遺跡へ2
以前の196話を手直しし、197話と、2話に分割しました。
翌日、首の痛みを感じつつサラは冬華たちと共に継守の下へ向かった。
サラの冬華に向ける視線が少しキツイ気がするが、それに気づく者はいなかった。
継守に会うと、
「遠路遥々ようこなさった。ゆっくりしていくといい」
などという田舎に里帰りした際に、じいちゃんばあちゃんが言うような挨拶はされなかった。
挨拶は簡潔に済まし、すぐさま遺跡へと向かった。
嵐三から連絡を受け、アキの身を案じ急いでいることが伝わっているようだ。
しかし、それだけでないだろう。
シンたちが精霊の世界に侵入してかなり経っている。時間が惜しいと言うのもあるのだろう。
道すがら、継守は、いろいろと話した。
はじめに、準備は出来ているのかと聞かれた。これから精霊の世界に向かうのだ、万全の態勢で臨まなければならないのだから当然の質問だった。
昨日の内に済ませてあると告げると、感心したように頷いていた。
次に、包みを渡され、向こうの世界の大まかな説明がされた。注意事項も教えてくれた。
4大精霊の統べる精霊の世界、それは『エルメティア』という。
そこには人間という種族は少数らしい。ゲーティアから迷い込んだものがそのまま移住し、その子孫たちが住んでいるくらいだという。
人の代わりに住まうのは獣人などの亜人種だ。これが多くを占めているらしい。継守が訪れた時は波風を立てずうまくやっていたようだが、人を良く思わない者も少なくない為、気を付けるようにとのことだった。
そこで役立つのが先ほど渡された包みらしい。村に入るときに使用するといいそうだ。
そこで、サラは一つ気になることを思い出した。
「継守殿と同じ力を持つ者が同行しなければならないのでは?」
と訊ねた。
サラは誰かが付いて来てくれるものだと思っていたのだ。継守はかなりの高齢なためさすがに無理だろう。となると、力を持つ村長、もしくは継美が付いて来てくれるのだと思っていた。
しかし、今の段階で同行は出来ないと言われた。
言うまでもなく継美は今だにローズブルグに残っており無理である。継守の娘である村長は、再び遺跡からドラゴンが現れても困るので、もう一度遺跡を封じなければならない為、ここを離れられない。
「同行者なしでは精霊たちから敵とみなされるのでは?」
と再度訊ねると。
継守はルゥを見て、おそらく大丈夫だと告げた。
エルメティアには魔獣や霊獣といった獣たちも存在する。その獣に認められたなら、エルメティアに入ることができるようだ。ルゥはその部類に入るため大丈夫なはずだと。
ただ、ルゥはこちらの世界で産まれた子だ。その辺が曖昧なため、ひょっとしたら敵とみなされるかもしれないという。
もしダメだったとしても、「いきなり襲ってきたりはしないから大丈夫」とのことだ。警告が入り、それに従えば強制送還されるらしい。そうなれば継美を同行させるとのことだ。
しかし、継守はそうはならないと思っているようだ。
ルゥがグリゴールではないのではないかと疑っているサラは、ルゥがそれに含まれないのではないかと不安に思っていた。
訝し気に思っていると、いつの間にか遺跡が見えて来た。
遺跡はずいぶんと荒れていた。
「なんか廃墟みたい……ん?」
冬華がポツリと呟くと、キョロキョロとまわりを見渡す。
そう思うのも無理はない。壁は崩れ、石柱は倒れ、屋根は吹き飛んでいる。雨風や直射日光をモロに受ける形になっていた。
「侵入者がここの封を破壊した際に遺跡まで破壊して行きおったのじゃ。バチ当たりな奴等じゃ」
別に神様が祭られているわけではない。バチは当たらないだろう。
それはともかく、つい最近まではもっと立派な状態だったということだろう。見る影もないのだが。
「あいつらそこまでして、何が目的でエルメティアだっけ? そこに行くんだ? ドラゴンがいるようなとこに行く気が知れねぇぜ」
カルマが信じられないと言った表情で言う。
サラは何かを思い出したように口を開いた。
「理由はわかりませんが、この為に手駒が欲しかったのかもしれませんね」
「手駒?」
「ええ、以前偽アルマが言っていたではありませんか、封印の先がどうとか言って手駒つまり戦力を必要としているようでした」
ローズブルグで冤罪をかけられ投獄されていた時にそんなことを言ってた。
