えるが、テレビに映し出されているのはアニメ番組やバラエティー番組ではない。もちろんドラマでもニュース番組でもない。
テレビに映し出されているのは、光輝の昔の思い出。懐かしい、そして、忘れてしまっていた思い出が映し出されていた。
光輝はそれを思い出すように、記憶に刻み付けるように見入っていた。
その表情は真剣であり、苦痛に歪んでいるようにも見える。
アキは襖を閉めると、畳の上にゴロンと横になる。
光輝が見終えるのを黙って待つつもりのようだ。
しばらくすると、テレビの映像が消えた。
光輝はその場で俯き、微動だにしない。
アキは体を起こすと、光輝に声を掛ける。
「どうだ? 思い出したか?」
「……ああ」
「そうか……じゃあ、はじめるか」
アキがそう告げると、光輝はガバッと顔を上げ、振り返る。
「アキ! 僕は……っ!?」
アキは手で制し、光輝を黙らせる。
「お前が悪いわけじゃないだろ? 全部じいちゃんが悪い! だから、お前はお前のやるべきことをしろ」
「でも、僕は……」
光輝は煮え切らないように口ごもる。
「ああ、もう! そんなんだったら本当に汐音を貰っちまうぞ! いいのかよ!」
「それはっ!? いやだけど……」
ここまで煮え切らない光輝と言うのも珍しいが、こんなことをしているわけにもいかない。
アキは光輝の腕を掴み、強引に立たせようとする。
「いいから行くぞ!」
「でもそんな事をしたら、お前はどうなるんだよ!」
「今更どうにもならねぇよ! 思い出したんならもうわかってるだろ! やるしかねぇんだよ!」
「でも……」
ゴンッ
「グッ!?」
俯く光輝にイラッとしたアキは、光輝に頭突きをかました。
光輝は額を抑え、涙目で見上げて来る。
男の上目遣いは可愛くないな、とアキは思った。
もう一撃頭突きをかましたい衝動に駆られたが、時間を無駄にしない為にも堪えることにした。
代わりに語調を強めて言い放つ。
「でもでもうるせぇよ! 言っとくけどな! お前が必ずしも成功するとは限らねぇんだからな! そんな調子じゃ失敗するだろうが! お前が失敗したらすべて終わりだ! すべて無駄になる! その意味わかるだろ!」
「……」
光輝は下唇を噛みしめ、コクリと頷く。
アキは一つ溜息を吐くと、下を向こうとする光輝にデコピンを打ちつけた。
コンッ
「イッ!?」
「わかったなら行くぞ!」
アキはそう告げると、返事を待たず部屋を出て行く。
光輝は額をさすりながらおずおずと立ち上がり、アキの後に続いて行く。
アキは道場ではなく、家を出て門を潜り敷地内から出て行く。
門を出て、真っ直ぐに歩いて行く。家が随分小さく見える程歩いているが、どこまで進むのだろう?
光輝はアキがどこへ向かおうとしているのかわからず、首を傾げている。
敷地内と言うなら、この空間は光輝の精神世界の一部。この空間すべてが光輝の敷地内だった。そして、光輝がこの世界に来るまではアキがここを管理し、護っていた。
アキからしてみれば道場でなくてもどこでもよかったのだ。
それを知らない光輝は、アキに訊ねた。
「アキ、どこへ行くんだ? 道場で勝負するんじゃないのか?」
「ん~? 道場を壊されるのも困るからなぁ」
アキはどこか他人事のように言う。その言い方だと、自分は何もしないように聞こえる。
光輝は違和感を覚え、それを訊ねる。
「アキと勝負するんだよな?」
「……」
アキは何も答えなかった。
「アキ?」
もう一度声を掛けると、アキは足を止め振り返った。
「お前と勝負するって約束は、もう果たしただろ?」
「え?」
光輝はいまいち意味がわからず、首を傾げる。
察しの悪い光輝に、アキはヤレヤレと言った感じに肩を上げる。
「お前との約束は、お前が俺のところへ来たとき、もし俺の事を忘れてたら勝負するってやつだろ? それで俺が勝てば外に出してもらうって約束だ。俺の事ちゃんと覚えてれば勝負する必要もなかったし、汐音を取られる心配もしなくて済んだのにな」
「え? でも、この前は勝負するって……」
「ん? あれは記憶を思い出す前の話だろ? すべてを思い出したら、死に物狂いで俺を倒そうとするって言ったのは、お前を焦らせるためだ。そもそも俺を倒そうとするなよな。俺がいなくなったら困るだろ」
「じゃあ、僕は何をするんだ?」
「そりゃお前、ここを浄化してもらうんだよ」
アキは両腕を広げ当然のように言った。
すると、アキの上に闇が集まってきた。
闇は集まると、凝縮し濃度を増していく。そしてウネウネと蠢き四肢が伸びてくる。
人の形へと変わると、闇の空間と繋がっていた管がプツリと切れ、ドスッとアキの前に降り立った。
闇の大半がここに集まったことで、この空間の闇が薄れ、人型のシルエットがハッキリと確認できる。
体格は、アキや光輝よりも一回り大きいくらいで、ガッシリした感じだ。
アキは人型の闇の後ろからひょこっと出てくると告げる。
「こいつを浄化してくれ。これは……」
アキはそこまで言うと、人型の闇をまじまじと見て何やら考え込み、ブツブツと言い出した。
「(人型の闇、人闇? 闇人? ん~……っ!)」
アキは何かを閃いたようにポンと手を打ち顔を上げる。
