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空中戦2

 アキは胃の中の物を全て吐き出し、幾分か体調も戻ってきていた。

 回転していた事が幸いしたのか、顔面に嘔吐物は掛かっていなかった。しかし、ワイバーンの手にはぶっ掛かり、その隙間を通りアキの服に染み込んできていた。

「最悪だ……」

 体調は戻っても、気分はより悪くなっていた。

 アキは、ワイバーンが当初北東へ向かっていると認識していたが、鳥の襲撃に遭い酔ってしまったため、

すでに方角がわからなくなっていた。

 今も絶え間なく動きまわっているため、両手は拘束されていたが気持ちはお手上げ状態だった。


 つまり、ワイバーンと鳥との空中戦は、今だに続いているということだ。 


 ワイバーンは鳥の巻き起こした突風で負傷した羽を庇いながら旋回し、鳥に向けファイアーブレスを吐き出す。

ゴォォォォォォォォォォ

 鳥はそれを翼を羽ばたかせ、巻き起こした突風で受け止める。

ビュオォォォォォォォッ

 ワイバーンと鳥は上空でホバリングしながら炎と風で押し合いせめぎ合っていた。

 しかし、やはりというかブレスを吐き出しているワイバーンの方が先に力尽き、押し返されてしまった。

 ワイバーンは身を翻しギリギリで炎風を躱すと、そのまま鳥へと接近する。

 その際に炎風がアキのすぐ近くを吹き抜けていく。

「ぶわっ!? あっちちち……」

 熱で前髪が若干チリチリになった。

 ワイバーンは勢いよく突っ込んでいくと、すれ違いざまに腕を振るいその鋭い爪で斬り付ける。

 鳥もそれを迎え撃つかのように足を振り下ろし、鋭い爪で応戦する。


Gyaaaaaaaa

「クエェェェェェェェェ」

ズシャァァァ……


 鳥の羽根が舞い散り、ワイバーンの鮮血が舞う。


Gugyaaaaaa


 ワイバーンは肩口を斬り裂かれていた。

 片方の羽を負傷していた為、空中戦ではワイバーンの方が不利だった。

 ワイバーンは旋回し、再び鳥に向け攻撃を仕掛ける。

 先ほどと同じように斬り裂かれた腕を振るい、爪で斬り付けていく。

 鳥も再びその鋭い爪で迎え撃つ。今度は止めを刺すつもりのようだ。

 両者勢いを殺すことなく接近し、再び激突するかに見えた。

 しかし、ワイバーンは接触の手前で腕を振り抜き、鳥の手前の空間を斬り裂いた。

 腕の痛みでタイミングがずれたのだろうか?

 鳥はその隙を見逃さず、止めを刺そうと爪を振り下ろす。


ドズッ

「クエェェェェェッ!?」


 鳥の爪は届かず、ワイバーンの尻尾が鳥の腹部に打ちつけられていた。

 ワイバーンは腕を振り抜いたと見せかけ、体を回転させ、尻尾を振り抜いていた。フェイントを掛けていたのだ。

 不意の尻尾の一撃だった為、鳥は思いのほか大ダメージを受けた様で、吹き飛ばされ落下していく。

 ワイバーンはそれを追尾し、追い打ちを掛けようとする。

 眼下には緑に覆われた町が広がっていた。

 町に墜落するかに思われた瞬間、鳥は翼を広げ風を捉えると弧を描くように急上昇していく。

 ワイバーンもそれに続き上昇しようとする。

 しかし、片方の羽がうまく動かせないワイバーンは上がりきることができず、地面と水平を保つように直進していた。

 鳥は、上空でジェットコースターのようにくるっと宙返りすると、ワイバーンへ向け急降下する。

 鋭い爪を構え、ワイバーンを捕らえて地面に突き落そうと迫ってくる。 

 ワイバーンは攻撃を避けるように旋回すると、街道の通る山間へ飛び込む。

 鳥も後を追うように山間に飛び込んでくる。

 スピードは上空から急降下してきた鳥の方が速く、今にも追い付かれそうだ。

 鳥は翼を羽ばたかせ、ハンターの如く羽根の矢を放つ。


バサバサッ

ヒュヒュヒュンッ


 ワイバーンは体を回転させローリングし、羽根の矢を躱していく。

 そして、息を吸い込むと、ブレスではなく、炎の弾を後方へと吐き飛ばした。


ボウッボウッボウッ


 鳥は体を小さくし、炎の弾の間を縫うように突っ切り躱した。

 体を小さくしたことで風の抵抗を最小限にした鳥は、さらに加速が掛かった。

 鳥は再び翼を羽ばたかせ、羽根の矢をマシンガンのように放つ。


バサバサバサッ

ヒュヒュヒュヒュヒュヒュンッ


 ワイバーンは体を横にし強引に曲がると、渓谷へと体を滑り込ませた。


ドスッドドドドドドドスッ

ガガガガガガガッ


 羽根は山肌に刺さり、ワイバーンは曲がり切れず山肌に足を打ちつけていた。

 アキは眼前に山肌が過ぎ去るのを見ていた。

(あぶねぇ、すり身にされるとこだった)

