猫族の村
荷馬車に揺られ山道を下って行き、途中の脇道へ入って行く。その脇道は木々が生繫り、人が通れるような道ではなかった。という風に見えていた。認識阻害の迷彩魔法が掛けられているようだ。
外敵から村を守っているのだろう。やはりこちらでも魔物に脅かされているのだろう。
しかし、そうだとするなら、解せないことがある。遺跡から脇道に入るまで、一切魔物とは遭遇しなかったのだ。いくらなんでも1体くらいは襲って来てもおかしくはないだろう。
というわけで、かなりおかしい。
怪訝に思ったサラがミゲルに訊ねる。
「敵が侵入しないように魔法で村を守っているようですけど、やはり魔物が出るんですね? その割に山道では魔物を見かけませんでしたが、何か魔物避けのようなものを使っているのですか?」
サラの問いかけにミゲルは、一瞬何を言っているのかわからないと言った感じに首を傾げた。が、すぐに思い到り、それに答えていく。
「魔物、と呼んでいるのですねあなた方は。我々は瘴気に中てられて凶暴化したものたちのことを瘴魔と呼んでいます」
「瘴魔ですか? 瘴気に中てられて凶暴化したものたちということは、瘴魔になる前は普通の動物たちだったと言うことですか?」
「はい、そうです。ですから、瘴魔が現れるようなことは滅多にないので、先ほどの幻惑魔法も、瘴魔を防ぐためのもの、というわけではありません」
「ではなぜ?」
ミゲルは言い難そうに口ごもり、申し訳なさそうに告げる。
「それは……人間の侵入を防ぐためです」
「私たち、ですか……」
サラは悲しげな表情をし、カルマは眉間に皺を寄せる。
ミゲルは誤解のないように補足する。
「い、いえ、皆さんがというわけではないのです。ただ、長年の習慣と言いますか。我々は人間に対しあまり良い印象を持っていませんでしたので。でも……」
と繋げて話を進めようとしていると、冬華に愛でられていたミーナとニーナが割って入ってきた。
「アキお兄さんが言ってたの」
「アキお兄さんが教えてくれたの」
「「人間には良い人もいれば悪い人もいるって」」
そういうと、二人は再び冬華に捕まり愛でられている。
内に秘めていたことを打ち明けスッキリしたのだろう。冬華は二人を抱きしめ、頬ずりし、思う存分愛でつくしている。
二人が嫌がっていないので、そのまま放置し好きなだけ愛でさせていたのだ。
話しに戻ろう。
「つまり悪い人間から隠れるためということですね……その言い方ですと、人間を見るのははじめてと言うことですか?」
「はい。幸いと言いますか、この大陸には人間はいません。ですから言い伝えられている人間像しか知らなかったのです」
だから、「すべての人間は災いをもたらす悪いヤツ」という認識でいたのだ。
「この大陸? では他にも?」
話せば話すほど疑問が出てくる。
サラはもっと継守に話を聞いておくべきだったと後悔していた。
あの時はアキの事が心配でそれどころではなかった。それに加え、ルゥが話の途中で転移させてしまったから、どうしようもなかったのだが。
「4大精霊様が治めるこの世界、エルメティアには四つの大陸があります。その大陸をそれぞれの精霊様が治めているのです。火の精霊様が治める『クリムガルド』、水の精霊様が治める『ミズガルド』、風の精霊様が治める『ウィンガルド』、土の精霊様が治める『アースガルド』。今我々がいるここ『ミズガルド』には人間はいないのです。しかし、他の大陸には人間が移り住んでいるそうなのです」
ミゲルは丁寧に教えてくれた。が、それをどうやって知り得たのだろうか?
サラはズバリ聞いてみる。
「どうして人間がいると? 他の大陸へ行ったことがあるのですか?」
ミゲルは滅相もないと言わん勢いで手を振り否定する。
「まさか、ありませんよ。町へ買いつけに行った際に行商人から聞いたのです」
「大陸間で行商を行う人がいるんですね。でもどうやって大陸を渡っているのです?」
大陸を股に掛けて商売をする者がいるとは、大きな流通協会のような組織があるのかもしれない。
「大陸間の移動は船で海を渡るか、何らかの方法で空を渡るか、あるいは遺跡を使って転移すると言う三つの方法があります。その行商人は船で渡ってきていたようです。
我々の村は遺跡から一番近い場所にあります。人間が誤って転移してきてしまうかもしれませんので、幻惑魔法で道を隠していたのです。ミーナとニーナには興味本位で遺跡に近づかないように、その存在を伏せていたのですが……」
図らずもたまたま遠くまで足を運び、見つけてしまったということだ。
確かに興味津々といった感じで遺跡に近づいていた。
そして、転移してきたドラゴンに遭遇し、怖い目に遭ったのだから世話がない。
たまたま巻き込まれたアキと出会えたから命拾いしたのだが、人の好奇心というものはなかなかに恐ろしいものだ。人間ではなく獣人なのだが。
「そういうことでしたか。丁寧に教えていただき、ありがとうございます」
サラは頭を下げ礼を言った。
話し込んでいると、村が見えてきた。その村は人目を避けるようにひっそりとたたずんでいた。
村に到着し、荷馬車から下りるのだが、冬華が今だに二人を愛で続けていた。
「かわいぃなぁ、かわいぃなぁ。お持ちかえりしたいなぁ」
冬華は二人に頬ずりしながら、誰かさんと同じような事を口走っていた。
ミーナとニーナはやはりアキと冬華は兄妹なのだと再確認していた。
