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光輝の異変

 麻土香を介抱しながら汐音は険しい表情をしていた。先程の光輝の動きが信じられなかったからだ。

 麻土香が駆けつけてくれた後、汐音は麻土香の邪魔にならないよう、物陰に隠れて光輝を回復していた。そして回復を終えると、麻土香に加勢する為に出てきたのだ。

 その時、まさに麻土香がワイバーンに喰われようとしていたのだ。

 助けなければと思う間も無く、麻土香はワイバーンに喰われてしまった。

 確かに汐音にはそう見えたのだ。あまりに残酷な光景に、汐音はその場にへたり込み泣き崩れそうになっていた。

 しかし、そうはならなかった。

 隣にいたはずの光輝が、ワイバーンに喰われたと思われた麻土香を抱え、いつの間にか目の前に現れていたのだ。

 あのタイミングで麻土香を助けられる者がいるとしたら、常人離れしたスピードを持つアキくらいのはずだ。それなのに、どうやったのか光輝が麻土香を助け出したのだ。

 麻土香が光輝をアキと間違えてもおかしくはなかった。それほどに一瞬の出来事だったのだ。

 麻土香は胸の高鳴りを抑えつつ、光輝の後ろ姿を見つめていた。

 光輝に助けられる前は何とも思っていなかった。むしろイライラしていたくらいだ。それなのに今は胸の高鳴りが止まらない。たった一度助けられたくらいでなびいたりはしない、そんなに軽い女ではない。それなのにこれは一体……

 麻土香は不思議でならなかった。

 確かにあの一瞬で助けられれば、アキが助けてくれたのだと勘違いしてしまう。しかし、それが光輝だとわかった今も、胸が高鳴っているのはおかしい。これが新たな恋のはじまりかもしれないが、麻土香は光輝に対して特に好意を抱いてはいない。ただ胸が高鳴っているだけだ。

 なぜだろう? そう考えると、麻土香は光輝に違和感を感じた。

 助けられる前と今では雰囲気が違う気がする。どこかアキに似た雰囲気を漂わせている。

 麻土香にはそう感じられた。だから胸が高鳴っているのだと自分に言い聞かせていた。

 光輝とアキは親友? 幼馴染? 詳しくは知らないが昔からの知り合いだと言う。どこか似てきてしまうのかもしれない。しかし、そんなに突然似るだろうか?

 麻土香は困惑していた。

 光輝は自身に違和感を感じていた。

 つい先ほど光輝は麻土香を助けたのだが、光輝はもう助けられないと思っていた。手遅れだと諦めかけていた。それが気付けば麻土香を助けていた。あんな動き今までした覚えはない。今の自分にできるとも思っていなかった。まるで自分の体ではないようだと光輝は感じていた。

 しかし、そのおかげで麻土香を救うことができたのだ。

 光輝はチラリと麻土香の様子見る。

 恐怖がまだ残っているのだろうか。その瞳からはまだ涙がこぼれていた。

「チッ、女の子を泣かせやがって」

 光輝はボソリと呟いた。

「「え?」」

 光輝の呟きを聞いた汐音と麻土香は驚いたような表情をする。

「っ!?」

 その表情を見て光輝も気付いた。今のセリフはいつもアキが口にしていたモノだ。光輝のセリフではない。なぜそんなセリフを言ってしまったのだろう? 確かに女の子を泣かされれば憤りを感じるが、そんなセリフは今まで言ったことはない。ではなぜ?

 光輝は自身に異変が起こったきっかけを考えた。

 回復を終え、麻土香の加勢に出てきたとき、絶望の中麻土香が涙を流しアキの名を叫んでいた。

(あの時だ! やっぱりあの時、麻土香のアキを呼ぶ声を聞いて、俺の中の何かが刺激された。それから何か熱いモノが溢れて来たんだ……)

