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戦うお姉さん3

 ワイバーンの前で(かなり遠くである)、麻土香は膝をガクガクさせ立ち尽くしていた。

 なかなかいいタイミングで飛び出してきたはいいものの、なんであんなこと言ってしまったのかと麻土香は後悔していた。「私が相手をする」それはつまり、誰の助けもなくたった一人でワイバーンの相手をするということだ。すでに汐音は光輝を連れて隠れてしまってる。光輝が全快するまでとはいえ、それまでは確実に一人で相手をするのだ。

 麻土香が相手をすると言い放った相手はワイバーン、かの有名なドラゴンである。ファンタジー物のゲームや物語では定番の怪物、初心者が相手をしてはいけないランキングでトップを争うであろう怪物である。こんなのを相手にしていたら碌な死に方をしないだろう。以前相手をしたときは光輝と風音、マリアと4人で相手をしなんとか倒したのだ。あのときでさえもう2度と会いたくないと思っていた。一人でなんてもってのほかだ。ありえない! 

 しかし、目の前で襲われそうになっている二人を見て、見殺しになどできるはずがない。そう思ったら体が勝手に反応し、ワイバーンに攻撃を仕掛けていたのだ。まったくもって驚きである。そんな無謀な行動に出てしまうとは……

 ワイバーンは麻土香へ憤怒に染まった視線を向けている。腹が減り、食事を邪魔されれば怒りもするだろう。もう麻土香を見逃すことはしないだろう。このヤバすぎるドラゴンは……

(どどど、どうしよう! どうしてこんなことに!? 無理無理無理、私死んじゃうよ、惨たらしく殺されちゃうよ~私まだこんなに肌もピチピチで若いのに~)

 麻土香は心の中で短すぎる人生を愁いていた。そして、ここに付いてくると申し出た過去の自分を呪っていた。

(ワイバーンがここにいるって知ってたら来なかったのに~)


Gyaaaaaaa


「ひぃっ!?」

 ワイバーンは咆哮を上げると麻土香に向け突進してきた。

(き、ききき来たぁ———!? と、ととととにかく落ち着くのよ私! まずは深呼吸して、スーハー、スーハー、スーハー……あれ? これ前にもやった気がする)

 麻土香は既視感に襲われていた。

(ん~どこでだったかなぁ……あ! 思い出した! フレイアの時だ! そうそう、あの時もヤバかったなぁ。人を焼き殺そうとして高らかに笑うようなヤツだったもんなぁ。あれはヤバイ。友達にはなりたくない部類よね)

 と、現実逃避気味にどうでもいいことを考えていると、なんだか落ち着いて来た。

(お? なんかいい感じに落ち着いたんじゃない? いけるんじゃない?)

