表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/288

カルマの悪夢?

「あいつ、なんて修行させやがる……っつぅ」

 カルマは宿のベッドで横たわっている。というか身動きできずにいる。

 体中に痛みが走り、動くことができないのだ。そのせいで晩飯も食えない。空腹のまま寝ることになる。

 アキの話によると、「一晩休めば回復するから平気」らしい。この激痛ではとても信じられない。

 カルマは後悔していた。

「あんな修行だと知ってたら頼まねぇっての」

 カルマはアキの修行に難癖つけているが、アキは最初に言っている。「普通ではなく異常に鍛える」と。

 カルマはその意味を理解していなかったのだ。

 アキの戦いぶりを見て、アキの話を聞けば気付きそうなものだ。しかも冬華の兄である。普通なわけがない。

 カルマは冬華をものにするというエサにまんまと喰いついてしまったのだ。

 しかし、はじめてしまった以上は続けるしかない。冬華の兄にマイナス印象を与えるわけにはいかない。それに、アキの修行を途中で投げ出せば冬華に幻滅される事必至である。逆にやり遂げられれば、強くなるうえに冬華のカルマへの印象もうなぎ上りである。まさに一石二鳥だ。

 カルマはその二つを手に入れるため、明日の修行に備え体を休めることにする。

 とにかく寝て空腹とあの理不尽な修行を一時でも忘れたかった。


 しかし、強烈な印象は夢にも反映される。

 カルマは現実逃避できるはずの夢の中で、現実のような悪夢をよみがえらせていた。

「というわけで今から修行するぞ」

 アキはカルマがやると答えると、すぐさまそんな事を言う。

 あらかじめ決まっていたかのような反応だった。いや、冬華を守れるようになるため、冬華を越えるため、冬華を妻にするためと言われれば、カルマは必ず頷くと誰でもわかることだった。

