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修行4

 翌日、アキはリーフ村の脇を流れる川の中州でカルマの修行を見ていた。

 なぜ、グリゴールの巣の調査に行っていないかというと、すでに調査済みだからである。


 話は今朝の朝食時に戻る。


「お、おい、アキ。お前何したんだよ?」

 カルマは食堂の席に着くなり、いきなりそんなことを聞いてくる。

 理由は簡単、サラの機嫌が悪いからだ。

 今朝、結局サラはアキの包囲網を突破することができず、辱めを受けたのだ。

 辱め……ただアキがサラの匂いを嗅いだだけなのだ。嫌がる女性の匂いを嗅いだだけなのだ。

 決して褒められる行為ではなかった。

「何って、別に変なことはしてないぞ。ただのスキンシップだ」

 アキはすっとぼける。

 スキンシップと聞こえの良い言葉を選んでいるけれど、事実はそうではない。何度も言うが、女性に嫌がることをしてはいけません。

「そうか?」

 カルマは疑いの視線を向ける。

 アキの答えを聞いたサラの視線が、鋭くアキを射貫いていたからだ。

 ただのスキンシップでそこまで冷たい視線を浴びせるだろうか?

 今朝カルマは隣の部屋の騒がしい音で目が覚めた。もちろんアキたちの部屋からだ。

 カルマは「朝からお盛んなことで」と呆れていたが、顔を合わせてみるとどうも違うらしい。そうであるならこんなにも険悪な雰囲気を醸し出したりはしないだろう。

 カルマはアキが何をしでかしたのか非常に興味があった。女性に何をしたらここまで怒らせることができるのか、と。それを事前に知っておけば、冬華相手に誤ってそれをしてしまうというリスクも減るとカルマは考えていた。

 しかし、この調子では二人は何も話してはくれないだろう。ほとぼりが冷めた頃に、ぽろっと口を滑らせそうなアキにさりげなく聞いてみることにしよう。

 カルマはそう判断し、この場で聞くのはやめ朝食に口をつけはじめる。

「あ、グリゴールの巣の調査は飯食ったら行くんだろ?」

 カルマは朝食を口に運びつつ、話題を変えた。

「ああ、そのことだけど、調査はもういいや」

 アキはパンを頬張りつつ言い放つ。

「「はぁ?」」

 カルマだけでなくサラも同じように驚いていた。

 どうやらサラも寝耳に水のようだ。朝から険悪な雰囲気なのだから話す気も、聞く気も無かったのだろう。それでもアキの側を離れないということは、やはりただの痴話喧嘩で、早く仲直りしたいのだろう。

 しかし、今はそんな事を気にしている時ではない。

「どういうことだよ!」

 カルマは食って掛かる。

 それはそうだろう。調査のために駆り出されてきているのに、いざその日になり「もういいや」などと軽く言われれば頭にも来る。やる気がないにもほどがあるだろう。

 カルマはアキの返答次第では、アキを殴り飛ばして一人で調査に行くつもりでいる。

 カルマがそんなことを考えていると、サラは何か思い当たることがあるのか、ハッとした表情をする。

「アキ、やはりあの時、一人で調査に行ってましたね!」

 サラは今朝見た夢を、そしてアキが部屋にいなかったことを思い出していた。

 機嫌の悪さが尾を引いているのだろうか? 責めるような口調だった。

 隣で寝ているサラを置いて一人で行ってしまえば、機嫌が悪くなくても怒るだろう。

 サラを危険な夜の森に連れて行きたくないと言うのはわかるけれど、待つ方は心配でおちおち眠ることもできない。まあ、黙って行ったためサラは眠っていられたのだが。

 しかし、だからこそ納得出来ない。夢の中のアキは魔物の群れに襲われていた。撃退してはいたが、アキにもしものことがあれば、サラは一人で眠ってしまったことを一生後悔し続けるだろう。あの時起きていれば、アキを一人で行かせずに済んだのに、と。

 サラはアキを見つめ答えを待つ。

 アキは口の中のパンを飲み下すと口を開く。

「結論から言えば、夜中に様子を見て来た。んで、ワイバーンが1体死んでいた」

「それは夢で見ましたから知っています」

「夢?」

「予知夢ですよ! 知っているでしょう?」

 アキはサラの言葉を聞き違和感を覚える。

(それって予知夢なのか?)

 アキはサラが眠った後すぐに部屋を出た。

 そして、調査を済ませ宿に戻り着替えると、サラに言った通り用を足して戻った。

 その際に目覚めたサラと鉢合わせたのだ。

 どのタイミングでサラが目覚めたのかはわからないが、ほぼリアルタイムで見ていることになる。これは予知夢とは言えないだろう。別の力ではないだろうか?