荷馬車から下りたサラは、キョロキョロと村を見渡し訊ねる。
「それで、アキは今どこにいるのですか?」
それに答えたのはミゲルではなく、冬華の執拗な愛で攻撃から逃れて来たミーナとニーナだった。
いい加減飽きたのだろう。
「こっちだよ~」
「ついてきて~」
そういうと二人は冬華から逃げるように駆け出して行く。
サラたちは村の住人の好奇な視線にさらされながら二人の後について行った。
二人は一軒のメルヘンチックな家の前に立つ。
「ここだよ、ここがあたしたちの家なの」
「ここだよ、ここにアキお兄さんがいるの」
村の中を歩いて気付いたのだが、他の家も同じような造りだった。人目を避ける気があるのかと疑いたくなる光景だった。おそらくは幻惑魔法でここいら一体はただの森のように見せているのだろう。その為、大胆な家造りができたのだ。
「「ただいま———!」」
二人は元気よく家の中に入って行く。
「グエェェェェェェェッ!」
ルゥが一番乗り! と言わんばかりの勢いで家の中に突入していく。この巨体で……
ボフッ
「グエッ!?」
「……」
案の定、というかお約束のようにルゥは入り口に挟まってしまった。尻尾をフリフリし中に入ろうともがいている。……そして動かなくなった。完全に嵌まったようだ。
「「キャハハハハハハハハハッ!」」
家の中からミーナとニーナの笑い声が聞こえてくる。
あの山小屋で一度やっているというのに、学習能力がないのか、もしくは狙っているのか、ルゥは同じことを繰り返していた。繰り返しは笑いの基本だとアキに教育を受けていたのかもしれない。そして今、それを実践しアキに見てもらおうとしているのかもしれない。
「やるわね」
冬華は感心していた。
「感心してないで、ルゥちゃんを抜くのを手伝ってください! これでは中に入れません」
サラに注意を受けてしまい、冬華は三人でルゥを引っ張り出そうと試みる。
「「「せ~のっ!」」」
が、家がミシミシ言うだけで抜けそうもなかった。
冬華は違う手を考える。
「これ、内側から蹴り出した方がい早いんじゃない?」
「そうですね」
「よし、んじゃ窓から入って蹴り出すか」
「グエッ!?」
外の三人の言葉を聞き、ルゥは顔を青くする。羽毛の色は変わらないので雰囲気なのだけれど。
サラ以外は手加減なしで蹴りそうである。
ミーナとニーナに窓を開けてもらい、カルマが家に入って来るところを目撃した。
カルマにだけは蹴られたくないと思ったルゥは、気合を入れて体を細めた。
「グゥゥゥゥゥ、クエェェェッ!」
シュッと細められた体を一気に後退させる。
「うわっ!?」
その不気味な光景に冬華は引いていた。
ボフッ
抜けたことでホッとしたルゥは再び緊張感のないふわふわボディに戻る。
「グエッ!」
ルゥをドヤ顔を向けて来た。何が「ドヤッ」なのだろう。
ミーナとニーナは、手品でも見たかのように手を叩いて喜んでいた。
「鳥! お前の巨体じゃ中に入れねぇんだから外で大人しく待ってろ。すぐにアキを連れてきてやるから」
カルマに言われたことが気に入らないのか、ルゥはそっぽを向いてしまう。
「グエッ」
「こいつ……」
その太々しい態度にカルマは怒り心頭だった。
しかし、これだけ騒いでいるというのにアキが出てくる気配はなかった。
そうだというのに、そのことに誰も気づいていない様子だった。
「お邪魔しまーす」
三人は家に入り、二人と共に奥の部屋へと入って行った。この部屋にアキがいるのだろう。
「お兄さ~ん、お友達連れて来たよ~」
「お兄さ~ん、お仲間連れて来たよ~」
二人が声を掛ける。
しかし、そこには誰もいなかった。
ベッドはついさっきまで誰かが寝ていたような状態で放置されていた。
「あれ?」
「いない」
二人は呆然とベッドを眺めていた。
それに焦れたサラが訊ねる。
「ここにアキがいたんですか?」
「うん、いたの」
「うん、でもいないの」
「「どこに行ったんだろう?」」
二人は見事なハモリを見せ、アキを捜しに外へと出て行く。
三人は顔を見合わせると、一つ頷き二人の後を追い外へ出た。
家の外に出ると、何やら騒々しくなっていた。
ルゥもなんだかソワソワしている。
「なになに?」
「どうしたの?」
ミーナとニーナは身を寄せ合い、不安そうに尻尾を体に巻き付けている。
サラは、アキがまた何かの騒ぎに巻き込まれているのではないかと不安になった。アキは巻き込まれ体質なのだとサラは確信していたのだ。
すると、村中に届くような声が響き渡る。
「瘴魔だ! 瘴魔が出たぞ!」
そう叫ぶ猫族の村人は、村中に知らせるためにすごい勢いで駆け回っていた。
おそらく、駆けて来た方角に瘴魔が現れたのだろう。
サラたちは頷き合うと、二人に告げる。
「二人とも、他のみんなと一緒に安全なところへ避難しなさい」
「でも……」
「お姉さんたちは?」
二人はサラにしがみ付き不安そうにいしている。手から震えが伝わってきていた。
これほどの騒ぎになることは滅多にないのだろう。それほどの数の瘴魔が現れたということだろう。
「私たちは大丈夫ですから」
サラは二人を安心させるように頭を撫でてやる。
「うん」
「わかった」
二人は頷くと、他の村人たちと共に避難していった。
それを見送ると、サラたちは瘴魔がいると思しき方へと駆け出して行った。
アキはまた巻き込まれたのでしょうか?




