水の聖域
見知らぬ部屋で目覚めたアキは、こうなる前の事を思い出していた。
えっと、確か可愛い双子ちゃんたちと遺跡から出てきて、あのデカイ鳥が飛び発つところを見送って、後頭部に強い衝撃を受けて……気を失った? うん、合ってるはず。で、気が付いたらここにいた……あれ? 何か飛ばしてる気がする。
アキはもう少し記憶をたどる。
ん~あ!? そうそう、今と同じように知らない部屋で目覚めたんだったな。でも体が痺れて起き上がれなかったけど。そしたら二人に顔を除き込まれたっけ。あの双子ちゃんはやっぱり可愛かったなぁ……おっといかんいかん、ロリ疑惑が浮上してしまう。
アキは頭を振り、双子ちゃんを愛でたい気持ちを心の底に抑え込み蓋をする。
そういえば双子ちゃん、なんか言って謝ってたような……なんて言ってたっけ?
確か……
「「お兄さんごめんなさい」」
「お兄さんはもうここから帰さないの」
「お兄さんはもう元の世界には帰さないの」
「「だって、あたしたちのお兄さんになるんだもん」」
「はい、喜んで!」
……違う。
これは俺の妄想だ。本当はこっちだ。
「「お兄さんごめんなさい」」
「お父さん、勘違いしちゃって」
「お父さん、お兄さんに毒盛っちゃって」
(え!? なんか今、さらっと怖いこと言ったよね!)
「大丈夫、麻痺毒だから」
「大丈夫、すぐ抜けるから」
(大丈夫じゃないだろ!)
「あたしたちがお兄さんに攫われると思ったみたい」
「あたしたちがお兄さんに手籠めにされると思ったみたい」
(ていうかそれ、完全に犯罪容疑だろ! ていうか、手籠めになんてしねぇから! よくそんな言葉知ってたな)
うん、確かこうだ。
それで、双子ちゃんたちの父親のミゲルさんの謝罪を受けて。ワイバーンの死骸の事を教えてあげたんだよ。なんたってドラゴンの死骸だぜ? 放置するにはもったいないじゃん。
ミゲルさんは早速回収しに行ってくれて、双子ちゃんたちも俺の仲間が来るかもしれないから迎えに行くって言ってそれについて行ったんだった。
体がまだ本調子じゃなかったオレは、双子ちゃんたちのおばあちゃんと留守番してたんだよ。軽い小話なんかをして楽しく過ごしてたんだ。そしたら、あいつらがやってきた。
水の精霊様とやらの使いとか言ってたな。
だけど、精霊が人間である俺のところへ来る理由なんて一つしかないだろう。俺を排除しに来たんだ。と思って身構えたら、問答無用で眠らされた。
で、気付いたらここにいた。
どう? 合ってるかな? 合ってるよね? うん、合ってる。
アキは誰ともなく、自問し一人で頷いていた。
傍から見ればかなり怪しいヤツに見えるだろう。誰もいなくて幸いだ。
今までの経緯はこれでいいとして、とりあえず今の状況を整理する。
まずは体の調子、アキは体を動かし、変調をきたしていないか確認する。
痺れはすでに抜けている。体に傷もなく、問題なく動く。若干後頭部が痛い気がするが、問題ない。後頭部以外絶好調だった。
持ち物は……ない。武器アイテム一式がない。ローブは壁に掛けられているが、服以外は無くなっている。
まあ、当然の措置だろう。アキは人間、災厄を運ぶ危険人物と思われているのだから。
部屋は全面白一色だった。壁も床も天井も、ベッドも布団も枕もである。まるで無菌室のようだ。
(俺は雑菌かよ)
他にあるのは扉に小窓、それくらいだ。観葉植物すらもなかった。
扉は特に厳重ということはない、普通の木製の扉だ。しかし、見た目通りの強度ではないのだろう。魔法で強化された扉だろう。なにせ、人間を軟禁している部屋なのだから。
窓の外を除き込むと、外は青空が広がっていた。
(青空? 待て待て、空は緑がかっていただろう! 青いわけあるか!)
