光輝?と汐音
汐音と麻土香のテント、横になっていた汐音はムクリと起き上がり、テントを出て行こうとする。
「汐音ちゃんどこ行くの?」
「あ、すいません。起こしちゃいましたか」
「ううん、ちょっと寝付けなくて」
麻土香は少し考え事をしていた。そして、ドツボに嵌まってしまい眠れなくなっていた。
「汐音ちゃんも寝付けないの?」
「はい、少し気になることがありまして、ちょっと、光輝のところに」
汐音のこの言葉を聞き、麻土香はガバッと起き上がり汐音を凝視する。
汐音はビクッとし、怪訝そうに麻土香を見る。
「な、なんですか?」
「え!? あ、その、ね、汐音ちゃんに聞きたいことがあって」
麻土香の目は忙しなく宙を泳いでいる。挙動不審にもほどがあるだろう。
それがかえって、麻土香が何を聞きたいのか汐音の興味心を刺激した。
「はあ、聞きたいことですか?」
汐音はベッドに戻り、腰を下ろす。
「えっとね、汐音ちゃん、光輝君となんだか少し距離置いてたよね?」
「え、いえ、そんなことは……」
そんなことはあるけれど、さすがにそれは言えなかった。それを言うと、その理由も言わなければならなくなる。麻土香は心配してくれているようだから、きっとそれを訊ねて来るだろう。しかし、それは言い難い為、できれば避けたかった。
「そ、そうだよね。うん」
「?」
麻土香はなぜか納得した。
(あれ? 彼と距離をとっている事を心配してるんじゃないの? なんで納得したの?)
と、汐音は困惑する。麻土香が何を聞きたいのか、さっぱりわからなくなってしまった。
麻土香はタイミングを計るように、汐音の顔をチラチラ見ている。
麻土香が何をい言い出すのか予測がつかず、汐音はドキドキしていた。
麻土香は深く息を吸い込むと、意を決したように口を開いた。
「汐音ちゃん!」
「は、はい!」
お互い緊張していた。まるで告白でもするかのようだ。
「光輝君から聞いたんだけど……その……」
麻土香の言葉が詰まる。
汐音はそこまで聞いて察した。
(彼からすべて聞いたのね。きっと、食事の時に。麻土香さんは随分と取り乱している様子だった。でも、当然信じられず、それを私に確かめようとしているのね)
と、理解した。
(なんて答えたらいいのかな? 説明が難しいわね。どうしてあんなことになったのか、突然のことで私も困惑しているし。だから距離をとっているのに説明なんてできない)
汐音が悩んでいると、麻土香がようやく続きを口にした。
「汐音ちゃん、光輝君と、男女の関係になったって本当なの? だから恥ずかしくて距離をとってるの?」
麻土香は食事の時、光輝からそう聞いていた。だから、顔を真っ赤にして二人の事をチラチラ見ていたのだ。そして、まだ未経験の麻土香は敗北を感じて放心していたのだ。
「……え?」
汐音は麻土香が何を言っているのかすぐには理解できなかった。
悩んでいるところに、予期せぬ疑いが降りかかり、汐音の思考は一時停止し放心状態となる。
「……」
「……? 汐音ちゃん?」
麻土香に呼ばれ、汐音の意識が覚醒する。
(……今、麻土香さんはなんて言ったのかな? 聞い間違いかな? 考え事をしてたから聞き間違えたのよね? まさか私と彼が男女の関係になったとか言わなかったよね?)
