モルデニア奪還戦
「これはすごいですね……」
城下町の門前、踏み入れる前に町の様子を窺い見た汐音は、植物に覆われた町の光景に驚愕していた。
「前に総司たちが焼き払ったって言ってたんだけど、また繁殖したみたいだな」
そう、以前結衣を救い出すために訪れた際に、総司がアキ(当時はアギトと名乗っていた)と協力して焼き払っていた。
しかし、封印が解かれた状態で放置していた為、大地は瘴気により汚染されたままだった。植物人間を焼き払い安心してしまった為、大地の汚染に気付けなかったのだ。だが、もし気付いていたとして、大地を浄化していても、瘴気を抑えられるモニカがいなかった為、今のこの状況は何も変わらなかったはずだ。
今、目の前に広がている光景は、建物を覆うように植物が生い茂り、蔓が伸び放題、道にまではみ出してきている。話に聞いた光景をそのまま投影しているようだった。
「でも、それにしては多すぎない? この植物って、人を苗床にしてるんだよね? もうここには人は……」
いない、と言おうとしたが、麻土香はモニカに気を遣い言葉を濁した。
自分の生まれ育った国が滅びたのだ。大切な家族、尽してくれた侍女や兵士、密かに思っていた男性もいたかもしれない。その人たちすべてを失ったのだ。辛いに決まっている。
モニカは表情を曇らせ、悲しげに町の変貌を目に焼き付けていた。これが自分の力のなさが招いた結果なのだと、自分を戒めていた。
「確かにそうですね……」
光輝は慎重に植物を確認する。植物の蔓に絡まるように人骨が隠れていた。よく見ると、人でない形の骨も混じっている。獣のような骨や随分と大き目な骨まである。
「魔物……か?」
「魔物ですか?」
光輝の呟きに汐音は訊ね返した。
「ああ、明らかに魔物のような骨が混じっている。推測だけど、魔物に襲われた人たちがここに逃げ込んできたんじゃないかな? そこを魔物共々この植物が取り込み苗床とした。そんなところじゃないかな?」
「なるほど、そういうことですか。人がいないから魔物も取り込んで繁殖したということですね」
光輝の推測を聞き汐音は納得した。
光輝の推測は概ね当たっていた。入り口付近の骨を見れば疑う余地はなさそうだ。しかし、それだけだろうか? それだけにしては植物の数が多すぎる。他にも理由があるはずだ。
その謎は後にわかることとなる。
「それで、これどうするの? このまま石碑に向ったら、その人たちと同じ運命を辿ることになるよ」
麻土香が二人だけ納得している光輝たちに訊ねる。
瘴気を抑えるためには石碑へ向かわなければならない。しかし、石碑にたどり着くにはこの植物が邪魔だ。先に大地を浄化したとしても、植物が無力化されるとも限らない。自身に残る瘴気だけで活動できるかもしれない。もしくは光合成的な何かでエネルギーを生成できるかもしれない。
そう考えると、植物を片付けてから石碑へ向かった方がいい気がしてくる。
「植物を先に片付けよう」
光輝がそう告げると、当然のように麻土香が訊ねてくる。
「どうやって?」
そう、問題はどう片付けるかである。
そうなのだが、麻土香はどうも光輝にキツイ。どうしてもアキと比べてしまうところがある。まさに今も光輝を試していた。どんな策を思い付くのかと。
麻土香はアキだったらこうするだろうなぁと考えた策があったが、一つ問題があった為まだ言う気はないようだ。まずは光輝の策を聞くつもりのようだ。
「そうだな……」
ここまで植物が繁殖しているとわかっていれば、総司を連れてきて焼き払うこともできたのだが、これから引き返し連れてくるのも馬鹿らしい。これだけメンツが揃っていれば何か打てる手があるはずだ。
光輝は顎に手をやり、考えはじめる。
とにかく現状の戦力を確認しよう。
まずは僕、光系統の魔法を少しと、真聖剣、後はアキに貰った剣で居合い斬り、くらいか。
次に汐音、弓を使った遠距離攻撃、強化魔法に回復魔法、威力は弱いが攻撃魔法を一通り練習したらしい。
次に麻土香さん、土系統の魔法、浄化能力は本人も確認していない為できるかわからないとか。
モニカ様は、瘴気を抑える役目があるから、無駄に力を使わせるわけにはいかない。
兵士たちも同様に護衛に専念してもらいたい。
