初夜?
仮の自室へ戻ると、アキは地べたに座りこみ所持品を床に広げ出かける前の持ち物チェックをしていた。
投げナイフは減ってきてはいるが、リーフ村で大量購入していた為まだ在庫はある。
ダガーの刃こぼれはまだ大丈夫だろう、どのみちドラゴン(ワイバーン)相手にダガーはあまり意味をなさない。気で強化できれば使えるのだが、そこまで気を極めているわけではない。というわけでダガーはよし。
ポーチの中に苦無が2本、もう少し欲しい所だ。どこかで見かけたら買い足そう。
問題は回復アイテムだ。遺跡でルゥにありったけ使ってしまっていた為、残っているのは謎の回復薬のみだった。出発前に買い足しておかなければならない。
チェックを終え次の作業に移ろうとすると、広げられた品をアキの隣で見ていたサラがボソリと呟いた。
「ナイフ、多いですね」
確かに多い、ナイフの店を開けるかもしれない。というのは大袈裟だが、魔法の収納箱の中身の半分をナイフが占めている。
アキの魔法の収納箱は光輝の物とは違い、収納可能数に上限がある。入れる物のサイズにもよるが、魚人のヒレでだいたい50個程度収めることができる。ナイフの大きさはせいぜい魚人のヒレの半分程度だろう。ということは収納箱にナイフは約100本入るということになる。なので現在入っているのは約50本ということだ。屋台くらいは出せそうだ。
アキは拡げた所持品をしまいながら答える。
「うん。ほら俺魔法使えないから、飛び道具必要だろ? 弓だとかさばるし、投げナイフが一番しっくり来たんだよ。回収すれば使いまわしもできるし。でもねぇ、最近じゃ使い捨てになってるんだよねぇ」
「え? なぜですか?」
「ん~強度がいまいち弱くて、一回の投擲でひしゃげてダメになることが多くなってきてんだよ。戦う魔物が強いってのもあるんだけど。だから回収して使えるか確認するのが面倒でさ。時間があるときはするけど、大体使い捨てになってるな」
「なんだか勿体ないですね」
「まあねぇ、だからなるべく安いナイフを大量購入して値引き交渉するんだけど……でも高くて丈夫なの買った方がいいのかなぁ? どう思う?」
アキは軽い気持ちで相談してみた。
「難しいですね。要するにアキの投擲にナイフが耐えられないんですよね? 加減して投げても、刺さらなかったら意味ないですし。敵がドラゴンクラスの硬い外皮に覆われていたら、どんなに丈夫なナイフでもダメになりそうですよね。ん~普通の敵には丈夫なナイフを使い、硬い敵には安いナイフを牽制で使うというのは……って常に両方持ってないといけなくなりますね。困りましたね」
サラは真剣に悩んでくれている。実にいい子だ。
「ん~当分は安いナイフ使うしかないか……」
片付け終えたアキはナイフホルダーを手に取る。
常時2種類のナイフを装備するのはさすがに却下だ。戦いで即座に使えるのはホルダーに差している6本だけなので無理なのだ。安いナイフの在庫を多く抱えていても、使えるのは6本だけ。使い切ったらどこかに隠れて補充する、ということを今まではしていた。それを何とか改善したいとアキは思っている。光輝の持つ収納箱くらい小さく、即座に取り出せる物があれば戦い中で弾切れになることもないのだが、そんな技術は持っていない。今はホルダーを改造し装備個数を増やすしかないのだ。
アキはホルダーを改造しながら訊ねる。
「なあ、サラ。魔法の収納箱ってどこで作ってんだ?」
サラはホルダーを改造するアキの横顔を見ながら答える。
「作っているところはわかりませんけど、キャラバン隊が運んで来てくれますね。それを町の商人が仕入れているようですよ」
