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ご褒美

「…………」

 演習場、カルマは胡坐(あぐら)をかき座り込んでいる。

 何をしているでもなく、目を瞑り、ただただジッとし座り込んでいる。

 背筋を丸め、両肘は両太ももの上に乗せ、頭はダランと垂らしている。

 まさに、絵に描いたような居眠り姿勢である。

 傍から見るとそういう印象を受ける。

「あいつ何してんの?」

「寝てるんじゃないか?」

 冬華と総司は、試合の続きをしていたが、カルマの様子が気になり一時中断してヒソヒソと話していた。


 なぜ演習場に移ってきたのかと言うと、簡単な話だった。

 会議室での報告会はあれで終わったからだ。

 アキの行方は遺跡の調査待ちということで、わかり次第連絡が来ることになっている。

 嵐三は麻土香へ何か話した後、まだ継守と話すことがあると言うことで、場所を変えて話の続きをすることになっていた。久々の再会なのだ、プチ同窓会を再開し懐かしい昔の話でもするのだろう。喧嘩ばかりしていそうで心配ではある。まあ、楽しそうだからいいのだが。

 報告を済ませたサラたちは下がって休むようにと言われ、それぞれ退室して行った。

 サラはルゥのいるアキの部屋へ行き、カルマはなぜか演習場に来ている。

 冬華たちも特に会議室に残る必要もなく退室しここに来たというわけだ。


 話は戻るが、カルマはジッと座り込んでいる。

 先ほどと、寸分のズレもなく同じ態勢のまま座り込んでいる。

「ホントに寝てる? いびきも聞こえないし、ピクリともしないよ? そもそも寝るなら自分の部屋行けばいいじゃない」

 冬華は訝し気にカルマを見ている。気になって仕方がないようだ。

 カルマが戻ってからまだ話をしていない。会議室ではさすがに話し掛けることもできず、カルマの後を追いここに来てみればあの状態である。何をしているのかわからない為話しかけ辛かったのだ。

 なぜそこまで気になるのか。

 それは、アキに指名された理由が気になっていたのだ。なにせアキの出発の前日、カルマの話をしていたからだ。あのときのアキの様子を思い出すと、カルマに何か言うのではないかと気が気ではなかったのだ。

 そしてもう一つ、レイのことだ。あのときチラリとカルマを見ると、レイの事を睨みつけていたのだ。カルマが勘違いしていないかと不安だったのだ。「何も不安じゃないし!」と冬華は言うかもしれないが、ムキになる分くらいには気になっているのは確かだ。

「そんなに気になるんなら、話し掛けてみればいいだろ?」

 総司がじれったそうに言う。

 うじうじ考えているのは冬華らしくないのだ。冬華が考えたところで、どうせ碌なことを考えないのだ、いつものように体当たりでぶつかって行けばいい。総司はそう思っていた。

 本音がポロリと出ていたが気にしないでやってくれ。

「そ、そうだね。うん。私らしく行こう!」

 冬華はそう意気込むと、木刀を強く握り込んだ。

 一体何をするつもりなのだろう? 何も考えなくても、やろうとすることはやはり碌でもない事なのだろうか?

 冬華のギラギラした目を見て総司は呆れ果てていた。

 結衣は不安そうに見守り、一緒に付いて来ていた風音は、何がはじまるのかとワクワクしたような面持ちで見守っていた。

 冬華が不穏な雰囲気で近づく中、カルマは尚も黙って座り込んでいる。

 もちろん起きている、寝てなどいない。

 本当は魔物からの逃亡劇で疲れ果てていたが、あの男を目の当たりにしては体がうずいて仕方なかったのだ。体を動かしたい、剣を振っていたい、何かをしていないと不安だったのだ。

 あの男、レイフォード。シルフィが言っていた冬華に求婚した男。すかした顔のくせにあの体躯だ、その立ち居振る舞いを見ただけでただものではないとカルマは気付いていた。

 当時は冬華に手も足も出なかったという。あれからそれなりに時は経っている。腕も上がっているのではないだろうか。今の自分に勝てるだろうか?

