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原因

 裏通りを駆け抜け、オグルの診療所へ向かうカレンはこんな事を考えていた。

 私、何やってるんだろ? こんな事、今までの私ではありえない行動よね。今、私の村は謎の病気が蔓延している。村を元に戻したい、皆を元に戻したい、そう思ってる。でも、ここまでの事を昔の私ができただろうか? きっとできない。つい最近までそうだったんだもの。

 何か事が起これば、物語の主人公然とした、アキや光輝さんが中心となり行動を起こし、他の仲間たちと協力して事を解決していく。私はその隅でちょこっと回復してただけだったのに、今はなぜか物語の主人公のような立ち位置にいる。しかも恋物語ではなく、恐怖の疫病感染物の物語だなんて……難易度高すぎるわよ! まあ、恋物語も難易度高いけど……これじゃあ、物語の序盤で話が終わっちゃうじゃない! そうだ! きっとここにピンチのヒロインを助けに、白馬の王子様的な人が颯爽と現れて私たちを救ってくれるのね! そうでないと駄作過ぎるじゃない? でも誰が来てくれるんだろ? アキは今他所の世界に行ってて不在、冬華ちゃんも同じく不在。総司さんは寝込んでる。頼みの光輝さんはローズブルグにいる。シルバ君たちがうまく連絡を取れたとしても、到着までどう頑張っても1日は掛かる。護衛の3人はすでに感染し、残ったのは私とシルバ君とケイトちゃんの3人。先生が無事だったとしても、4人でそれまで持ちこたえなければならない……間に合わないんじゃない?

 確かに嵐三さんには一緒に戦うと決意表明したけれど、話が急展開過ぎるじゃない!

 ひょっとしてこれ、物語でありがちな、主人公クラスの人たちが、覚醒するための尊い犠牲的なあれ? でもそれって、前にアキがやってたよね。これじゃ、二番煎じだよね! 地味な私にはそれがお似合いって事? それとも、アキが無事生きてたから、無効になったとか? それで私にお鉢が回ってきたってこと? ていうか、それじゃ私が死ぬ事前提じゃない!

 ハッ!? しまった! また余計な事考えちゃった……どうしよう。さっきは隊長さんが宿屋から出てきちゃったけど、今回いろいろ考えちゃったじゃない! どれが採用されるの? どれが採用されても碌なことが起こらないんだけど! どうして私は余計な事考えちゃうのよ! 私のバカ!!

 でも、私は死なないから! 嵐三さんとも約束した。生きる覚悟をするって! アキの為、みんなのため、自分のために絶対生き抜くんだから!

 と、カレンは恐怖を忘れるために、一人頭の中で余計な事を考え、決意を新たにしていた。

 よそ事を考えていると早いもので、気付くとオグルの診療所に到着していた。

 オグルの診療所もカレンの家と同じ住居一体型で、裏に住居の玄関がある。

 カレンは診療所の裏にある玄関の前にしゃがみ込み、中の物音に耳を傾ける。

「……静かね」

 カレンはボソリと呟くと、ドアノブに手を掛ける。

 そして、そっとノブを回し扉を開いた。


キィィィィィ


 相変わらず、イヤな音が響く。扉恐怖症になりそうだ。

 カレンは周囲の気配(物音)と、中の気配(物音)に集中する。


カタッ


 何か物音がした。外ではない、建物の中からだ。

 心臓の鼓動が早くなり、呼吸も荒くなっていることに気付く。

 カレンは深呼吸し、意を決するとスッと中へ体を滑り込ませる。

 扉を閉めると、中は耳が痛くなるほどシンと静まっていた。ただ、カレンの鼓動だけが踊り狂っていた。

 慣れ親しんだオグルの家だと言うのに、こんなにも緊張するのは初めての事である。

 カレンは緊張の面持ちで住居の方から調べていく。まだ時刻は朝だ。こちらにいる可能性が高い。そう思い、部屋を一部屋一部屋調べていく。

 とはいえ、オグルが一人で住んでいるのだ、部屋数もそう多くはない。オグルのいそうな、寝室、台所、書斎、厠も覗いたが、オグルの姿はなかった。

 住居にはいないようだ、後は診療所を調べるだけだ。

 住居を調べていて、カレンはふと思った。

 どうして先生は今だに独り身なんだろ?

