遺跡へ1
以前の196話を手直しし、197話と、2話に分割しました。
翌朝、サラは目覚めると、予想通り体がギシギシと悲鳴を上げていた。締め付けられ左腕が冷たくなり感覚が無くなっていたりもしたが、直接摩擦により何とか感覚も復帰した。目覚めて直後、嫌な作業をしたものだ。
その原因を作った冬華は清々しい顔であいさつをしてきた。
「おっはよ~サラさん! 今日もいい天気だね~」
「……おはようございます」
不機嫌さが顔に出ないよう努めて笑顔を作るが、不覚にも声ににじみ出てしまった。
悪気がないことはわかっているため、文句を言うつもりはないけれど、もしこの雰囲気に気付いたのなら、少し寝相を注意しようと思っていた。
が、冬華は気付かずに出て行ってしまった。
「…………」
今のサラの表情は誰にも見せることは出来ない……
村を出て街道を進み、ローズブルグ、サンドガーデン、モルデニアへの分かれ道であるT字路に着く。
そこで、大事なことに気付いた。
シドー村の場所がわからない。
場所を知っているのは継美たち兄妹と、一度行ったことのあるアキとカレンだけである。
一応ルゥもそうなのだが、どうも自信なさげである。
サラが訊ねてみたが首を横に振っていた。わからないのだろう。
アキの後を追った際は、アキの匂いを辿って行った為、道順は覚えていなかったのだ。
おまけにモルデニア経由ではなくリオル村経由だった為、道がまったく違うのだ。わからなくても仕方がなかった。
近くまで行けば何か思い出すかもしれないが……
かといって城に戻ると言う選択肢はない。拘束はされないだろうが、もう一度抜け出すと言うことは出来ないだろう。ロマリオによる独裁政権ならば可能かもしれないがそうではない。
というわけで戻れないのだ。
というか、マーサたちから同行を頼まれたのなら、カルマが聞いていてもいいのだが「お前たちが知ってると思ったから聞かなかった」だそうだ。
「まったく、使えない男ね」と冬華がボソリと言っていたのは想像に難くないだろう。
どうしようかと悩んでいると、サラが何かを思い出したように口を開いた。
「そういえば、ワイバーンと巨大な鳥の辿った経路がありましたね。それを辿ればおおよその位置はわかると思います。近くまで行けばきっとルゥちゃんが思い出してくれますよ。ね?」
「グエッ!」
ルゥは力強く頷いた。
「ホントに大丈夫かよ?」
カルマは疑いの目をルゥに向ける。
本当に疑っているわけではない。短い間ではあったが一緒に旅をしていたのだ。そこそこ勘が鋭いことはわかっている。
しかし、昨晩ふっ飛ばされ踏みつけられたことを根に持っている為、素直に聞き入れられないのだ。
カルマが子供なだけだった。
「グエェェ」
ルゥは目を細めカルマを睨みつける。
「やんのか? あん?」
カルマも対抗するかのように睨みつける。
まるでヤンキーのメンチのきり合いだった。
当然ハリセンが飛ぶ。
スパーンッ
しかもカルマだけに。
「いってぇ、ってなんで俺だけ!」
「大人げない。あんたいくつよ。ルゥちゃんまだ産まれてひと月も経ってないんだよ! まだ子供なの! 大人の対応しなさい!」
冬華にそう言われては、カルマもグゥの音も出なかった。
ルゥの年はいくつなんだろう? 鳥は人よりも年を重ねるのが早いのだが、まだゼロ歳でいいのだろうか?
