決着、そして巨大な鳥
闇の衣を維持できるのはわずか、無駄な力を使えばすぐに切れてしまう。極力力を使わずに動きを封じなければならない。足を止めるにはアレを使えばいい、後はドラゴンが暴れないようにするだけ。
アキはすぐさま声を上げる。
「ウィンディ! 俺が合図したらシルフィと協力して魔法を放て!」
『え!? どうし……いえ、はい!』
ウィンディはどうして自分だけでなくシルフィまで指名したのかと不満だった。しかし、アキには考えがあるのだと自分に言い聞かせ無理やり納得させた。
もう一つ理由を言うなら、シルフィだけにやらせてはシルフィ一人の手柄となり、アキの賛美を独り占めされてしまう。それだけは阻止しなければならなかった。
『は、はい!』
シルフィがアキのお願いを断るはずがなかった。いくら浮気をしたアキだとしても、そこは引くことは出来なかった。引いてしまえばアキをウィンディに取られてしまうと考えたからだ。
別に浮気をしたわけではないのだが……
『やむを得ません。アキの意思ですのでここは協力しましょう』
ウィンディはシルフィを鋭く見据え言い放つ。
『そうですね。アキの言うことですから仕方ないですね』
シルフィはウィンディを見返し言い放つ。
二人は協力すると言いつつ、アキを巡って火花を散らせていた。
同じ風の精霊同士、譲れないものがあるのだろう。取り合っているのはアキの賛美なのだが……
白い姿の瓜二つの二人。二人を知らない者ならば見分けがつかないかもしれない。それほどよく似ている。違いを見つけるとするなら、若干ウィンディの方が背が高く、大人びた雰囲気をしている。シルフィは少し幼い面影が残っていた。生きて来た時間が違うのだろう。精霊としての経験の差が現れていた。
冬華と比べればシルフィは十分に大人ではあるが。
『それに、これがあなたにとって、アキの為に戦える最後の戦いになるかもしれないですし』
ウィンディは何かを含むような言い方をする。
『そ、それは……』
シルフィは、ウィンディの言っている意味がわかっているように唇を噛みしめた。
『……少し、意地悪を言いましたね。すみません。今は戦いに集中しましょう』
言い返してこないシルフィに、ウィンディは少し言い過ぎたかと反省した。
見た目もその生き方もそっくりなシルフィに同族嫌悪でもしているのか、ウィンディはつい口にしてしまったのだ。ただ一人の男性の為に戦いたい、その人と共にいたいというのは、ウィンディにも経験のある事だった。
その為、シルフィにとってそれが身を引き裂かれるほど辛いことなのだとわかっていたのだ。
『いえ……』
シルフィはそれだけ言うと、いつ指示されてもいいようにアキへと視線を向ける。
アキは両手を広げ、その掌に闇気を収束させる。
そして、
バンッ!
両手を打ち鳴らし、闇気を破裂させた。
その衝撃波はドラゴンの顔面にまで届き、ドラゴンは一瞬瞳を閉じる。
ドラゴンが目を開くと、アキの姿は消えていた。
次の瞬間、
Gyaaaaaaaa!
ドラゴンは左足から伝わる激痛に咆哮を上げる。
ドラゴンはその痛みの正体を確認するため視線を下げる。
すると、ドラゴンの左足に巨大な矢が突き刺さっているのが目に入った。
アキは手を打ち鳴らした後、ドラゴンの目を潜り抜け、光輝の側に落ちていた巨大な矢を回収し、ドラゴンの左足へと突き刺し地面に縫い付けていた。
ドラゴンの鱗を貫ける強度を持つ矢を、闇気を纏った拳で杭打ちのように打ちつけていたのだ。
そして今、アキは右足へともう1本矢を打ち込もうとしていた。
「おぉぉぉぉらっ!」
ダンッ
ヂュサッ
Gyaaaaaaaa!
