待ち伏せ
ローズブルグを発ち、暗い夜道を月明りを頼りに東へ進んで行くと、街道の脇に立つ木の幹に背を預ける者がいた。
木の葉が生い茂り月明りが届かない為、その人影が何者なのかわからない。
冬華は剣に手を掛け警戒する。
今回の旅にシルフィはいない。出だしからヘマをするわけにはいかない。サラをアキの下へ連れて行くまでキズモノにするわけにはいかないのだ。
アキが聞けば「少しは自分の心配もしろ」と怒られそうである。
しかし、今現在のパーティーでは一番の戦力は間違いなく冬華である。先陣を切るのは冬華の役目なのだ。
冬華は警戒し、ジリジリとその人影に近づいて行く。
その冬華の様子に気付き、サラもその人影の存在に気付いた。
サラはルゥを手で制止し、魔石の付いた独特の形をしたダガーへと手を掛ける。
いつでも魔法を放てるように準備し、冬華のやや斜め後ろに控える。
「グエ?」
ルゥは二人が何に警戒しているのかわからない様子だ。
ルゥは新しい遊びなのだと思い、その人影に飛び掛かっていった。
「グエェェェェ……」
「ルゥちゃん!」
サラが呼び止めても構わずにルゥは体当たりをかましていた。
ドスッ
「っ!?」
人影はルゥの体当たりでふっ飛ばされ、そのままルゥの巨体に圧し掛かられる。
ルゥは人影に上で、片羽を上げ勝利のポーズを決めた。
「グエェェェッ!」
戦いごっこ的な遊びだと思っているようだ。
「ルゥちゃん危ないでしょ!」
冬華が窘めるように言う。
「グエッ?」
しかし、ルゥは「何が?」といった感じで首を傾げている。
冬華はルゥの下敷きになっている人物を覗き込んだ。
「……あんた、何してんの?」
冬華は呆れたような顔で見下ろしていた。
カルマだった。
「いいからこいつどけろよ! 鳥! 重いからどけっての!」
カルマはルゥを押し退けようとするが重くて動かない。
「グエェェッ!」
ルゥは何か怒っているようでカルマを踏みつけた。
ドスッ
「ぐえっ!?」
今のはカルマのうめき声だった。
ルゥはそのうめき声に満足したのか、カルマの上から下りサラの下へ戻る。
「グエェェェ」
ルゥはなんだかつまらなそうだ。
戦いごっこがあっさり終わりガッカリしているようだ。
サラはルゥの頭を撫でてやると、ボソリと呟いた。
「ルゥちゃんは、はじめからカルマ殿だと気付いていたの?」
「グエッ」
ルゥは頷いた。
ルゥは犬のように鼻をクンクンと鳴らし、二人の視線の先にいた人影の匂いを嗅ぎ分けていたのだ。鳥なのに犬のように、というのもどうなのかと思うが、それで嗅ぎ分けているのだから仕方がない。
アキを追いかけてシドー村へ行きついたのも、この嗅ぎ分け技能のおかげだった。
この技能でアキの残り香を追い、気配を消す技能で魔物を避けていた。このデカイ図体でなければ隠密行動ができそうで、なんだか勿体ない気もする。
そんな感じで、ルゥは人影の正体がカルマだと嗅ぎ分けていたのだ。
アキがいればカルマが痛い目を見なくて済んだのだが、冬華に斬られなかっただけ良しとしよう。
「そう、ルゥちゃんは賢い子ね」
ルゥの仕草で伝わったようで、サラは優しく微笑みルゥを褒めてやった。
「グエェェェェ……」
ルゥが頭を摺り寄せてくるので、サラは頭から首にかけて優しく撫でてやった。
ルゥは気持ちよさそうだ。
「クソ~鳥~」
カルマは忌々し気に気持ちよさそうにしているルゥを睨みつける。アキの鳥でなければ食ってやるのに、と物騒な事を考えていた。
その視線に気付いたルゥは、プイッとそっぽを向いた。
「んぐぐぐぐ……」
カルマが歯ぎしりをしていると、
スパーンッ
どこから取り出したのか冬華はハリセンでカルマの頭を叩いた。
