総司、愚痴る
今ローズブルグ城内は騒然としている。
と言っても表向きにはいつも通りを装っている。城下の人たちを不安がらせるわけにはいかないからだ。
しかし、内ではどうしようもなく動揺していた。
その中でも特に酷いのが城の高官たちだ。彼らはロマリオ陛下に対し反感を抱いていた。
それはなぜか……
一昨晩、冬華、サラ、ルゥ、そしてカルマまでもがアキを捜しに城を抜け出したそうだ。しかも、それをロマリオが密かに手引きしていたそうだ。
さて、一体それの何がいけないと言うのだろう?
ロマリオが手引きした事? 城を抜け出した事? アキを捜しに行った事? アキの事を心配し捜しに行くことの何がいけないと言うのだろう? そう思うのだが、どれも違う。要因の一部ではあるけれど、それが大筋の理由ではない。先の報告会で報告にあったドラゴンの子供の件だ。子ドラゴンの所在がまだ掴めていないのだ。それを放置して精霊の世界に貴重な戦力を送り込んだこと、それを国のトップであるロマリオが独断で許可し手引きまでした事を問題にしているのだ。
まったくもってくだらない。
総司はそう思っていた。
戦力が減ったのなら自ら剣を取ればいい。
シンが城を襲った際、ロマリオ自身が剣を取り戦ったというのに、高官たちは一体何をしていたのだろう? 戦っているところを見た記憶がない。いや、剣を握っているところもだが、剣を使えないと言うのなら魔法があるだろう。それなのになぜ自ら戦おうとしないのだろう。彼らの先祖はドラゴンどころかアルスと戦っていたというのに、それさえ忘れ自ら戦うことも忘れてしまっている。自らが戦わないために他の者を戦わせようとしている。兵士は戦うため、守るために志願し兵士となったからいい。しかし、召喚された者たちはどうだ? 光輝はその準備をしてきたと本人が言っていたからいいかもしれないが、それ以外の何も知らず召喚された者はどうだ? 巻き込まれ変な場所に落された者たちは酷い目に遭っている。総司と結衣は心に傷を負ってしまい、アキに関しては一度命を落としている。城に保護されるまで総司は、生きるため、結衣を守るために戦ってきた。保護されてからは、至れり尽くせりのVIP待遇だった。巻き込んでしまったという負い目があったのかもしれない。ロマリオやマーサ、マリアは、共に戦ってほしいが決して強制はしないと言っていた。しかし、そんな待遇を受けては、力があるのに戦わない事に後ろめたさを感じてしまう。何より、よくしてくれている彼らの力になりたいと思った。もちろん結衣を守ると言うのが前提としてあるのだが。しかし、高官たちはロマリオたちとは違う考えを持っていた。総司はそれには気付かなかった為、アキの言った言葉も理解できなかったのだ。
アキはこう言っていた。
「城だといろいろしがらみが付き纏うだろ? 自由に動けなくなるのも鬱陶しいし」
と。
当時はこんなに待遇が良いのになぜ嫌がるのかがわからなかった。
でも、今になって理解した。
アキの言わんとしていたことを、高官たちの考えていることを。
高官たちは総司たちの力を称え、煽て、遠回しに自分たちを守るために戦わせようとしていたのだ。その為の過剰なまでの待遇だったのだ。高官たちにとって召喚の儀は世界を守る以前に、自分たちの身を守る戦力強化の意味合いが強かったのかもしれない。
アキはそのことに気付いていたから城に残ろうとも、戻ろうともしないのだろう。まあ、アキはそんな待遇は望んでいないのだろう。それ以上にサラから愛情を注がれているのだから。
高官たちがアキに対して総司たちと違う対応を取っているのは、アキが一度自分たちを脅かした存在であり、すでに戦力は十分に揃っていた為切り捨てたのだろう。
思い過ごしと思われるかもしれないが、今の現状を見れば、疑う余地などない。
世界を守るためにはアルス復活阻止は急務、それにはアキの力も必要だ。両方成すためには精霊の世界に向かう必要がある。それなのにドラゴン2体の為に足止めを喰らっている。しかも子供のドラゴンだ。そのくらい城の戦力だけでなんとかできるだろう。するべきだろう。今まではそうしてきたのだから。
しかし、総司たちの力を見て、高官たちは保身のため欲が出たのだ。この力をみすみす手放すことなどできないと。「召喚したのは我々だ。所有権は我々にある!」とでも思っているのだろう。なんて傲慢なんだろう。守る価値があるのだろうか?
