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シルフィの想い

 遺跡を出ると、広場で作業をする猫族の大人たちがいた。荷馬車にドラゴンの羽を積み込んでいるようだ。倒されたドラゴンを放置しておくのは勿体ないということだろう。ドラゴンからは希少な素材が採取できるというから、無駄には出来ない。

 背後からでは男か女か判別できないが、ここにいるということはそれなりに戦える者なのだろう。

「「お父さん!」」

 ミーナとニーナは男の一人へと駆け寄っていく。

「おお、二人とも、遅かったじゃないか、心配してたんだぞ」

 父と呼ばれた男は飛びついて来た二人を抱き留めると、勢いを殺すようにグルグルッと2回転する。

 二人は遠心力に任せ、足をぶら~んとさせて楽しそうだ。

「「キャハハハハハハハッ」」

 父は二人を下ろすと二人の頭を撫でて訊ねる。

「二人とも何してたんだ?」

 二人は顔を見合わせニカッと笑う。

「アキお兄さんの友達を連れて来たの」

「アキお兄さんの仲間を連れて来たの」

 それを聞いた後ろで作業していた者たちは、振り返りサラたちを見つけると警戒しはじめる。アキの仲間イコール人間である以上警戒して然るべきである。

 が、サラたちに敵対する意思がないと見るや、警戒を緩めてくれた。が、過分には信じず、隙を見せない程度に警戒している。本当にアキの仲間だと言う証拠がない以上仕方のない事なのだ。むしろミーナとニーナが信じてくれたことの方が不思議である。子供だからだろうか? いや、ルゥがいたからだ。

 しかし、「変わった大きな鳥」という特徴だけで信じると言うのもどうだろう? ルゥのような鳥は希少なのだろうか? サラたちからすれば確かに珍しい種であるが、それはこちらのエルメティアでも同じなのだろうか? そうでなければルゥを見たくらいでは、いくら二人が子供だからと言って信じはしないだろう。

 もしくはサラたちを騙し、ここにおびき寄せるため、とか……

 まあ、それは考え過ぎだろう。もしそうなら、とっくに捕らえられていることだろう。あくまでも抵抗しなければであるが。

 二人の父と思しき男は多少警戒しつつも、にこやかに話し掛けて来た。

「はじめまして、わたしはこの子たちの父親のミゲルと申します。みなさんがアキさんのお仲間、ですか?」

 初対面なのだから自己紹介するのは当然である。が、自然な形で名乗らせようとしているようだ。本当に仲間なのか確認するためだろう。ミゲルの表情はにこやかなのだが、その目は有無を言わさぬ気配を放っていた。嘘は見逃さない。そんな雰囲気があった。

 サラたちはそれぞれ名乗っていく。特に偽名を使う必要もないので普通に名乗る。そして冬華の名前を聞いた途端風向きが変わった。

「「イガラシってお兄さんと一緒だ!」」

 ミーナとニーナまでもが驚いたような表情を見せた。

 そういえば、二人には冬華とだけ言い、五十嵐だとは伝えていなかった。

「ええ、冬華さんはアキの妹さんですから」

 サラがすかさず補足する。あのとき冬華の名を伝えたのはサラだった。そして五十嵐だと伝え忘れたのもサラだった。

 しかし、兄妹だと言ってよかったのだろうか? 見た目が違い過ぎている。冬華は艶やかな黒髪に黒い瞳、それに対し今のアキは灰色の髪色に紅い瞳をしている。嘘だと思われないだろうか。