 先生とうちの両親は幼馴染だ。父さんと2人で母さんを取り合っていた時期もあったとか。結局先生が身を引き、両親が一緒になってからも、仲良く過ごしていた。父さんが死んで悲しんでいた私たちを、先生はずっと支えてくれていた。

 もう、母さんと一緒になっちゃえばいいのに。私は全然構わないんだけどなぁ。と言うと、先生は笑って「ありがとう」と言った。でもまだ無理だと言っていた。なんでも父さんとの約束があるらしい。内容までは教えてくれなかったけれど、その時が来たら教えると笑っていた。

 どんな約束をしたのだろう? 気になる。

 と、そんなことを考えていると、診療所への扉の前に立っていた。

 危うく、そのまま扉を開いてしまうところだった。

 カレンは診療所の中に注意を向けながら扉に手を掛ける。


ガタンッ


 診療所から何かが動く音がした。

 カレンは扉を開く前に、聞き耳を立てる。

 しかし、何も聞こえてこない。

 それがかえって不安を煽る。オグルは無事だろうか?

 カレンは不安を胸に押し込めると、そっと扉を開いた。


「オォォォォォッ!」

「ッ!?」

ガギンッ


 不意に振り下ろされた金属の棒を、カレンは咄嗟に振り上げた魔剣ダガーで受け止めた。

 そして、水の弾丸を放とうとする。

「み、みず……せ、先生!?」

「え? カレンか?」

 金属の棒を振り下ろしてきたのはオグルだった。いつもの白衣ではなかった為、少し違和感がある。

「先生、無事だったんですね。良かった」

「ああ、こっちは驚いているよ。まさかカレンが帰って来ていたとは」

 オグルは、緊張の糸が切れたのか、ドスンと床に座り込んだ。

 カレンは魔剣ダガーを鞘に納めると、早速オグルに訊ねる。

「先生、今村で起こっていることなんですけど……」

「ああ、カレンがここに来たと言うことは、それを聞きに来たんだろ? ついて来なさい」

 そういうと、オグルは立ち上がり診察室へと向かった。

 廊下を歩くオグルは、振り返ることなく訊ねて来た。

「カレン、カノンは?」

「母さんは……家に」

 カレンのこの反応で察したオグルは「そうか」と告げ、他になにも言わなかった。

 診察室のベッドには一人の男性が寝かされていた。その男性は手足を縛られ、ベッドに固定されていた。なんだか見たことのある光景だった。

「この人は?」

 カレンは想像はついていたが、一応訊ねた。

「昨日、どうにも体調がおかしいと言うものだから、一晩泊めて検査をしていたんだ」

 オグルの話はこうだった。

 二日ほど前から、調子が悪いと訴えてくる患者が増えたのだそうだ。症状は皆同じで、視野狭窄に倦怠感が主だった。原因は不明で、ストレスによるものかと思われたが、昨日になると、症状が悪化し、白目は黒ずみ、肌は土色に変わって来ていた。

 彼は不安になりこうして入院して検査をうけていたのだ。

 そして今日、カレンも知る事態が起こったのだ。

「彼から血液を採取して調べたのだが、その結果が……」

 オグルはそこまで言うと、言葉を濁らせた。

「どうだったの?」

 カレンが話を促すと、オグルは渋い顔をして告げる。

「以前、アキ君を、いや、アギト君と言った方がわかりやすいかな。アギト君を治療した際に血液を採取したんだが、アギト君の血液の成分と彼の血液の成分が酷似していたんだ」