アキはもう一度窓の外を観察する。よく見ると何かが飛んでいる。
鳥、ではなく、あれは魚だ。魚が飛んでいる。さすがは異世界、ファンタジー要素がふんだんに盛り込まれている……
そうではない。この部屋が水の中にあるのだ。水の中だとわからないほどに水が澄んでいると言うことだ。
(ということは……)
アキは扉を開いてみる。
ガチャリ
やはり開いた。水の中ならば逃げようがないと言うことだろう。
実際、水深がわからなければ、外に出るのは自殺行為だ。
水面まで息が続く深さならいいが、そうでなければ死んでしまう。溺死などという苦しい死に方は嫌だろう。それがわからない以上、大人しくしているに越したことはない。
ひょっとしたら、地上に出る通路があるかもしれない。扉が開いた以上、望み薄なのだけれど。
まずは情報を集めてからだろう。
アキは扉を閉めると、最後にもう一つ確認する。
目を閉じ内に向かって呼びかける。
(おーい、アルス! ウィンディ!)
しかし、へんじはない、ただのしかばねのようだ。とは言わないが、本当に返事がない。
気配はあるような、ないような。故意に隠している感じだ。いるにはいるのだろう。
アキを拉致してきたのは水の精霊の使い。ならばここは水の精霊の神殿? 神ではないから宮殿か? とにかく水の精霊たちの本拠地なのだろう。だから見つからないように気配を隠しているのだろう。
アキはそう考え呼びかけるのを止めた。
「さて、どうするか」
アキはこれからの事を考える。というか考える必要もない。
「情報を集めに行こう」
アキはローブを身を纏うと扉をそっと開き、部屋の外へとスッと足を踏み出した。
壁に張り付き、耳を澄まし、感覚を研ぎ澄まし、周囲の音と気配を探る。
辺りはシンと静まり返っている。が、
「ああ、こりゃダメだ」
アキは天井を見上げ、諦めの声を漏らす。
天井は天井ではなく、一面が水面となっていた。
そして、部屋の中では気付かなかったが、気配はいたるところから感じられた。隠すつもりもないその気配は、『お前を見ているぞ』と言っているようだった。
どうせ見られているのならと、アキは開き直り堂々と通路を歩いて行く。
通路は広く円を描くように伸びており、ぐるっと一周できそうな造りになっている。空気はヒンヤリとしていて気持ちがいい。天井が水面ということで少し湿気があるが不快感はない。水の中だと言うのに暗くはなく、照明器具もない。どこから光を取り込んでいるのか謎である。
その通路を道なりに進んで行く。
アキはとりあえず気配の一番強く感じるところを目指していた。
するとその途中、静まり返っていた通路が騒がしくなってくる。言い争っているような、懇願しているような声が響いている。
『……お願いします。会わせてください』
『何の事だと言っている』
『ここにいることはわかっているんです!』
『だから誰の事を言っているんだ』
なんだか聞き覚えのある声だった。
アキは声のする方へと近づいて行き、柱に隠れそっと覗いてみる。
水の精霊の人垣に阻まれ、よく見えない。
『アキです。ここに連れて来られたことは知っているんです!』
『そんな男は知らん! とにかく風の者を水の聖域に入れるわけにはいかん! 捕らえられたくなくばさっさと立ち去るがいい』
『やっぱり知ってるじゃないですか! アキは五十嵐空雄、あなたの言う通り男です! 私はアキが男だなんて一言も言いませんでしたよね! 会わせてもらえるまで帰りませんから!』
水の精霊たちはカマを掛けられ見事に引っかかったようだ。
(…………あ)
というか、カマを掛けていたのはシルフィだった。
なぜここに? アキは困惑していた。
その為、隣にいる気配に気づかなかった。というか、気配はずっと側にあった為、隣に現れたことに気付かなかったと言うのが正しい。
『目が覚めたのだな』
「どわっ!?」
不意に声を掛けられ、アキは声を上げてしまった。
隠れていた柱からも飛び出してしまい、視線が集まる。
『アキ!』
アキの存在に気付いたシルフィが、水の精霊たちの人垣を掻き分け駆け寄ってきた。
そして、勢いよくアキに抱きついた。
『アキ、無事で本当によかったぁ。どこか痛いところない? 何か酷いことされなかった?』
シルフィはアキの全身を確認するように視線を動かし、矢継ぎ早に質問してくる。
心配してくれているし、若干心細かった為会えて嬉しいのだが、少し落ち着こう。
「俺は大丈夫だよ、眠らされてただけだから。それより、シルフィはなんでここにいるんだ?」
『なんでって、アキが行方不明になったって聞いて、私心配で捜しに来たんだよ!』
シルフィは涙目になっている。余程心配したのだろう。
考えてみれば、アキとシルフィは、アキが一度死ぬまではずっと一緒にいたのだ。側にいて当たり前の存在だったはずだ。それがいきなり行方不明になれば心配もするし、不安にもなるだろう。自分の知らないところでまた死んでしまうんじゃないかと。
シルフィはアキが怪我をしていないことを確認すると、再び抱きしめてその存在を体全体で感じる。
精霊が人間と熱い抱擁を交わす様を驚愕の表情で見ていた水の精霊たちは、何も言えずただ立ち尽くしていた。
しかし、アキに声を掛けて来たモノは違った。
二人の様子を何の感情も見せない表情で見つめ、二人が落ち着いたところを見計らい再び声を掛けて来た。
『もういいか?』
「え? あ、ああ、はい」
アキはどう返答していいのか迷う。
目の前の精霊はアキが目覚めた村に現れた精霊たちの内の一人だった。つまり、アキを眠らせここに連れて来た張本人だった。ずっと側で感じていた気配の一つはこの精霊のモノだろう。
アキを連れてきて監視をするのが今の役目なのだろうか?