汐音は聞き間違い路線で思考を進めていた。
しかし、目の前の麻土香は顔を赤くし、少し興奮気味に汐音の返答を待っている。聞き間違いではなさそうだ。
汐音は麻土香の言わんとしたことを理解した。
「なっ!?」
「な?」
「何言ってるんですかあなたは!」
汐音は声を張り上げていた。
「ひぃっ!? ご、ごめんなさい! プライバシーの侵害よね! 秘密にしておきたいこともあるよね!」 と、麻土香は勘違いしたことをまくし立てると、汐音の怒りから逃れるように両腕で頭をガードし、亀のように縮こまった。
「ち、違います! そうじゃありません!」
汐音の言葉を聞き、麻土香は腕の隙間からチラリと汐音を覗き見る。
「え? 違うの? あ、じゃあ逆なのね! 光輝君に無理やり迫られたのね! そう考えると汐音ちゃんの態度にも納得いくわ。光輝君に強く当たってる感じだったし。でもあの光輝君がねぇ、欲望に負けちゃったかぁ」
麻土香はあらぬ方向に思考がシフトして行く。
それはまずありえないことなのだが、それに気づかないとは余程動転しているのだろう。
「どうしてそうなるんですか! そもそもどうして私があんな人と男女の関係にならないといけないんですか!」
汐音は思わず声を荒げていた。
「え? あんな人って、汐音ちゃん、光輝君の事好きなのよね?」
麻土香は腕を少しおろし、素朴な疑問を投げかけた。
「え、ええ、好き、ですよ」
汐音はたどたどしくも素直に答えていた。
「だったら、そういう関係になってもおかしくないよね?」
麻土香は亀の状態から脱し、首を傾げていた。
「え? それは、そうかもしれませんが……」
汐音が答えに窮していると、麻土香が「わかった!」とばかりに告げる。
「やっぱり喧嘩なのね! だから素直になれないんでしょ?」
麻土香は見当違いの事を言っている。話の流れが良くわからない方向に流れている気がする。
「確かにさっきの光輝君はらしくないところがあったよね。ああいう光輝君、私は嫌いじゃないけど、真面目な汐音ちゃんとは反りが合わないかもね。でも、瘴気の影響だと思うから、きっとすぐに元の光輝君に戻ると思うよ」
「っ!?」
麻土香は見当違いな話から確信に急接近して来た。
しかし、まだ勘違いが含まれている。
これ以上突っ込まれると、説明しづらいことを聞かれることになる。ここは早々にテントを出て行こう。 汐音はそう思い、それを行動に移すべく麻土香の勘違いを利用することにした。
「そうですね、今から行って仲直りしてきます」
「うん、そうした方がいいよ。後になればなるだけ仲直りしづらくなっちゃうから」
汐音の思惑を知らない麻土香は、親身になってアドバイス的な事を言っていた。
「はい、では行ってきますね」
「うん、頑張って! 私は汐音ちゃんの味方だからね」
麻土香は拳をグッと握り込みエールを送る。
「あ、ありがとうございます」
汐音は麻土香のエールを受けながらテントをあとにした。
「ふぅ、危なかった。ていうか、あの男は何変な事を麻土香さんに吹き込んでるのよ! もう、どうしてこんなことになったのよぉ」
汐音は頭を抱え、昼間のテントでの彼との話を思い出していた。
「光輝、あなたは一体誰ですか?」
汐音は光輝の反応を見逃さないようにじっと見つめていた。
「どうしたんだ? 藪から棒に。どこからどう見ても光輝だろ? 聖光輝っ」
光輝は当然のように言い放つ。
動揺もおかしなところも見られない。
確かに光輝の言う通りなのだが、先程の様子は明らかに光輝のそれではなかった。
「見た目はそうですけど、中身は、口調が光輝のモノではありませんでした。あなたは……っ?」
汐音の話の途中、光輝は手を伸ばし、汐音の頬に触れた。
「な、なんですか?」
汐音の声は少し震えていた。
「うん、触れてみたくなっただけ」
光輝はそういうと汐音の張りのある肌を確認するように撫でる。そして、顎をクイッと上げると、顔を近づけ、口づけをしようとする。
