秘密の話
「こうしてアキお兄さんはドラゴンを倒しました」
「こうしてあたしたちは助けてもらいました」
ミーナとニーナは先ほどのルゥのように、身振り手振りを付け二人を助けた男の武勇伝を語った。
ここまでの回想ではまだ男は名乗っていないのだが、二人が言うのだからその男がアキなのだろう。相変わらずな、でたらめな戦い方を聞けば想像は着くのだが。
そしてここに、アキの戦いに呆気にとられるものがいる。
カルマは二人の話を聞き、信じられないと言った面持ちで口を開いた
「うげっ、マジかよ。アキのヤツワイバーンに喰われたのかよ」
ワイバーンに喰われ、それでも生きているアキの生命力に驚愕していた。
カルマは以前、アキにゴキブリ並の生命力だと言われていたが、そっくりそのまま返してやりたいと思っていた。これは決して褒め言葉ではないと確信していたからだ。
「グエェェェェ! グエェェェェェェ!」
ルゥはうんうんと頷き何かを言っている。何を言っているのかわからないが、きっとこんなことだろう。「さすがはパパ! パパは最強!」こんな感じに。
アキの力を盲目的に信じているのだろう。
サラは最初なかなかアキが出てこなかったことに不安を感じていたが、アキが格好良く? 登場した時には目を潤ませていた。幼気な子供を助けに、颯爽と現れた王子様的に脳内で自動変換されていた。実際にはドラゴンの手に握られての登場だったのだが、それを捻じ曲げるとはさすがサラ、アキへのストーカー疑惑があっただけのことはある。まあ、それはいいのだが。アキが二人を庇い喰われたと聞いた時は失神寸前で、ルゥがサラを支えていたくらいだ。アキが生きているとわかり、ワイバーンを倒したと聞いてホッとしている様子だった。アキの事となると本当に精神に負荷の掛かるサラだった。アキが危険な目にあっているときに側にいて力になることもできず、後から話を聞くなど、たとえ寿命が100年あったとしてもすぐ縮んで無くなってしまう。だからずっと側にいたいと、共に戦い、共に生きたいと願っているのだ。
「それで、アキは二人を村まで送り届けてあげたのですね?」
とサラが訊ねると、二人は顔を見合わせ頷き合う。
「う、うん。そうだよ」
「う、うん。送ってもらったよ」
どうも怪しい反応だった。
もちろん話には続きがある。
二人が泣き止むと、男は二人の涙と鼻水でグチャグチャの顔を布で綺麗にした。
「よし、綺麗になった。元通りの可愛い顔になったぞ」
男は微笑みかける。
「えへへ、可愛い?」
「えへへ、ありがとう」
ミーナとニーナはニカッと笑う。
「俺の名前は五十嵐空雄アキでいいぞ」
ここでようやく自己紹介した。
「イガラシアキオ?」
「変な名前~」
二人に遠慮というものはないようだ。
「あたしはミーナ」
「あたしはニーナ」
「「アキお兄さん、よろしくね!」」
二人は見事なハモリを見せる。
「おう、よろしくな。お前たちは亜人、獣人か?」
アキは二人をまじまじと見るとそう訊ねた。
「うん、そうだよ」
「うん、獣人の猫族だよ」
二人は順番に話をする。大体ミーナが先のようだ。
「へ~猫族かぁ、じゃあ、黒猫がミーナで、白猫がニーナなんだな」
アキは確認するように告げた。
「「うん!」」
二人はいいハモリを見せる。
アキは懐かしい何かを思い出しているかのように遠い目をしていた。
レインバーグのティムティナを思い出していたのだが、二人には知る由もないことだった。
黙り込んだアキにニーナが訊ねる。
「お兄さん人間なんだよね?」
そう訊ねられ、アキは強引に思い出の中から引き戻された。
窺うようなニーナの視線にアキは疑念を抱いた。
「え? ああ、人間だぞ。どうしてだ?」
