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ある男の話4-①

 その日、ミーナとニーナは早起きし、家の手伝いで村の裏山に木の実やキノコ、山菜を採りに来ていた。

「今日は少し奥に行ってみようよ」

 というミーナの意見を採用し、さらに奥に踏み入っていく。

 常にミーナとニーナは一緒に行動している。姉妹ということもあり、かなりの仲良しなのだ。

 しかし、それだけではない。やりたいことや行きたいところ、味の好みまで大体意見が合うため一緒に行動しているのだ。

 もちろん意見が対立することもある。生物が二体揃えば対立が生まれる。それは獣人の世界でも同じだった。当然である。

 そういう時は強引に意見を通すのではなく、ちゃんと話し合って決めていた。とミーナは思っている。実際にはニーナが折れる形で行動を共にしているのだ。

 例え嫌でも別行動するということはなかった。

 その日は残念ながら後者だった。

 ニーナは何か胸騒ぎがし、それ以上奥へは進みたくはなかった。

 しかし、ミーナに、

「大丈夫だよ。今日は凶暴な動物を見てないし、もし出てきてもあたしが守ってあげるから」

 と言い含められ、ニーナは頷いてしまった。ニーナは押しに弱かった。

 が、それだけではない。ミーナの守ってくれるという言葉に嘘偽りがないからだ。

 危険なことがあったときは、ミーナがいつも守ってくれていた。だから頷くことができるのだ。

 しかし、今日だけは頷くべきではなかった。


 いつもよりも奥へと進んで行く。はじめて踏み入る領域だ。ミーナは何があるのか期待でワクワクし、尻尾を左右に大きく揺らしている。

 それに比べ、ニーナは不安そうな顔をし尻尾を体に巻き付けている。

 しばらく進むと、森を抜け山道に出た。

「わぁ、こんなところに山道があったんだぁ」

 ミーナは目を輝かせ、新たな発見に喜びを露わにする。

 ニーナは自分のいる場所を把握するようにキョロキョロと視線を泳がせている。

 すると、山道に向かって左の道の先がほのかに光っているのに気付いた。

 ミーナはさらなる未知の発見に胸を躍らせ、そちらに向かおうとする。

 それをニーナがミーナの腕を掴み引き止めた。

 胸騒ぎが先ほどよりも強くなってきていた。これ以上言ってはダメな気がしたのだ。

 しかし、ミーナは「大丈夫だから、少し見るだけ」と言って、逆にニーナを引っ張って一緒に連れて行ってしまった。

 山道を奥へ、山側へと進んで行く。

 ミーナの尻尾は興奮でボワッと膨らみ、反対にニーナの尻尾は足の間に巻き込まれている。

 二人の尻尾の様子でテンションの違いがありありとわかる。

 奥へ進むと、ひらけた場所に出る。

 ミーナは岩陰からそっと奥をのぞき込んでみる。

 そこには山肌に囲まれ、遺跡がひっそりとたたずんでいた。

「わぁ、遺跡だぁ」

 ミーナは遺跡発見の驚きと喜びで岩陰から出て行ってしまう。

「ま、待ってよぉ」

 ニーナは急いで後を追いミーナの腕にしがみつく。

 先ほどの光は遺跡の中から放たれていたようで、光は次第に集束し、遺跡の中へと消えていった。

 二人は遺跡へと近づいて行く。

 ミーナは慎重に、ニーナは恐る恐る近づいて行く。

 遺跡の前まで来ると、


Gyaaaaaaaaa……


 遺跡の中から、恐怖を掻きたてるような咆哮が響き渡った。

 二人は全身の毛を逆立たせ硬直してしまう。身の毛もよだつとはこのことだろう。

 次第に咆哮は大きくなり近づいて来る。

 しかし、二人は硬直してしまい、動けないでいた。

 そして、それは現れた……


Gyaaaaaaaaa……


 遺跡の中からドラゴンが飛び出してきた。

 真正面からそれを目撃し、ドラゴンの目を見てしまった。

 二人はドラゴンの過ぎ去る風圧でふっ飛ばされ、地面を転がった。

 その痛みで、何とか硬直から解放された。

 ミーナはすぐに立ち上がると、ニーナを探す。

 幸いニーナはミーナの腕にしがみ付いていた為、遠くには飛ばされていなかった。

 ミーナはニーナに駆け寄ると、抱き起す。

「ニーナ! 大丈夫?」

「う、うん、大丈夫。でも今のって……」

「とにかく隠れよう。引き返して来たら……」

 そう言いかけたミーナは、振り返った視線の先の光景に言葉を失った。