そう、四ノ宮総司は憤っていた。
あくまでもこれは総司が勝手に思っているだけで、事実かどうかはわからない。が、大筋は合っていそうだ。
「あ~イライラする」
総司は呟いた。
イライラを発散させるように木刀を振るう腕に力が籠る。もうでたらめに振っていた。
「総司、なんだかイライラしてるね。どうしたの?」
総司の隣で同じく木刀を振っている結衣が、総司の乱暴な素振りを見て心配そうに訊ねた。
ちなみに結衣も総司と同じ剣道部に所属していた。これから必要になると思い、久しぶりに木刀を握り稽古しているのだ。
結衣が剣を握って戦うことをまだ納得していない総司は、しかめっ面で結衣を見る。
「もう、まだ怒ってるの? ひょっとしてそれでイラついてるの? 何度も言ってるけど、総司がいつも側にいるとは限らないでしょ! 生きるためには、あたしも護るだけじゃなく剣も扱えないといけないって。カレンちゃんだって戦ってるんだよ?」
結衣は何度目かの説得を試みる。
「それもアキの入れ知恵だろ」
総司はボソリと不満を漏らす。
アキが結衣を心配なのはわかる。ありがたくもある。しかし、アキの言うことを素直に聞き過ぎてはいませんか? なぜですか? と、怪訝に思い、嫉妬していた。
「そ、それはそうだけど、アキも心配してくれてるんだよ。あたしを守るために総司が無理するんじゃないかって」
なんだか誤解されている気がし、結衣はそう言い繕った。
「そうか? あいつが俺を? ないだろ」
総司はそう言い切った。
以前はしていたかもしれないが、最近はどうだろう? 力を使いこなせるようになり、心配する必要もなくなったのではないだろうか? というか、同年に心配されたくはない。特にアキには。
「なんで、そこで言い切っちゃうの? 友達なんだから心配するでしょ?」
結衣のこの言葉を聞き、総司は違和感を覚えた。
「結衣、お前変わったな。なんだか丸くなったか? 前はアキのことウザがってただろ」
「そ、そう?」
「ああ、なんかあったのか?」
総司のその問いかけに、結衣はドキリとした。結衣はアキにベッドに押し倒されたことを思い出してしまった。そして、あの一瞬の気の迷いを。
結衣は頭に浮かんだ記憶を振り払うと、総司の腕に自らの腕を絡めた。
「それは、きっと心に余裕ができたからだよ」
結衣は総司を見上げ、照れくさそうにそう告げた。
それはお互いの気持ちが通じあえた事を言っていた。
「そ、そうか」
総司はそれで伝わったのか、ドギマギしながら顔を赤らめ空を見上げた。
意外に純情、且つチョロイ男だった。
そんな総司を可愛いと思った結衣はさらに大胆な行動をとる。と言っても、人目もあるので控えめに、である。
結衣は総司の腕をギュッと抱きしめた。総司の反応を楽しむかのように、総司の腕を胸の谷間に挟み込んでいた。
総司は腕に伝わる感触に気付いた。腕が何とも言い難い、柔らかで幸せなものに包まれている。何に包まれているのかは見るまでもなくわかっていた。故に視線を下げることができなかった。ただ、顔を赤らめ空を見上げていた。
総司の頭には、すでに先ほどのアキへの嫉妬心など消え失せていた。
何度も言うが、総司は意外に純情、且つチョロイ男だった。
そんな二人を見つめる視線が三つ……
「リア充なんて爆発すればいい」
条件反射的に物騒な事を言う麻土香と、その発言に頬を引き攣らせる光輝と汐音だった。
その妬みと憎しみの籠った声に気付いた結衣はハッとし、腕を離すと振り向いた。
「せ、先輩たち帰ってたんですね」
結衣は努めて平静を装うが、出だしからどもっており動揺を隠しきれていなかった。
麻土香の視線が突き刺さり痛かった。
「ああ、今陛下方に報告を済ませてきたところだよ」
「そうだったんですね。でもタイミングの悪いときに帰ってきちゃいましたね」
結衣の言葉に光輝たちは首を傾げる。
「今、総司機嫌悪いんです」
まったくそうは見えない。あからさまに幸せいっぱいといった表情をしている。
「(チッ、これだからリア充は……)」
麻土香は心の声が漏れていた。
光輝たちは頬を引き攣らせ、疑問を代弁する。
「そうは見えないけど、何かあったのか?」