それに、産まれてひと月未満の割に利口過ぎるような? 急成長しているのだろうか? グリゴールはここまで成長は速くなかったはずだけれど。やはりルゥはグリゴールではないのかもしれない。
サラはリーフ村で調べた結果からそう考える。
城の文献で調べるつもりであったが、アキのことで頭がいっぱいですっかり忘れていたのだ。
「それで、ワイバーンたちの経路だよね、モルデニアからだっけ?」
冬華がモルデニアから順に追って行こうとする。
「いえ、レイクブルグからで十分ですよ。レイクブルグから真っ直ぐ東に向かい、突き当りの山を越えた先でしょう。そのあたりまで行ってみましょう」
サラはそういうと、街道をモルデニア方面へと進んで行く。
冬華たちもその後に続いて行った。
モルデニアを過ぎ、山間の街道を西へと進んでいく。
この街道を真っ直ぐ行けば、レインバーグへ向かう分かれ道につく、さらに行くと廃墟の教会、さらに行けばリオル村に行きつく。
その途中、レインバーグへ向かう道より一つ手前の分かれ道で、ルゥがキョロキョロと挙動不審な動きをしはじめる。
「グエッ! グエェェェェッ!」
ルゥは二鳴きすると、先導するようにその分かれ道を北上していく。
そして村が見えてくると、ルゥは喜び勇んで村に駆け込んでいった。
ルゥが村に入ると、
「あ!? ルゥだ!」
ルゥの巨体を見つけたエルロンが駆け寄ってきた。
「ルゥ一人、じゃなかった一羽できたのか?」
エルロンは律儀に言い直した。もうこの際一人でいいと思うのだが。
「グエェ、グエェェェェェェ」
ルゥは羽をパタつかせ何か言っている。しかし、言葉がわからない。
「ゴメン、何言ってるかわかんない」
エルロンは申し訳なさそうな顔をする。わからないのが普通なので謝る必要はないのだが。
「グエッ、グエェェェェ、グエェェェ」
ルゥは早口だったから伝わらなかったのだと思い、丁寧に説明した。
が、やはりわからない。
エルロンが困っていると、
「ルゥちゃん! 一人で行っちゃダメですよ!」
サラたちが追い付いて来た。
「だれ?」
「グエッ、グエグエェェェェl」
エルロンの呟きにルゥは必死に答えようとする。
が、やはり伝わらない。
ルゥに追い付いたサラは、エルロンの顔を見て通信鏡にどアップで映し出された子だと気付いた。
「あ、あなた、確かエルロン君よね」
知らないお姉さんにいきなり名を呼ばれエルロンは戸惑ってしまう。しかも相手が今までに会ったこともないような美人だったものだからドギマギしてしまった。
「え? お姉ちゃんなんでオレの名前知ってるの?」
運命? などと少し頭が混乱していた。
エルロンは顔を真っ赤にして、サラの顔を見つめていた。
「カレンさんが呼んでいましたから、ほら通信鏡で」
サラはニッコリ微笑みそう告げた。
「そ、そうですね」
エルロンは夢心地といった感じだ。話しを聞いているのだろうか?
「何顔赤くしてんの? ダメだよ、このお姉ちゃんはお兄ちゃんのお姉ちゃんなんだから」
冬華のこの忠告はちゃんと伝わるだろうか?
「言いたいことはわからなくもないけど、それ伝わらねぇぞ」
カルマは呆れたような顔で冬華を見ている。
サラは冬華がアキとの関係を認めてくれていることに喜び、嬉しそうに微笑んでいる。散々妨害されてきたため、反対されているとばかり思っていたのだ。
冬華は、面白がっていただけなのだが、サラには伝わっていなかった。まあ、伝わらないだろう。
「グエッ?」
ボーッとしているエルロンの顔面の前に、ルゥは自らの顔を覗き込ませた。
「うわっ!?」
エルロンは、目の前の景色が美人のお姉さんから巨大な鳥の顔になり、飛び跳ねるように驚いていた。
しかし、その効果は抜群でエルロンは正気に戻った。
「ハッ! えっと、お姉ちゃんたちお城から来たんだよね? 継守様に会いに来たの?」
「ええ、そうですけど、もう日も沈んでいますので明日窺おうかと」
シドー村に何とかたどり着けたが、その時にはすでに日が沈みかけていた。エルロンと話している間に、日は沈んでしまったのだ。
「ふ~ん、じゃあ宿だね? 案内してあげるよ。こっちだよ」
エルロンは良い所を見せようと張り切って案内をはじめる。
冬華の忠告はやはり伝わっていなかったようだ。
サラたちはエルロンの案内で宿屋にたどり着いた。
部屋をとり荷物を置くと、すぐさま外に出た。
夕食もだが、まずは買い出しだった。
明日はすぐにでも遺跡に向かい精霊の世界に行くつもりでいる。そのため今日中に買い物は済ませておきたかったのだ。
店の場所はエルロンに聞いていた為、迷わずすぐにたどり着けた。
というわけで、今店の中で必要なものを物色中である。
向こうの世界で何があるがわからない、回復薬は少し多めに買っておく。もちろん非常食も。
後は……
サラが次の物を探していると冬華はニヤニヤしながら近寄ってきた。
イヤな予感がする。
「サラさんは何買ってるの?」
「回復薬に非常食ですよ」
「わ~堅実だねぇ」
サラの回答に、冬華は感心しているのか貶しているのかわからない反応をする。何か面白い物を探しているとでも思ったのだろうか?
「冬華さんは何か見つけたのですか?」
サラをそう訊ねて失敗したと思った。
冬華は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに目を輝かせている。きっと碌でもないものを見つけたのだろう。
「これこれ! これすごいんだよ!」
そう言って差し出してきたのは、何の変哲もない手鏡だった。
「手鏡、ですよね?」
サラは首を傾げてしまう。
特に装飾が優れているというわけではない。となると、通信鏡のように、何らかの魔法が付与されているのかと思い印を探してみる。しかし、それらしきものは見つからなかった。
サラが悩んでいると、冬華がニヤニヤしながら訊ねてきた。
「サラさん、ただの鏡だって疑ってるでしょ?」
確かにそう思っているけれど、もう、その態度で怪しさ倍増だった。どちらが正解なのだろう?