 ワイバーンは何とか態勢を立て直し渓谷を抜けると、再び体を横にし強引に左に曲がる。

 再び山肌に足をぶつけるが、構うことなく飛び続ける。

 当然アキも山肌を眼前に見て肝を冷やしていた。

 今の山肌との激突の衝撃で山が崩れ、後から来る鳥に直撃するものだと思われた。

 しかし、鳥は後を追って来てはおらず、崩れた岩石は何もいない街道に流れ込んでいった。

 ワイバーンは鳥を振り切ったと思ったのか速度を落としていく。


Gruuuuuuuu


 ホッとしたのかワイバーンが喉を鳴らしていると、山間を抜け、大きな湖へと出た。

 ワイバーンが湖の中央で停止し、安全を確認するよう後方へ体を向けホバリングする。

 すると、フッと黒い影が落ちた。

 ワイバーンが上空を見上げると、


「クエェェェェェェェェ」


 急降下する鳥の姿を捉えた。

 急降下してくる鳥と、ホバリングするワイバーン、どちらが速いかといえば一目瞭然だった。

 鳥は急降下してくると、その鋭い爪をワイバーンのどてっぱらに振り下ろした。


ザシュッ


 ワイバーンは避けることもできず直撃を受け、鮮血を撒き散らせながら湖に墜落した。


Gugyaaaaaa

ザッパァァァン


 水飛沫を上げ、ワイバーンは背中から着水した。

 当然アキも道連れにされ、ワイバーン共々湖に沈んでいった。

「ゴボゴボゴボ……(俺を巻きこむなぁぁ!)」

 アキは水圧に押し潰されながらも文句を言った。

 しかし、アキは運がよかった。腹から着水していたらアキはその衝撃をモロに喰らうところだった。

 そして、戦闘の緊張からかワイバーンのアキを掴む手は硬直し、力が緩むことはなかった。ワイバーンがアキを手放していたら、下手をしたら鳥の一撃を先に喰らっていたかもしれない。

 不幸中の幸いなのだが、そう思うとわずかながらにワイバーンに感謝してしまうアキだった。

 ワイバーンは水飛沫が収まると、腹の中の空気を吐きだしその気泡を囮にする。自分はまだそこにいると誤認させようというのだ。

 鳥の目を盗むように、湖底を進み、湖の端まで泳ぎ着くと一気に飛び出した。


ザッパァァァン


 ワイバーンはそのまま山間に飛び込み飛び去る。

 湖の上で、浮かび上がってくる気泡のまわりをグルグルと旋回し、ワイバーンが飛び出してくるのを待っていた鳥は、気付くのが遅れまんまと出し抜かれてしまった。


「クエェェェェェェェェェ!」


 鳥は怒声を上げ、後を追いかけてくる。

 ワイバーンはすでに逃げの一手となっていた。

 どうしてもエサを届けたいのか、それとも鳥を住処から遠ざけたいのか、とにかく逃げている。

 ゲロまみれのエサというのも衛生的にどうなのかと思っていたが、湖に落ちたことで、綺麗にゲロは洗い落とされている。エサとして申し分なくなってしまった。

 ワイバーンの逃走経路から住処の場所のおおよその見当がついたため、アキはそろそろ拘束を解いて逃げようかと思っていた。

 しかし、すでに鳥が間近まで迫って来ていた。

 ワイバーンは山間の突き当りまで来ると、山肌に沿って急上昇する。

 迫って来る鳥を山肌に激突させるという算段のようだ。

 そんな中逃げようものなら、激突に巻き込まれてしまう。

 アキはもう少し様子を見ることにした。

 しかし、鳥はそれがわかっていたのか、ワイバーンよりも先に上昇をはじめていた。

 ワイバーンが山を飛び越えた頃には、鳥は十分な高度に達し、ワイバーンに向け急降下してくる。

 鳥は、勢いをつけ、鋭い爪を振り下ろした。


「クエェェェェェェェェェ!」

ザシュッ

Gugyaaaaaa


 鳥が山肌に激突するものと思っていたワイバーンは、碌に避けることもできずに直撃を受け、鮮血を撒き散らせながら落下しはじめる。

 墜落を免れようとワイバーンは必死に飛び上がろうとするが、蓄積したダメージのせいで体が思うように動かないようだ。地面に対し水平に保つのが精いっぱいといった感じだ。それでも下降を抑えることは出来ないようだ。