 光輝は思い出した。

 それが切っ掛けで自身に異変が起こっているのだと。しかし、光輝の中の何が刺激されたのかはわからなかった。

 ただ、アキがすぐ側にいるような安心感に包まれていた。

 その安心感からか光輝は笑みをこぼした。

「ふふっ、アキがよく言ってたな。女の子を泣かせるなって」

「光輝?」

「光輝君?」

 この状況で笑みを漏らす光輝を二人は怪訝に思った。普段の光輝からはありえない事だった。

 光輝はワイバーンを見据える。その表情は再び怒りに染まっていた。

「俺も同意見だよ!」

 光輝はそういうと、一瞬体が光りフッと姿を消した。

 そして次の瞬間、


ザシュッ


 ワイバーンの足を斬り付けていた。


Gyaaaaaaa


 ワイバーンは突如足を斬り付けられ、意味がわからず絶叫を上げる。

 そして、斬り付けて来たであろう足元に立つ光輝を見つけ、怒りのままに踏みつける。


ズシンッ


「光輝!?」

「光輝君!?」

 汐音たちは悲鳴にも似た声を上げた。

 光輝が踏み潰されたように見えたからだ。

 しかし、

「大丈夫だ」

 汐音たちを安心させるように告げられた言葉はすぐ横から聞こえて来た。

「っ!?」

 汐音はビクッとし横を向くと、光り輝く真聖剣を握った光輝が立っていた。

「光輝!? いつの間に……」

 汐音は驚愕したような表情をしている。

「アキが俺に言ってたよ。お前は考え過ぎる、頭が固すぎるって。もっと柔軟に考え感情のままに剣を振るってもいいんだって……その意味がようやくわかったよ」

 光輝はニヤリと笑う。その笑みは悪いことを考えているときのアキのようだった。

 汐音は不安になっていた。

 光輝が変わっていくことに。その表情も、あのセリフも、今の動きも、だんだんアキに近づいて来ていることに。何より光輝は自分の事を俺と呼んだ。僕ではなく、俺と。

 汐音は自分の知る光輝がいなくなってしまうのではないかと怖かったのだ。

 そのため、無意識に光輝へと手を伸ばしていた。捕まえておかないとどこかへ行ってしまう気がしたのだ。

 しかし、その手は光輝を掴むことはなかった。

 光輝は体をチカッと光らせると、再び姿を消した。

「っ!?」

 汐音の手は目標を失い空を彷徨っていた。

 光輝は光速でワイバーンの下へ移動すると、先ほど斬りつけた足とは逆の足を斬り付けていた。


ザシュッ

Gyaaaaaaa


 ワイバーンは再び足に激痛を感じ絶叫を上げる。

 ワイバーンは怒りの形相で足元を見る。そこには先ほどと同じように光輝が立っていた。

 ワイバーンは光輝を目で捉えると、体を回転させ尻尾で光輝を薙ぎ払おうとする。

 光輝はその尻尾を斬り落とそうと、真聖剣を振り下ろした。

「フンッ!」


パキンッ


 小気味いい音が響くと、剣は折れてしまった。いくら真聖剣で斬れ味を上げているとはいえ、ワインバーンの鱗を二度斬り付けた後では剣の強度も落ちると言うものだ。

「チッ!?」

 光輝は舌打ちをする。

 尻尾は勢いを落さぬまま光輝へと振り抜かれた。

「光輝!?」

「光輝君!?」

 汐音たちは光輝が吹き飛ばされると思い声を上げた。


スカッ


 しかし、尻尾は誰もいない空を振り抜いていた。

 光輝は、尻尾が直撃する瞬間、チカッと光り移動をしていた。

 光輝は溢れてくる魔力を使い、自らの体を光で包み光と共に移動する、光速移動を可能にしていた。

 これはアキと共に考えた術だった。

 アキの力の概要を聞いた際、技はどうやって考えているのかと訊ねていた。その時、アキに「戦いはもっと柔軟に考えろ」と言われ、アキに手伝ってもらい一緒に考えたのが、この光速移動術だった。しかし、考えたはいいものの当時の光輝には扱うことができなかった。扱うには膨大な魔力が必要だったのだ。

 それが今、体の内より溢れ出る魔力のおかげで実現できたというわけだ。

「また折れちゃったよ。やっぱり硬いな」

 光輝は軽く愚痴ると折られた剣を捨て、腰に装着している最高級収納箱から剣を取り出した。それはアキから譲り受けた剣、あのドラゴンを斬り裂いた剣、薄刃剣(はくじんけん)(アキ命名)だった。ワイバーンを倒すため、もう一度その手に取った。

 光輝はワイバーンに向け居合切りの構えをとる。鞘に収まったままの薄刃剣を左手に持ち右足を前に、やや前傾姿勢、右手を柄に添え魔力を籠めはじめた。

 そして、光輝の体がチカッと光ると姿を消した。

 次の瞬間、


ザシュッ

Gyaaaaaaaaaa

ブシャァァァァッ……ビチャビチャビチャッ

ズドンッ

 

