囮
「ん!? んんっ!」
背後から羽交い絞めにされ口を塞がれたカレンは、何とか逃れようと抵抗を見せる。
上体を前方に倒し、一気に後ろへ反らし、背後の敵へ裏頭突きを打ち込もうとする。
「(カレンちゃん、暴れないで!)」
「え?」
ゴンッ
「グフッ!?」
「あ……」
カレンが振り返ると、カレンの裏頭突きを鼻にくらい鼻血を噴き出すシルバと、口を開けて呆気に取られているケイトがいた。
「シルバ君! ケイトちゃん! 無事だったのね!」
「(シッ、静かに! 気付かれちゃう)」
カレンはハッとし、両手で口を塞ぐと宿屋の裏口に意識を向ける。
追って来ていた女将さんたちは、本来カレンが向かうはずだった方へ群れを成して行ってしまった。
どうやら気付かれなかったようだ。
カレンがホッとしていると、ケイトは鼻血を噴き出し声を押し殺し悶絶しているシルバに肩を貸していた。
「(こっちよ。付いて来て)」
ケイトはそういうと、ふらついているシルバを連れ、女将さんたちの向かった道とは反対方向へ向かった。 頭突きのダメージが酷いのだろうか? シルバの足取りがおぼつかない。カレンは少し心配になっていた。
ケイトの後に続いて行くと、宿屋の裏にある倉庫へと入っていった。
倉庫内は薄暗く、天窓から入る微かな光だけが光源となっていた。ここには宿で使用される備品やら、毛布やら、木箱が保管されていた。
カレンは倉庫に入るなり、シルバに回復魔法を掛ける。
思った以上に鼻血が出ていて、カレンは罪悪感でいっぱいになった。
「シルバ君、本当にゴメンね」
「ああ、いきなり口塞いだから驚くのも無理ないよな。次からはちゃんと声を掛けるよ」
と、鼻にかかった声で涙目になりつつシルバは告げる。
あの場合、声を出してしまえば気付かれてしまうため、安全圏に移動するまで声は出せなかったのだから、シルバは適切な行動をとったと言える。
それがわかっているため、カレンはなおのこと罪悪感が膨らんでしまう。
シルバを回復していてカレンは気付いた。シルバの白目が若干黒くなっていることに。
「シルバ君、その目……」
シルバは咄嗟に目を背けてしまう。
「目覚めたら黒ずんでたんだ。体も少し重いし、何かの病気かな? 俺もあいつらと同じになるのかな?」
シルバは不安げに告げる。少し手が震えているのが見て取れる。
ケイトがシルバの震える手を握り告げる。
「そんなことない! シルバ君はまだこうしている。ちゃんと意識もあるじゃない! 弱気になっちゃダメよ!」
ケイトは必死に元気づけようとする。
「あ、ああ、そうだな」
シルバはそう頷くと、ケイトの手を握り返し目を見つめる。
ケイトもジッとシルバの目を見つめ返していた。
カレンは一人蚊帳の外で居た堪れなくなり、二人だけの世界をやんわりと破壊する。
「コホン、えっと、二人はいつからそういう仲に?」
カレンの言葉に反応し、二人は手を離し、目を逸らすと、同時にカレンへ顔を向けて否定する。
「そ、そんな仲って、どんな仲だよ!」
「そ、そうよ、どんな仲よ!」
二人は顔を赤くして、必死に言い募る。聞いてるこっちがアホらしくなるくらいに息が合っていた。
「うん、そんな仲の事だよ」
カレンは「はいはい、御馳走さま」とでも言うように、ジトッとした視線を二人に向ける。そして追い打ちを掛けるように告げる。
「その続きはここを切り抜けてからにしてくれるかな? そうすれば私も邪魔しないし思う存分できるよ」
「「なっ!?」」
二人は顔を真っ赤にし、言葉が出てこないのか口をパクパクさせていた。
いつまでも、こんなぬるい空気の中にいるわけにもいかない。カレンは二人を強引に現実に引き戻すことにした。
「母さんも、隊長さんも彼らと同じようにおかしくなっちゃってたんだけど、他の二人はどうなったか知ってる?」
カレンが訊ねると、二人は驚いた顔をする。
「そんな!? 隊長まで……」
「カノンさんまで、そんな……」
二人の言葉で、カレンは察した。あとの二人の兵士も、彼らと同じように正気ではなくなったようだ。
「そっちも同じなんだね?」
カレンが確認するように告げると、二人はコクリと頷いた。
カレンは黙り込んで考えはじめる。そしてボソリと呟く。
「病気か……そういえば昨晩の女将さんの様子もおかしかったな。疲れているような、そんな感じだったな」
カレンは独り言のようにブツブツと言っている。
そう考えると、昨日村に到着した際に妙に静かに感じたのも、この病気の所為だったのかもしれない。
確認してはいないが、この分だと、村人全員が同じ症状になっているのかもしれない。
しかし、
「これが村に広まった病気だとして、隊長さんたちが発症するの早過ぎないかしら? それにどうして私たちだけ平気なのかな?」
「抗体があったとか?」
ケイトがボソリと告げる。
その可能性はある。ならば、それを調べれば薬を作れるかもしれない。ここは専門家に聞いてみるべきだろう。
カレンはそう結論を出し、二人に告げる。
「私、先生の所に行ってくる」
「先生?」
「うん、この村で診療所をやってる先生。私に回復の基礎を教えてくれた人だよ。先生ならこの病気について何か知ってるかもしれない」