というわけで、使える戦力は初めの3人分だけ、か……
戦力を確認すると、光輝は植物に目を向ける。
植物、か……
光輝は剣を抜くと、植物の前にかざす。そして、他の植物を刺激しないように魔力を注ぐ。剣が光りはじめると、植物が蠢きはじめた。
蔓が光輝の剣を奪おうと、絡まってきたのだ。
光輝は魔力を止め、剣を引き抜く。
「ちょっと、何してんの!」
麻土香が光輝の行動に声を上げる。
光輝が植物を刺激しているように見えたのだ。そんなことをしては、策を思い付く前にこちらが襲われてしまう。
その行動の意図を聞こうとしたのだ。
しかし、光輝は麻土香には答えず、思考に戻っていた。
こちらの戦力と植物の特性をふまえると……やっぱりこれかな。
考えをまとめた光輝は確認のためモニカに訊ねる。
「モニカ様、どこかひらけた場所はありますか?」
突然問いかけられたが、モニカは焦ることなく頭を巡らし答える。
「ひらけた場所ですか……城の東側に演習場がありますが」
「演習場ですか……よし。では作戦を伝えます」
光輝は考えた策を話した。
・
・
「こんな感じなんだが、どうだろう?」
光輝は意見を聞きたそうに訊ねた。
そんな光輝に麻土香はイラッとする。
自信のある策ならすぐに実行すればいい。アキならばそうするはずだと、そう思ったのだ。そこが慎重派な光輝と行動派なアキとの違うところだろう。
何より、その策が麻土香の考えた策と同じだったのだ。同じことを考え付いたことに、自分が光輝と同類な気がして嫌だった。しかも麻土香が問題にしていた箇所も一応クリアしていた。それが何だか悔しかったのだ。
とはいえ、仲間同士でいがみ合っていても仕方がない。冷静に今の策を精査するならば、やはり危険だ。一応クリアしている問題点、そこがネックだった。
麻土香がそれを口にしようとすると、
「それでは光輝が危険ではありませんか!」
汐音が先に声を上げていた。
麻土香もそこが気になっていた。
この策の第一段階ではそれしか効果的な方法がなかったのだ。
最も危険な役回りで、アキならば真っ先にその役を引き受けただろう。いや、細かい説明なしに強行しただろう。
そこが心配なところなのだが……今はアキのことはいい。策の事を考えよう。
「どの道、何をしても危険なのは変わりないんだ。やるしかないよ」
「しかし!?」
光輝はやる気のようだが汐音は納得できないようだ。光輝一人を危険に晒したくないのだろう。
「演習場まで来たら、後は私が何とかするから……」
麻土香は「頑張って」と言おうとしたのだが、なんだか悔しくて言うのを止めた。
「お願いします」
光輝はやはり麻土香には敬語になってしまう。苦手なのだろうか?
「わたくしたちはここに待機していればいいのですね?」
「はい、植物が一掃されたら城に入ってきてください。モニカ様の今回の役目はその後なのですから」
「はい、わかりました。信じてお待ちしておりますわ」
モニカはそういうと、護衛の兵士たちと、物陰に隠れた。
「じゃあ、二人は作戦通りに」
「わかってる。さ、行きましょ」
麻土香は汐音に呼びかけるが、汐音は不安そうに光輝を見つめたまま動かない。
麻土香は溜息を吐くと、少し席を外した。
「光輝……」
「大丈夫だから、向こうで待ってて」
光輝はそういうと、安心させるように微笑みかける。
これがアキだったら、抱きしめて安心させるところなのだろうが、光輝にはできなかった。まだそこまでの仲ではないのだと光輝は思っていた。
思い切って抱きしめるというのもありなのだが、拒否されて作戦前にぎくしゃくするのもよくない。
結局光輝は微笑みかけるまでにとどめていた。
「わかりました。向こうで待ってますから、必ず来てくださいね。私の下に帰ってきてくださいね」
汐音は懇願するように告げる。
「ああ」
光輝の返事を聞き、汐音は麻土香と共に塀の外側からまわり込み、演習場へと向かった。
汐音の言動からはとても光輝を拒否するとは思えないのだが……
「さて、行くか!」
光輝は剣を構えると、剣に魔力を注ぎ込み真聖剣にする。
真聖剣の光が辺りを照らすと、それに誘われるように植物たちが絡みついていた建物を離れ、ウネウネと蠢きながら近づいてくる。