「いえ、そんなことはないですが……」
サラは当たり障りない返事をした。
すると、フワ~と鏡が淡く赤い光を放ちはじめる。
「はい、嘘つき~。ただの鏡だって思ってました~」
冬華はドヤ顔で言い放つ。
しかし、サラはそんな事ではイラッとはしない。寝相の悪さにイラッとはするけれど、今はしない。
「どういうことですか?」
サラは純粋な気持ちで訊ねた。
「これはね、真実の鏡ならぬ偽りの鏡なのだ!」
「は?」
「つまりね、真実の鏡は真実を映し出すんだけど、この偽りの鏡は嘘を見抜いて赤く光るの! 凄くない?」
冬華は身を乗り出して言う。
しかし、真実の鏡との差異がわからない。
「真実の鏡という鏡があることは聞いたことがありますけど、違いがわかりませんね。これは光るだけなのですか?」
起こる現象としてはさほど変わらない気もする。真実の鏡の方にもっと別の効果があるのだろうか?
サラは無駄かもしれないが一応聞いてみた。
「うん、そう! 真実の鏡の劣化版みたいな? それでも嘘は見抜いてくれるんだよ!」
やはり正確なところはわからないようだ。
「これ買いだよね?」
それでも冬華は買いたそうにしている。
「そ、そうですね」
サラが頬を引き攣らせると、鏡が淡く赤い光を放った。
「……」
「あ……」
図らずも鏡は嘘を見抜いてしまった。
冬華は頬をプクッと膨らませ不満顔になる。
「面白いのに……」
困ったサラは何とか宥めようと試みる。
「ま、まあ、嘘を見抜けるというのは便利かもしれませんね。持っていても損はないでしょう」
サラの言葉を聞き、冬華は鏡で確認する。まったく信じていなかった。
しかし、鏡は光らなかった。
どうやら本音のようだ。
それはそうだろう。損はないのだ。詐欺に会う心配もなくなるわけで、身を護ることにもつながる。詐欺が横行している場所では役立つだろう。
「だよね!」
真実だとわかり、冬華に笑顔が戻った。
しかし、会計時この偽りの鏡の価格を知り二人から笑顔が消えることになる。劣化版と聞き、それほど値の張る商品だとは思っていなかったのだ。
「あとねあとね! これとこれ!」
と言って冬華が更に差し出してきたのは、変わった形状の二振りの剣だった。
「これは、剣、ですよね?」
「ブッブ~、これは刀と小太刀、日本刀です」
冬華はドヤ顔で言った。
「日本刀ですか?」
聞き慣れない名称にサラは首を傾げた。
「うん、私たちの国の剣だよ。まあ、今の時代に持ってる人はほとんどいないんだけどね。許可取らないと捕まっちゃうし」
冬華は道場で握らせてもらえなかった為、今ニヤニヤしながら手に取り掲げている。
妖刀かと勘違いしそうなので、そのニヤケ顔はやめてほしいところである。
「継守さんが日本人だから作ったのかもね。クナイとかもあったし」
冬華は刀やクナイ以外にも、日本特有の武器を見つけたようだ。
「そうですか」
サラはマジマジと、日本刀を観察していた。アキの産まれた国の武器に興味があるようだ。
が、魅入られたみたいで心配になるからやめでほしいところである。
「大太刀じゃないから私にも使えるし、私、武器はこれに替えるよ」
冬華は上機嫌になり鼻歌を歌いだした。
今までのショートソードとダガーはしっくり来なかったのだろうか? 愛刀に巡り会えたかのように嬉しそうにしている。
二人はしばらく店の中を物色すると、宿に戻って行った。
きっと、留守場をしているカルマたちは、腹をすかせて喧嘩でもしていることだろう。仲良くしてもらいたいものだ。ひょっとしたら、逆に仲がいいのかもしれないが……それこそないだろう。
……その晩、サラは暗闇の中で寝苦しさで目を覚ました。
「……またですか」
サラの体は冬華の手により、再び拘束されていた。
ベッドは二つあると言うのに、毎回潜り込んでは抱きつき、ガシッとキメられてはぐっすり眠ることもできない。
今日こそは言ってやろうと、起き上がろうとする。
もちろん拘束を外せない為、起き上がることができない。
「冬華さん! 冬華さん!」
声を掛けてみた。
しかし、起きない。
「冬華!」
思わず呼び捨てになってしまった。
「ん~なぁにぃ? お兄ちゃん? ……くぅくぅ、んふふ、お兄ちゃんってばぁ」
「え?」
サラはどんな夢を見ているのか気になり冬華の寝言に耳を澄ませてしまう。
すると、
「もぅ、お兄ちゃんのエッ……」
そこまで言うとキュッと冬華の締め付けがきつくなり、サラは落とされてしまった。
「がっ!? ……」
サラはそのまま朝を迎えることとなる。
カルマとルゥ、実は仲良し説!