 しかし、その心配を無用だった。

「そうですか、御兄妹でしたか。道理で似た匂いをしてらっしゃるはずだ」

 ミゲルは信じたようだ。

 猫族は犬族ほどではないが嗅覚が鋭い。

 ミゲルの目にばかり注意がいっていて気付かなかったが、鼻が微妙にひくついている。匂いで嗅ぎ分けていたのだろう。

 というか、見た目で言うなら目の前に毛色の違う姉妹いた。黒猫と白猫の姉妹が。これなら見た目で判断はしないとサラは納得した。

 とりあえず、疑いの晴れたサラたちはドラゴンの羽の乗る荷馬車に相乗りし、アキのいる彼らの村へと向かった


「(うん……わかってる、それは……)」

 村への道中、冬華が一人でブツブツ言っていることに気付いたカルマが、怪訝そうに声を掛ける。

「お、おい、冬華?」

「……」

 しかし、何かに集中しているのか冬華は反応を見せない。

 無視されているのかとも思ったが、無視されるような覚えもなく、カルマはもう一度声を掛ける。今度は肩を揺らして。

「おい、冬華!」

「え? 何よ!」

 なぜか冬華は不機嫌だった。

 カルマは知らず知らずのうちに何かしてたんじゃないかと不安になった。

「え? いや、俺、お前に何かしたか?」

「は?」

 冬華は意味がわからず、顔を顰める。特に何かされた覚えもないのにそう言うということは、何かやましいことがあると言うことだ。と、冬華は解釈した。

「何?、あんた私に何かしたの?」

 冬華は自らの体を守るように抱きしめ、カルマから離す。まるで今から襲われるかのようだ。

「何もしてねぇし! お前がブツブツ独り言言ってるから心配してんだろ!」

 カルマに言われ、冬華はハッとする。

「え? 私声に出してた?」

「ああ、小声だったから内容まではわからねぇけど、声は聞こえたぞ」

「あ、そう……大丈夫、心配してくれてありがと」

 冬華はどこかホッとした様子だった。しかし、追及は違うところから投げかけられた。

「冬華さん、こちらに来てから何か様子がおかしいですね。やはり何かあるんですね」

 冬華の様子は明らかにおかしい。いつもならもっと騒がしいはずだ。ミーナやニーナを見ても、興奮して抱きついたりしない。もっと()で回しもいいはずなのだ。ティナの時がそうだったように。

 大人しい上に二人に抱きつかない、いつもの冬華ではない! もう断言できる。何かあったのだと。

 今まではうまく誤魔化されたが、今回のサラは冬華が答えるまで一歩も引く気はないようだ。

「え? いや、別に何もないよ」

 苦笑いを浮かべる冬華にサラは追及の手を緩めない。

「嘘です! そんならしくない冬華さんを見たら、何もないなんて信じられるはずがありません!」

「らしくないって……いつもの私ってどんななのよ」

 冬華は頬を引き攣らせて言う。

 どんなか……言うまでもない事なので誰も答えなかった。というか、今のサラの剣幕にチャチャを挟み込む余地などなかったのだ。今はそんな雰囲気ではなかった。何より冬華が何を考えているのか気になったのだ。