「バカルマ! 人の話聞け!」
「いてぇな! なにすんだ!」
カルマは頭をさすり文句を言う。
ルゥは目を細めてそれを見ていた。まるで小馬鹿にするかのように(カルマにはそう見えた)。
「んぐぐぐぐ……」
カルマが再び歯ぎしりすると、再びハリセンが飛ぶ。
スパーンッ
「なにルゥちゃんと張り合ってんのよ。まったく……で、なんであんたがここにいんのよ?」
ようやく本題に入れた。
「は? なんでって嵐三殿から聞いてねぇのかよ?」
「え? おじいちゃん? 何も言ってなかったけど?」
冬華は訝しげに首を傾げる。
「なんで言ってねぇんだよ……先に言っとくけど、城の裏口の鍵、オレが開けといてやったんだからな」
カルマは感謝しろとでも言いたげだった。しかし、そこは言わない方が格好よかったのでは? と冬華はガッカリした。
「はいはい、ありがとね。で、なんでここにいんの?」
ガッカリ感がお礼の言葉ににじみ出ていた。
「ぜんっぜんっ感謝された気がしねぇ!」
カルマは愕然としていた。もっと喜ばれるものだと思っていたようだ。残念な男である。
「まあ、いいや。えっとな、女二人(+鳥)だけじゃ物騒だから、ついて行ってやってくれってマーサ殿に頼まれたんだよ。嵐三殿にはすっげぇ睨まれたけど」
カルマはなぜ睨まれたのかわからない様子だ。
嵐三は自分から冬華を奪って行こうとする者を許さない。嵐三は冬華が大好きだからだ。故にカルマを許さない。
「ふ~ん、そういうこと」
冬華は複雑そうな表情をする。
嵐三云々は特に気にはしていない。いつもの事なので気にするだけ無駄である。
気にしていたのはカルマの事、カルマが来てくれたのは嬉しいが、「マーサ殿に頼まれたから」というのが面白くなかったのだ。頼まれなかったら来てくれなかったのか? 心配はしないのか? と不満だったのだ。
しかし、カルマはローズブルグの兵士、勝手な行動は許されないのだ。
それを知っているサラが訊ねる。
「いいんですか? おばあちゃんに頼まれたからと言って、無断で城を離れては処罰を受けるのでは?」
サラの言葉を聞き、冬華はハッとし、カルマの顔を凝視した。処罰を覚悟で来てくれたのかと嬉しく思ったのだ。が、それも一瞬だった。
「ああ、それは大丈夫だ。陛下の許しを得ているからな。言ってただろ? お前たち全員は向かわせられないって、だからお前たちが城を抜け出すことも黙認してくれて、俺をつけてくれたんだよ」
マーサたちの行動を見るに、ロマリオの独断だろう。高官たちが頷くとも思えない。事後報告するつもりなのだろう。
「さすがは陛下だよなぁ、話のわかる人だ」と、カルマは一人でブツブツ言っているが、冬華はすでに聞いていなかった。
結局、ロマリオの許し無くして動けない男なのだとハッキリわかったのだ。ガッカリしたのだ。
冬華は冷たい視線を向け言い放つ。
「じゃあせいぜい私たちの盾になんなさいよね」
その場の空気が一気に凍り付いた。
「お、おう」
カルマがそう返事をすると、冬華はプイッとそっぽを向きスタスタと歩いて行ってしまった。
「お、おい! 冬華!」
カルマは冬華の後追って行った。
「グエ?」
その様子を見ていたルゥは、不思議そうに首を傾げていた。
「ふふっ、仲良しですね」
ルゥを撫でながら、サラは冬華たちを微笑まし気に見つめていた。
その晩はローズブルグの東、街道を北にそれた先にある山の麓の村で宿をとることにし、翌朝再出発することとなった。
ちなみにこの村、シルフィにトラウマを植え付けたセシリアの住む村である。シルフィがいれば、きっと野宿確定だっただろう。
……
……闇
……見知らぬ城へ闇を纏うゴツゴツとした人型のシルエットの塊が入って行く