やはりこの植物は光を求めてくるようだ。成長には光が必要なのだろう。
植物は苗床とした生物の骨を芯にするように蔓を撒きつけ、その生物が生きていた頃の形を模していく。その生物の遺伝子情報が残っているのだろうか? それぞれ最適な形へと姿を変えていく。
人型、犬型、オーク型、様々な形を模していく。
植物人間改め変異植物は、光を求め、光輝へと襲い掛かってきた。
光輝は、攻撃を受けとめるとそのまま取り込まれると思い、攻撃を躱しすり抜け様に斬り付けていく。
総司に聞いていた通り、斬ったそばからウネウネと蠢き、切断されたそれぞれで個体を形成し数を増やしていく。
それでも、人型や犬型はましだった。人型の動きはそれほど速くはなく、犬型はそこそこ素早いが脅威であるはずの牙や爪はなくただの動く植物の塊だった。
問題はオーク型、その巨体もさることながら、なんと棍棒を振り回してくるのだ。オークの記憶が刷り込まれているとでもいうのだろうか? 棍棒でダメージを受け、圧し掛かられようものならあっという間に取り込まれてしまう。
こんなのに付き合っている余裕はない。
光輝はある程度攻撃し、注意を引きつけた後、移動を開始した。
変異植物を引き連れ、蔓の蠢く道を足を絡めとられそうになりながらも剣で斬り払い、ひたすら走り抜ける。
さらに奥に進み、演習場とは逆の城の西側方面へ向け進んで行く。
その間にも変異植物は数を増やし、光輝を追って来ている。
西側に着くと、真聖剣で辺りを照らし、建物に絡みついている植物を刺激し引き剥がす。
西側一帯を暴れまわり、一体残らず建物から引き剥がす。
そして注意を引きつけると、再び移動を開始する。
変異植物を引き連れ演習場のある東側へと向かう。
ヒュンッ
「っ!?」
ギュイン
その途中、城門前で光輝は何者かに斬り付けられた。
「なんだっ!?」
ガシャンガシャン
金属の擦れる音が耳に飛び込んでくる。
人かと思い身構えるとそれは人ではなく、変異植物だった。今までの個体とは趣の違う個体だった。
その個体たちは、人型で鎧や、胸当てを付け、剣や斧を装備していた。
「こいつら……」
魔物から逃げて来たという風貌ではない。その風貌から当時を連想することができた。
ボロボロの胸当てをつけている者は野盗を思わせる、鎧を着けている者はどこかの兵士だろう。
城の財宝や町の金目の物を狙い侵入して来た野党と、それを捕らえようと追ってきた兵士。何も知らず飛び込んできた彼らを、植物が取り込んだのだろう。
その両者の陣営が、植物に取り込まれ、一丸となって光輝を襲ってきたのだ。
「厄介だな……!?」
植物兵士が剣を振るう。
光輝はそれを避けると、すり抜け様に剣を横薙ぎに振り抜き斬り付ける。
そこを狙い植物野盗が光輝の頭を割ろうと斧を振りおろしてくる。
「チッ!?」
光輝はそれを剣で受け流し、剣をクルッと回すと、
「フンッ!」
首(頭蓋骨の絡まった蔓の束)を斬り落とした。
連携を取っているわけではないのだろうが、入り口付近にいた植物人間とは違い、動きが格段に良かった。
取り込んだ生物によって、この植物の能力は左右されるのだろう。
と、そんな分析をしている暇はない。
今の一連の戦闘をしている間に、かなりの数の変異植物がまわりに集まって来ていた。
好都合といえばそうなのだが、目的地はまだ先だ。ここで身動きが取れなくなるのはまずいのだ。
光輝は目の前の邪魔な植物兵士を蹴り飛ばし植物野盗にぶつけると、東側へ向け剣を構える。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
行く手を阻む変異植物共へ二の太刀を放った。
光の刃が扇状に広がっていく。
ザシュザシュザシュ……
斬った先からウネウネと蠢き形を成し数を増やしていくが、完全に形を成す前に、斬り払われ一時現れた道を光輝は駆け抜けて行った。
そして、演習場にたどり着いた。
ひっそりと静まり返った広い演習場には誰もいなかった。あるのは鎧を纏った案山子たちのみ。
汐音たちは見つからないようにどこかに潜んでいるのだろう。
光輝は演習場を最奥まで突っ切り、変異植物共を招き入れる。
