教祖冬華
「これは一体……」
冬華は困惑の中にいた。
裏門でミゲルたちにかしづかれたのにも驚いたが、今はさらにおかしなことになっている。
冬華たちは村の一番大きな建物、おそらく集会場だと思われる建物に連れられてきた。畳張りの広間に案内され勧められ冬華が座った席が、一番奥の部屋全体を見渡せる場所、明らかに上座だったのだ。普通ここには猫族の長が座るのではないだろうか。
冬華の両隣りにはカルマとサラが座り、サラの隣、壁際にルゥが座りこっくりこっくりと船を漕いでいた。
そして、部屋にはぞろぞろと村人たちが入ってくる。村人全員と言うわけにはいかないが、かなりの数の村人が入って来ていた。その中にはミゲルやミーナ、ニーナの顔も見られた。
そのすべてが冬華たちの前に座り、冬華へ視線を向けている。あくびもくしゃみもできる雰囲気ではない。変顔なんてもってのほかだった。
村人たちは冬華の顔を見て何やら話している。嫌な気分にならないのはその視線が蔑んだものではなく、憧憬の念が込められていたからだろう。
ざわついていた広間が静まり返ると、脇から威厳のある長い髭をたくわえた獣人が歩み出てくる。おそらくこの獣人が猫族の族長なのだろう。
族長と思しき獣人は村人たちの一番前に座り、冬華へと頭を下げる。
「水の担い手様、村を救っていただきありがとうございました」
それに続き村人たちも同じように礼を述べ頭を下げる。
「この村だけでなく、豹族の瘴魔化した者たちまで救ってくださるとは、さすがは担い手様、伝承通りのお力に感服致しました」
族長の言葉に村人たちも同調する。
なんだか怪しい宗教団体の教祖になった気分だ。
冬華はどうにも背中がむず痒くなった。
「その担い手様って何ですか?」
冬華がそう訊ねると、横からサラが耳打ちしてくる。
「おそらく4戦士のことですよ。こちらではそう言い伝えられているようです」
「へ~」
サラの声が聞こえたのか族長が伝承について語り出した。
『世界に災いがふりかかるとき、異世界より4人の担い手があらわれる。その者、精霊の力を宿し、浄化の力をもって世界を救うであろう』
「これはエルメティアに古くから伝わる伝承です。精霊様のお力で異世界よりやって来られた担い手様が精霊様に力を授けられ世界を救うというものです」
族長の話を聞き冬華は首を傾げる。
「勇者は出てこないの?」
ゲーティアで語り継がれているおとぎ話では、勇者が4戦士と共に魔王と戦い封印したというものだ。そして、嵐三の話を追加するとこうなる。
勇者がアルスを倒すために力を借りようと精霊の下へ訪れた。が、人間を信じていない精霊はそれを拒否した。その代りに、異世界から召喚し力を授けた4戦士を同行させた。そして勇者は4戦士と共に戦いアルスを封じた。
となるのだが、エルメティアの伝承に勇者は出てきていない。
それとも、さらに前の話なのだろうか?