 アキがそんな事を考えていると、サラが声を上げていた。

「そんなことを言ってるんじゃありません! なぜ一人で行ったんですか! そんなにわたしたちが頼りないですか!」

 サラの口調は怒ってはいるが、どこか悲しげな表情をしている。

 アキに頼りにされない、必要とされない。それはサラにとって辛いことなのだ。

 これ以上サラの悲しそうな顔は見たくないと思いアキは素直に答える。

「いや、そんなことはないよ。昼間なら全員連れて行くつもりだったし。夜中は俺一人の方が安全なんだよ」

 夜中の魔物は昼間よりも魔力も高まり気性も荒い、負の力も高まっているため、アキは力の暴走を危惧していた。

 前にも言ったが、あの力はアルスが制御してくれてはいるが、不明瞭な部分のある力だ。用心に越したことはない。

「それに夜中俺たち全員が出払っている間に村が襲われるって心配もあったからな」

 目撃情報から、それはほぼないと思っていたが、サラを納得させるためにそう言った。

「ついでに言えばカルマがダウンしてたからな」

 ついでとは言ったが、落としどころとしてはここだろう。カルマがまともに戦えない状況でサラまで連れて行くことは出来ない。

 これが一番サラを納得させられる理由付けだろう。

「そりゃ、お前が変な修行させるからだろ! 説明もなしにさせるからあんな目にあったんだ!」

 カルマはここぞとばかりに昨日の恨みを吐き出した。

「そ、それに関してはホントに悪かったって。昨日謝っただろ?」

 カルマを宿に運び込んだ際に謝ったはずだ。あの時、カルマの意識が戻っていれば、だが。

「そ、そうなのか?」

 どうやら意識は戻っていなかったらしい。

「そうでしたか。ですが、せめて声を掛けてほしかったです。そう言ってくれれば、わたしも納得しましたし」

 サラは声を荒げたことを反省しているのか、声のトーンが低い。

 力について隠しているため、サラのトーンの低さにアキは罪悪感が芽生えはじめていた。

 アキはサラの気持ちを和らげようとする。

「サラの寝顔が可愛かったから起こせなかったんだよ」

 アキは頬を掻き茶化すように言う。しかし、半分は本当だった。可愛すぎてなかなか離れることができなかったのだ。後ろ髪引かれる想いで部屋を出たのだ。

「あ、アキ! わたしの寝顔見たんですか!」

 サラは思いのほか喰いついてきた。

(そういえば女性は寝顔を見られるのが恥ずかしいと聞いたことがあるな)

 アキはそれが事実なのだと判明し一人頷いている。

「見たんですね!」

 サラは今のアキの頷きで肯定したのだと判断したようだ。否定する気はない為構わないのだが、サラの機嫌が悪いままというのも寂しい気がした。怒ったサラよりも笑顔のサラを見ていたかったのだ。

 アキは体をサラへと向けサラの手を握り告げる。

「大好きな女の子のことはすべて見たいと思うのは男の性だ! 仕方がない事なんだ! サラは違うのか?」

 アキは熱弁した。

 どんなに醜態を晒そうと、それがアキならばサラは見守りたいと思っている。もちろん格好良い所を見たいと言う欲はあるけれど、そういうところすべてひっくるめてアキなのだ。アキのすべてを知りたいと願うサラは、どんなアキでも見逃すことなどできないのだ。

 サラは言い含められてしまった。

「それは……わたしもそうです」

 サラは照れながら手を握り返し、アキを見つめる。

 結局のところ、サラは「大好きな女の子」と言われ嬉しかったのだ。

「だろ?」

 見つめあう二人……

 それをジトッとした目で見るカルマ。

 話がだいぶ逸れてしまっている。

 朝食を食べながら、こんなバカップルを見ていたくないと思ったカルマは話を戻すことにした。

「それで? 結局今日はどうするんだよ?」

 アキはカルマの存在を思い出したように視線を向ける。

 一瞬サラに睨まれたがカルマは見なかったことにした。

「ああ、今日は様子を見る。早く次の候補地に行きたいんだけど、巣にいたワイバーンが1体だけとは限らないし、死骸を見た仲間が怒り狂って村を襲ってくるかもしれないしな」

 ワイバーンを殺した相手と思しき鳥が飛び去って行った為、ワイバーンが勘違いして村を襲てくるかもしれないとアキは思っていた。

「だから今日はみっちり修行できるな」

 アキはニヤリと笑う。


 そんなことがあり、今アキはカルマの修行を見ているのだ。

 ちなみにルゥは今日もシェリーたちと遊んでいる。

 サラは何か調べたいことがあるとかで、村長の家にお邪魔している。

 というわけでムサイ男二人で修行中だ。

「……言葉にすると、ホントにムサく感じてくるな」

 アキは項垂れる。

 カルマはアキの呟きが聞こえていなかったのか、昨日と同じく素振りに集中している。

 昨日は激痛に襲われあの時の感じを忘れてしまっていた為、もう一度百会のツボを刺激するところからはじめていた。

 カルマが忘れていても体が感覚を覚えているはずだから、すぐに気を放出できるはずだ。

 アキの読み通り、カルマは早いうちに薄い気を放出することに成功していた。

「いいか、その気はうまく扱えば相手にダメージを与えられるけど、その逆もありえる。昨日身をもって味わったからわかると思うけど、外に放出しているときに気を破られるとその反動が身体に返ってくる。そうなると激痛で動けなくなって、最悪そのまま死ぬ」