つまり、キャラバン隊の本拠地、シドー村に行けばどこで作られているのかわかるかもしれないということだ。
「へ~そうなんだ……じゃあ今度聞いてみるかな」
アキはそういうと、作業に集中しはじめた。
すると、ジッとアキの顔を見ていたサラが口を開いた。
「アキ、二人っきりですね」
「うん、そうだねぇ」
アキの返事は素っ気ない。改造に夢中のようだ。
サラはアキに顔を覗き込みながら訊ねる。
「アキ、後で話そうって言ってくれましたよね?」
「うん、そうだねぇ」
アキの返事は素っ気ない。改造に夢中のようだ。
サラはモジモジしながら告げる。
「今から、わたしの話聞いてくれますか?」
「うん、そうだねぇ」
アキの返事は素っ気ない。改造に夢中のようだ。
「……」
「……」
「アキ、聞いてますか?」
「うん、そうだねぇ」
アキの返事は素っ気ない。改造に夢中のようだ。
サラは俯きプルプルと震えている。
そしてガバッと顔を上げると、両手でアキの顔を挟み自分の方へと強引に向かせた。
ゴキッ
「ふぐっ!?」
アキの首から嫌な音がした。
「さ、サラ、なんか首がしゅごく痛いんでしゅけど……」
アキは涙目になっていた。いや、サラも涙目になっている。
「アキが話を聞いてくれないからです!」
「はひ、ごめんなひゃい」
アキは素直に謝った。
サラはアキの頬から手を離し、アキの体を正面に向くようにずらした。
「アキ、話を聞いてください」
「は、はい」
アキは頷いた。
話と言うのは晩餐会の時の話だろう。あれがあったから時間と距離を開けたのだ。
サラは俯き加減にとつとつ話しはじめる。
「わたし、アキとおじいさんとのやり取りを見て戸惑ってしまって……」
想像していたのと違う話が飛び出しアキはよくわからなくなった。
「ちょっ、ちょっと待って! 俺とじいちゃんのやり取りって?」
黙って聞いてくれると思っていたサラは、出だしから話しの腰を折られ戸惑ってしまう。
「え、えっと、確か、アキが二度目に目覚めた時で、冬華さんがおじいさんに迷惑してるとかそういう話をしていましたけど……」
(はて? そんな話してたかな?)
アキは脳内ををフル回転させ当時の記憶を掘り起こす。
(ん~確か、飯時になったら起こしてって頼んでて、サラと冬華に起こされたんだっけ? で、じいちゃんが来たら冬華が不機嫌そうに部屋を出てったんだっけ……あ!? ストーカーコントか!)
アキは思い出した。
「OK思い出した。続きをどうぞ」
「あ、はい。えっと、戸惑ってしまったんです。わたしの知っているアキとは別人のようだったので。それでわたし、本当のアキを何も知らないんじゃないかってずっと観察してたんです」
(ん? じゃあ、あの時機嫌が悪くて睨んでたんじゃなくて、ただ俺の事観察してたのか! で、視線が鋭くなったと、なるほど納得した)
「結衣さんからアキの事を聞いたりもしたんですけど、結衣さんはアキ本人と話せばいいって言って観察を止めさせようとしていました。ですが、わたし聞く耳を待たなかったんです。観察に夢中になってしまって」
サラは下唇を噛み瞳は潤みはじめる。当時の自分の愚かさを思い出し悔いているのだろう。
(ふむふむ、結衣はサラに誤解させないために俺と話をさせようとしてたんだな)
正確にはサラがストーカーに変貌しないように矯正しようとしていたのだが、結局うまくはいかなかったのだ。
「そうこうしてるうちにあんな事態になってしまって……わたし、アキの事を偽者だとか敵だとか疑ってたわけじゃないんです。ただアキの事を知りたかっただけなんです! 信じてください!」