光輝が訊ねるたが、総司は無反応だった。
訝し気に想い結衣は総司の顔を覗き込んだ。光輝たちも不思議そうに総司の赤い顔を見る。
その視線に気付き総司はハッとし、トリップしていた幸せ空間から帰還した。
もう一度言うが、総司は意外に純情、且つチョロイ、は今は関係ないな。
「え? ああ、大丈夫だ」
何が大丈夫なんだ? と言いたいところだが、ここは結衣に任せよう。
「いやいや、大丈夫なのはわかってるけど、そうじゃなくて、どうしてイライラしてるのかってこと」
結衣にそう言われ、総司はトリップ時に耳に入ってきた話を思い出した。話だけは耳に入っていたようだ。
「ああ、陛下のところに行ってたなら光輝たちも聞いたんじゃないか? 冬華たちが城を抜け出したって」
「ああ、聞いた。高官たちの反感をかっているって、困ってたな」
光輝は他人事のように言う。実際他人である。
「なんでアキを捜しに行っちゃダメなんだよ。あいつら、俺たちのことを自分たちを守る道具と思ってるんじゃないか? それが気にいらないんだよ」
なんだかんだ言って、総司もアキの事を心配しているのだ。本人は否定するだろうけれど。
「光輝はどう思うんだよ?」
総司に訊ねられ、光輝は言葉を選びつつ答える。
「それは、本当にそう思ってるんなら気に入らないけど、気持ちもわからなくもない。彼らも死ぬのが怖いんだよ。守ってもらいたくて、守ってもらえるように僕たちに尽してるだけだろ」
「そうかもしれないけど、アキに対して冷たすぎねぇか? 捜しに行かないなんて」
「それだけアキの力を認めてるってことだろ? アキほどの力があれば、どんなことでも切り抜けられるって。それに、ドラゴンが片付く頃には向こうの情報を持って帰って来るって信じてるんじゃないか? アキは情報を集めるのがうまいからな」
光輝はアキの力を信頼しているようだ。しかし、高官たちもそうとは限らない。光輝の返答は教科書通りの言葉な気がしてしまう。
「それって、あいつらの事をポジティブに捉えすぎてないか?」
どうにも違和感があり総司はそう訊ねてみた。
「ああ、そうとでも思わないとやってられないだろ?」
光輝は本音を吐露した。光輝も本音では総司と同じように考えていたのだ。だからと言って、高官たちはともかく、ロマリオたちを無視して行くこともできないのだ。だから、冬華たちがアキを捜しに城を抜け出したと聞いてホッとしていたのだ。アキの力は信頼しているが、不安な点もある。一人にはしたくないのだ。冬華たちが合流してくれればとりあえずは安心できるのだ。
「なるほどな。あ~あ、冬華のヤツ俺たちにも声掛けてくれればよかったのに、そうすれば一緒に抜け出せたのによ」
結局のところ、総司も一緒に行きたかったのだ。
「そうもいかないだろ、人数が増えればそれだけ見つかるリスクも増えるんだから」
「そりゃそうだけど」
「まあ、僕たちはさっさとドラゴンを見つけ出して倒せばいい。そうすれば誰にも文句を言われずに精霊の世界に向かうことができるんだし」
「そうだな、まずはドラゴンに居場所を突き止めることが先決か」
総司が気持ちを切り替えようとすると、光輝は申し訳なさそうに話を切り出す。
「あ~と、そう言っておいてなんなんだけど、総司たちは他にしてもらうことがあるみたいだぞ」
光輝の言葉を聞き、総司は怪訝そうな表情をする。
「高官たちの護衛とかじゃないだろうな?」
総司は本当に嫌そうな顔をしている。それほど高官たちに嫌気が差しているのだろう。
「違うよ、詳しい話は師匠から聞いてくれ」
「先生に?」
「ああ、師匠が結衣君と総司に話があるそうだから今から行ってくれるか?」
結衣の名を先に出したということは結衣に用事があるのだろう。つまり総司は結衣の護衛役というわけだ。話を聞いてみない事にはわからないけれど。
「わかった、じゃあ行ってくるよ」
総司はそういうと、結衣を連れ嵐三の下へと向かった。
この後、総司と結衣は嵐三の話を聞き、シドー村へ向かうこととなる。
光輝、総司が話している最中、三人娘は黙って話を聞いていたのでしょうか?
それはないでしょう。たぶん