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ミューズ

 巨大な扉の先は、とてもここが水の中だとは思えない光景が広がていた。

 先ほどまでの通路の天井は水面となっていたが、その先がどうなっているのかはわからなかった。しかし、ここの水面は青空のように澄み渡り、太陽の光が射し込んでいる。

 まるで元の世界の空のようだ。道場の庭で昼寝をしていた時の事が思い起こされる。

 壁は壁ではなく天井から流れ出る水が張られている。

 正面には巨大な滝が天井より轟轟と流れ、その水は床を浅く満たしている。雨の日の道路のようだ。水は部屋の端へと流れているようだ。

 扉が閉まると、天井から水が流れ落ち、扉を覆い隠す。

 外からの干渉を全て遮断するかのようだ。

 広い部屋は全面水で覆われ、清浄な空気に満ちていた。

 ピチャピチャと足音を鳴らしながら滝のある奥へと進んで行くと、滝の前に玉座のような豪華な椅子が一脚鎮座しているのが見える。

 どうやらここは城で言うところの謁見の間のようだ。精霊の長に会うのだから霊拝の間というべきか。

 なんとも荘厳な雰囲気を醸し出している。

 アキたちが玉座の前についたが、そこには誰もいない。

 というか、その前に気になることがある。あの玉座だ。遠くから見た時には気付かなかったが、近づくとそれの異様さに目が止まる。

 この玉座、人が座るようなサイズではなく、かなり大きな椅子だった。人が5人は座れそうだ。

 精霊の長というのはそれほど大きいのだろうか。

 精霊の長は精霊たちの階級から外れた存在だとマレは言っていた。規格外の大きさなのかもしれない。

 機嫌を損ねれば人間の首など、いとも容易く(くび)り取られるのではないだろうか。

 アキは喉をゴクリと鳴らす。

 粗相をすることは出来ない。マレの言っていた覚悟というのはこの事だったのだろうか。


 しばらく待つと、滝の流れに異変が起こる。

 滝の水が前に迫り出してきたかと思うと、滝から分離した。そして、玉座の上にちょこんと乗ると人の形を模していく。 

 そして、水の精霊の長が姿を現した。


『よくぞ参った。わらわが水の精霊の長、ミューズである』


 水の精霊の長がミューズと名乗ると、いつの間にか両脇にずらっと精霊たちが立ち並び(こうべ)を垂れていた。その中にはマレの姿もあった。雰囲気からここにいる精霊たちはマレと同じ二級精霊だろう。

 そう考えると、村に現れたときにマレと共に来ていたのは三級精霊だったようだ。マレをリーダーとして行動していたのだろう。意外と組織立っている。

 アキがそんなことを考えていると、横からローブの裾を引かれた。

 見るとシルフィが片膝をつき、困ったようにアキを見ていた。

 アキの()が高いことを気にしているのか、それとも別の理由で戸惑っているのか。

 おそらくは前者だろう、相手は四大精霊の一角を担う水の精霊の長、礼をもって尽くさなければならないはずだ。

 そのはずだ……

 しかし、目の前の水の精霊の長ことミューズは、あの巨大な玉座に不釣り合いな、どこからどう見ても子供だった。美少女だった。

 (わらわ)ではなく、(わらわ)の方がよく似合う感じだ。

 アキが現実逃避のように別の事を考えて立ち尽くしていたのは、今の目の前の光景が信じられず、頭が理解できず、気持ちが追い付いていなかったからだ。

(あれ? 女の子でいいんだよな? 美少年じゃないよな? わらわって言うくらいだから女の子のはずだ)