 そう思うと、ゆっくり寝てなどいられなかったのだ。

 今のカルマを見れば「休めるときに休めバカ!」とアキは怒るだろう。直接そう言われればカルマはきっとそれに従ったことだろう。カルマにとってアキは師匠なのだ。ふざけているときは言うことなど聞かないが、真面目モードの時は逆らうと痛い目にあう。恐怖から、というのもあるが、単純にその強さに憧れを感じているのだ。

 そして冬華の兄だからだ。敵に回すわけにはいかない。味方に引き込めば敵なしだろう。なにせ冬華の兄なのだから。二度行ってしまったが、これはそれほど大きい事なのだ。

 冬華はアキの事が大好きだ。そのアキの後押しがあれば、他の候補者を蹴散らすことは容易となるはずだ。「そうすれば冬華はオレの……」と、打算的な事をカルマは考えていた。だからアキには逆らわないのだ。

 とはいえ、弱い男になびく冬華ではない。その為にアキに修行をつけてもらい、今もその教えの通り修行しているのだ。

 その冬華が背後に迫っている。

 もちろんカルマも気付いている。

 冬華は背後でピタリと止まる。

 これだけ近ければ冬華が何をしようとしているのか気配でわかる。というか背後に立った時点で何をするかなど容易に想像できる。

「……」

「……」

 冬華はカルマが気付いているのかと様子を窺い、カルマは冬華の出方を窺っている。

 総司たちは固唾を呑み成り行きを見守っている。

 そして、冬華が動き出す。

 木刀を握り込み、ゆっくりと振り上げると、

「カ~ルマッ!」

 木刀を振り下ろした。

「……!」


バキッ


 冬華は、カルマがギリギリで避けて文句を言うか、もしくは自分が寸止めするかのどちらかの結果を想像していた。

 しかし、どちらの想像も外れてしまった。

 木刀は冬華が寸止めするよりも早く、カルマの手前でへし折れていた。

「……え?」

 冬華は折れた木刀を見つめ、何が起こったのかと茫然としている。

 確かに木刀はカルマを捉えていた。

 カルマも当然動いてはいなかった。目の前で見ているのだから間違いはない。

 第三者の魔法による横やりは、冬華が気付かないわけがない。

 では、何が起こったのか……わからない。冬華にはわからなかった。

 総司たちも目の前の出来事に理解が追い付かず茫然としていた。

 風音だけは意味もわからず、純粋に驚き、「スゲェ~」と感嘆の声を漏らしていた。

 何が起こったのか。それを知るのはこの中でカルマだけだった。

 カルマは目を開くと、すっくと立ち上がる。

 そして振り返ると、茫然としている冬華へ向けドヤ顔をする。

「ふふん、どうよ? ビビったか?」

 そのドヤ顔にイラッとした冬華は、条件反射的に蹴りを入れていた。

ゴスッ

「いてっ!?」

 今度は普通に当たった。

 冬華はそれに驚き、さらに困惑する。なぜさっきは当たらなかったのに今は当たったのだろう? 違いは何だろう? 冬華はカルマをジロジロ見て観察する。

「何すんだいきなり!?」

 いきなりと言うのなら先ほど方が酷かったのだが、もうそんなことは頭から消えていた。

 目の前に冬華が顔を近づけて何やらジロジロと見ているのだ。

 その近さに思わず抱きしめたくなる衝動に駆られる。

 しかし、そんなことをいきなりすれば何をされるかわからない。なにせアキの妹だ。兄妹筋金入りの変わり者だ。危険過ぎる。

 ここは普通に返す方が賢明だとカルマ判断した。

「な、なんだよ?」

 いかにも普通の反応を示した。

 冬華は「ん?」と、カルマを見上げる。ごく自然に見上げる。それが図らずも上目遣いとなってしまう。

 カルマはその可愛くも破壊的な仕草にノックアウト寸前だった。

 しかし、それも一瞬で吹き飛ぶ。

「いやいや、カルマに変な霊とか憑いてるのかと思って。なんか死相も出てるし」

 それはただの目の下の隈である。カルマはこれでもお疲れなのだ。

「んなもん憑いてねぇよ。コエェこと言うなよな」

「あらあら? カルマさんったら幽霊とか信じちゃうタイプなのかしら? 怖いのかしら?」

 冬華は口元に手を当てご近所のおばさま風に、ここぞとばかりにからかいはじめる。今まで側にいなくて寂しかったのかもしれない。いや、退屈だったのだ、からかう相手がいなくて。

「怖かねぇし、信じてもいねぇ! 幽霊なんざ魔物と変わんねぇだろ」

「あ~確かに」

 冬華は納得してしまった。

「で? なんでいきなり木刀振り回してきたんだよ?」

 冬華だから。それが答えでもカルマは納得してしまうかもしれない。それほどの愚問を投げかけてしまったのだ。

 しかし、冬華はなぜか口ごもっている。

 明後日の方向を向き頬を掻いて、なんと言おうかと悩んでいる。

 その結果、

「えっと、ほら、カルマ何してるのかなぁって思って、寝てたわけじゃないんだね」

 本当に聞きたいことを言い出せず、とりあえず目の前で起こった不可思議な現象について聞いてみることにした。

「寝るなら部屋に行ってるっての」

「あはは、だよね~で、何してたの?」

「何って、修行だよ。見てわかんだろ?」

「修行?」

 冬華は首を傾げる。その表情は怪訝そうに眉間に皺を寄せ「どこが?」と暗に言っていた。全然まったく修行していたようには見えなかったのだから仕方がない。

 その小馬鹿にしたような態度にカルマは若干イラッとしたが、深呼吸し心を落ち着かせた。一応これもアキの教えだった。いちいち冬華の態度にイラついていたら喧嘩が絶えないぞ、と。