 アキからすればすべて決まっていたことなのだ。

 しかし、今はドラゴンの手掛かりをつかむために捜索をしている最中だ。さすがにカルマは反対した。

「今からかよ! 捜索はいいのかよ?」

 しかし、アキは何食わぬ顔で言う。

「ああ、だいじょぶだいじょぶ。ここらへん一帯は今のとこ何もないから」

 当然カルマは信じられるはずがない。

「なんでそんなことがわかるんだ!?」

 アキは尚も何食わぬ顔で言う。

「もう調べたからな。もし何か起こってもすぐにわかるから平気だ。と言うわけではじめるぞ」

 カルマはまだ納得していないのだが、アキは気にせずに一人話を進めていく。

「カルマにはこれを覚えてもらう」

「ちょっと待て! まだ話は済んでないだろ!?」

 カルマはすかさず話の腰を折る。一応これでも兵士の端くれ、村の安全を第一に考えられる男である、と自称している。やる気のないアキとは違うのだ、と思っている。

 アキは面倒くさいものを見るような目を向ける。

「ああ、もう、面倒くせぇなぁ、大丈夫だって言ってるだろ。ドラゴンなんて出てくれば一目でわかるだろ? 村には結界もある。一撃くらいならもつだろ」

「それはそうだが……」

 アキの言うこともわかるが、やはり大丈夫の根拠がわからない。カルマにはアキがぷらぷら歩いていたようにしか見えなかったのだ。

 だから、カルマは頷くことができなかった。

「それに今日はさわりだけのつもりだからすぐに済む。(ていうかこれが済めば後は俺がいなくても何とかなるはずだ)」

 アキは最後に小声で余分な言葉を付け足す。カルマ次第ということなのだろう。

 カルマには聞こえていなかったが。

「まあ、さわりだけって言うなら……わかったよ」

 カルマはすぐに済むという言葉を信じ、渋々頷いた。

「よし。んじゃ改めて。カルマにはこれを覚えてもらう」

 アキは先ほどと同じセリフを言うと、カルマに向け手をかざした。

「ん?」

 カルマは意味がわからず首を傾げる。

 その様子を見てアキはニヤリと笑うと、その手を何かを掴むように握った。

「っ!?」

 すると、カルマは何かに体を締めつけられる感覚に襲われた。

 両腕は体にぴったりと固定され、上げることも広げることもできない。

 まるでロープで縛られたようだった。

 そしてアキはその握った手を上にあげる。

「うわっ!?」

 すると、カルマの体が宙に浮き出した。

 カルマは足をプラプラさせ、地面を探し求める。

 しかし、大地は遥か下にある。カルマの体は身動き一つできないままぐんぐん急上昇していく。

「うおぉぉぉぉっ!?」

 そして、木の上に体全体が出た辺りで止まった。

「おーい、カルマァァ。まわりなんか見えるかぁ?」

 下からアキの声が聞こえる。

「ハァハァ、え? まわりって……」

 ちなみにカルマは光輝のように高所恐怖症ではない。高い所は平気だ。しかし、得体の知れない力で持ち上げられるというのは、いつ落とされるかわからないという恐怖が付き纏う。すべてはアキ次第なのだ。

 カルマはさっさとまわりを確認することにした。

 カルマのまわりには森が広がり、空は相変わらず緑がかり、鳥がちらほら飛んでいる。東にはリーフ村が見え、特に変化はなくいたって平和そうだ。村を通過するように北から南へ川が流れている。川の水は混じりけのない澄んだ綺麗な水だった。西に山が見え頂上付近に洞窟のような横穴が見える。あれがグリゴールの巣だろう。

 見渡した結果、特に異状はない。

「と、特に異常なし。だからはやく(・・・)降ろしてくれ!」

 カルマが叫ぶと、ガクンと急降下をはじめる。

「うわぁぁぁぁっ!? ぐぅっ!?」

 そして、急停止する。

 体の拘束が解けると、カルマは膝と手をつき大地のありがたさを実感する。

「ハァハァハァ……早くってそっちの速くじゃねぇよ」

 カルマは文句を言いアキを見ると、握られていた手が開かれていた。

「今のが気の力だ。最終的にはここまで出来てほしいとこだな。あ、最終的って言うのは死ぬまでにってことだから大丈夫だぞ」

 アキは軽い感じに言うが、まったく大丈夫には聞こえない。

「死ぬまでってどういうことだよ! もう死にそうだったぞ!」

 と、カルマは声を荒げた。

 その必死のカルマを見てアキはニヤニヤしている。そのニヤけ面を見ると誰かを思い出してしまう。

「まあまあ、今の段階でそこまでは望んでないってことだ。とりあえず、まわりに異変はないってわかってよかったじゃねぇか」

 アキはカルマを(なだ)めるように言う。

「あ、ああ。それはまあ……」

 カルマは、アキがカルマの不安を和らげるために木の上にあげてまわりを確認させたのだと思い驚愕した。

(もっと他に方法があっただろう!? いつ落とされるかヒヤヒヤものだったぞ!)

 カルマは心の中で文句を言った。声に出せば何をされるかわからない。

「んじゃ、やってみ?」

 アキは軽い感じに言う。

 もうすべてを教えたとでも言うのだろうか?

 カルマは理解できず声を上げる。

「やれって言われてやれるもんなのか!?」

 アキは半笑いで答える。

「さぁ? やってみないとわかんないだろ? カルマも大体俺が何したのかイメージは出来るだろ?」

「それは、まあ……」

 カルマもそれはなんとなくわかった。だからと言って、すぐにできるというわけでもないだろう。

「んじゃ、やってみ?」

 アキは再び軽い感じに促した。

 やる前から諦めるのもよくないと思い、カルマはやってみることにした。

(確か、手をかざして鳥をつかまえるように握ってたよな)

 つまり、繊細に優しく握ったということだ。その後は乱暴だったが……

 カルマは先ほどのアキの動作を思い出し模倣していく。

 とりあえずカルマは茂みに向かい手をかざす。そして握る。

 しかし、繁みに変化はない。

 もう一度やってみる。

 やはり繁みに変化はない。

「……」

 もう一度……

 カルマが繰り返し同じ動作をしている中、アキはカルマに聞かせるためか独り言なのか一人でブツブツと言っている。

「カルマはさ、何度も死にかけてるのに、死なないよなぁ。それって生命力がゴキブリ並に強いってことだよな」

 カルマはアキの言葉を軽く流して聞きいていた。

(ゴキブリがなんなのか知らないけど、褒められてる気がしない……)