ドラゴンは激痛の走る左足に体重を掛けることができず、右足を除けることができずにいた。
その為すんなりと右足も地面に縫い付けることに成功した。
アキはご丁寧に両足に1本ずつ矢を突き刺し、ドラゴンを固定したのだ。
ドラゴンの視線を感じ、アキはすかさず跳び上がり、ドラゴンの体を駆け上がる。そして拳に闇気を纏わせるとその顎を打ち上げた。
「おぉぉぉぉぉぉっ!」
ドゴッ
ドラゴンはアッパーカットをくらい、顎をかち上げられた。
しかし、足が地面に固定されている為、それ以上は上がらなかった。
アキは仕上げとばかりに、体をクルリと回転させ、闇気を纏った蹴りを、ドラゴンの死角右側頭部に打ち込んだ。
「ぅらっ!」
ズドッ
そして、すぐさま声を上げる。
「シルフィ! ヤツの頭を風の檻でその場に固定しろ!」
『はい!』
シルフィはなんの迷いもなく返事をする。アキのお願いに迷いなど見せるはずがなかった。
『私が魔力をあなたに注ぎ込みます。あなたは魔法に集中して下さい』
ウィンディはそういうとシルフィの背に触れ魔力を注ぎ込む。
流れ込んでくる魔力を感じ、シルフィは魔法を放った。
『はぁぁぁぁぁっ! 風の檻!』
特に魔法名を叫ぶ必要はなかったのだが、アキと共に考えた魔法を大切に使いたかったのだ。
蹴り飛ばされたドラゴンの頭を乱回転する風の檻が包み込み、その座標に固定する。
ガガガガガガガガガガガガンッ
ドラゴンの頭は風の檻の内壁に打ちつけられ、弾かれ、また反対の内壁に打ちつけ、また弾かれる。風の檻の中でそれが延々と繰り返される。
アキの想定とは若干違ったが、結果オーライだ。
ドラゴンの体は動きを止めていた。
アキの想定では、ドラゴンの頭は風の檻の中で蹴りの威力が無くなるまで左右に振られ、脳震盪を起こさせるものだった。昔読んだマンガにそういう技を使うキャラがいたのを思い出し実行したのだ。
しかし、シルフィたちが張り切った為か、風の反発力で弾かれる威力が増し、左右への揺れが一向に止まる様子がない。案外このままドラゴンは死んでしまうのではないかと思ってしまうほどだ。
人間なら確実に死んでいただろうが相手はドラゴン、そんな不確かな願望で勝機を逃すことはできない。
アキは止めを刺すため声を張り上げる。
「光輝ぃぃっ! とどめだぁぁぁっ!」
アキの声を聞き、光輝はすぅっと目を開き、地面を蹴り駆け出す。
その無表情の眼は雑念を捨てるかのようにドラゴンを見据え、跳び上がると剣を抜いた。
鞘から抜かれた刀身はまばゆい光を放ち、
ヒュンッ
一閃、その剣閃は綺麗な直線の軌跡を描き、光輝は一点の迷いもなく振り抜いた。
ズザッ
地面に着地すると、血を振り払うように剣を振るい、静かに納刀する。
すると、ドラゴンの体に一筋の赤い線が引かれ、鮮血と共に二つに分かれた。
ビチャビチャビチャ
ズズンッ
血の雨が降り、その上にドラゴンの上半分が落下した。下半分は足が固定されており直立不動に立ち尽くしたままだったが、膝がカクッと折れ後ろへ倒れ落ちた。
ズンッ
辺りに静寂が訪れる。
そして、その静寂を壊すように割れんばかりの歓声が響き渡った。
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」
「「光輝様———!」」
兵士たちの歓声が耳に届き、光輝はいつもの表情に戻る。
「ふぅ、何とか倒せたか……」
兵士たちの賛美の声はすべてドラゴンを真っ二つに斬り裂いた光輝に向けられていた。
光輝とは対照的な得体の知れない闇の力を使ったアキには称賛の声は上がらなかった。
「まあ、そうだよな……」
アキは当然のことのように諦めていた。
闇の力といえば、この国を何度も襲った敵の代名詞とも言える力だ。誰が好き好んでそんな力を使うアキを称賛するだろうか。それも承知のうえでアキはこの力を使ったのだ。後から後悔しないために。
闇の衣が霧散したアキはドラゴンの死骸に背を預け、光輝に駆け寄っていく汐音たち、兵士たちを他人事のように眺めていた。
「光輝!」
汐音は勢いよく駆け寄り、光輝に抱きついた。
普段の汐音からは想像もつかない大胆な行動だった。それだけ今回の戦いが絶望的だったということだろう。生き残れたことに、全員が無事なことを喜んでいたのだ。
「汐音」
光輝は優しく抱き留める。
「いや~コウちゃんの居合い斬り久しぶりに見たよ~全然なまってないねぇ」
汐音と共に駆け寄ってきた冬華が、光輝と汐音をニヤニヤ見ながら言う。
チャチャを入れない当たり、場をわきまえているようだ。
「ああ、アキがお膳立てしてくれたおかげだ」
