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空中戦

「なんだここ、やたら蒸し暑いな」

 背後からカルマの愚痴のような声が聞こえてくる。

 確かに蒸し暑いが我慢できないほどではない。きっとあの鎧のせいだろう。カルマは上半身を鎧ですっぽり覆っている。鎧に熱が伝わり蒸されているのだろう。 

 アキたちは結晶のあった洞窟に足を踏み入れている。ワイバーンがいるかもしれない洞窟へだ。

「シッ! デカイ声出すな」

 アキは小声で注意すると、カルマは両手で口を塞ぎまわりをキョロキョロする。

 そんな事をしなくても接近する者がいれば気配でわかる。

 ルゥの動物の勘もあるためそこまで警戒する必要はない。

 ただ、先に気付かれるのだけは勘弁してほしかった。まさかとは思うけれど、万が一にもワイバーンが気配を消すことができるのなら、待ち伏せを受けてしまう。ワイバーンの待ち伏せなど笑えない話だ。

 それが起こったとして、一人ならまだ逃げ切れるかもしれない。しかし今回は二人と一羽もいる。逃げることは難しいかもしれない。

 だから、気付かれる前に見つけたいのだ。

 とは言ったが、洞窟に入る前に気配を探ったが、洞窟内に気配は感じられなかった。

 前回もそうだが、ここは魔物を寄せ付けない何かがあるのだろうか? あの結晶があったことと何か関係があるのかもしれない。

 しかし、今はワイバーンの捜索に来ているのだ。そちらの詮索は後回しだ。

 注意深く奥へと進んで行くと、気になることが出てくる。

 サラがうっすらと汗を掻き、頬に髪が張り付いているのだ。なんとも色っぽく見える。

 アキは思わずチラチラ見てしまう。

 当然サラはその視線に気付いている。

「どうしました?」

「い、いや、この暑さだから体は大丈夫かな? と思って」

 サラに問いかけられアキは口ごもりながらもなんとか返すことができた。

「わたしよりもルゥちゃんが苦しそうです」

 サラにそう言われ、アキは静かにしているルゥの様子を見る。

「ルゥ?」

「グエェェェ?(なぁにぃぃ?)」

 ルゥの声には元気がない。相当参っているようだ。

 前回はここまで苦しそうではなかったが、ひとまわりデカくなったのが原因だろうか? ルゥも成長し羽根や羽毛がかなり増えていた。これでは暑いだろう。

 アキはルゥに水を飲ませてあげた。

「ルゥ、水だこれ飲んで元気になれ」

「グエェェェ(ありがとぉ)」

グビグビグビ……クハッ

「グエェェェェェェ!(元気出たぁぁぁぁぁ!)」

 ルゥは満足そうな表情で歩き出す。というか声がデカい。

「ルゥ、元気になったのはいいけど声がデカい」

「グエッグエェェェェ(あっ、ごめんなさぁい)」

 ルゥは謝ると、両翼で嘴を塞ぎまわりをキョロキョロする。カルマと同じ動きだった。


 しばらく進むと、例の結晶があった、シンと遭遇した広い空間にたどり着く。

 前回ここへ来た時と何も変わっていなかった。と、言いたいところだが、変わっている部分があった。

 前回はこの空間の中央には光が射し込んでいたが、今はかなり大きな光源が射し込んでいた。それはつまり、光の取り込み口が広がっているということだ。

 アキはすぐに近づくような真似はせず、岩陰から顔を出しチラリと覗き見た。

 天井は半壊し、空が見えている。半壊し崩れている割には崩れた岩などは洞窟内に少ない。まるで内側から外側に向け破壊されたかのようだ。

 アキはこの空間の半分を照らし出している光を頼りに、洞窟内を見渡した。

 ワイバーンの姿はなく、静かなものだった。しかし、前回来た時にはなかった妙な塊が視界に入った。

 アキは注意深く岩陰から出て、その塊へと近づいて行く。

 サラたちもアキに続いて出てこようとするが、用心のためアキはそれを手で制した。

 アキはその塊を見て驚愕する。

「卵って、マジか……」

 アキの足元には巨大な割れた卵の殻が落ちていた。

 一瞬グリゴールの卵を連想したが、巣で見た卵とは違って見える。随分と殻が厚く硬そうだ。グリゴールのヒナがこんなものを内側から破って出てこられるだろうか? そんなことができるのはドラゴンのヒナくらいじゃないか?

 アキがそう思考を巡らせ卵を調べていると、

「何か見つかりましたか?」

 サラが心配そうに顔を覗かせ訊ねて来た。

「ああ、卵の殻が……」

 アキが振り返り答えようとした時、それは現れた。

「ぐぅっ!?」

「っ!? アキ!」

「グエェェェェ!(パパァァァッ!)」

 空から急に現れたそれは、その足でアキを上から押さえつけたかと思うと、そのまま掴み上げ飛び去って行った。

 アキは洞窟内に注意を払い、卵に意識がいっていた為、空からの接近に気付くのが遅れてしまっていた。

 サラの声が聞こえ、アキを取り戻そうとルゥが飛び込んできていたが、それも一瞬で遥か下へと流れていった。

 正確にはアキの方が上空に運ばれて行ったのだが……

 今の衝撃で崩れ始めている洞窟の中から、サラがこちらに手を伸ばしているのが見えた。カルマがそれを止め避難させようとしている。

 ルゥも何とかアキに届かないかとピョンピョン飛び跳ねているが、すでに届くはずのない距離になっている。

「(いいからお前たちは避難しろ!)」

 アキは叫んだ。いや、すでに声も届かない距離だ、心の中の願いだったのかもしれない。

 アキはそう願い、サラたちの無事を願った。

 とはいえ、今一番命の危機にあるのはアキである。

 アキは掴まれた状態のまま首を動かし、自分を拘束しているモノを確認する。

 するとすぐ頭上から、


Gyaaaaaa……


 咆哮を浴びせられた。

 この咆哮でワイバーンだと言うことが見るまでもなくわかってしまった。

 目視で確認してもやはりワイバーンだった。

 顔が異様に近い。どうやら掴んでいたのは足ではなく手の方だったようだ。この大きさと重量感では間違えてもおかしくはないだろう。

(さて、どうしたものか……)