「人間はこの世界に災いをもたらすって言われてるの。おとぎ話でも人間は悪役だし」
ミーナが身を乗り出してそう説明する。
だからと言ってアキが何かをするとは思っていない。少し前まで思っていたが、今はもう思っていない。
この世界は精霊の世界、精霊は基本人間を拒絶している。人間のしてきたことを思えば、拒絶されても仕方がないだろう。それが獣人の集落にまで広まり、そう言い伝えられているのだろう。おとぎ話の内容も少し気になるところである。
アキは納得したように頷いた。
「なるほどな」
「でも! お兄さんはそんな風に見えないよ。あたしたちを助けてくれたし」
ニーナがすぐさま誤解がないようにフォローする。
「そうか、ありがとな」
アキは礼を言うとさらに続ける。
「俺の仲間はいいヤツらだからいいんだけど。でもな、人間すべてが良いヤツってわけでもない。悪い奴もいるから気を付けるんだ。ほいほいついって行っちゃダメだぞ」
アキはそう言い聞かせるように注意を促した。
「「そうなの?」」
二人は顔を見合わせ、小首をコテンと傾げている。人間って不思議、といった表情をしている。
村ではみんな助け合って生活しているため、みんな二人には優しくしてくれる。だから悪いヤツもいると言うことが理解できないでいた。
人間は災いをもたらす。だから人間はみんな悪いヤツ、そう思っていた。しかし、アキに助けられ、話に聞いていた人間像が変わり、助けてくれたアキは良い人、人間はみんな実は良い人、と認識が変わっていたのだ。極端すぎる考え方だった。
「お、おう。そうだぞ……」
そう答えるアキだったが、頭は別の事を考えていた。
そして、二人のその仕草を見て目を見開き、興奮した様子で声を上げはじめた。
「な、なんなんだこの可愛らしさは! ありえねぇ、ありえねょ! かわえぇなぁ、かわえぇなぁ。お持ちかえりしたいなぁ」
アキは二人の頭を撫で耳をサワサワしながら我を忘れているようだ。
ミーナとニーナは気持ちよさげに目を閉じ、尻尾をピンと立てている。
が、若干犯罪の香りがする。
アキの理性がかろうじてそこに気付きハッとする。そして、誰に言うのでもなく一人で勝手に言い訳を言いはじめる。
「こ、これは違うんだ! 恋愛感情とかではなく、あれだ……そう! 愛玩的なあれだ!」
それでも犯罪臭は消えなかった。むしろ逆に増した感がある。
急に変なことを口走るアキに、二人は頭に疑問符を浮かべ首を傾げてアキの顔を見ていた。
二人の視線にさらされ、居た堪れなくなったアキは、切り替えるかのように一つ咳ばらいをする。
「コホン、あ~とりあえず外に出よう。家まで送っていくから」
二人の表情はパァッと明るくなる。
「「うん! 早くいこ!」」
二人はそうハモると、アキの手を握り外に向かい歩き出す。
ミーナは右手を、ニーナは左手を握っている。アキは二人に引かれるように歩いて行く。
ようやく長い恐怖の一日を終えられると思ったのだ。実際にはまだ半日も経っていないのだが、体感的にはそのくらいの疲労感があった。
しかし、それだけではないようだ。
二人はなんだか楽し気に歩いている。村のみんなに早くアキを紹介したかったのだ。いや、正確には人間と知り合ったことを自慢したかったのだ。おとぎ話の人間ではなく実物の人間である。二人は興奮していた。
アキの手を引くニーナが思い出したように振り返り訊ねる。
「ねぇねぇ、お兄さんの仲間ってどんな人?」
ニーナは人間に興味があるようだ。
「あたしも聞きたーい!」
ミーナもそれに便乗する。二人の好みは大体一緒なのだ。興味を引くモノも大体同じだった。
「俺の仲間か? ん~まず一番大事な人はサラっていう……」