混乱させるための戯言だと思っていたが、「封印の先」に真実味が出てきてしまった。
当時のサラはアキが死んだと思っていた為、それどころではなかったはずだ。よく覚えていたものだと感心してしまう。
「封印が解かれたにも拘わらずアルスは姿を現していない。嵐三のヤツもそれを懸念しておったな。ひょっとしたら無依が一人で押さえこんでいるのやもしれんと。しかし、そうでないとするなら、それが理由なのやもしれん」
継守や嵐三たちは、アルスの封印はまだ完全には解かれていないのではないかと考えているようだ。そして、アルスを解放するためにエルメティアへ向かったのだと考えているようだ。
「まあ、シンたちをとっ捕まえて聞き出せばいいんじゃない? 先にお兄ちゃん見つけたいけど」
冬華は世界より兄、と暗に言ってる。この娘の将来が不安である。
そうこう話してると、転移陣のある広間にたどり着く。
ストーンヘンジのように円を描くように石柱が建てられている。その中央に水晶のような魔石が設置されていた。
そこには調査をする者たちが数人いた。
そのうちの一人がこちらに気付き近づいて来た。どこか継美の面影がある女性だった。
「父上、早かったですね」
「ああ、すでに準備は済んでおったようでな」
継守はそう告げると、その女性を紹介し、それぞれ挨拶を交わした。
その女性は継守の娘であり、継美たちの母、現村長の守理だった。継美の面影があるのも当然だった。
「それで守理よ、何かわかったか?」
継守は早速本題に入った。
「はい、生命体の転移陣の通過が確認されました。はじめに2体向こう側へ、それから複数こちらへ、おそらくあの魔物共でしょう。それから6体がこちらへ、そして3体向こう側へ通過しました。その後は通過の形跡はありませんでした」
守理は転移陣の通過履歴を教えてくれた。
最初に2体というのがシンたちなのだろうか? 数が合わない気がする。精霊は生命体というよりもエネルギー体と捉えるべきなのかもしれないが、だとしても、もう1体は誰なのだろう? 無依だろうか?
6体というのはドラゴン共だろう。
その後の3体がきっとアキたちだ。ワイバーンと巨大な鳥、そしてやはりアキも向こう側へ行ってしまったのだろう。
「それで、追跡は可能か?」
「はい、最後に注がれた魔力痕が残っていましたから、同じ魔力を注げば可能です。しかし、その魔力が特殊でして……」
守理は困った顔で告げる。
「ドラゴンのものでも、空雄君のものでもないのです」
「なるほど、やはり巨大な鳥の魔力が注がれたのじゃな……ドラゴンを逃がさぬため、かの。まあよい、ルゥよ、ちょっと来い」
継守はルゥを呼び寄せた。
一度面識があるためか、慣れたものである。
「グエ?」
ルゥは首を傾げつつトコトコと寄って行った。尻尾をフリフリさせながら……
なんとも愛らしい。
サラは我が子を見送る面持ちで見守っていた。
守理がルゥを調べはじめる。
「どうじゃ?」
「ええ、似ているとは思いましたがやはり……はい、大丈夫でしょう」
守理は驚いたような納得したような表情をしていた。
継守は「そうか」と頷くと冬華たちに告げる。
「これからお前たちを精霊の世界に送るが、忘れ物はないかの?」
全員頷いた。
「ハンカチは? ティッシュは? お菓子は300円までじゃぞ?」
これに反応したのは冬華だけだった。
冬華は手を上げて訊ねる。
「バナナはお菓子に入りますか?」
「バナナはデザートだからカウントしない」
「やったー」
冬華は両手を上げて喜ぶが、まわりは呆気に取られている。
守理すらも茫然としている。こんな継守ははじめて見るのだろう。
まあ、こんな空気になるのも仕方がない。遠足ネタなどこちらの住人にはわからないネタなのだ。300円などわかるはずもない。
しかし、継守世代でわかるのもおかしい。ずっとこっちにいたのなら知らないかもしれないのだ。
その疑問もすぐに晴れる。
「嵐三の言う通りノリのいい嬢ちゃんじゃ」
継守はニコニコしながら冬華を見ていた。
どうやら嵐三の入れ知恵のようだ。
「でも突っ込みがないとしまらないよねぇ」
冬華がボソリと不満を漏らす。ここに突っ込みのできる者はいない。冬華はカルマを軽く睨みつけた。
(まったく使えない! 早くお兄ちゃんを見つけなきゃ!)