サラは必死に信じてもらえるよう懇願する。
「うん、信じるよ。それで、俺の事を見て聞いて、どう思った? 幻滅、したかな?」
アキは判決を待つように静かに訊ねた。
サラは首を横に振った。
「いいえ、幻滅なんてしません。どんなに知らないアキを発見しても、根っこの部分はやっぱりアキです。わたしはアキの事が好きです。愛しています。それは変わらない。これまでも、これからもずっと」
サラは瞳に涙を溜め、アキの目を真っ直ぐに見つめて告げた。
「アキに不快な思いをさせてしまったわたしを、き、嫌いになりましたか?」
サラは不安そうに訊ねる。今度はサラが判決を待つ番だった。
その表情にアキは胸が締め付けられるようだった。
アキはそっとサラの頬に触れる。
「あっ……」
「俺がサラを嫌いになるわけないだろ? 俺もサラの事を愛してる」
面と向かって気持ちを告げたのはこれがはじめてかもしれない。サラは何度も言ってくれていたというのに、それがサラを不安にさせてしまったのかもしれない。
アキに愛を告げられ、サラの瞳から涙が溢れ出した。不安から解放され、一番聞きたかった言葉を聞けた喜びで涙が止まらなかったのだ。
「また泣かせちゃったな。ごめん、不安にさせて」
アキは内心オロオロしつつ、サラの頬を伝う涙を拭う。
サラは頬に触れるアキの手を上から触れ、アキの手のぬくもりを感じるように瞳を閉じる。
「この涙は嬉し涙です。アキがわたしと同じ気持ちで嬉しいんです」
その表情は本当に嬉しそうで、幸せそうな表情だった。
女の子の泣いた顔は見たくないと言っているアキですら見惚れてしまうほど美しかった。
チュッ
アキはサラの美しさにたまらず唇を奪ってしまった。
その美しさを壊さないよう、優しく、そっと触れるようなキスをした。
「っ!?」
サラは驚いたように目を開いた。
アキは唇を離し告げる。
「ゴメン、あんまり綺麗だったからつい」
アキのはにかむような微笑みにサラは照れたように微笑む。
「もう、女性の唇を奪うなんて悪い人ですね」
「あ~サラに悪い人って言われた~立ち直れねぇ」
アキは大袈裟に項垂れて見せる。
サラは頬に触れていたアキの手を握り告げる。
「ふふっ、大丈夫ですよ。わたしはどんなアキだって愛せる自信があります」
サラの言葉にアキが顔を上げると、目の前にサラの綺麗な顔が迫って来ていた。
チュッ
サラはそっとアキの唇を奪う。
そして、唇を離すと悪戯っぽく舌をチロッと出し告げる。
「ふふっ、お返しです」
サラはそう言ってニッコリと微笑む。
こんな綺麗で可愛らしく、非の打ちどころのない女性が、こんな凡人を絵に描いたような自分にキスをし、誰にも見せたことのない表情を見せてくれている。
アキは夢でも見ているのではないかと疑ってしまう。
アキはこっそり自分の頬を抓ってみる。
(痛い……夢じゃない)
その様子をサラはおかしそうに見ている。とても可愛らしく笑う子だ。
こんな子を誰にも渡したくない、自分のものにしたいと思うのはおかしなことではないはずだ。
ご多分に漏れることなくアキもそう思っていた。
そして、そう思ってしまったら気持ちを抑えられなくなってしまった。
「サラ! 俺の女になってくれ!」
アキは勢いのまま男らしく言い放っていた。
もうちょっと他に言い方があるのではないかとも思うが、テンパっているアキに気の利いた言葉を求めるのは酷というものだ。
気持ちも確かめ合った今、断られることはないはずだ。
アキはそう思っていた。
しかし、サラの様子がおかしい、俯いてプルプルと震えている。握られている手からもそれが伝わってくる。