 アキは再び思考を脱線させると、幾分か落ち着きを取り戻した。

 落ち着いて来たアキは、シルフィに(なら)い片膝をつき(こうべ)を垂れる。

 精霊の姿は、見せたい姿へと変えられるという。ミューズもそうなのだろう。見た目で推し測ってはいけない。きっと水の精霊を統べるだけの強大な力を持っているのだろう。

 と、考えを改めた。

 アキがかしずくのを確認すると、シルフィが仰々しく挨拶をする。

『お初にお目に掛かります、私は風の精霊のシルフィと申します。こちらは五十嵐空雄、異世界より呼び出されし人間です』

 最後の(くだり)は敵対する意思はないという意味が含まれている。それは昔精霊が世界を災厄から救うために行ったことだからだ。その効果があったのか、精霊たちに反応が見られた。

 一瞬精霊たちがザワッとした。が、ミューズの前ということもありすぐにそれは鎮まった。

 シルフィに紹介され、アキはおずおずと名乗る。

「こ、こんにちは、五十嵐空雄です」

『以後お見知り置きを』

 と、シルフィは締め括った。

 シルフィの挨拶に満足したのか、ミューズは一つ頷く。

『うむ、楽にするがいい』

 ミューズに促され、二人は頭を上げる。

『して、お前達がここに呼ばれた理由はわかっておろうな?』

 ミューズは目を細め、その容姿には不釣り合いな空気を発し威圧する。

 いきなり本題に入られ、その威圧に中てられアキはビクリとした。

「は、はい、無断でこちらの世界に足を踏みいれてしまったから、です」

 アキがそう答えると、シルフィ釈明するように声を上げる。

『それには事情があるのです。アキも無断で入ろうなどとは思ってはいませんでした! アキは……!?』

 シルフィはミューズに一睨みされ言葉に詰まってしまった。

『そなたには聞いておらぬ。わらわはこの男に聞いておるのだ』

『も、申し訳ありません』

 ミューズに一蹴され、シルフィは謝罪し俯いてしまう。

 アキは自分が守ると言ってはいたが、本能的に格上のミューズには逆らえないようだ。それだけ力の差があるのだろう。

 アキはここに連れて来られるまでの経緯を包み隠さず説明した。

 ミューズはアキの言葉に嘘偽りがないか、観察するように聞いていた。

 説明し終えると、アキは再び頭を下げていた。沙汰を待つ罪人のようだ。

 ずっとミューズの威圧に耐えていたのだ、心身共にくたくただった。が、まだ終わってはいない。今の話を信じてもらえなければどうなるかわからないのだ。

『ふむ、こちらで得た情報と一致しておる。嘘は言っておらぬようだな』

 ミューズはアキの話を信じたようだ。

 しかし、今の口ぶりからして、知っていながら訊ねてきたようだ。

 訝し気に思っていると、もう一つおかしなことに気付いた。

 なんだか先ほどよりも声が大きくなっているような。信じたと強調し油断させ、不意を突いて新たな事実を突きつけようとしているのかもしれない。そうやってアキにボロを出させようとしているのだろう。

 と思い、アキは警戒した。

 アキは油断しないように顔を上げチラリとミューズの様子を見る。今度はこちらが見抜く番だと気合を入れたが、

「っ!? 近っ!?」

 アキは思わず声を上げてしまう。

 ミューズがアキの顔を間近でマジマジと見ていたのだ。声が大きく聞こえて当然だった。

 どんな事実を突きつけられようと驚かないように油断しないでいたつもりが、まんまと驚かされてしまった。

 後ろにのけ反り、ビチャッと水の張られた床に尻餅をついてしまった。

 精霊たちの視線が集まる。シルフィも驚いたように見ている。

 アキは胸を押さえ高鳴る鼓動を抑えようとする。

(心臓飛び出るかと思った! ていうか間近で見ると超可愛い子だ! あの威圧がなければお持ち帰りしたいところだ……おっと、いかんいかんロリ疑惑がまた浮上してしまう。あくまでもマスコット的な感じであって、俺は年上が好きなんだ! サラが好きなんだ!)