しかし、それ以前となるとアルスはまだこちらの世界に来ていないはずだ。災いはまだふりかかっていないはずなのだ。
どちらかが間違ているのだろうか? よくわからない。
冬華の頭の中はこんがらがってきた。
族長は首を横に振ると、冷たく告げる。
「勇者、などと言う者はおりません。それは人間が耳障りの良いように脚色したものでしょう」
「脚色だなんて、そんなことはありません!」
サラが声を上げた。
「確かに人間は精霊に疎まれているかもしれません。それでも精霊たちは人間に力を貸してくれました。人間も世界を救おうと懸命に努力しているとわかってくれたからじゃないんですか?」
確かにゲーティア側の、いや嵐三の見解では、両者の利害が一致したため力を借りることができたのだ。話し合うにも誰かが精霊の下へ行かなければならないはずだ。
やはりどちらかが、それともどちらも間違ったことが伝えられているのかもしれない。
そうだとしたら……
サラの言葉を聞き、村人たちから険悪な雰囲気が漂いはじめたのに気付き、冬華は思考を止め、サラに手を伸ばし制止する。
「サラさん」
「っ!? す、すみません、つい……」
サラは顔を伏せ黙り込む。
「気持ちはわかるけどね。でも話の脚色なんて普通でしょ? 人間なんてそんなもんだよ。話を大きく盛って自分を格好良く見せようとするバカもいるし、悪いヤツなんて嘘つきまくって犯罪を犯すし、他人に罪をなすり付けたりもするよ。少なくとも私たちの世界では日常に普通にあることだよ。犯罪件数うなぎのぼりだよ」
冬華はお手上げといった感じに両手を上げて見せる。
「だから、伝承とか文献とか、誰が広めたかもわかんない話を鵜呑みにしなくていいんだよ。どうせやることは変わらないんだしさ」
冬華はあっけらかんと言い放つ。そして族長と村人へ視線を向ける。
「というわけで、この話は終わり。あと、私の事は担い手様なんて呼ばない事! 私はただの可愛い女の子で、冬華って言う名前があるんだから」
「可愛いって……自分で言うなよ」
伝承云々はどうでもよく、聞き流していたカルマが、そこだけはしっかりと聞きボソリと呟いた。
「なんか言った?」
冬華がジロリと睨む。
「いえいえ、滅相もございませんよ、と、う、か、さ、ま」
カルマは強調するように言った。
すると、族長が一つ頷き口を開いた。
「わかりました、今の話はここまでと致しましょう。では冬華様、冬華様はこれから如何なさるおつもりでしょうか?」
「ん? イカなサルって?」
冬華は場の雰囲気を和らげようと強引にボケてみた。
「……これからどうなさるのかと」
族長はそれには触れず、普通に受け答えする。
(ボケが強引過ぎてわからなかったかな? 如何を如何に、と読み替えて、「イカなサル」どんなサルだよ! みたいな?)
冬華はそんな事を考えて恥ずかしくなってきた。
冬華はチラリとカルマを見る。しかし、カルマは視線を合わせようとしない。巻き込まれ事故に遭いたくないのだろう。
冬華は一つ咳ばらいをすると、今のはなかったことにし、族長の問いかけに答える。
「コホン……ま、まずは情報集めかな、昔のじゃなくて今の情報ね」
冬華は今の怪しい宗教団体の教祖のような立場を利用し、情報を集めようと考えていた。
「情報ですか?」
「そ、お兄ちゃんはどこに行ったのかな? あの騒ぎで出てこないってことは、ここにはいないってことだよね?」
冬華はやんわりと言っているが、その視線は鋭いものになっていた。
悲鳴が聞こえれば真っ先に駆け付けて住民を守るはずのアキが出てこないのだ、村にいないとしか思えないだろう。もしくはどこかに軟禁されているか、殺されているか。人間がエルメティアでよく思われていないことは事実である。懐いているミーナとニーナが留守の間に、アキの身に何かあってもおかしくはないのだ。
冬華がそう考えているのだと感じたサラも警戒を強める。
カルマはアキが村人にどうこうされるような男ではないと思い、特に警戒をせず成り行きを見守っていた。
カルマは、アキが彼らに背後からどつかれて気を失ったことを知らない。そこを突けばアキを殺すことは可能だろう。本来なら油断してはいけない場面であるため、呑気だと言える。
そこでミゲルが口を挟んできた。
「そのことなのですが、黙っていたのではなく、先ほど言おうとして言えなかったのです。報告が遅くなり申し訳ありません。母の話では、我々が村に戻る少し前に精霊様の使いが参られて、アキ殿を連れて行ったと申しております」
「精霊の使い? それって風の精霊?」