 閃光が走ったかと思うと、ワイバーンの腕が斬り落とされた。

 ワイバーンは絶叫を上げ、血飛沫が舞った。演習場に血の雨が降る。

 動いているモノを居合切りで斬ることができない光輝だったが、これだけのスピードで動けるようになった今、光輝の目にはワイバーンが止まって見えていた。

 ワイバーンの向こう側、血の雨を浴びながら光輝は首を傾げていた。

「あれ? おかしいな? 狙いがズレた」

 光輝はワイバーンの胴を斬り裂こうとしていたのだが移動速度をはかり間違え、剣を振り抜くタイミングが遅れていた。その為、少し通り過ぎ、腕を斬り落としてしまっていた。

 しかし、今の失敗で、タイミングのずれは修正できる。次の一撃で仕留めることができるだろう。

 光輝は剣を納刀し、再び構えをとる。剣を左手に持ち右足を前に、やや前傾姿勢、右手を柄に添え魔力を籠めはじめる。

 腕を斬り落とされ、怒りと憎しみに染まった瞳を光輝に向けているワイバーンは、光輝が魔力を籠めて硬直しているこの瞬間を狙い、攻撃を仕掛けてくる。

 息を吸い込むと、炎の弾を吐き出してきた。


ボフンッ


 炎の弾は地面に着弾し霧散する。

 光輝は光速移動し躱していた。

 しかし、光輝が現れたところへさらに炎の弾を吐き出してきた。

 ワイバーンは光輝が攻撃を躱しても、現れたところへと再度炎の弾は吐き出してくる。

 連射するためにブレスではなく炎の弾を吐いて来ていた。

 光輝が表れる先を見つけてから吐き出しているため躱すことは出来ていたが、魔力を籠めることが困難になっていた。今まで扱うことができなかった光速移動の為、まだ完全には使いこなせてはいなかったのだ。

 光輝は攻撃を躱しきり、どうにかして魔力を籠めなければならなかった。

 しかし、光輝もただ逃げていたわけではない。

(そろそろ、仕掛けるか)

 光輝はタイミングを見計らい、仕掛けた。

 体をチカッと光らせると、姿を消すした。

 炎の弾は再び地面に着弾し霧散する。

 ワイバーンは何度目かとなる光輝の光速移動に慣れてきていた。光輝は常にワイバーンの死角となるところを移動先にしていたのだ。

 そこを狙えば捉えることができる。

 ワイバーンは今死角となっているところへ振り返り炎の弾を吐き出した。


ボフンッ


 しかし、そこには光輝の姿は無く、炎の弾は無人の地面に直撃し霧散する。

 ワイバーンは光輝がさらに死角へと逃げたのだと思ったのか、再び死角となっている方へ振り返る。

 しかし、そこには光輝の姿は無かった。

 ワイバーンは読みが外れ困惑し、キョロキョロと頭を振り光輝を探すが、まわりからは光輝の姿を見つけることができなかった。

 すでにこの場から逃げたのだと思ったワイバーンは、それならばと、汐音たちをターゲットに切り替えた。

 光輝への怒りと憎しみを汐音たちへぶつけ、喰い尽くそうという面持ちでワイバーンは近づいてくる。

「き、来た!?」

 麻土香は再び恐怖に体を震わせる。光輝が逃げたとは思っていないが、一度根付いた恐怖心はなかなか拭い去ることは出来なかった。

「大丈夫、光輝を信じてください」

 汐音は麻土香の震えを抑えるようにその手を握りそう告げた。

 光輝の事を少しも疑っていない様子だった。たとえ光輝が変わってしまったとしても、光輝が自分たちを置いて逃げるなどと疑うことはなかった。それほど汐音は光輝の事を信じ想っているのだ。

 ズシンズシンッとワイバーンが近づいてくる。

 そして、


Gyaaaaaaa


 二人へ襲い掛かろうとした時、


キンッ


 まばゆい光が落雷のように落ちて来た。

 気付くと、ワイバーンの前に真聖剣を振り抜いた姿勢の光輝が現れていた。

 光輝は血を払い落すように剣を振るい、納刀する。

 すると、少し遅れ、ワイバーンの体が真っ二つに斬り裂かれた。


Guga

ブシャァァァァ……


 頭のてっぺんから唐竹割りのように二つに分かれ左右に倒れていく。

 切り口からは倒れる速度を加速させるかのように鮮血が飛び、演習場を血の海に変えていく。

 何が起こったのかわからず、汐音たちは血の雨の中に佇む光輝を茫然と見つめていた。

 光輝は、ワイバーンの注意を下に向けるため、何度もワイバーンの死角に移動していた。そして、上空に跳び上空で真聖剣に魔力を籠めていた。準備ができると、光速移動術で落下し、ワイバーンを斬り裂いたのだ。

 光輝はゆっくりと、汐音たちの下へ歩み寄っていく。

「こ、光輝?」

 汐音は窺うように呼び掛ける。

「二人とも大丈夫か?」

 光輝は心配するように訊ねた。

 もちろん大丈夫だった。ワイバーンは襲い掛かってくる前に真っ二つにされていたのだから。

「はい、私たちは何とも。光輝こそ大丈夫なのですか?」

 ワイバーンの返り血に染まり、見た目には怪我をしているのかわからない状態だった。

 しかし、攻撃を受けたところを見ていない為、怪我はないだろう。汐音が訊ねたのは怪我の事ではない。光輝の異変を心配していた。

 麻土香も同じ様で、胸に手を当て、窺うように光輝を見ていた。

「ああ、俺も特に怪我とかは……っ!?」

 光輝は急激に力が抜けていく感覚に襲われた。

 そして、フッと意識が途切れた。

「光輝!?」

「光輝君!?」

 汐音たちは突然倒れた光輝に驚き、駆け寄っていった。


光輝の身に何が起こったのでしょうか?

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