 しかし、冬華の追及は止まらない。

 カルマの顔を覗き込み「どこが? どこが? どこが?」と、眉間に皺を寄せた目で追及してくる。

 カルマはイラッとした。

 深呼吸よりも先に手が、いやデコピンが出た。

スコンッ

「いったぁぁぁっ!? なにすんのよ!」

 冬華は額を押さえ文句を言う。

「お前がしつこいのがわりぃんだろ!」

「何よ! さっさと答えないのが悪いんでしょ! 何よ勿体つけて!」

 冬華は不貞腐れてしまう。

「別に勿体つけてるわけじゃねぇよ!」

「じゃあ言いなさいよ!」

「今から言うっての! ったく、アキに教わった気の修行だよ」

 カルマの話を聞き、冬華はピクリと反応する。

「へ~、お兄ちゃんが……」

 アキが人にものを教えるのは珍しい事なのだ。子供の頃はそうでもなく、冬華の二刀流もアキから教わったものだ。しかしそれっきりで、いつ頃からか何も教えてくれなくなった。それなのにカルマには修行をつけたのだ、怪訝に思うのも無理はなかった。

「ああ、魔法が苦手な俺はいつ死んでもおかしくないからって、死なれたら困るって言って教えてくれたんだよ」

「困る? 困るってどういうこと?」

 仲間としてということだろうか? 他に理由があるとも思えないのだが、その為だけに今まで誰にも何も教えて来なかったアキがものを教えるだろうか?

 冬華にはわからなかった。いや、わかるはずなのだが、普段の冬華を邪険に扱うアキを見ている為、それに気づけないでいるのだ。

 カルマは答えられずにいた。これは冬華には内緒だとクギを刺されていることだった。きっと恥ずかしいのだろう。もしくはシスコンと思われたくないのだろう。冬華なら喜びそうなことなのだが、敢えて喜ばせないのがアキである。

 しかし、何も答えないと言うのもどうだろう? 冬華にだんまりを決め込むのも嫌な気分だ。ヒントくらいは良いだろうとカルマは口を開く。

「えっとだな、アキに口止めされてるから言えないんだが、冬華ならわかるんじゃないか?」

 カルマはヒントを出すのが下手だった。これはヒントになっているのだろうか?

 冬華は難しい顔をして首を捻っている。

 口止めされてるってことは私に知られたくないってことよね。なんで? 私のことを大好きなお兄ちゃんが私に隠し事なんて、恥ずかしいのかな? うん、きっとそう! 恥ずかしくて言えない事かぁ、なんだろ?

 カルマに死なれたら困るとも言ってたわよね。お兄ちゃんは困らないと思うんだけどなぁ、どちらかといえば私が困る……いや困らないけど、いやいや死んでもいいとか言ってないからね! 生きててほしいよ! うん。

 お兄ちゃんは世界の為なんかに戦ったりしない。身近な人、大切な人のために戦ってる。お兄ちゃんの戦う理由はサラさん、後ルゥちゃん。一番は私だけどね! じゃあなんでカルマに? サラさんの為でもルゥちゃんの為でもない。やっぱり私? カルマが死んだら私が困る。ていうか……ん~もういいや、悲しいです。すごく悲しいです。カルマが強くなって怪我もしなくて生きててくれるなら私は嬉しい。うん、これだ!

 お兄ちゃんは私を喜ばせたいんだ! 要するにお兄ちゃんは私が大好き! さすが私! お兄ちゃんの事をよくわかってるぅ!