 麻土香は謎な自信に満ちて来た。

 ワイバーンが迫る中、ランナーズハイではなくデンジャーズハイに陥っていた。

「よし! やるよ!」

 麻土香は気合を入れると、勢いよく地面を踏みしめた。地団駄を踏むように4回踏みつけた。

 すると、ワイバーンの行く手を阻むように地面から石柱が4本そそり立ってきた。

 ワイバーンは石柱に激突する前に立ち止まり、体を回転させ尻尾を振り抜いた。


ガガガガッ


 石柱は木の棒のように根元からへし折られ、宙に舞っていく。

 そして再び突進しようとした時、


ヒュンッ

ドスッ


 頭上から石の槍が飛来し地面に突き刺さる。

 ワイバーンは歩みを止め頭上を見上げた。

 そこには先ほどへし折られた石柱が落下してきていた。いや、一つだけ石柱でない者がいた。

 その者は人の体でありながら馬のような頭をしたゴーレムだった。

 そして、


ビキビキビキッバキンッ


 と音を響かせ他の3本の石柱が砕け散ると、中から3体のゴーレムが現れた。

 1体は先ほどの馬の頭のゴーレムと同じタイプ。あとの2体は兵士を模したゴーレムだった。


ズシンズシンッズシンズシンッ


 地面に着地すると、4体はワイバーンを囲むように陣取った。

 ゴーレムはワイバーンと見比べても小ぶりではあったが、ワイバーンの膝ぐらいはあるだろう。

 ワイバーンはキョロキョロと首を回し4体を見据える。

「やっちゃって! ナイトゴーレムちゃん! ポーンゴーレムちゃん!」

 麻土香がそう命令すると、ゴーレムたちはワイバーンに攻撃を仕掛けていく。

 馬の頭の方がナイトゴーレムで、兵士の方がポーンゴーレムのようだ。以前は巨大なクイーンゴーレムを作っていた。

 どうやら麻土香はチェスの駒をイメージしてゴーレムを作っているようだ。

 ポーンAはワイバーンの足を斬り付けようと石の剣を振るう。


ガキンッ


 しかし、ワイバーンの鱗を斬り裂くことは出来ず、石の剣は砕け散ってしまった。

 ワイバーンはそのポーンAを蹴り飛ばそうとする。

 しかし、ポーンAはヒラリと体を翻してその蹴りを躱す。

 ワイバーンは蹴りを躱され片足立ちの状態になる。その全体重を支える片足へ、2体のナイトが突進し体当たりする。


ズズンッ


 膝の裏に衝撃を受け、ワイバーンはカクンと膝を折り、体重を支えられなくなり地面に背中から崩れ落ちた。

 これ以上ないと言うほど、見事な膝カックンだった。

 地面に仰向けに倒れたワイバーンに向け、ポーンBが飛び掛かり、顔面へと剣を突き立てようとする。正確に言うなら目を潰そうとしていた。

 ワイバーンはすぐさま短く息を吸い込み、ブレスではなく炎の弾を吐き出した。


ボフンッ


 ポーンBは炎の弾の直撃を受け、弾き飛ばされてしまった。

 地面を転がるが、すぐさま立ち上がる。

 ゴーレムは石でできている為、炎によるダメージはない。長時間高温の炎に晒されれば話は変わるが、今程度ならば問題はない。

 ゴーレムたちは再びワイバーンを囲うように陣取る。

 もうおわかりかもしれないが、この4体のゴーレムは麻土香が操っている。もっと数を増やすことも可能だが、それだと操ることが困難になってしまう。今の段階で問題なく操るにはこのくらいの数が丁度いいのだ。頑張っても、後1体が限度と言ったところだろう。

 麻土香は深く息を吸い込み、吐き出す。そしてワイバーンを見据える。

 ワイバーンは4体に注意を払いながら立ち上がると、勢いよく体を回転させる。そして、尻尾をムチのようにしならせ、4体を薙ぎ払おうとする。

 一番近くにいたナイトAは避けるのに間に合わず、3体が避ける(いとま)を稼ぐために防御姿勢をとる。


ゴガンッ


 ナイトAでは尻尾を抑えることは出来ず無残にも砕け散ってしまった。

 次のポーンBはジャンプしギリギリのところで躱した。あとの2体はバックステップで後方に下がり躱していた。

 しかし、ポーンBはジャンプで躱してしまった為、空中で無防備な状態になってしまった。

 ワイバーンがそこを見過ごすはずがなかった。回転の勢いをそのままに腕を振り下ろした。


グギャンッ


 ポーンBはワイバーンの鋭い爪で斬り砕かれた。

「チッ!?」

 麻土香は舌打ちし、2体を下がらせる。

(ど、どうしよう。これ以上時間稼ぎできないよ~確実に追い詰められてるよ~まだ回復しないの~?)

 麻土香の嘆きに答える者はなく。光輝が現れる気配はなかった。

(まさか……逃げた? そんなわけないよね? 助けた恩人を見捨てたりなんかしないよね? ……しないよね?)

 麻土香は若干不安になってきた。

 しかし、そんな不安など関係なくワイバーンは襲い掛かってくる。今度はゴーレム2体諸共麻土香も吹き飛ばそうと一気に突進してきた。

「っ!?」

 麻土香は咄嗟にゴーレムを操る。

 ポーンAがワイバーンに突っ込み、その勢いを止めようとする。

 その隙にポーンよりも足の速いナイトBが麻土香を拾い上げ、ワイバーンの突進の範囲外に逃れる。


ゴガンッ


 やはりポーンAで押さえ切れず砕かれてしまった。あの体格差では止めるのは難しいだろう。あの巨体を止めるには以前のクイーンくらい大きなゴーレムでなければ無理だろう。

 ポーンAの砕かれる様を横目に見ながら麻土香はそう考えていた。

 そして、このまま光輝が現れないと言う最悪の事態も考えなければならなかった。その場合は麻土香が倒さなければならない。これだけ交戦した後だ、とてもじゃないが逃がしてはくれないだろう。