この精霊、外見的特徴はミュウに少し似ているが、髪は長髪のオールバックにされており、どちらかというと男性寄りの容姿だった。
『では、ついて来い。風の者も一緒に来るがいい』
『え? しかし、マレ様!』
シルフィを囲んでいた精霊たちが何か言いたそうにしているが、目の前の精霊はそれを一蹴する。
『ミューズ様の御意思だ。反論は認めない』
『ハッ、申し訳ありません』
精霊たちは頭を下げると、姿を消した。持ち場に戻ったのだろう。
『では行くぞ』
マレと呼ばれた精霊はそういうとスタスタと歩いて行く。
アキとシルフィは顔を見合わせると、それに続いて歩き出す。
アキはシルフィに気になったことを訊ねてみた。
「(なあ、精霊の世界にも階級ってあるのか?)」
先ほどのやり取りを見て、明らかにこの目の前の精霊マレの方が格上に見えたのだ。
『(どうだろ? 私はこの世界の精霊じゃないからわからないよ。でも精たちは私に従順だった気がするよ)』
ゲーティアで精にいろいろ手伝ってもらった際にそう感じていたようだ。
それが聞こえたのか、マレが説明をはじめる。
『階級は存在する。精霊の世界は力社会だ、上に行きたければ力をつけるほかない。階級は上から特級、一級、二級、三級精霊とあり、その下に精が存在する。しかし、現在一級精霊は存在しない。先ほどの者たちは三級精霊、私は二級精霊だ。力があっても素行に問題のある者は少し話は変わるがな』
「へ~、ミューズ様って方が特級精霊じゃないんだ?」
『ミューズ様は序列から外れた方、我々水の精霊を束ねる長だ。そして、この大陸ミズガルドを収めるお方だ』
「へ~すごい精霊なんだな」
いろいろと教えてくれるこの精霊、実は良いヤツなんじゃないか?
と、アキは思っていた。そしてあることに気が付いた。
「ん? さっきミューズ様の御意思とか言ってたけど、これから向かうところって……」
『ミューズ様の下だ』
マレは、さも当然と言った感じに言い放った。
アキは心中穏やかではなかった。
水の精霊の長ともあろうお方が、アキのような一般人に一体何の用があると言うのだろう。それとも無断でこちらの世界に入ったことが大問題で、長自らが処断すると言うことだろうか。
「俺、そんなにやばい事したかな?」
アキは不安げに訊ねる。
『さあな。要件は聞いていない。本来なら、お前のような者は強制送還するのが習わしなのだが……』
マレは少し考え込み言葉を切った。
「だが、なに?」
『いや、ミューズ様のお考えを私が憶測で話すわけにはいかん。覚悟だけはしておくことだ』
「それ、不安しか感じないんだけど!」
いいヤツだと思っていたが、アキの先がない事を知っているからいろいろと話してくれていたということだろうか。ぬか喜びさせる嫌なヤツだった!
『大丈夫! アキは私が守るから』
シルフィはアキの腕に自らの腕を絡めてそう告げた。
「シルフィ~」
アキは情けない声を漏らす。
『ここだ』
マレは巨大な扉の前に立ちそう告げた。
いつの間にかたどり着いてしまったようだ。
アキたちが扉の前に立つと、扉はゆっくりと開き始めた。
シルフィやウィンディは何級なんでしょうね?