 カルマはそんなことを思いながら模倣し続ける。

「だから、これはカルマに向いてると思うんだよ。うん」

 アキは一人で納得していた。

「気を覚えれば、体が活性化して身体能力の底上げができる。パワーもスピードも付いて剣技と合わせればかなり強くなるぞ。おまけに防御力も高くし、使いこなせれば自己治癒力も高められるから生存確率も上がる。レベルアップ間違いなしだな。うん」

 アキは一人で納得している。

 あくまでも覚えられればの話である。

 カルマは、手を握って開いてぐっぱっぐっぱっと何度繰り返したかわからなくなったころ、ようやく口を開いた。

「できねぇよ!」

 カルマは心の底から叫んだ。

「あ、やっぱり?」

 アキはやはり軽く言う。

「て、テメェ……」

 カルマの瞳に怒りが宿る。おちょくられたのだと思ったのだ。

「まあまあ、ひょっとしたらできるかもって思ったんだけど、無理だったかぁ。俺はできたんだけどなぁ……」

 アキはカルマを宥めるように言うと、軽く自慢を入れて来た。

「よし、ちょっとここに座れ」

 アキは自分の前を指差しカルマを呼び寄せる。

 カルマはまたおちょくられるのかと思い警戒する。

「何もしねぇから早く来い! いや、何かはするけど、変なことはしねぇから」

 もう信憑性もくそもない。

「はぁ、わかったよ」

 カルマは諦め溜息交じりにアキの前に胡坐(あぐら)をかいて座った。内心不安でいっぱいだった。

 アキはカルマの後ろに回ると、カルマの頭、頭頂部へ手をかざした。

 そして、両方の耳の上を結んだ線上の頂点にある、百会のツボへ気を少し流し込み刺激を与える。

 カルマは頭頂部から全身へと何か温かなものが拡がっていくのを感じた。

「ふぅ、今カルマの中の気に刺激を与えて少しだけ活性化させた。これで少しはイメージしやすいと思うんだけど」

 アキは少しばかり助力した。

「なんで少しなんだ? 一気に活性化すればいいじゃねぇか」

 カルマは少しだけにとどめた理由がわからなかった。一気に活性化する方が手っ取り早いと思ったのだ。

「ほう、一気にしてほしいならしてもいいけど、知らねぇぞ? 死んでも」

 アキはさらっと衝撃的な事を言った。明らかにやってはいけない事だった。

「死ぬのかよ!」

 カルマは声を上げた。

 アキは首を傾げる。

「ん? そりゃ死ぬだろ。気を扱えないヤツの気を一気に活性化させたら、暴走して最悪体を維持できなくなって肉体崩壊するぞ。それでも試したいならするけど?」

 誰に聞いてもやめるだろうことをアキは訊ねた。カルマもご多分に漏れることなく断るとわかっているはずだが、それでも聞いた。困らせたいのだろう。

 もちろんカルマがやると言うならアキはやるつもりだった。

 しかし、

「い、いや、やっぱりいい」

 やはりカルマは断った。それが最善だろう。焦ってもいいことは何もないのだから。

 アキは少し残念そうな顔をする。

 気が暴走したらどうなるのか目の前で見るチャンスだったのだ。そのチャンスが失われたのだガッカリもするだろう。ひとでなしならば……

 もちろんアキは本気で残念がったわけではない。少しだけ頭を過っただけだった。プチひとでなしだった。

 アキは気を取り直して告げる。

「カルマ、素振りしてみ?」

 アキはやはり軽く言う。

 カルマは「もうだまされねぇ」とばかりに、アキの目を見て嘘を言っていないか確認する。

ジ———ッ

 ゴンッ

 アキはグーパンした。

「何すんだ!」

 カルマは鼻を押さえ声を荒げる。

「いいからさっさとやれ!」

「な、なんだよ急に……」

 アキの剣幕にカルマはビクッとし、おずおずと剣を抜いた。

 上段に構えると、ブンっと振り下ろす。

 カルマはアキをチラリと見て「これでいいのか?」と目で訴える。

「イメージができるまで何度も振れ」