 麻土香は覚悟を決め倒す方法を考えはじめる。

 以前倒したワイバーンは麻土香たちが動きを封じ、光輝が斬り裂きとどめを刺した。ワイバーンを斬り裂く手段のない麻土香には倒すヒントにはなりえない。

 ではもう一体の方は? 汐音たちの話によると、鱗のないワイバーンの口の中を貫いて倒したとか。

 麻土香はこれしかないと思った。後はどうやってブレスを掻い潜りヤツの口の中を貫くかだ。

 ブレスをものともしないゴーレムがいるため、口の中を貫くのは可能かもしれない。しかし、ヤツを押さえることが難しい……いや、方法はある。

 麻土香はこれしかないと考え、すぐに実行に移す。ダラダラと長引かせればこちらが不利になるのは、この体格差を見れば一目瞭然だった。

 ポーンAを破壊したワイバーンは踵を返し、麻土香へと突進してくる。

 麻土香はナイトBから降りると、その両手を勢いよく地面につけた。

「はぁぁぁぁぁっ!」

 そして、魔力を注ぎ込むと、ワイバーンの前の地面から巨大な石柱がそそり立ってきた。それはワイバーンに匹敵するほどの大きさだった。

 ワイバーンはすぐさま破壊しようと、腕を振り下ろし、爪で斬り裂こうとする。

 石柱が斬り裂かれようとする瞬間、麻土香はパチンを指を鳴らした。

 すると、石柱はガラガラと音を響かせ、不要な部分が崩れ落ちていった。

 そして、ワイバーンの手を、そこから現れたゴーレムが掴み上げた。

 そのゴーレムは塔のような形状で、それを擬人化したような風貌だった。

 手を掴み上げられたワイバーンはもう片方の腕を振り上げ、再び振り下ろした。


ブオンッ

ガシッ


 しかし、ゴーレムはそれをも掴み抑え込む。


Gyaaaaaa……


 ワイバーンはゴーレムを押し潰そうと大地を踏みしめ両腕に力を伝えていく。

 ゴーレムも負けじと、押し返す。

 両手を握り合い力比べをしている様は、まるでプロレスの手四つを見ているようだ。

「ルークゴーレムちゃん押し負けるなぁ!」

 麻土香から檄が飛ぶ。しかし操っているのは麻土香なのでその檄自体には意味がない。別のスイッチ的な意味合いがあるのだろう。

 現に、ルークはエンジンが掛かったように馬力を上げていく。


ズシンズシンズシンッ

ズズズズズズズ……


 ルークはその巨体と力でワイバーンを押し返してい行く。

 ワイバーンは足を踏ん張らせ耐えているが、ズルズルと押し戻されて行く。

 力ではわずかにルークが勝っているようだ。

 ワイバーンは息を吸い込むと、ルークの顔面部分にファイアーブレスを吹きかけた。


ゴォォォォォ……


 先程も行ったが、石のゴーレムであるルークには炎では大してダメージを受けない、ただ、高温で長時間浴びせられ続ければ融解してしまう。

 それを知っているのか、ワイバーンは火力をさらに上げていく。


ゴォォォォォォォォォォ……


 ワイバーンの息が途切れるまで持ちこたえればいいのだが、融解するまで息継ぎをし吹きかけ続けるだろう。

 ルークは自ら炎に飛び込んでいく。要は炎には目もくれず、ワイバーンの鼻先へ頭突きをくらわしたのだ。


ゴンッ

Gugyaaaaa……


 斬り裂くことは出来なくとも、この巨体による打撃は有効のようだ。

 ルークはもう一撃頭突きを放つ。


ゴンッ

Gugaaa……


 そしてもう一撃、


ドゴッ


 3発目はワイバーンの方が先に頭突きを放ってきていた。

 ルークは後方にのけ反り一歩後退してしまう。

 ワイバーンはチャンスとばかりに咆哮を上げ、押し込もうと地面を蹴り足を踏み出した。

 