 ドラゴンが引き返して来て、あろうことかこちらに向かって来ているではないか。やはりすれ違いざまに見られていたのだ。

 ドラゴンの獰猛な口からはよだれが垂れ、風に流されている。二人を喰う気満々のようだ。

 早く逃げなければ本当に喰われてしまう。

 しかし、二人は動けなかった。硬直しているわけではない。突然の命の危機に、状況の変化に追いついていなかったのだ。二人はどうすればいいのかわからなくなっていた。

 すると、


「逃げろぉぉぉぉぉぉっ!!」


 という声が響き、ミーナはハッと気づく。

「に、逃げなきゃ!」

 ミーナはニーナの手を引いて遺跡の中へ逃げ込もうとする。

 しかし、ドラゴンはすぐそこまで迫っている。たとえ獣人であっても、子供の足では振り切ることなどできない。

 ドラゴンが迫りもうダメだと思った時、遺跡の中から再び巨大な影が現れた。


「クエェェェェェェェェッ!」


 鶏冠(とさか)のような羽根を頭につけ、シュッとした体からスーッと伸びた首に長い尻尾、全身を真っ白に染めた巨大な鳥。

 その巨大な鳥が二人の頭上を飛び行き、ドラゴンへと突っ込んでいく。

「「キャァァァァァッ」」

 二人は再び風圧で吹き飛ばされ、来た道を戻されてしまった。

 遺跡の外まで吹き飛ばされてしまった二人が見たものは、ドラゴンと巨大な鳥の戦闘風景だった。

 すぐ目の前、10メートルもない距離で2体の巨大生物が揉み合いとなり地面を暴れるように戦っている。

 いつ巻き込まれ、押し潰されてもおかしくなかった。


「早く遺跡の中に逃げろ! どこかに隠れるんだ!」


 再び声が聞こえて来た。

 声色から男性のモノだと言うことはわかる。が、それだけだ。声の主の姿は見えず、声は山肌に反響しどこから聞こえてくるのかわからない。

 しかし、今は声の主を気にしている場合ではない。声が言うように早くここから逃げなければ。

 ミーナはニーナを抱き起し、遺跡の中へと逃げ込んで行った。

「ハァハァハァ、ミーナ! これからどうするの?」

 手を引かれ、ミーナに付いて来ているニーナが不安そうに訊ねる。

「ハァハァ、わかんないよ。わかんないけど、声の人の言う通りどこかに隠れなきゃ! そうしないと……」

 食べられちゃう。そう言おうとして口を噤んだ。

 それを言ってしまうと、現実になってしまう気がしたのだ。

 言霊、言葉には不思議な力があり、ある言葉を発すればその言葉の通りの結果をもたらすとされている。おそらくは意志の強さが反映されるのだろう。

 食べられると絶望を口にすれば、心が折れ生きる力が弱まり本当に食べられてしまう。そういうことだろう。

 ミーナは言霊を知らなかったが、本能的にそう感じたのだ。

 二人は生きるために遺跡の中を駆け抜ける。


 遺跡の中は石柱が建てられているだけの、殺風景な造りとなっていた。その為隠れられる場所がなかった。

 それでも、生き延びるためには隠れなければならない。

 とりあえず、石柱の陰に隠れることにする。走りっぱなしで今にも倒れそうだった。極度の緊張も相まってか、疲労が著しかったのだ。

「ハァハァハァ、どうしよう、こんなところじゃすぐに見つかっちゃうよ」

 ニーナは荒く呼吸すると、不安げに呟いた。石柱の陰では少し覗き込めば見つかってしまうのだ。

「ハァハァ、大丈夫だよ。柱はいっぱいあるから、捜してる隙を見て逃げればいいんだよ」

 屋根を支える為なのか石柱はたくさん建てられている。ドラゴンが石柱の裏を捜している間に別の石柱の陰に移る。それを繰り返し外まで逃げようとミーナは考えていた。

 確かに石柱間を移る際に気付かれなけえれば、それも可能かもしれない。

 不安はあるけれど、今はそれ以外に方法はなかった。

 無理やりそれ以外を望むのであれば、あの巨大な鳥がドラゴンを倒してくれる事だろう。それが一番助かりそうなのだ。

 しかしその場合、ドラゴンに代わり、巨大な鳥がミーナたちを食べるという可能性も否定できない。

 どの道、自力でなんとか逃げ出さなければならないのだ。

 二人は呼吸を整えると、身を寄せ合い、注意深く出口を見つめていた。


 しばらく待っていると、外が静かになっていることに気付く。

 2体の巨大生物たちの戦いが終わったのだと思い、二人は顔を見合わせ、再び緊張を見せる。

 一体どちらが勝ったのだろう?