三人はアキの仲間について話しながら遺跡を外へ向かって歩いていった。
遺跡の外に出ると、広場に巨大な鳥がピクリともせず横たわっていた。
頭には鶏冠のような羽根をつけ、シュッとした体からスーッと伸びた首に長い尻尾、全身を真っ白に染めた巨大な鳥、遺跡から飛び出してきた鳥だった。
「鳥さん死んでるの?」
「可哀想……」
ミーナとニーナは、巨大な鳥を悲しそうに見つめている。
「いやいや、生きてるはずだぞ。気を失ってるだけだろ」
アキはそういうと巨大な鳥に近づいてく。
確かに血も流していないし、見た目にも大きな怪我をしている風には見えない。
二人は近づかずに遠目に巨大な鳥の様子を窺っている。
アキは巨大な鳥の頭に近づくと、
「おーい、いつまで寝てるんだ~」
瞼を強引に押し上げ、目をのぞき込みながらそう告げた。
その瞳に光が戻り、アキの姿を映し出す。
巨大な鳥はアキを振り払うとガバッと起き上がった。
そして、キョロキョロと首を回しまわりを見渡す。ドラゴンを捜しているのだろう。
「「ほ、ホントに生きてた!?」」
ミーナとニーナは腰を抜かしたように座り込み、身を寄せ合って小さくなっている。
しかし、巨大な鳥はドラゴンの姿が見えないとなると、別の何かに気付いたように足元にいるアキに視線を向ける。観察するように見ると、首を傾げ顔を近づけていく。
まったく動じないアキを、巨大な鳥はクンクンと鼻を鳴らし臭いを嗅ぐ。アキの体から漂う残り香を嗅いでいるようだ。おそらくドラゴンの残り香、死臭ともいうべきものを嗅ぎ分けているのだろう。
ドラゴンが死してからさほど経っていない為、臭いがするとは思えないのだが、巨大な鳥は何かを嗅ぎ分けたのか頭を上げ、高らかに鳴き声を上げる。
「クエェェェェェェェッ!」
すると、その巨大な翼を羽ばたかせた。
「うわっ!?」
その風圧でアキは吹き飛ばされゴロゴロと地面を転がっていく。
アキは体を起こすと文句を言う。
「いてぇな、いきなり何すんだよ!」
「クエ?」
しかし、巨大な鳥は特に何かをしたという自覚はなく「何が?」と首を傾げている。
その仕草を見ると、アキはなんだか諦めたような表情で溜息を吐く。文句を言う気が削がれてしまったようだ。
「まあ、無事ならいいんだけど」
アキはボソリと呟いた。
すると、巨大な鳥は再び翼を羽ばたかせ飛び去っていった。先ほども、飛び立とうとした際に、アキが吹き飛ばされた為途中でやめたのだろう。意外といいやつだった。
アキは巨大な鳥を見送り、空を見上げていた。
巨大な鳥に気を取られ、三人は背後に忍び寄る存在に気付かなかった。
そして、巨大な鳥を見送っている一瞬の隙を突き襲い掛かってきた。
ゴツンッ
背後から奇襲を受け、アキは激しく打ち据えられ意識を失ってしまった。
「「お兄さん!」」
二人はアキに駆け寄っていった。
急に黙り込んだ二人を心配し、サラが声を掛ける。
「どうしたんですか? 何か気になることでもあるんですか?」
「う、ううん、何でもない」
「う、ううん、気にしないで」
二人は何でもないような事を言っているが、頬が引き攣っているため何でもないようには見えなかった。
サラがもう一度訪ねようとすると、カルマが間に割って入ってきた。
「こんなとこにいつまでもいないで、早くアキと合流しようぜ」
そう言われては、アキに会いたいサラは何も言えなくなり同意の意を示す。
「そうですね。二人とも、案内をお願いします」
「「はーい!」」
二人は元気よく返事をすると、サラと手を繋ぎ、瓦礫の散乱する遺跡の中を出口に向け進んで行く。
ルゥとカルマもそれに続いて行く中、冬華だけは終始難しい顔をしていた。
二人は何を隠しているのでしょう?