 アキの表情は真剣なものになっていた。目つきも少しキツイ。

 先ほどの剣幕と言い、いきなりどうしたのだろう? 軽い感じが消えている。

 カルマは怪訝に思いながらも剣を振り続けた。


 さわり程度のはずが結構経っている。

 カルマはそのことに気付かず振り続けていた。剣を振るうのは好きなのだ。剣を振っていれば嫌な事辛いことを忘れられるからだ。


 額から汗が流れ落ちると、アキはストップをかける。

「よし! 剣を納めろ。そしたら、剣なしで構えろ」

「剣なしで?」

 カルマは剣を鞘に納め聞き返した。

「そうだ」

 カルマはよくわからないが今の怖いアキには逆らわない方がいいと、素直に正眼に構えた。

 それを見てアキは告げる。

「そしたら、イメージで振れ。実際に腕は振らずにイメージだけで振るんだ」

(イメージって、振ってるのを想像しろってことか?)

 カルマは目を閉じ、剣をブンブン振っているのを想像した。

「……さっき剣を振ってたのを思い出しながらだ」

 アキは、カルマが何を想像しているのかわかっているかのように指摘する。

「え? お、おう」

 カルマはイメージの中で剣を握り込み、振り上げ、そして振り下ろした。

 当然傍から見たら、カルマがただ正眼に構え目を閉じているだけに見える。

「もう一度」

 しかし、アキは何かが見えているのか、カルマがイメージの中で振り下ろした直後にそう指示してきた。

 カルマはもう一度イメージする。 

 イメージの中、剣を握り込み、振り上げ、そして振り下ろそうとした。

 そこで先ほどとは違う現象が起こった。

 実際には振っていないはずの腕を、掴み上げられたかのような衝撃に襲われたのだ。

 カルマは自分の腕を確認するため目を開いた。 

 自分の腕に変化はない。正眼の構えをとったままだ。

 しかし、アキがその自らの手をカルマのすぐ上にかざし、何かを掴むように握り込んでいた。


 何か……そう、何かが見えた。


 カルマの目に今まで見えていなかったものがうっすらと見えていた。

 アキの腕から半透明な何かがカルマの頭上に向け伸びていた。

 そしてそれは、カルマから伸びるさらに薄い何かを掴み上げていた。

 目を凝らして見ると、それは腕のようだった。

 アキの半透明の腕がカルマの薄い腕を掴み上げていたのだ。

「な、なな何だこりゃ!?」

 あまりの衝撃にカルマは声を上げた。

「お、見えるようになったのか? よしよし、いい感じじゃねぇか」

 アキは何か感心している。

「んじゃ引っ張るからカルマも引っ張り返せよ」

 アキはそういうと、カルマの薄い腕を引っ張りはじめる。

 すると、カルマの中で、何かが強引に引っ張られる感覚に襲われた。しかも少し痛みを感じた。

 カルマは焦るように声を漏らした。

「ちょちょちょっと待て、なんかいてぇんだけど」

「だろうな、早く引っ張り返さねぇともっと痛くなるぞ」

 アキは当たり前のことのように言う。

 そんなことは一言も聞いていないカルマは声を荒げる。

「なんだよ痛くなるって! んなの聞いてねぇぞ! 何がどうなってんだよ!」

「ほらほら、そんなこと言ってる間に……あっ……」

 アキの「あっ」という声が聞こえたと思うと、カルマの体に激痛が走りそのまま倒れてしまった。

 カルマは薄れゆく意識の中、うっすらとアキの声が耳に入ってきた。

「あ~あ、こいつ冬華の言う通り文句ばっか言うなぁ……でも……よくがん……」

「(お前ら、兄妹は、説明不足なんだよ……)」

 カルマは残りの力を振り絞り文句を言うと意識を失った。

「ん~やめろ~お前ら、ニヤニヤしやがって……兄妹して俺を殺す気……うっ……ぐぅ……」

 カルマの悪夢は朝まで続いていた。


夢ですが、夢ではありません。現実にありました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