冬華はカルマを理不尽にディスると、決意を新たにした。
「……ん?」
(あれ? やっぱり……)
冬華はキョロキョロとまわりを見渡す。
「どうした?」
先ほど睨まれていたカルマが不審な行動をしている冬華に気付いた。
「ん~……何でもない」
と言いつつ冬華は首を傾げている。
確認事項はまだ続いていた。
「例のものはちゃんと持っておるか?」
「はい」
サラは包みを見せる。
「うむ、では転移陣の中央に」
継守に促され、冬華たちは中央に進む。
「その魔石にルゥの魔力を注げば転移できる。おそらくル……」
「グエッ」
継守の話がまだ途中だと言うのに、ルゥは魔石にポンと羽で触れた。
すると、魔法陣が光り輝きはじめ、ルゥたちを包んでいく。
「お、おい!」
「グエ?」
「え?」
継守の焦る様子も光りに包まれ見えなくなっていく。
そして、光が一際輝くと冬華たちは転移してしまった。
光が収束していき、気付くとまわりの景色が変わっていた。
先ほどいた遺跡を綺麗にしたような、破壊される前の遺跡を見ているようだった。
「おい! 継守殿まだ何か言ってたよな!」
カルマが血相を変えてルゥに詰め寄る。転移前に話そうとしていたことだ、きっと重要な事に違いない。
カルマはそう思いかなり焦っていた。
「グエッ!」
ゴスッ
ルゥはカルマに頭突きをかました。
「いってぇな! 何しやがる!」
「グエッ! グエェェェェェェッ!」
ルゥは羽をパタつかせ、なにか言っているが言葉がわからない。
「何言ってるかわかんねぇよ!」
「まあまあ、転移してしまったものは仕方がないですよ。とにかくここを出て、アキの手掛かりを探しましょう。きっと心細い思いをしているはずです」
サラはルゥを宥めると、そう告げた。
心細い思い……しているだろうか? 少し疑問ではある。
確かに今更何を言おうが転移してしまった以上どうすることもできない。継守が何を言おうとしていたのか気にはなるが、アキは何も知らされずに転移させられてしまったのだ。それに比べればまだましだった。
考えるのはアキを見つけてからでいいかと、カルマは渋々頷き立ち上がると、静かにしている冬華に気付いた。
「冬華? どうしたんだ?」
そう訊ねても冬華は目を細め一点を見つめ返事をしない。
怪訝に思い、カルマは冬華の視線の先を見てみる。
「……ん? お、おい! あれって……」
カルマは愕然としてしまう。
そこにはワイバーンの死骸が転がっていた。
カルマが死骸に近づこうとすると、冬華が手で制止する。
「なんだ? なんかあるのか?」
カルマは警戒を強める。
背後でサラたちもワイバーンの死骸の辺りに注意を向けている。
「出てきなさい! そこに隠れてるのはわかってるのよ!」
冬華は死骸の影に向かい声を上げた。
すると、死骸の脇の石柱の影から人影が二つ、ゆっくりと出て来た。
「獣人の子供?」
サラは驚き、その二人を凝視していた。
遠くてハッキリ見えないが、頭には獣の耳がピョコンと付き、お尻辺りから尻尾らしきものがフリフリしているのが見える。
「か、かわいい……」
サラは思わず呟いていた。
「グエッ!?」
ルゥはなぜかショックを受けているようだ。可愛いキャラの座を奪われると危機感を抱いたのだろうか?
「なんだ子供かよ。驚かすなよな」
カルマはホッとし肩の力を抜いた。
しかし、冬華だけはワイバーンの死骸辺りを見据え警戒を続けていた。
冬華は何を気にしているのでしょう?