 すると、


ズシンズシンズシン……


 と近づいて来る足音が聞こえてきた。

 ミーナは石柱の陰からそっと覗き見た。

「っ!?」

 ミーナは声を上げそうになるのを、両手で口を押させて封じた。

 ミーナが見たもの。それは、体中に怪我を負い、血を流しながら近づくドラゴンの姿だった。

 どうやらドラゴンが勝ってしまったようだ。淡い期待が消え去った瞬間だった。

 二人は胸を押さえ、高鳴る鼓動を静めようとする。心臓の音で見つかってしまうのではないかと恐れていたのだ。それほどまでに二人の心臓は助けを求め叫んでいたのだ。

 二人は身を寄せ合い、震える体を押さえつつ逃げる覚悟を決める。

 ドラゴンはキョロキョロと獲物を捜すようにまわりを見渡す。そして、二人のいない反対側に立つ石柱の裏をのぞき込みはじめた。

「(今よ!)」

 ミーナは小声でそういうとニーナの手を引き、ドラゴンから離れるように、出口に近づくように、隣の石柱へと移動する。

 何とか隣の石柱の陰に駆け込むことができた。

「ハァハァハァ……」

 極度の緊張のせいでたいして走ってもいないのに息が切れてしまう。

 ミーナはドラゴンの様子を窺うため、息を止め石柱の陰からそっとのぞき込む。

 ドラゴンは獲物を見つけることができず、次の石柱へ向かおうとしていた。

 どうやらバレなかったようだ。

 これなら逃げ切ることができる。ミーナはそう思いはじめた。

 ドラゴンが再び石柱の裏を覗き込もうとする。

「(いくよ!)」

 ミーナは再びニーナの手を引き次の石柱へと駆け込んだ。

 今回も成功した。ドラゴンにも気付かれていない。

 そして、ミーナは確信した。このままいけば逃げ切ることができると。

 しかし、その希望も次の瞬間に消え失せることとなる。

 獲物を見つけられないドラゴンは苛立ち、その尻尾を振り回し石柱を破壊しはじめたのだ。

 石柱の破片が二人の隠れる石柱の横を転がっていく。

 殺風景ではあったが、小奇麗だった遺跡は次々と破壊されて見る影もなくなっていく。

 このままでは今隠れている石柱まで破壊され、見つかる前に殺されてしまう。最悪の事態になってしまった。

 しかし、転がる破片に紛れて移動すれば見つからないかもしれないと考えを切り替え、それを実行に移すことにした。

 次にドラゴンが石柱を破壊した瞬間、その破壊音と瓦礫の崩れる音、そして破片が飛び散り転がる惨状に紛れミーナはニーナを引き連れ出口に向かった。

 しかし、そんな作戦がうまくいくはずもなく、無軌道に転がる破片は方向を変え、二人に向け転がってきてしまった。  

「キャッ!」

 ニーナが思わず悲鳴を上げてしまう。

「ニーナ!」

 ミーナも悲鳴を上げたニーナを心配し、声を上げてしまった。

 ニーナは破片が当たってしまったようで、倒れ込んでいた。その足からは血が流れていた。見ただけではハッキリとはわからないが、これでは走れないかもしれない。

 回復薬は持ってきてはいるが、ドラゴンが暴れる中治療している余裕はないかもしれない。

 それでも見捨てると言う選択肢はない。

 どこかに隠れて治療しようと、ミーナは隠れられそうな場所を探す。幸い石柱の瓦礫が散乱しているため、最初に比べ隠れる場所に困ることはなかった。