アキは心配になりサラの顔をのぞき込む。
「サラ?」
サラはポロポロと涙を流し泣いていた。
「だ、大丈夫です。これも嬉し涙ですから……アキがわたしを求めてくれることが嬉しくて……」
サラはいじらしく微笑んで見せる。
そんなサラを愛おしく思いアキはサラを引き寄せ抱きしめた。
「あっ……」
サラの声が漏れる。
サラもアキへと腕をまわし抱きしめた。
そして、アキを見上げる。潤んだ瞳がアキを捉えて放さない。
二人は引き寄せられるように唇を重ねた。
チュッ
優しく触れるだけのキス。
そして、どちらともなく舌を絡ませはじめる。
「ん、っふ、くちゅ、あ、ん……」
舌を絡めて漏らすサラの艶っぽい声は官能的で色っぽかった。
アキはサラの艶っぽい声をもっと聴きたくなり、夢中でサラの舌を追いかけ絡めていた。
サラが唇を離すと、アキの舌は名残惜しそうにサラの舌を追い、その先からツーッとサラの半開きの唇に光の架け橋を作っていた。
「ハァ……ハァハァ……」
サラはトロンとした表情で荒く呼吸をしている。
光の架け橋が消えると、サラは紅潮させた顔をアキへ向けその艶やかな唇を動かす。
「アキ、わたしの身も心もすべてあなたに捧げます」
それがアキの告白へのサラの返答だった。
サラはそう告げると、アキの首に腕を回しアキを見つめる。
アキはそれに応え、優しく微笑むとサラを抱きしめる。
そして、そのままサラを抱え上げ、ベッドへと運びそっと寝かせた。
サラはアキを見上げ、恥ずかしそうに告げる。
「は、はじめてなので、優しくしてください」
「うん」
アキはサラを怖がらせないように優しくキスをする。
そして、サラからのプレゼントを丁寧に開いていくようにサラの服を脱がしていく。
サラのキメ細かな白い肌が露わになり、女性らしい曲線を帯びたその造形にアキの目はくぎ付けになる。
そして形のいい大きな胸がプルンと揺れ、私を見てと主張する。
アキはその願いに応えるようにサラの胸を体を見つめていた。
アキは芸術作品でも見ているかのように錯覚してしまい、感嘆の声が漏れてしまう。
「なんて綺麗な……」
サラは両腕で胸と秘境を覆い隠し、恥ずかしそうに身を捩る。
その仕草がより色っぽく見え、アキは目を離せなくなる。
「そ、そんなに見ないでください」
サラの顔は真っ赤になり、その体も紅潮していく。
アキは苦笑し謝罪する。
「ゴメン、あんまり綺麗だったからつい」
本日二度目の「つい」だった。
アキはそういうとサラに覆いかぶさっていく。
「よかった。わたし少し肉付きがいいから自信なかったんです」
サラはそういうとアキの首へ腕を回す。
胸のサイズを気にしているのだろうか? アキから見ればどストライクなのだが。例えるなら、片手で掴み、指の隙間から少しはみ出るくらいといえば想像できるだろうか。
「そんなことないよ。サラの体はすごく綺麗だ」
「嬉しい」
サラは自分の体がアキ好みだったことが嬉しかった。
二人は見つめ合い、唇を重ねる。
この日、二人ははじめて結ばれることになる。
……はずだった。
「グエェェェッ!(パパァァァッ!)」
「(ルゥちゃんダメ! シーッ!)」
「(んぐっ! ふぐふぐ!)」
「(冬華ちゃん暴れないでよ!)」
バルコニーからの騒がしい声が耳に届きアキとサラはハッとし、振り向いた。
そこにはルゥを静める汐音と、暴れる冬華の口を塞ぎ羽交い絞めにする結衣がいた。
「な、なな何やってんだお前ら!」
アキは動揺を隠しきれなかった。
サラはシーツで体を隠し、恥ずかしそうに後ろを向いた。
三人はバツの悪そうな顔をし、一匹はなんだか嬉しそうにしていた。
未遂!?