 サラは尚も続ける。

「お願いですから話してください! 一人で抱え込まないでください。私たちは仲間なんですよ」

 そう、仲間だから。しかし、それだけではない。姉としては妹の悩みを聞いてあげたいのだ。少し気が早い気もするが。

 冬華は少し考えると、溜息を吐き話しはじめる。

「はぁ……もう、わかったわよ。話せばいいんでしょ、話せば。えっとね、シルフィがいたの」

「シルフィさんが?」

「うん、たぶん私たちの転移に便乗してきたと思うんだけど。でね、遺跡でお兄ちゃんの居場所を聞いて、私たちより先にお兄ちゃんのところへ行こうとしてるの」

 冬華の話を聞き、サラは首を傾げている。

「なぜ一人で先に? 一緒に行けばいいじゃないですか」

 至極まっとうな疑問だった。しかし、鈍感とも言える言葉だった。何も知らなければ仕方のない事なのだけれど。

 冬華は少し悲しげな表情をする。

「あれだろ、連れ戻されると思ったんだろ?」

 カルマが、まあまあまともな事を言った。しかし、違う。そんな事ではないのだ。

 冬華はチラチラとサラの顔を見て言い難そうにしている。

「なんですか? 大丈夫ですから話してください」

 サラが話を促す。

「う、うん。ちょっと言い難いんだけど、その、サラさんがいるから、なんだよ」

「私、ですか?」

 サラは少なからずショックを受けていた。シルフィに嫌われていたことに。

 嫌われるようなことは何も……ない事もなかった。一時の気の迷いとはいえ、偽者のアキを愛していたのだ。アキには許されたが、シルフィはまだ許していないのだろう。

 シルフィに嫌われている理由はそれだと思った。

 それが表情に出ていたらしく、冬華が誤解のないように訂正する。

「ち、違うからね! サラさんの事が嫌いとかじゃないから! 逆に感謝してるくらいなんだよ、お兄ちゃんを好きになってくれて」

「え? どういうことですか?」

 サラはいまいち理解できなかった。先に述べたように嫌われる理由ならあるが、どうしてアキの事を好きになると、シルフィに感謝されるのだろうか? と。

 冬華は悲しそうに告げる。

「シルフィはお兄ちゃんの事が大好きなんだよ」

 それは誰もが知っている。シルフィ自らが何度も言っていることだ。

「それは私みたいに家族としてじゃなくて、異性として、ね。小さいころからずっと側に一緒にいて、ずっと想い続けてたんだよ」

 サラは胸がチクリとする。そして表情を曇らせる。

 ずっと側で想っていたのに、突然現れたサラが横から掻っ攫っていった形だ。言葉も出ないだろう。

 しかし、恋愛は弱肉強食、男の心を射止めたものが勝者となる。仕方のない事なのだ。射止めたら安心というわけではないのだが、それは今はいい。

 冬華は続ける。

「でも、シルフィは精霊で、自分の役割もわかってる。いつまでもお兄ちゃんと一緒にはいられないことも。だからおじいちゃんは、それまでは一緒にいられるようにお兄ちゃんと仮契約させてたんじゃないかな? お兄ちゃんはシルフィの事を忘れちゃってたけど、シルフィはずっと側で守っていられて幸せだったんだよ。こっちに召喚されて、シルフィの事を思い出した時は本当に嬉しかったんじゃないかな。残り少ない時間をお兄ちゃんの為だけに使い、お兄ちゃんの願いを叶えようと尽して、普通できないよね、お兄ちゃんの命に関わるような願いを聞くなんて。でもそれがお兄ちゃんの願いなら、シルフィはその願いを叶えてあげようとする。お兄ちゃんが死んで仮契約が解除されても、それは変わらない。その願いの為に戦ってきた。お兄ちゃんが生きててシルフィ泣いて喜んでた。もっと話していたかったと思う。でも、戻ってきたお兄ちゃんの側にはいつもサラさんがいて、碌に話せてないみたいだった。実体化できなかったってのもあるんだけど、幸せそうなお兄ちゃんを側で見守ることしかできなかったの。私は面白いから邪魔してたけどね」

 冬華はさらっと本音を漏らした。

 しかし、サラは冬華の本音には気も留めず、どうしてもわからないことを訊ねる。悲痛な表情をしながら訊ねる。

「あの、そんなに想っているのに、なぜシルフィさんは想い人を奪った私に感謝を?」

 恨みこそすれ感謝などするとは思えないのだ。

「さっき言ったよね、シルフィは精霊で役目があるって。シルフィはいつかお兄ちゃんから離れなきゃならない。それはお兄ちゃんを一人にしてしまうって事。だからお兄ちゃんの側にいてくれる、一人にしないでいてくれるサラさんに感謝してるの」

「そう、ですか」

 だから嵐三は、サラが城を出るときにあんなことを言ったのだろう。「空雄のこと、支えてやってくれ」と。

「でも、その時はすぐそこまで来てる。もう時間がないって時にお兄ちゃん行方不明になっちゃって、それでシルフィ城を飛び出して来ちゃったのよ。これがお兄ちゃんと2人っきりで話の出来る最後のチャンスだと思って。これを逃したら2度と2人きりで話ができなくなるから。もうお兄ちゃんの願いを叶えることができなくなるから……だから、お願いサラさん、少しでいいからシルフィに話をする時間をあげてほしいの。お願いします」

 冬華はシルフィの最後の願いの為に頭を下げた。

 もし自分がシルフィと同じ立場なら同じことができるだろうか? 役目があるとはいえ、想い人の幸せを願い身を引くことが自分にもできるだろうか?

 サラはそう思うと辛くなり、胸が苦しくなった。

 精霊の役目がどんなものなのかはわからない。しかし、今聞いた限りではかなり大事(おおごと)なのだとわかる。きっとアキとは2度と会えなくなるのだろう。

 そんな話を聞いて、断ることなどサラにはできない。話をさせてあげたいと思った。同じ人を好きになった女として。

「はい、わかりました」

 サラは悲しげに微笑むと承諾した。

「ありがとう……」

 冬華は顔を伏せ礼を言う。

 その横で、嗚咽する者たちがいた。

「うっうぅぅっ……」

「グエッグスッグエェェ……」

 アキの事を一途に思うシルフィの話を、自分に置き換えて聞いてしまったようだ。

 カルマとルゥは寄り添うように泣いていた。あれほど仲の悪かった二人だというのに。

 なんだろう、この感じ……

 冬華は胸に感じた気持ちを素直にそのままぶつけた。

「キモイからあんたは泣くな!」

ゲシッ

 冬華はカルマの足を蹴飛ばした。酷い女だった。

「いってぇなぁ~グスッ」

 泣いているカルマは、痛みを訴える声も泣き声だった。


 なんの話をしているのかわからないミーナとニーナは、冬華をじ~っと見て真似るように拳を握り込み、ガッツポーズをとっていた。


一生に一度は、一途に想われてみたい……ですね?

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