 ミーナが隠れる場所を探していると、気づいてしまった。

 辺りが静まり返っていることに。先ほどまでドラゴンが暴れていたというのに……

 二人はすでにドラゴンに見つかってしまっていた。先ほど上げてしまった声で気付かれていたのだ。

 ドラゴンは目を細め、二人をじっと見据えていた。

 口からはよだれを垂らし、舌舐めずりをしている。相当腹を空かせていたのだろう。

 もう逃げられない。ミーナがそう諦めかけたとき、体を揺り動かされた。

 ニーナはミーナを見据えて告げる。

「逃げて……あたしが時間を稼ぐから、その間に逃げて!」

 ミーナは驚愕で目を見開いた。

 それはつまり、この足では逃げられないから、自分が食べられているうちに逃げろと、そう言っているのだ。

 そんなこと出来るはずがない。

「ダメだよ! あたしたちはずっと一緒だよ! 置いてなんて行けない!」

「でも、そうしないと、二人とも食べられちゃう!」

 いつもは譲るニーナも、ここでは譲る気はないようだ。

 しかし、ミーナも譲る気はない。これからもずっと一緒だと信じて疑わないのだ。生きるときも死ぬときも……

「ダメ! ニーナを連れて来ちゃったのはあたしなんだから、ニーナはあたしが守るの!」

 ミーナはそう言うとニーナを守るように前に出る。

「ミーナ!」

 ニーナはミーナの腕を掴み引き戻そうとするが、二人とも恐怖で固まってしまった。

 そんなことはどうでもいいドラゴンは、二人とも喰おうとすぐそこまで近づいて来ていた。ズシンズシンと足音を響かせ、恐怖という名の調味料を振りかけているようだった。

 その調味料は二人の体に心に染み込んでいた。

 ドラゴンは二人へ顔を近づけると、クンクンと鼻を鳴らし風味を確認する。その香りに満足したのかドラゴンは二人を喰おうと大きくその(あぎと)を開いた。

 ガタガタと震え、顔を涙と鼻水で濡らす二人は身を寄せ合い、死を覚悟する間もなく喰われようとしていた。

「ニーナ!」

「ミーナ!」

 二人は身を小さく固めギュッと瞳を閉じた。

 次の瞬間、


Gyaaaaaaaaa……


 ドラゴンの絶叫が響きわたった。

 二人はハッとなり目を開くと、腕を持ち上げ苦しそうに声を上げるドラゴンが視界を埋めていた。

 その持ち上げられた腕の先には、当然あるべき手が無くなっていた。

 片手をなくしたドラゴンは、怒りや憎しみを籠めた瞳を向ける。

 二人へではなく、その手前に。

 ドラゴンの視線の先を見ると、そこには斬り落とされたドラゴンの手に握られた人物が片腕をぷらぷらさせて立っていた。


「なんだこの手! いつまで握ってんだよ! 死後硬直でもしてんのか? 鬱陶しい!」


 その人物はそう言うと、ぷらぷらさせていた腕で自分を握るドラゴンの手を、上の指から順に一本づつ開いて行く。

「はぁ、やっととれた~」

 ドラゴンの手を開き、呑気な事を言いながら出てきたのは男だった。

 人間の男だった。

 ミーナとニーナは何が起こっているのかわからず、ただボーッとその男を見つめていた。


ある男の話なのに男の出番が少ないと言う話。

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