冬華はそれがシルフィなのかと考えた。村に着いても、シルフィの気配は感じられなかったのだ。先にアキと合流し、村を出たのではないかと考えていた。
「いえ、水の精霊様です。この大陸は水の精霊様が治めています。風の精霊様がおられるはずがありません」
ミゲルの言葉を聞き冬華は嫌な予感がした。
「風の精霊がいたらどうなるの?」
「さあ? どうでしょう。ここに来た理由にもよるのではないでしょうか?」
つまり敵対行動と捕らえられれば敵として排除されると言うことだろう。
(シルフィなら大丈夫よね……少し心配だけど)
シルフィはアキの事となると感情で動いてしまうことがある。水の精霊に攻撃を仕掛けなければいいのだが、今は信じるしかない。
それよりも気になることがある。
「なんでお兄ちゃんを連れて行ったの?」
冬華の問いに答えたのはサラだった。
「おそらく、強制送還されるのでしょう。その前に事情を聞くつもりで連れて行ったのでしょうね」
「そういえば継守さんがそんなこと言ってたね。じゃあ抵抗しなきゃ無事ってことだね」
そう、抵抗しなければ、である。
「あいつ抵抗しそうだなぁ」
冬華たちが胸の内で心配していることをカルマは口に出していた。
「それ言うなぁ! 実現しちゃうでしょ!」
何気に言霊を信じている冬華だった。
「いくらアキでも、さすがにそれはしないでしょう。アキを信じましょう?」
サラは信じていた。相手が敵対してこなければアキは手を出さないと。それは、敵対されれば手を出してしまうと言うことなのだけれど。
「そうだね。お兄ちゃんの事はお兄ちゃんに任せようか。とりあえず、精霊がどこにいるのか教えて」
冬華はさらっと訊ねた。
任せると言いつつ、後を追う気満々だった。
「そ、それは……」
ミゲルが困っていると、族長が口を挟んだ。
「すみません、我々にはわかりかねます。しかし、王都の教会へ行けばわかると思います。この大陸では水の精霊を信仰していますから」
「ふ~ん、王都の教会ね。ありがと、まずはそこに行ってみるよ。いいよね?」
冬華はサラたちに訊ねると、二人は同意し頷いた。
ルゥは気持ちよさそうに眠っていた。
「よし、お兄ちゃんの件はそれでいいとして、豹族の人たちはどうなったの? 話できそう?」
「外傷の治療はすでに済んでいますので、目覚めれば話を聞くことは可能です」
ミゲルがそう告げると、部屋の襖が開かれ豹族の男が入ってきた。
「ヒューイ! もういいのか?」
ミゲルが訊ねると、ヒューイは頷き前に歩み出て来た。
族長の隣に腰を下ろすと、冬華に頭を下げる。
「水の担い手様、助けていただきありがとうございました。この御恩かならずやお返しいたします」
「いや、御恩とかいいからその呼び方やめて」
冬華に拒否られヒューイはキョトンとする。
そして、恩を売るために助けたのではないのだと悟り、憧憬の念の込められた視線を向ける。
なんだか過大評価された気がし、冬華は背中がむず痒くなる。
「そんな事より話を聞かせてくれる? あんなに大勢瘴魔化するなんて今までなかったんでしょ? 村で何があったの?」
冬華が訊ねると、ヒューイは包み隠さず話してくれた。
ある日、村で飼育していた家畜が突如瘴魔化し、村人を襲いはじめた。はじめ瘴魔は1体だった為、村人だけで対処できていたのだが、その1体に注意が行っている間に他の家畜すべてが瘴魔と化してしまった。そんなことは今までになかった事だった為、気付くのが遅れ村に被害が出てしまった。村人たちが逃げ惑う中、水の精霊が現れた。
水の精霊は村人を守り瘴魔と戦い森へと追っ払った。
そして、瘴魔が村に近づかないよう村の周辺に術を施した。
「へ~結界みたいなものかな?」
「おそらくそうでしょう」
冬華とサラが確認し合う中、ヒューイは話を続ける。
しばらくは瘴魔の警戒や、被害を受けた村の復興に力を貸してくれていた。たまに襲ってくる瘴魔を迎撃しながら落ち着くまで村に留まってくれたそうだ。
「さすがは水の精霊様だね。信仰されるだけのことはあるねぇ。でも、瘴魔化の原因は探らなかったの?」
今までになかった大量の瘴魔化を引き起こした原因、それを見つけ出さなければ結界を張ってもまわりが瘴魔だらけとなり、外に出られなくなってしまう。それでは陸の孤島と化してしまう。
そして、瘴魔が増え続ければ、被害はさらに拡がり、他の村々にまで拡がってしまう。
実際にこの村にまで及んでいるのだ。
冬華はそこを懸念していた。
「いえ、精霊様は湖で何かをしてらっしゃいました。きっと原因究明に尽力なさっていたはずです」
村は湖の近くにあるとミゲルが言っていた。
湖に原因があるということだろうか?