 山頂から下るように、斜めに真っ直ぐに下降していく。

 村の上を通過し、その先の落下予測地点には……

「や、やばい!」

 アキは自分がどこに向かい下降しているのか気付き驚愕する。

 拘束を解こうともがくが、時すでに遅かった。今解いたところで、この勢いでは落下地点が変わることはない。

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 アキは絶叫を上げながら、ワイバーン共々遺跡に突入し、発動した転移陣の光の中へ消えていった。




「なんだったんだ? さっきの巨大な鳥は……ワイバーンと戦っていたみたいだったが」

「そうですね。ワイバーンと戦っていた理由はわかりませんけど、あの鳥、大きい時のルゥちゃんに似ていましたね。同じ種族なのかもしれません」

「あの鳥がグリゴールだってことか?」

「かもしれません」

 森に潜んでいた光輝と汐音は急に落下してきて、空中戦を繰り広げ去って行ったワイバーンと鳥の話をしていた。

「でもそのおかげで、この辺をうろついてた魔物が逃げて行ったんだから、無駄に戦わなくて済んで結果オーライなんじゃない?」

 後ろで周囲を警戒していた麻土香がボソリという。

「そうですね。この先がどうなっているかわからない以上、無駄な戦いは避けたいところでしたからね」

 光輝は頷いた。なぜか麻土香相手だと敬語になってしまうようだ。

 ワイバーンと鳥の戦闘の余波は地上にも届いており、軽い嵐になっていた。

 その為、光輝たちは森に潜んでやり過ごし、モルデニアの街道周辺をうろついていた魔物たちは、巻き込まれるのを恐れ南へと逃げて行ったのだ。

 光輝たちはモルデニアに来ていた。

 それはモニカの希望だった。城を取り戻し、国を復興させたいと申し出て来たのだ。

 人手も不足していた為難しい所ではあったが、封印が解かれたまま放置しておくのもよくないと嵐三に告げられ、瘴気を抑えに来ていたのだ。

 その為、当然モニカも同行している。

 モニカはモルガナだったころのような白いドレスではなく。目立たないよう、地味目な茶系のローブに身を包んでいた。

「申し訳ありません。わたくしのわがままでご迷惑をお掛けしてしまって」

 モニカが謝罪の言葉を口にする。

「いえ、師匠が言ったように、封印をそのままにはして置けませんから」

 モニカの謝罪に光輝は恐縮してしまう。

「そう言ってもらえると助かります。麻土香さんも、よろしくお願いしますね」

 モニカは麻土香に微笑みかける。

「あ、いや、その、頑張っては見ますけど、あまり私に期待されても困ると言うかなんというか……まだ自信ないんですよね」

 麻土香は自信なさげに言っているが、この同行には自ら申し出て来たのだ。

 レイクブルグは冬華が、サンドガーデンは総司が、ローズブルグは瘴気が拡がる前に抑えられた為助かったが、風の精霊が封じられていたことから、おそらくは風音が担当するはずだったのだろう。ならば残りのモルデニアは自分が担当のはずだ。

 力に目覚めていない風音に代わり、アキがあんな姿になってまで瘴気を抑えてくれたのだ。自分まで迷惑はかけられない。

 麻土香はそう思い、申し出たのだ。

「きっと大丈夫です、麻土香さんならできますよ」

 モニカは麻土香の手をギュッと握り、応援する。

 その真っ直ぐな視線に麻土香は気圧されてしまう。

「は、はい、頑張ります」

 しかし、不思議とやれそうな気がして来ていた。なぜだろう?

(これがお姫様パワー……こんなに真っ直ぐに見つめられたら、やらないわけにはいかないじゃん)

 麻土香は一人納得し、奮起していた。

(それにしても、このモニカ様があのモルガナだとは全然思えないのよね。モルガナってすっごい冷酷だったから、もっとギクシャクするものだと思ってた。でもモニカ様はすごく優しくて、ギクシャクになんてならないんだよなぁ。なんだか少し拍子抜け。モルガナだった頃の記憶ってないのかな? 私は覚えてるんだけど……)

 そればかりはモニカにしかわからないことだった。

「それじゃあ、町に入ろう。何があるかわからない、モニカ様の護衛よろしくお願いします」

 光輝は護衛の兵士に声を掛ける。光輝たちがいるため少数ではあるが、ロマリオは兵を出してくれていた。

「ハッ! 命に代えましてもお守り致します」

 兵士たちは、気合十分といった感じだ。

「よろしくお願いしますね」

 モニカは護衛の兵士たちに微笑みかける。

「ハッ! 喜んで!」

 兵士たちは声を裏返しながら、どこかの居酒屋店員のようなことを口にした。

(恐るべし、お姫様パワー……)

 麻土香は一人驚嘆していた。


さらばアキ、また逢う日まで……

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