……城の外からは怒声や悲鳴が響きわたる
……闇の塊は謁見の間、城の主の下へと進んでいく
途中、城の雇った傭兵なのか異形の者たちが行く手を阻む
しかし、闇の塊より射出される石の槍によって貫かれていく
すると、貫かれ絶命した異形の兵の影が揺らめく
「フフフッ、まさかそちらから出向いてくれるとは」
影の中から声が聞こえてきた
『……何者だ?』
闇の塊が訊ねる
「知る必要はないでしょう。あなたはサンプルなのですから」
影がそう告げると、影が拡がり辺りを覆いつくして行く
『っ!?』
闇の塊はそれに対抗するように形を変え、ドラゴンの姿へと変わる
トカゲを巨大化させたようなゴツゴツとした体躯、羽はなく、地上を蹂躙するためだけの容姿だった
ドラゴンは顎を開くと、無数の石礫を吐き出す
ボフボフボフッ
石礫は影に呑み込まれてしまう
そして、
ドドドドドッ
背後から無数の衝撃が襲う
『くっ!』
闇のドラゴンが振り返ると、先ほど吐き出したのと同じような黒い石礫が影より放たれていた
尻尾を振り回し、それを叩き落としていく
石礫に気を取られていると、影はいつの間にか目の前までに迫っていた
辺りを覆っていた影は、闇のドラゴンを捉えるように迫ってくる
尻尾を振り回し影を斬り裂こうとすると、反対側から黒い尻尾のようなものが出てきて攻撃を仕掛けてくる
『なんなんだこれは!?』
闇のドラゴンの中から疑問の声が漏れていた
影は一気に集束し、闇のドラゴンは捉えられてしまった
……
……闇
……闇の中に光が見える
……透明な円柱状の容器に管が繋がれ、中には液体のようなものが入れられている
光はここから漏れているようだ
培養カプセルのようにも見えるその中には、ゴツゴツとした人型のシルエットの闇の塊が入れられていた そのカプセルの前に、それを見つめる男がいる
その瞳には狂気が宿っていた
「やれ」
男が命令すると、何かのスイッチが入れられ、カプセルの中がさらに光りはじめる
すると、
『う、うぅ、うがぁぁぁぁぁ……』
闇の塊が悲鳴をあげる
塊が纏う闇は管の中へと流れていく
まるで吸い上げられているようだ
スイッチが切れると、吸い上げは止まり中には闇が少なくなった人物が露わになる
その人物は小さな子供の様だった
焦げ茶色の髪に土色の肌、しかし顔は大人びた青年のものだった
『おのれ、人間風情がぁぁぁ』
怨嗟を吐き出すと、再び体から闇が溢れ出してくる
「ふふふ、やれ」
再びスイッチが入れられる
『あがががががが……』
そして闇が剥がされていく
この空間には怨嗟の籠った悲鳴だけが響き渡っていた
……
……
「っ!? ……はぁはぁはぁ、今のは、夢? あれはいったい……」
暗がりの中、サラは起き上がろうとすると、体が重く動かないことに気付いた。なんだか拘束されているような……
首を動かし自分の体を確認すると、サラの体に冬華が抱きついていた。ガシッとキメていた。
「冬華さん? ……う、動けない……」
サラがどんなにもがこうとも冬華が離れることはなかった。
「んふふ、お兄ちゃ~ん……くぅ」
寝言のようだ、一体どんな夢を見ているのだろう。
サラは少し心配になった。
夢の内容もそうだが、アキはいつもこれに耐えていたのかと。そしてこの状況、朝まで続くのだろうかとサラは頬を引き攣らせていた。
「アキ……助けて」
サラはここにいないアキに助けを求め呟いた。が、当然助けが現れることはなかった。
サラは寝苦しい中、我慢して眠りにつこうと試みる。
明日は体が凝って最悪の目覚めになるのだろうと、嘆きながら眠りについた。
ルゥとカルマ、仲が良いのか悪いのか……