 アキはミューズの顔を見つめながらそんな事を考えていた。

 ミューズは目を細め見下すようにアキを見る。

 アキの心の中が呼まれてしまったのだろうか。

『この程度の事で何を驚いておるのだ。情けないヤツだ。……まあ良い』

 どうやら心は読まれていないようだ。

 ミューズは玉座に戻ると、先ほどの威圧的な雰囲気も見下したような視線もなくなっていた。

『礼を言わねばならぬな』

「礼?」

『わらわの民を救ってくれたであろう? その礼だ』

 こちらの世界に来て救ったと言えば、ミーナとニーナだろう。二人の事を言っているようだ。

 アキとしては、泣いてる女の子を救うのは至極当然の行為なのだ。礼を言われるようなことではない。

「いえ、可愛い女の子を守るのは男の務めですから、礼なんていいですよ」

 と、アキは一応謙虚な姿勢を見せておく。印象を良くしておくためだ。この考え自体印象が悪いのだが。

『そうか、では礼は言わん。が、礼は受け取っておけ』

「礼?」

 アキは先ほどと同じことを口にした。

『情報だ。今こちらの世界、エルメティアで何が起こっておるのか、そなたらには必要な情報であろう? とはいえ、今はわらわの大陸でのことしかわからぬがな』

 そういうとミューズは他の精霊たちに情報の提示を命じる。

 有無を言わさず聞かせるつもりのようだ。嫌な予感しかしないが、情報は必要だ。聞いておいて損はないだろう。

 精霊たちは集めて来た情報を一つずつ開示していった。

 遺跡の封印が解かれ、敵が侵入してきたこと。

 各地の瘴気の噴出量が増え、村が一つ壊滅したこと。

 ゲーティアへ侵入したドラゴンがすべて討伐されたこと。

 そして、その際2体のドラゴンが産み落とされ、どこかに潜伏していること。

 ドラゴン討伐に向っていた者が帰還したこと。

 条件を満たした、人間がこの地に足を踏み入れたこと。

 水の担い手がこの大陸、ミズガルドに現れたこと。

 等を聞かせてくれた。


 アキは今の情報を聞き、一人黙考していた。

 侵入してきたのは言うまでもなくシンたちだろう。しかし、全員がこの大陸に入り込んだわけではないはずだ。夢の中では別行動しているようだった。ミズガルドには誰が侵入してきたのだろう? 水繋がりでアイズあたりが来ていそうだが、遭遇すればわかるだろう。

 ゲーティアの石碑が破壊されたことが影響しているのか、こちらに瘴気が噴き出しているようだ、モルデニアが滅んだくらいだ、村一つくらい簡単に滅ぶだろう。何とか手を打たなければ被害は拡大して行ってしまう。

 ゲーティアに残るドラゴンは、2体の子供を除けばあと1体だったはず。誰かが倒してくれたのだろう。これなら残りの子供2体も任せてしまっても大丈夫だろう。

 ドラゴン討伐に誰かが来ていたようだが、そんな人物は見かけていない。誰のことだろう?

 条件を満たした人間というのは、継美さんを連れて誰かが来たと言うことだろうか? それとも結衣か?

 水の担い手というのも気になる。おとぎ話の4戦士と何か関係があるのだろうか。 

 アキはいくつかの疑問をミューズに訊ねてみようとした。が、

「あの、ミューズ、様?」

『くーくー……』

 ミューズは眠っていた。まだ話は終わっていないはずなのに、どういうことだろうか? 難しい話で退屈したのかな? やはり見た目通り中身はまだ子供なのだろうか。オネムの時間なのだろうか。

 アキが困惑していると、マレが歩み出て告げる。

『ミューズ様は度重なる激務でお疲れなのだ。話の続きは明日としよう。二人の処遇についてはミューズ様次第なので保留とする』

 マレがそう説明している間に、他の精霊たちがミューズを連れ奥の滝の中へと入って行った。

『では部屋に案内する』

 マレはそういうと、スタスタと歩いて行く。

 呆気に取られていたアキたちは目をパチクリさせ、お互いの顔を見合わせる。

 お互い苦笑いをすると、二人はマレに続き霊拝の間をあとにした。


 これがミューズの策謀であると、後に知ることとなる。


ミューズの思惑はどこに?

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