カレンが誇らしげに告げると、ケイトは口ごもり、言い難そうに口を開いた。
「あの、その先生も彼らと同じようになってるかもしれないよ?」
もちろん、それはカレンも懸念していることだった。
しかし、そうはなっていないかもしれない。そして、もし無事だったなら、この状況を黙って見ているはずがない。何かしらの対処策を考えているはずだ。
カレンは真剣な面持ちで二人に告げる。
「かもしれない。だから、私一人で行ってくるよ」
もちろんそんなことは了承できない二人は、思い留まるように引き止めて来た。
「ダメだ! 一人でなんて危険過ぎる!」
「そうよ! もし行くのならみんなで行った方がいいよ!」
しかし、カレンは引かない。
「大丈夫。ここは私の村だもん。抜け道だって知ってるし、見つかっても一人の方が逃げ延びられるよ。その隙に二人にはやってもらいたいこともあるし」
「やってもらいたいこと?」
「うん、確か通信鏡を渡されてたよね? それでマリアさんにこの村の状況を知らせてほしいの」
この病気を村の外に拡げないための対策をとってもらいたいのだ。疫病対策の手順があるはずなのだ。
カレンの言葉を聞き、ケイトは表情を曇らせ、シルバは渋い顔で告げる。
「その通信鏡なんだけど、隊長が持ってるんだ。隊長の居場所がわからないと通信できないんだ」
それを聞き、カレンはニヤリと笑う。
「ふふん、隊長さんの居場所なら知ってるよ」
カレンはドヤ顔でそう言った。
カレンはオグルの下へ向かい、シルバとケイトは通信鏡を取りに隊長のいる宿屋のシルバの部屋へ向かうことになった。
つまり、カレンの要望通り別行動をとることとなった。
村の中を行くカレンよりも、逃げ場の少ない宿屋へ入るシルバたちの方が危険である。
なので、カレンの役目は診療所へ向かうだけではなく、一時村人たちを引きつける役目も受け持った。
通信鏡を入手するまでの間だけだ、何とかなるだろう。
カレンは倉庫をそっと出ると、周囲を気にしつつ表の通りに向かった。
さすがに狭い裏通りで村人たちを引き付けるのは危険過ぎるのだ。
カレンは宿屋の壁に身を潜め、通りの様子を窺う。
先ほどと違って、数人の村人が徘徊していた。
村に到着した際、毒に中てられふらついていたシルバを、徘徊するアンデッドのようだと思っていたが、まさか村全体がそんな状態になるとは夢にも思わなかった。これからは余計なことは考えないようにしよう。考えてしまうと、それを実現させようとする何かしらの力が働くかもしれないと、カレンは懸念していた。
しかし、それは考え過ぎである。今の村の状況はカレンが考えた結果ではないのだから。
カレンは雑念を捨てると、彼らの習性や特性を思い返す。それはカノンの様子で推測できる。
物音を立てなければ襲って来ない。
焦点が合ってないのか、近づかなければ襲って来ない。
単純な動きしかできない。
そして、決してアンデッドではなく、ちゃんと生きていると言うことだ。攻撃をして、致命傷を与えるわけにはいかない。
カレンは魔剣ダガーを抜き、深呼吸すると通りに躍り出た。
「わ——————っ!」と、村に徘徊する村人たちの注意を引くように、大きな声を叫びながら通りの中央に駆けていく。
カレンの声に導かれるように、路地から、建物の陰から、民家からノソノソと人影が現れる。子供の頃によく遊びに行った近所の老夫婦、よく店に遊びに来てくれた友人、見知った村人たちが変わり果てた姿で歩み出てくる。その中に見知らぬ者も混じっていた。タイミング悪くこの村を訪れていたのだろう。
この光景を見て、カレンはサンドガーデンのミイラの集団を思い出していた。あの時は気が付いたらすべてが終わっていたが、今回は違う。終わらせてくれた冬華はいない。自分の力で切り抜けるしかないのだ。
カレンは集中し、村人たちが集まってくるのを待っていたが、宿屋から出てくる者はいなかった。先ほど全員が裏口から出て行ったのかもしれないが、二階に留まっているのかもしれない。
カレンは宿屋の中にいる者たちを外に引きずり出そうと試みる。
カレンは魔剣ダガーを振りかざすと、
「水よ!」
ドガッ、ガラガラ……
宿屋に水の弾丸撃ちこんだ。
カレンが魔剣ダガーで放ったものだ。冬華のそれとは威力が雲泥の差だった。もちろんカレンの方が断然威力が小さい。食堂のテーブルを少し破壊する程度である。
しかし、それだけで十分だった。村人たちに怪我などさせる気はないのだ。外に出てきてくれさえすればいいのだ。隊長まで出てきてしまったら、少しばかり面倒な事になるのだが……
「隊長さんは出て来ないでよ」
カレンは願いを込めて告げてしまった。
今のはマズイ発言だったかもしれない。余計なことは考えないようにしようと誓ったばかりだと言うのに、いきなり考えてしまった。
カレンは村人たちを刺激しないようにじっと待っていると、宿屋から数人の人影が出て来た。
これで宿屋の中にいるのは、隊長だけとなっただろう。もし他にいたとしても、あの二人なら何とかできるだろう。
カレンがホッとしたのも束の間、その数人の人影の後ろから隊長がノソノソと出て来てしまった。
(もう! なんで出てくるのよ!)