冬華の頭にはレイクブルグの湖が思い浮かんでいた。
湖が穢れ、それが原因だと推測した精霊がその穢れをどうにかしようとしていたのかもしれない。
「それで、その精霊様はどうしたの?」
彼らが瘴魔と化しこの村を襲ってきたのだ、冬華はあまりいい成果は出ていないのだろうと思い訊ねた。
「え? 精霊様は我々を集め、水の加護をお与えになってくださいました。きっと瘴気から身を守るためのものでしょう」
「ていうか、原因を取り除いたんじゃないの? それともできなかったとか?」
(そういえば、シルフィたちが浄化の力を使ってるところを見たことないな。精霊には守る力はあっても浄化の力はないのかもしれない)
冬華はそこに気付いた。
もし使えるのならアキが穢れに蝕まれることもなかったはずだ。抑えることは出来ていたようだが。
しかし、彼らは瘴魔化した。その精霊は彼らを守れなかったのだ。それはなぜ? アキの時のように憑依していなかったから? わからない、その精霊に直接聞いてみるしかない。
「その精霊は今何してるの?」
冬華の問いにヒューイは困った顔をする。
「そ、それは……すみません。わかりません」
「は? なんで?」
「水の加護を与えられたところまでは覚えているのですが、そのあとの記憶が曖昧で……」
水の加護を与えられた直後に瘴気に犯されてしまったのだろうか? だとするなら精霊も危ないのではないだろうか?
「村ってここから近いの?」
「街道を真っ直ぐ北上して行くと湖があります。そこに我々の村はありますが」
ヒューイが首を傾げながら答えた。
「ん~王都はどこにあるの?」
「そこから西へ向かった先に王都はあります」
ミゲルが答えると、怪訝そうに聞いていたサラが口を挟む。
「冬華さん、村へ立ち寄るつもりなんですね?」
サラは一刻も早くアキの下へ向かいたかった。しかし、瘴魔化の原因を放置してはアキに幻滅されてしまうかもしれないとも思っていた。
精霊たちの印象も悪くなるかもしれない。精霊の試練の件もある、放置していくことは出来ないだろう。
「うん。まあ、通り道だしいいよね?」
冬華は早くアキに会いたいであろうサラが、反対するのではないかと思っていた。
が、先に言ったようにアキに幻滅されたくないサラは了承した。
「はい。放置して行くわけにもいきませんしね」
カルマは冬華の向かう先ならどこへでもついて行くつもりでいた。
ルゥは相変わらず眠っている。寝る子は育つと言うが、これ以上デカくなるつもりなのだろうか?
「そういうわけだから、村まで案内してくれる?」
「はい、この私の力がお役に立てるのであれば喜んで」
ヒューイは少しでも恩を返せると思い、喜んで了承した。
翌日、冬華たちは豹族の村へと向け出発した。
伝承、どこまでが本当なのでしょう?