「光輝はこんな事はしません」
息が掛かる距離、それでも汐音は気丈にそう言い放った。
「そうかな? 俺だって男だよ。汐音みたいに魅力的な女性がいたらキスしたくなるよ」
光輝はそのままの距離で、汐音の目を真っ直ぐに見つめて言う。
「そうかもしれません。でも光輝は……!?」
汐音が言い終えるまえに、汐音は光輝に押し倒された。
汐音は驚きで一瞬目を見開くが、すぐに光輝の目を見据える。
「こんなこともするよ。好きな相手が自分に好意を寄せてくれてるなら尚更な」
そう言うと、光輝は再び口づけをしようと顔を近づける。
「光輝は嫌がる女性にこんなことはしません」
汐音は光輝の目を見据えたまま言い放つ。
「嫌がってる風には見えなけどな」
光輝は至近距離で囁くように言う。
確かに汐音は何の抵抗も見せていない。
「見た目がすべてではないことくらい、あなたはわかっているでしょう? それに、あなたもこんなことはしない人です」
汐音は光輝を説得するように強気で言い切った。
「どうしてそう思う?」
光輝は再び汐音の頬を撫で訊ねる。光輝の目は真剣なものに変わっていた。
「……だって、あなたは五十嵐君でしょ?」
汐音の言葉を聞き光輝はピクリと反応する。
「はぁ? 何を言うかなぁこの口は」
光輝はそう言い頬に触れていた手を顎へとスライドさせ、親指で汐音の下唇を下に少し開く。
汐音の口が少し開かれ、白い歯を覗かせる。吐息が漏れてきそうで、色っぽい。
光輝の視線は汐音の唇にくぎ付けになっている。
「どうして俺がアキなんだ? アキは今精霊の世界にいるだろ?」
光輝の視線に気付き、汐音は本当にキスをされるのではと、内心不安だった。
「そ、それは、術か何かで光輝を操っているのでは?」
汐音は動揺が声に出てしまい、どもってしまう。
「またとんでもない事を言い出すな。そもそもアキは魔法を使えないんだぞ?」
確かに突拍子もないことを言っている、アキにそんな力などないことは汐音も知っている。
「それは……そう! 向こうの世界で人を操る魔道具的なものを見つけたんでしょう」
汐音は悩んだ挙句、それらしいことを言い放っていた。
その内容に光輝は笑い声を上げる。
「ぷっ、アハハハハハッ、随分と都合のいい道具が出て来たな」
「と、とにかく! 五十嵐君なら何でもありな気がします!」
汐音は動揺を隠すように勢いだけで言い切った。
「クククッ、強引な理由で押し切るなぁ。でも、そういう強気なところは嫌いじゃないけどな」
光輝はそういうと、汐音の髪を掻き上げ額を露わにさせると、
チュッ
額に口づけをした。
「なっ!? なな何をするんですか!」
汐音は顔を赤くして額を押さえ抗議する。
「アハハハハッ、別にいいだろ? これ光輝の体なんだし」
光輝は汐音から離れると、笑い飛ばす。
「その言い方! やっぱりあなた光輝じゃないじゃないですか!」
「なんだよ、自信なかったのか? ひょっとして押し切ったらOKだったのか? 惜しい事したな」
「なっ!? そんな事あるはず無いじゃないですか! バカなんですか!」
興奮状態の汐音はハァハァと肩で息をしている。
光輝はその様子を見て、おかしそうに笑っていた。
呼吸を整え、心の動揺を鎮めた汐音が光輝に向き直り、言い放つ。
「もういいですから、早く光輝を返してください!」
「え!? 俺の体が目的なの?」
光輝は自らの体を庇うように抱きしめる。
「ち、違います!」
「ったく、恥ずかしがることないだろ? なんだったら、服脱いでありのままの光輝を見せてやろうか? 今なら見放題だぞ?」
光輝は服を脱ぐ素振りを見せる。
「や、やめてください! そう言う意味じゃないですから!」
と言いつつ、視線は光輝の体に行っている。興味はあるようだ。さすが女医志望。関係ないか。
「そうか? 折角のチャンスだぞ? 何ならお触りありでも」
「そんなサービスいりません!」