 カルマは昨日の激痛を思い出し顔を歪める。

「つまり、諸刃の剣ってことだ。カルマは俺ほど気があるわけじゃないから、外には出さない方がいい。カルマには剣技があるんだから攻撃には使うな。気は全て防御や身体強化に使った方がいい。元々気っていうのはそういうもんだ」

 しかし、カルマは納得していないようだ。

「でもよう、攻撃に使えるんなら使った方がよくねぇか? 攻撃は最大の防御って言うしよ」

 武闘派なカルマらしい考え方だ。

 しかし、それは了承しかねる。考え方を改めさせる必要がある。

「その考え方があるのになんで逆の発想ができないんだ?」

「逆の発想?」

 カルマは首を傾げる。

「防御は最大の攻撃になる、だ!」

「は?」

 カルマは呆気に取られている。そしてバカにするような視線を向けてくる。

「まあ、見てろ。俺の気は見えるよな? これを体内で留める。んで、体の表層を活性化させて防御力を高める」

 傍から見ると、ただ突っ立ているように見えるが、カルマの目にはアキの体に気が吸い込まれて行き、表面が何かでコーティングされたように見えていた。

「お! お約束のように丁度いいところに魚人が2体現れたぞ」

 アキは嬉しそうに魚人に近寄っていく。もちろん丸腰だ。

 そんなアキに魚人は飛び掛かってきた。

「あ、アキ!?」

 カルマが声を上げる。

 魚人が空中で前回転し、その勢いに乗せ尾ヒレでアキを攻撃してくる。

 アキはそれを腕でガードし、手刀で魚人の体を貫いた。

グチャ

「なっ? 素手でも魚人を貫ける」

 アキは振り返りカルマに告げる。

 しかし、もう1体いる。目の前でビチビチ痙攣を起こす魚人の横から飛び出し、水の弾丸を吐き出してくる。

「で、気で身体強化すれば……」

 アキはその水の弾丸を避ける。

 魚人は連続で水の弾丸を吐き出してくる。

 アキは避ける、避ける、避ける。

 そして、接近すると、攻撃(デコピン)する。

 魚人はクラクラしながらも水の弾丸を吐き出す。

 アキは避ける、避ける。

 そしてまた接近し、攻撃(デコピン)する。

 それを繰り替えす。

「こんな感じで、敵の攻撃を躱しまくってこっちの攻撃を当てまくることもできるようになる、はずだ」

 アキはそういうとトドメとばかりに全力で攻撃(デコピン)をする。

バチンッ

グチャ

 アキの攻撃(デコピン)で魚人の頭が吹き飛んだ。

 カルマは驚愕の表情で口をパクパクさせている。そして自分もこれができるようになるのかと顔がほころんでくる。

「そういえばサラから聞いたんだけど、ワイバーンを倒すときに強弓だっけ? それを引き絞るのに汐音のサポートを受けたんだってな、んで冬華の怒りを買ったとか?」

 アキの余計な情報を聞き、カルマは頬を引き攣らせる。あの戦いの後、冬華にどれだけ蹴り飛ばされたことか。

「気で強化されたカルマなら、一人でその強弓を引き絞ることができるようになるぞ、たぶん」

「本当か!?」

 アキの言葉を聞きカルマは身を乗り出した。もう冬華にあの無様な格好を見せずに済むと思ったのだ。

 そして、その反面少し残念な気分になっていた。汐音をあんな至近距離で見られたのは、一人で引けない強弓のおかげなのだ。それが一人で引けるようになればそれも見られなくなる。少し勿体ない気がした。

 しかし、そんなことは口が裂けても言えない。目の前にいるのは冬華の兄なのだから。

 カルマがそんな事を考えているなどとは思わず、アキはカルマの問いかけに答える。

「ああ、だから気で攻撃とか考える必要はない。体内に気を留め肉体を強化、活性化させる修行をしていくぞ。それだけでカルマは飛躍的に強くなれる、はずだ」

「おう!」

 所々に散りばめられたアキの自信のない一言に気付かなかったのか、カルマは素直にやる気を見せた。

 最初の頃のイヤイヤ感はどこへやらだ。


 その日は一日中修行に当てられ、特に襲撃されるようなことはなかった。

 ワイバーンはこの辺りにはいないのだろう。

 と、アキは判断した。


カルマにできるかな?

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