「それってつまり、この人の血にアキの血が混ざっているってことですか?」

 カレンは人聞きの悪いことを言う。

「いや、そうじゃない。それじゃあ、この騒ぎをアキ君が起こしたみたいじゃないか」

「あはは、アキがそんなことするはずないですよね」

 操られて、ということもない事もないのだが。

「アキ君は以前、レイクブルグの湖の毒素、瘴気を大量に取り込んでしまったんだったよね」

「うん。え? じゃあ、アキの血じゃなくて、血に混ざっていた瘴気と同じ成分ってことですか?」

「ああ、瘴気と言っていいかはわからないけれど、瘴気を少しいじったような(いびつ)さがあった。そんなこと自然には起こり得ないことだ」

 オグルは何者かが瘴気を別の何かに作り替えたのではないかと考えていた。そして、それをこの村にばら撒いたのだと考えているようだ。

「でも、そんな事……」

「ああ、瘴気に手を加えるなど正気の沙汰とは思えない!」

 オグルは怒りで顔を歪めていた。

 しかし、そこに救いもあった。相手が瘴気なら手はあるのだ。

「元が病気じゃなくて瘴気なら何とかなるよ。光輝さんたちならみんなの中の瘴気を浄化できる!」

 カレンは声を潜めているが、そのテンションから気持ちが高ぶっているのがわかる。

「でも、どうやってこの事を知らせるんだい?」

 オグルはもっともな質問をする。しかし、その質問にもカレンは答えることができた。

「大丈夫、通信鏡でシルバ君たちが連絡してるから。あ、でも病気って連絡してるから後で訂正しなくちゃ」

「となると、後は到着を待つだけなんだけど……村のみんなに襲われるが先か、僕らが彼らと同じになるのが先か。一番いいのは光輝君たちが先に到着する事なんだけど、それも難しいだろうな」

 オグルは険しい表情になる。

 カレンは首を傾げていた。

「どうして? 隠れてれば大丈夫でしょ?」

「いや、そうもいかないだろう。カレンはこの瘴気がどう拡まったのかわかるかい?」

 オグルの問いかけに、カレンは今まで瘴気に犯された土地の事を思い出す。

「ん~水、土、空気、かな?」

「うん、まず疑うのはそれらだね。でも、水なら川の下流の村にも同じことが起こっているだろうし、土ならまず植物に変化が出るはずだ、空気ならもっと拡がっているはずだろう?」

 確かに下流のリーフ村にこのような症状の村人はいなかった。リオル村に到着するまでにもそんな症状の者は見ていない。もちろん植物にも異常はない。だとすると……

「おそらく食べ物に仕込まれたのだろう。三日前に旅の行商人が大量の調味料を売りさばいていたから、それかもしれない」

「そういえば、宿屋の倉庫にそんなような木箱があった気がする」

 確かに食べ物(調味料)が原因なら、隊長たちが同じように正気を失ったのにも頷ける。しかし、カレンたちだけ無事というのがわからない。シルバは自業自得で食事を口にできなかったが、ケイトが持って行ったスープに少し口をつけたのかもしれない。カレンとケイトは間違いなく食事に口をつけている。おそらくオグルも食事は摂っているはずだ。

「どうして、私たちだけ平気なんだろ? 病気じゃないんだから抗体があるとかではないですよね?」

「ああ、口にした量や、個人差で発症が遅れているのかもしれない。もしくは、僕らには発症しない共通する何かがあるのかもしれない。これは楽観的過ぎる考えだから忘れてくれ。だから、いつ僕らもみんなのようになるかわからないんだよ」

 つまり、発症するかもわからない。発症するにしてもいつ発症するのかもわからない。明日かもしれないし数分後かもしれない、と言うことだ。

「だったら、この事を早く光輝さんたちに伝えなきゃ!」

 カレンは診察室を出て行こうとする。

「どうするつもりだい?」

「シルバ君たちと合流して通信鏡で知らせるの。先生はここに隠れてて」

 オグルはカレンの腕を掴み引き止める。

「ダメだ! カレン一人じゃ危険過ぎる!」

「大丈夫だよ。ここまで一人で来たんだよ? これでも成長してるんだから」

 と、カレンは控えめな胸を張って見せる。

 外見的には残念ながら変化は見られないが、中身は成長しているのだろう。たぶん。

 きっと、城でいい先生に巡り合えたのだろう。

 オグルは嬉しくもあり寂しくもある、そんな複雑な気持ちになっていた。

 オグルは後ろ髪引かれる思いでカレンの腕を放す。

「わかった、気を付けるんだよ」

「うん! 行ってきま~す」

 カレンは「ちょっと遊びに行ってきま~す」と、親に告げるかのようなノリで手を振っていた。オグルを安心させる為とはいえ、軽すぎるだろう。

 オグルは苦笑いを浮かべながらカレンの後ろ姿を見送っていた。

「カレンはもう一人立ちできたみたいだな。少し寂しいけどな……フッ、笑うなよ。なあ、もういいかな? アレン」

 オグルは虚空を見つめ、今は亡き親友と語らっていた。


オグルの親父ギャグが炸裂したけれど、カレンがまさかのスルー!

空気を呼んだのでしょう。

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