 冬華はそう結論付け、自画自賛していた。

 間違えてはいない。間違えてはいないが、少しズレている。冬華の思い込みが強い! 強すぎる! まあ、それで冬華が幸せなら別に構わなのだけれど。

「そっか、そっかぁ、なるほどねぇ」

 冬華は満面の笑みを浮かべている。

 その笑顔を見て「今のヒントでわかったのか!?」と、カルマは驚いていた。

「それで、さっきのが修行の成果ってこと?」

 冬華はご機嫌な感じに訊ねる。

「お、おう。でもまだまだだ。アキに言われた通りにはまだ全然できてねぇ」

 先ほどの冬華の不意打ちの木刀をへし折ってしまったのがその証拠だった。見た目にはすごい事のように見えるが、もしアキに言われた通りにできていれば、冬華の想像通り寸止めされていたはずだ。気を体内に留めておかなければならないところを外に逃がしてしまっていた。体外に張ってしまった気に木刀が当たり、ドヤ顔で強がっていたが実は若干頭が痛かった。

「ふ~ん、じゃあ、少し試してみる?」

 冬華はいきなりそんなことを言い出してくる。

「試すって? 何を?」

「試合してみて修行の成果がどこまで出てるか試してみようよ。ん~ただ試すだけってのもつまんないよねぇ。そだ、私から一本取れたらぁ……」

「取れたら?」

 冬華は頬を指でトントンさせると、何かを思い付いたのかカルマをチラリと見て、指をツーッと唇まで持っていき意味ありげに告げる。

「ご褒美上げる」

「ご、ご褒美……」

 カルマはゴクリと喉を鳴らす。冬華の言うご褒美にピンときたのだろう。いや、見ていれば気付くだろう。沸々とやる気がみなぎってきた。

「よし! やってやるぜ!」

 下心丸出しでカルマは声を上げた。

「そうこなくっちゃ!」

 冬華はニカッと笑う。


 演習場には他の兵士や魔法士たちも演習をしている。その為二人は開いたスペースで向かい合ている。

 しかし、その気遣いもあまり意味をなさなかった。

 冬華が試合をするとなり、演習していた者たちは見学(観戦)にぞろぞろとやって来ていた。

 相手がカルマだとわかると「こりゃすぐ終わるなぁ」とガッカリしたような声が聞こえてくる。

 いつもなら「うっせぇ! やって見なきゃわかんねぇだろ!」と文句を言うはずのカルマが黙っている。

 そんなカルマに冬華は少しは成長しているのだと感心していた。

(これも修行の成果かな?)と。

 しかし、カルマはまわりの野次など聞こえてはいなかった。それほど集中していた。

(ご褒美、冬華のご褒美だ! 負けられねぇ! 久々のご褒美の為に!)

 と、ご褒美の事に夢中で、そんな野次は耳に入っていなかった。ただただ、目に映る冬華の唇の集中していた。

 その集中力を修行に向けていればすぐにでも習得できそうなのだが……


 二人は木刀を構える。

 冬華は二刀、右に長刀、左に短刀を持ち、左足を前に腰を落とし、短刀を前に構え、長刀をやや右斜め下で構える。

 カルマは一刀、左足を前に体はやや横向き、腰を落とし、両手で握る長刀を胸の高さで地面と水平に横に寝かせて構え、切っ先を冬華へと向ける

 両者が睨み合うと、総司の合図で試合は始まる。

「はじめ!」

 総司が手を下におろすのと同時に、冬華が気勢を上げる。

「キエェェェェェェェェェッ!」

ビリビリビリ

 レインバーグでの試合の時よりも威圧感が桁違いに変わっていた。今の気勢で肌に圧のような衝撃を受けていた。

 しかし、それを受けていたのはカルマではなく、その後ろで観戦していた者たちだった。カルマへ叩きつけられたはずの気勢の流れ弾に中てられてしまったのだ。

 カルマは先ほどの下心全開の集中力のおかげで、気を体内に留めていられた為、冬華の気勢を直に受けることはなかった。直に受けていれば体が硬直いていたかもしれない。それほどの気迫だった。ただの試合なのに……

 アキの師事の下修行を受けたカルマに、冬華は手心を加える気はなかった。そんな余裕はないかもしれないと思っていたからだ。先ほどの木刀をへし折った力、あれを見ていた為油断は出来ないと思っていた。別にご褒美をあげることはやぶさかではないのだが、簡単にあげるつもりもないのだ。そんなに安い物ではないのだから。

 カルマがどんな力を手にしたのかわからない。カルマの出方を見ようと、冬華は構えたまま動かなかった。

 ……しかし、カルマも動かない。

 なぜ動かないのだろう? アキならば先手必勝とばかりに待たずに先に動くはずだ。アキに教えを受けたというのにカルマは動かない。わからない。一体何を教わったのだろう?