と、心の中で悪態を吐くが、あまり悠長にもしていられない。まわりに結構な数の村人たちが集まってきているのだ。それに加え隊長まで通りに出て来てしまうと、通信鏡をシルバたちが入手できなくなってしまう。
カレンは足音を立てずに、すぐさま隊長に近づくと、魔剣ダガーをかざす。
「水よ! 捕らえて縛れ!」
魔剣の魔石から水が噴き出し、隊長を拘束する。
隊長はその場に倒れ込んだが、カレンの声に反応し、村人たちが襲い掛かってきた。
カレンは魔剣を振りかざし声を上げる。
「水よ! 薙ぎ払え!」
魔剣から水が噴き出し、近づく村人を薙ぎ払って行く。もちろん威力が低いため、殴られた程度のダメージで済んでいるだろう。
しかし、今の声に村人たちが引き寄せられてくる。ここで時間を使うわけにはいかない。隊長が拘束されている間にシルバたちに通信鏡を入手してもらわなければならない。
カレンは、声を上げると駆け出す。
「隊長は、宿屋の前よ!!」
カレンは村人たちを引き連れ、西側へと駆けていく。
その際に、チラリと背後を確認する。
追って来る多くの村人たちの後ろ、横たわる隊長に駆け寄るシルバたちの姿を確認し、カレンはホッとしていた。
後は村人たちを振り切り、オグルの診療所に行くだけだ。
成すべきことを一つ済ませると、一瞬気が緩んでしまった。
そこへ、剣を振りかざした者たちが襲ってきた。
「ヒッ!?」
カレンは横っ飛びで躱すと、襲ってきた者たちを見る。
剣を装備した者など数える程しかいない。お察しの通り、カレンを護衛するはずの兵士たちだった。
「こんなところに……!?」
いたの? と言い切る前に、兵士たちは追撃してくる。
「「ヴオォォォォォ!」」
「み、水よ!」
カレンは襲い掛かって来る兵士の一人へ水の弾丸を放つ。
バシャンッ
顔面に直撃し、兵士は体勢を崩す。
水の弾丸を放った直後のカレンに、もう一人の兵士が斬り掛かって来る。
ギュインッ
振りかざした魔剣ダガーで奇跡的に防ぐことができた。
カレンはすぐさま、水の弾丸を放つ。
「水よ!」
バシャンッ
水の弾丸は近距離で兵士の顎を打ち上げた。
兵士の上体が反れたところに、全力の足払いを放ち、兵士を倒すことに成功した。
「ハァハァハァ……」
カレンは息を切らしながら、その場を駆け出した。これ以上長居をしては村人たちに取り囲まれてしまう。そもそもこの魔剣ダガーは、アキから護身用に譲り受けたものだ。敵を倒すためのものではなく、自身を守るためのものだ。無理して怪我をするわけにはいかない。
カレンはこの魔剣ダガーを持っいる間は、決して怪我はしないと誓っていたのだ。
なかなか、ハードルの高い誓いだが、必ず生き延びると言う願掛けみたいなものだった。
カレンは生き延びるために、通りから脇道に入り、抜け道を通り、裏通りに出ると、オグルの診療所を目指し駆け抜けていく。
一つ修正しなければならない。
彼らは単純な行動しかできないのではなく、体に染み込んだ動きもできるようだ。何千、何万回と振ってきた剣も振るうことができるようだ。隊長が剣を装備していなくて本当によかったと、カレンは心の底から思っていた。
カレン、いつの間にか場慣れしていると言う謎。
まあ、相手が正気を失った村人だから何とかなってるのでしょう。
相手が魔物だったら……ね。