これがこの策の第一段階、光輝が変異植物を演習場までおびき寄せることだった。
葉の擦れる音、蔓が地面をずる音が演習場に拡がっていく。
すべての変異植物を収容するまで、この場を離れるわけにはいかない。
光輝は、変異植物を斬り付けながら、その時は待つ。
すると、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
という地響きと共に、演習場を覆うように巨大な石の壁がそそり立った。円を描くように、入り口だけを開けCの形の壁が形成される。
と、同時に光輝の足元がせり上がり光輝を変異植物の群れからすくい上げる。
麻土香だろう。
壁は計画通りだが、光輝をすくい上げたのは麻土香のアドリブだろう。もしくは変異植物に囲まれ襲われている光輝を見ていられなくなった汐音が、助けを懇願したのかもしれない。後者がありえそうだ。
光輝は変異植物をおびき寄せるように真聖剣を掲げ、演習場の入り口を見る。
丁度最後の一体と思しき変異植物が入ってきた。
第二段階は変異植物を閉じ込めること。
光輝は声を張り上げる。
「今だぁぁぁぁっ!」
「はぁぁぁぁぁっ!」
壁の外から麻土香の声が響き渡る。
すると、入り口が閉じ、壁はさらに高さを増し天をも覆っていく。
その際に地面には中央に1本、四方に1本ずつ、計5本の黒光りする柱がそそり立っていた。
光輝が乗っている足場もさらにせり上がり、天を覆ったドーム状の天井にまで上がってきていた。
光輝がドームの天井に降り立つと、
「光輝!」
いつの間にか汐音たちも登って来ていた。
せり上がってきた壁と一緒に上がってきたのだろう。
汐音は心配そうに光輝が怪我をしていないか確認する。
「よかった。大きな怪我はないみたい」
光輝が無事で汐音は胸を撫で下ろしている。
かすり傷程度ならいくつか付いている。途中で壁にぶつかったりもしていたからそれは仕方ない。
「ここまでは何とか成功みたいね」
麻土香が安堵したように言う。
「ああ、でもここまで済めば後は成功したようなものでしょう?」
光輝は麻土香を窺うように訊ねる。
「そうね、他に潜んでなければこれで終わるわね」
麻土香は光輝がしくじっていなければ、と言いたいようだ。が、本気でそうは思ってはいないだろう。ただの意地悪だろう。
「じゃあ、仕上げと行きますか」
麻土香はそういうと、指をパチンと鳴らす。
すると、ドームの中で何かが弾ける音がした。
きっと、あの黒光りする柱が粉々に砕けたのだろう。
そしてドームの天井に小窓のように少し穴が空いた。
「汐音」
光輝が促す。
「はい」
汐音は小窓に手をかざす。
そして、
「火の球!」
小さな火の玉が放たれた。
攻撃魔法が苦手だと言うだけあり、なんとも可愛らしい火の玉だった。しかし、今回に限ってはそれで十分だった。光輝は火種が欲しかったのだ。
火の球がドームの中に入って行くと、すぐさま小窓は塞がれた。
そして、次の瞬間、
ドッカァァァァァァン
ドーム内で大爆発が起こった。
地面からそそり立っていた黒光りする柱は、地中に存在する可燃物資の塊。それを、微粒子レベルまで粉々にし、汐音の火の玉で着火し粉塵爆発を引き起こしたのだ。
これが最終段階、粉塵爆発で変異植物を殲滅することだった。
今頃、変異植物共は焼き尽くされていることだろう。
以前ローズブルグの謁見の間で、瘴気を相手に麻土香が起こした粉塵爆発をこの策で採用したのだ。
あの現場にいた為、光輝と麻土香は同じことを思い付いたのだ。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
ドームが揺れ、光輝と汐音は態勢を崩し抱き合うような態勢となる。
「だ、大丈夫か?」
光輝はドギマギしながら訊ねる。
「は、はい」
汐音は顔を赤くし、慌てて体を離した。
汐音の赤い顔につられるように光輝も顔を赤くしていた。
「……」
そんな二人を麻土香はジトッとした目で見ていた。
(チッ、リア充め!)
……
その時の動揺と、妬み、粉塵爆発の爆音により、光輝たちは聞き逃してしまっていた。
爆発とは違う別の何かに気付くことができなかった。
光輝と麻土香は仲が悪いのか? どうでしょう?