 冬華はずっとお見合いをしていてもそれを確認することは出来ないと判断し、打って出ることにした。

 冬華は一気にカルマの懐まで踏み込むと、短刀でカルマの木刀を弾き、長刀を逆袈裟で斬り上げた。

「ふっ!」

スカッ

 しかし、長刀は何の手ごたえもなく(くう)を斬った。

 目の前にいたはずのカルマがいない。いや、いた。カルマは後方に下がり躱していたのだ。

 しかし、その動きは見えなかった。その動きを予測していなかったからかもしれない。注意していれば見失うことはないはずだ。

 冬華は再び前に出る。

 振り上げていた長刀を斬り返し、横薙ぎに振り抜く。

スカッ

「っ!?」

 再び長刀は空を斬った。

 カルマの姿も消えている。

 しかし、今度は見えていた。カルマは長刀で斬られる瞬間、地面を蹴り上に向かい消えて行った。

 つまり、ジャンプして避けたということだ。

 冬華は上へ視線を向ける。

 その視線の先に長刀を振り下ろし落下してくるカルマを捉えた。

 冬華は短刀で受けることはせず、後方に跳びそれを躱した。

 あの長刀に何が仕込んであるのかわからなかったからだ。あれを受けたと同時に破壊される可能性もあると考えたようだ。なにせアキは素手でドラゴンを殴り飛ばしていたくらいだ。そのアキから何を教わったのかわからない。油断はできないのだ。

 着地し再び構えをとるカルマを見据える。

「やるわね。でも躱してばかりじゃない。そっちからも来なさいよ。それとも自信ないのかな?」

 冬華は挑発するように言う。

「……くっ、仕方ねぇ。じゃあ、こっちから行くぜ」

 カルマは躊躇うように言った。

(なに? 自分から仕掛けられない理由でもあるの? そんなに強力な力なの? 私を傷つけたくないとかそういう事? 舐めた事してくれるじゃないの! 返り討ちにしてやるわ!)

 冬華は一人憤慨し、カルマが仕掛けてくるのを身構えて待つ。

 カルマは冬華を見据え構えると、

「行くぜ!」

ダンッ

 カルマは地面を蹴り一歩踏み込んだ。数歩先にいる冬華へ一歩で踏み込み懐に入った。

「なっ!?」

 その踏み込みのスピードに冬華は言葉を失う。

 そして動きの止まる冬華へカルマの突きが放たれる。

「なんで?」

 そして、その突きのスピードに冬華は言葉を漏らした。

 カルマの踏み込むスピードは一瞬の出来事で言葉を失うほど速かった。にもかかわらず突きのスピードは今までと変わらないものだった。

 冬華の漏らした「なんで?」は「踏み込みは早いのになんで(・・・)突きは速くないの?」の、なんで? だった。

 そのギャップに冬華は呆然としていた。

 しかし、体は条件反射のように動く。

 冬華は左の短刀でカルマの突きをかち上げ、右の長刀で胴を斬り抜いた。

ドスッ

「うぐっ!?」

 冬華の長刀はカルマの胴に見事に直撃した。

「あ、あれ?」

 冬華は困惑していた。てっきりまたへし折られると思っていたのだ。その為加減などされていない。

 カルマは腹を押さえ、前のめりに倒れていく。

「だ、だから言っただろ、まだ言われた通りにできてねぇって……グフッ」

 カルマは絞り出すように言うと、地面に倒れ気を失った。

 そう、カルマはまだ動きながら気を体内に留めておくことができないのだ。躱した時や、踏み込みの際は最初の一歩目だった為なんとかできていた。が、その後はまったくできていなく、なんの強化もされていないただのカルマだった。

 わかっていながらご褒美に目が眩み、冬華に挑んでいったカルマが悪いのだが、それに気づく間もなく気絶してしまった。

「え~そうならそうって先に言ってよ~」

 冬華は悪くはないのだが、いや、ご褒美をちらつかせたのが、カルマをその気にさせるきっかけとなったのだから一概には言えない。ご褒美がなければカルマも試合を受けなかったのかもしれない。

 なぜ試合をしようと言いだしたのだろう? 冬華がご褒美をしたかっただけなのかもしれない。

 今となってはもう過ぎたこと、なのだが。

 

 まわりはシンと静まり返り、風音の「すげぇ」という声だけが聞こえてくる。

 途中、カルマの動きに歓声やどよめきが起こっていたが、最後の結末があまりにあっけなかった為、皆茫然としていた。

 勝負ありの合図すら忘れ、総司は倒れているカルマを見下ろしていた。


「お~い、カルマ~、大丈夫?」

 動かないカルマに冬華は心配そうに呼びかける。

 冬華にはもう一つ気になっていることがあったのだ。

 しかし、カルマが起きないため、それを確認できないでいた。

「カルマ起きてよ~」

 演習場には冬華のカルマを呼ぶ声だけがこだましていた。


カルマはまだまだですなぁ。

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