Gyaaaaaaa

ズズズズ……


 ルークは態勢を崩され、麻土香まであと少しというところまで押し込まれてしまった。

 ワイバーンがさらに押し込もうとした時、ルークは片手を放した。

 ワイバーンは片手だけが先行してしまい、態勢を崩し前のめりになる。

 ルークは態勢を崩したワイバーンの顎へ放した手で掌底を打ち込んだ。


ドズンッ

Guu


 ワイバーンは顎をかち上げられエビぞり状態になる。

 そして、ルークは返ってきたワイバーンの背後にまわり羽交い絞めにする。

 不意に掌底を打ち込まれた為、意識が飛びかけているのか、ワイバーンはガクンと頭を下げ口をダランと開けていた。

 そこへ、

「ナイトちゃん! とどめ!」

 石の槍を携え待ち構えていたナイトBが、その開いた口めがけ体ごと飛び掛かって行く。

 そして、口の中へと石の槍を突き上げた。


ガシッ


 しかし、口の中へ突き刺さると思われた石の槍はその直前で、止められてしまった。

 石の槍はワイバーンの牙に噛み取られてしまった。

 ワイバーンは首をうまく振り上げ、石の槍ごとナイトBを振り上げると、マシュマロキャッチのように口でキャッチし噛み砕いた。 


ゴリ、ガリガリ

ペッ

ガラガラガラ……


 噛み砕かれ、吐き出されたナイトBの残骸はワイバーンの唾液まみれだった。

「ナイト、ちゃん……?」

 麻土香はそれに自分の未来を重ねて見てしまった。

「ひっ!?」

 ワイバーンの獰猛な牙にその身が噛み砕かれ、すり潰された肉体は血と唾液にまみれ飲み下される。そんな自分の様を想像してしまった。

「あ、ああ……ああああ!?」

 デンジャーズハイに入り忘れていたが、再び恐怖が蘇ってきてしまった。その為、ルークを操る魔力が安定しなくなった。

 制御を失ったルークは一瞬動きを止め、オートに切り替わろうとしていた。

 その一瞬の隙をワイバーンが見逃すはずもなく、力の限り振られた腕によりルークの腕は砕かれ、ワイバーンの拘束は解かれてしまった。

 ワイバーンは頭を後ろに思い切り振り、ルークへと裏頭突きを放つ。

 ルークの顔面部分にワイバーンの後頭部が直撃し、ヨロヨロと後ろに倒れていく。


ズズンッ


 邪魔のいなくなったワイバーンは、恐怖でペタンと座り込んでしまった麻土香を見て、目を細める。 

 まだ抵抗する気があるのかを見極めているようだ。

 なんの反応を示さない麻土香に、ようやく観念したと思ったのか、ワイバーンはついに食事に入ろうと大口を開け麻土香に迫っていく。

 大きく開かれた口、上下には鋭く尖った牙、よだれが糸を引き牙から牙へと伝っていた。

 麻土香は自分を迎え入れようとするその獰猛な口を、振るえる体を抑え涙を流しながら見つめていた。

「(助けて、誰か助けて……イヤだ、死にたくない、死にたくないよ、アキ、アキ、助けて、助けてよ!)イヤァァァッ! アキィィィィィィッ!」


ガブッ


 ワイバーンが麻土香にかぶり付いた。

 しかし、ワイバーンの口の中には、広がるはずの血の風味がまったくしなかった。ジャリジャリと土の味だけが広がっている。

ペッ

 ワイバーンは土を吐き出すと、まわりを見渡す。

 すると、人影を見つけた。


 麻土香は腕の中に包まれ、その体にしがみ付き震えていた。

「麻土香! 大丈夫か?」

 自分を呼ぶ声に導かれるように顔を上げる。

「ア、キ? ……う、うぅ、アキ、アキィィ」

 涙で歪む麻土香の目には、その姿が一瞬アキに見え縋り付いて泣きはじめてしまう。

「麻土香! しっかりしろ! 僕だ、光輝だ!」

 アキと間違え縋りつき泣きじゃくる麻土香を心配し、光輝は呼びかけた。

「え……こ、光輝、君? ……っ!?」

 麻土香は顔を上げ涙を拭うと、ようやく気付いた。自分が光輝の腕の中にいることを。

 麻土香は焦るように体を離した。

「ご、ごめんなさい!」

「いや、間に合ってよかったよ」

 光輝は麻土香が無事でホッとしていた。

「麻土香さん!」

 汐音が駆け寄ってくると、光輝は立ち上がる。

「汐音、麻土香を頼む」

「はい」

 光輝は汐音に麻土香を預けると、ワイバーンを見据える。

 その表情は今までに見たことのないほど怒りに染まっていた。


(あ、あれ? ……何? この感じ……)

 光輝の後ろ姿を見て、麻土香の胸はなぜか高鳴っていた。


麻土香さん、それは恋ですか? 新たな恋ですか? どうでしょう?

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