 アキは現状を整理し考えはじめる。

 サラたちの事は今の自分にはどうすることもできない。あの中で唯一冷静であろうカルマが何とか避難させてくれているだろう。城に戻って報告してくれるに違いない。一応城の兵士だし。

 問題はこの状況だ。捕まえて移動しているということは、すぐに喰うつもりはないのだろう。ひょっとしたら子供に喰わせるつもりなのかもしれない。あの卵がドラゴンのものだとすればだけど。まあ、このタイミングであんなところにあればそうとしか考えられないのだが。

 だとしたら、エサとして子供のいるところへ運ばれているのかもしれない。残り1体のワイバーンもそこにいるのかもしれない。

 強引に手を開けば逃げ出すこともできる。しかし、奴らの居場所を突き止めるいいチャンスでもある。何よりこの高さから落ちたくない。

 アキは結論を出した。

 アキは大人しくしていることにした。

 アキは眼下に広がる美し景色に見惚れていたかったが、一応ワイバーンの情報を得ることにした。なにせ間近で見るのはこれがはじめてである。弱点があるのなら、今のうちに見つけておこうと考えた。

 アキは首を動かしワイバーンを見る。

 やはり大きさ的にはあのドラゴンよりも小ぶりだ。あれと戦った後だと迫力に欠けるが、相手は一応ドラゴン、甘い相手ではない。硬そうな鱗に覆われ、鋭い爪、鋭い牙が見える。そのうえ炎も吐くと言う。弱点なんてあるのだろうか? カルマたちは口の中を狙ったようだが、飛び道具で強弓ほどの貫通力を持った武器は手元にはない。

 他に弱点らしいところは……あった。よく見るとこのワイバーン体の所々に傷がある。まだ治っていないようだ。何かと戦った痕のように見える。あの傷痕には鱗はなく攻撃が通じるかもしれない。一応記憶にとどめておこう。

 あの夜あの巨大な鳥はグリゴールの巣から北東に飛んで行った。丁度あの洞窟のある方角だ。ワイバーンを倒したのがあの鳥だとするなら、こいつもあの鳥にやられたのかもしれない。だからあの洞窟から、孵ったばかりの子供を連れて逃げだした。そして、報復のために戻ったところ、アキたちと出くわしたのかもしれない。

 そこでアキは気付いてしまった。

(ちょっと待て、ということはこいつあの鳥に狙われてるんじゃ……)


「クエェェェェェェェェェ」


 突如聞こえた奇妙な鳴き声がだんだんと近づいてくる。

 アキは首を動かし背後を見た。

 すると、あの晩見た巨大な鳥のシルエットと酷似した鳥が迫って来ていた。その視線だけで殺せるのではないかというほどの殺気を孕んだ目を向けている。

「っ!?」

 アキはあの鳥がこのワイバーン以上に脅威だと思い一瞬身が竦んでしまう。

 鳥の殺気に気付いたのかワイバーンは振り返ると、鳥の姿をその目に捉え怒りの咆哮を上げる。


Gyaaaaaaaaa


 アキは体を拘束されているため耳を塞ぐ事ができず、まともに耳に入れてしまった。その為、その咆哮で三半規管をやられてしまい、平衡感覚が狂い視界がグルグル回る。

「ぐっ!?」

 鳥はワイバーンに攻撃を仕掛けてきた。

「クエェェェェェェェェェ!」

 その巨大な翼を羽ばたかせ、羽根を矢のように飛ばしてくる。

 ワイバーンはそれを急旋回、急降下して躱していく。

 アキはその急な回避運動に拘束されながら耐えていた。

 ワイバーンは反撃をするため、急上昇し鳥に迫っていく。

 そして、息を吸いこみ、ファイアーブレスを吐き出した。

ゴォォォォォォォォォォ

 鳥は風にうまく乗り、螺旋を描くようにそのブレスを躱し接近する。

 そして、ワイバーンの横に回り込むと、鳥は再び翼を羽ばたかせ突風を巻き起こす。

ビュウゥゥゥゥゥゥゥッ

 ワイバーンはその突風を羽に喰らい、風をうまく捉えられなくなりその巨体は落下しはじめる。

 鳥の突風の影響もあり、グルグルと回転しながら落下していく。

 その間にもワイバーンはアキの体を手放さなかった為、アキも同じように落下していく。

 三半規管をやられたうえに急な回避運動、それに続きこの回転である。アキはもう吐きそうだった。

「き、気持ち悪い……うぷっ」

 両手を拘束されていたアキは、口を押さえることができず、


「うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」


 今、異世界の空にアキの嘔吐物が撒き散らされた。

 そして、キラキラと綺麗な虹が掛かっていた。


きっとアキはゲロまみれ……

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