汐音はペースを乱され、再び肩で息をしていた。
これだけペースを乱してくると言うことは、何か聞かれたくないことがあると言うことだろう。
そして、このからかい方をするのは、汐音の知る限り二人しかいない。五十嵐兄妹だ。
汐音はそう確信し真剣な面持ちで訊ねた。
「あなたは五十嵐君でいいんですね?」
光輝は汐音を見据え、真剣モードで答える。
「さすがは汐音、良い洞察力をしてるな」
「洞察力も何も、あなた隠す気なかったでしょ!」
汐音はバカにされた気分になり声を上げた。
「アハハッ、そうだな。でも残念、少し違うんだなぁ」
光輝はチッチッチッと人差し指を目の前で振っている。
少しイラッとしつつ、汐音は訊ねる。
「どう違うんですか?」
「俺は光輝だよ。紛れもなく、とは言えないけど」
光輝はよくわからない言い回しをしてきた。
「どういうことですか?」
「いずれわかるさ。汐音がお願いすれば俺は話すかもしれないし」
「じゃあ、教えてください」
汐音はすぐさまお願いした。
「……それが人にものを願う態度かね、チミィ」
光輝は顔を歪めて言い放った。
光輝の顔でそういうことをされ、汐音の目つきが鋭くなる。
「じょっ冗談だよ。こえぇなぁ。言っとくけど、俺は教えてやらないぞ。……まあ、そうだな、今俺が言えることは、俺が汐音のことを好きだと言うことだ」
光輝の衝撃告白に汐音は口をパクパクさせてしまう。
「な、何を言っているんですか! 五十嵐君はサラさんの事が好きなのでしょう!」
「ああ、あいつはそうみたいだな」
光輝はどこか他人事のように言う。
汐音は困惑の中にいた。
「汐音は俺のことは嫌いか?」
「嫌いとかそういう問題じゃありません! そもそも私は光輝のことが……」
汐音はそういうと、口ごもる。
「それは知ってる。そのうえで聞いてるんだ。ただ、好きか嫌いかを、俺を信じてくれるかどうかを……答えてくれ」
光輝は真剣な表情で返答を待っている。
汐音は困ったように俯き、なんと答えようかと想いを巡らす。
(そんな事いきなり言われれも困るじゃないですか。五十嵐君はずっとサラさん事が好きなはずだし、私のことは苦手にしている風にも見えましたし、好かれているなんてとても思えませんでした。私も冗談ばかりでやる気を見せない不誠実な五十嵐君のことはあまり好きではありませんでしたし。でも、この世界に来て五十嵐君のサラさんへの想いを知り、人のために自分の身を顧みずに戦う、そんな違う一面を知り認識を改めたのに、なぜここで私に告白なんて。今の真面目な五十嵐君は好感を持てますが、二股は容認できません。つまり、浮気をする人はマイナス印象となりますね。しかし、光輝にもはっきりと好きとは言われていないのに、五十嵐君に先に告白されるなんて……少しドキッとしましたが、それはきっと外見が光輝だからのはず。返事は決まっています。嫌いではありませんがその想いに応えることは出来ない)
そして、考えのまとまった汐音が顔を上げ返事を告げようとした時、
「なんてな。アハハハッ、冗談だよ。まさかそんなに真剣に悩むとは思わなかったけどな。まさに想、定、外!」
光輝は、さも楽しそうに笑っている。
汐音は呆気に取られていたが、次第に怒りがこみ上げてくる。あれだけ真剣に考えたと言うのに、返事も聞かず、あまつさえ冗談だと言う。汐音の怒りは頂点に達していた。
バチンッ
汐音は光輝の頬を思い切り引っ叩いた。
「どうして、そんなに冗談ばかり言うんですか! そんなあなたは大嫌いです! もう知りません! 勝手にしてください!」
光輝は頬を押さえ惚けたように汐音を見つめていた。
汐音はそのままテントを出て行ってしまった。
(あの時はうまくはぐらかされてしまいましたが、今度は感情を抑えてちゃんと聞き出さなくては。早く本当の光輝を取り戻さないと)
汐音は決意を新たにし、光輝たちのテントへ向かった。
光輝?の行動が意味不明ですね。