「コホン、紹介しよう。闇人君だ! 彼と戦い、見事浄化してほしい! これが光輝に与えられた試練だ!」
アキはビシッと光輝に指差し言い放った。
試練と言うのは大袈裟だが、まあ、ただの浄化の修行だった。
「闇人君……」
名前なんてどうでもいいだろうと、光輝はジトッとした視線を向ける。
その視線を無視し、アキはどこに隠し持っていたのか、一振りの剣を光輝に放った。
「おわっ!?」
光輝は慌てて剣をキャッチする。
「浄化って言っても、僕はまだ……」
光輝はまだうまく浄化できないことを話そうとしたが、アキがそれを遮った。
「わかってる。お前が一度力を使えたのは汐音がピンチだったから、俺が力を貸してやっただけだ。愛する汐音を失うわけにはいかねぇからな」
つまり、まだ光輝の意思で力を扱えていなかったということだ。
「でも、すべてを思い出した今のお前ならできるはずだろ?」
光輝は剣を握り込むと鞘から引き抜き、闇人へ向け構える。
左足を前に、体はやや斜め、右手で剣を持ち、切っ先は闇人へ突きを放つように構え、刃に左手をかざす。
「ああ、浄化の力! 僕のモノにしてやる!」
光輝の意気を聞き、アキは一瞬寂しそうに微笑む。
そして、言い放った。
「闇人君! ゴー!」
アキの命令を聞くと、闇人は『ヴォォォォォッ!』と咆哮を上げるかのような動作をし、光輝へと駆け出した。
「光よ、清浄なる光よ、剣に纏いて力と成せ! 真聖剣!」
剣にまばゆい光が纏う。
闇人は腕を振り上げると、手を広げ、指を鋭い爪のように尖らせ振り下ろした。
光輝は体を横にずらすことで躱し、すり抜け様に真聖剣で胴を突いた。
ドシュッ
闇人の胴は光の剣閃により、突き裂けた。が、すぐさま切り口は繋がり光輝へと突進してきた。
「くっ!?」
闇人はその鋭い爪で連続で斬り付けていく。
光輝はそれを真聖剣で受け流していく。
「お~い、ただの真聖剣じゃ、闇人君は浄化できないぞ~」
「わ、わかってるよ!」
アキのチャチャに光輝が律儀に答えていると、闇人は爪の連撃中に蹴りを放った。
ドスッ
「ぐわっ!?」
その不自然な動きについていけなかった光輝は、蹴りをまともに受け豪快にふっ飛ばされた。
「見た目が人型でも、人間じゃないんだ。どんな攻撃をしてくるかわかんないぞ~」
「くっ!」
光輝はアキの忠告を聞き、闇人へと視線を向ける。
闇人の蹴り上げていた足は腕へと形を変え、さらに体からニョロリと触手が伸び、足へと形を変える。
今の闇人は、足二本に右腕二本左腕一本という異様な風体をしていた。
「よっ! 闇人君、キモイぞー!」
とアキは歌舞伎の「大向う」のように声を掛けている。
アキは完全に観客気分で見守っていた。どちらを応援しているのかわからないが。
光輝はそれには構わず、前に出る。
素早い振りで、手数を増やし闇人を斬り付けていく。
闇人は光輝を迎え撃つように三本の腕と足を器用に動かし、光輝の剣を防ぎつつ攻撃を仕掛ける。
手数で言うなら闇人の方が上。次第に光輝の攻撃の手数は減っていき、攻撃から防御へとシフトしていく。
光輝は闇人と対峙してからずっと、体の中にうずきのようなものを感じていた。
これを野放しにしてはいけない、これを解き放っては行けない、これを、瘴気を浄化しなければならない。瘴気は僕の中にある。ここで浄化しなければ、外に飛び出し、近くにいる誰かを傷つけるかもしれない。それは一番近くにいる汐音かもしれない。そんなことは、させない!
光輝がそう思うと、うずきはさらに激しく、熱くなっていく。
光輝は闇人の攻撃を避け後方に跳ぶと、その激しく熱いモノを剣に乗せ振り抜いた。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!」
キンッ
その時、極光の剣閃が煌いた。
「光輝! 起きてください!」
猛スピードで走りガタガタと揺れる馬車の上、汐音は声を掛けつつ光輝の体を揺り動かした。
「———ん? ん~」
目覚めた光輝は、寝た振りをしたまま口を突き出した。目覚めの口づけを所望のようだ。
汐音はなんの躊躇いもなく、
「起きなさい!」
バチンッ
「ぶふっ!?」
その間の抜けた顔に平手打ちを落した。
「い、いひなり何すんら!」
「それはこちらのセリフです! 今はそんなことをしている場合じゃないんです!」
汐音の表情はかなり焦っているようだった。
「とにかくあれを見てください!」
汐音はそう言うと、光輝の頭を両手で挟み込み、グリッと回す。
「ぐえっ!?」
光輝は首に激痛を覚え、ルゥのよう声を漏らした。
「ルゥちゃんみたいな声を上げても全然可愛くないです! いいからさっさとあれを見てください!」
光輝は首を押さえつつ、強引に向けられた方向を見る。
どうやらローズブルグ付近まで来ていたようだ。
しかし、汐音が言っているのはそんな事ではないようだ。ローズブルグの街から火の手が上がり、あちらこちらから煙が立ち昇っていた。
そして、その上空には、
Gyaaaaaaaa!
と咆哮を上げるワイバーンの姿があった。
再び話は光輝の方へ……
冬華たちは何をしているのやら。