光輝の言葉を聞き、冬華の視線が鋭くなる。
「ああ、私を無視してくれちゃったお兄ちゃんね。そういえばいたね」
冬華はまだ根に持っているようだ。真っ先にアキの下へ行くはずの冬華が光輝の下へ先に来たのはそのせいのようだ。
アキの名を聞き汐音はピクリと反応する。
そして恐る恐るアキへと視線を向ける。
その場にいる者たちもチラチラとアキへと視線を向けていた。
恐怖心、猜疑心、嫌悪感、様々な感情が視線から読み取れる。その中にはまったく逆の感情を籠めて見る者が数人いた。
アキはそれらの視線を受け、仲間に向けヒラヒラ手を振って見せる。
そんなアキに意を決したように汐音は口を開いた。
「五十嵐君! あの……ルゥちゃんは?」
その不安そうな表情に、アキは顔を伏せ打ち震える。
「ル、ルゥは……」
アキの震える声に汐音は続きを聞くまでもなく直感した。ルゥはもうこの世にはいないのだと。
「うっ、ルゥちゃん……うっうぅぅ」
汐音は光輝の胸に顔を埋め嗚咽する。
光輝は察したのか、汐音の心を癒すように優しく抱きしめる。
総司たちも辛そうな表情をしていた。
その中で一人、冬華だけはアキをジッと見据えていた。
(……お兄ちゃん……ハァ)
冬華は何かに気付いたように小さく溜息を吐いた。
アキは何かに気付いたように空を見上げる。
そして、ドラゴンの死骸から背を離すと、ヨロヨロと歩き出す。いくらインターバルがあったとはいえ、ドラゴン相手にタイマンを2ラウンドもすれば体にガタが来ると言うものだ。
そのフラフラなアキを見ていられなくなり、サラが駆け寄ろうとするとアキの側にウィンディが現れアキに肩を貸した。
「ああ、ウィンディか。悪いな」
『いえ、私がそうしたいだけですから』
「……」
そんな二人をサラは口惜しそうに見つめていた。
アキたちはその場で空を見上げた。
すると、
クエェェェェェェェェ……
妙な鳴き声がその場に響き渡った。
兵士たちはまた別の魔物が来たのかと戦々恐々となる。
「落ち着け! 体制を整えるんだ!」
遠くからアルマの声が聞こえてくる。兵士たちに指示を出しているようだ。
兵士たちが慌ただしくなる中、光輝たちはアキが慌てた様子を見せていない為、焦ることなくアキを見つめていた。
そして、それは現れた。
クエェェェェェ
遥か上空から巨大な鳥が妙な声を発し、アキめがけて舞い降りてきた。
光輝たちは驚きの表情を見せるが、アキは平然とそれを見つめている。
そして、ふっ飛ばされた。
「ブッ!?」
ズザザザザザザ……
「クエッ!? クエェェェッ!」
巨大な鳥は取り乱したようにアキへと駆け寄っていく。
ちなみにウィンディはサッと避け難を逃れていた。
疲労困憊のアキはヨロヨロと上体を起こし、文句を言う。
「ルゥ! お前の巨体を考えろ! あの勢いで来たら吹っ飛ばされるに決まってるだろう!」
「クエッ、クエェェェェ(パパッ、ごめんなさい)」
ルゥと呼ばれた巨大な鳥はシュンとなり頭を下げた。
「次からは気をつけろよ」
アキはそういうと優しく頭を撫でてやる。
「クエェェェ(はぁぁぁい)」
ルゥと呼ばれた巨大な鳥は気持ちよさそうにアキに頭をすり寄せている。
ルゥの名を聞き、汐音はハッと顔を上げた。
「ルゥちゃん!?」
汐音はアキの方へと視線を向けた。
そこにはアキとじゃれ合う巨大な鳥がいた。
しかし、その姿はルゥのモノではなく、もっとシャープな体つきの巨大な鳥だった。
例えるなら巨大な孔雀のような感じだろうか。鶏のような体から首がスーッと伸び、その頭には鶏冠のような羽根を付けている。少し短めの足が伸び、長い尻尾が生えている。色合いは孔雀のように鮮やかではないが全体を白で染め上げていた。とても孔雀には見えないが、シルエット的には孔雀だった。
その巨大な鳥をアキはルゥと呼んでいる。
汐音は憤慨した。
アキがルゥを守り切れなかったばかりか、別の鳥にルゥの名前を付けていることに怒りを覚えたのだ。
「五十嵐君!!」
汐音は光輝を押し退け、アキの下へ怒りをぶつけに行く。
「これはどういうことですか! ルゥちゃんを殺されたというのにそんな鳥にルゥちゃんの名前を付けるなんて! あなたがそんなに冷たい人だったなんて知りませんでした!」
あまりの剣幕にアキは黙り込み、若干引いていた。
「ク、クエェェェェ……(パ、パパ、このお姉ちゃん前は優しかったのになんだか怖いね)」
ルゥと呼ばれた巨大な鳥は怯えアキにすり寄っていた。
「だな、怖いな」
アキは同意した。
アキの呟きを聞き汐音はさらに激昂する。
「何を一人でブツブツ言っているんですか! いいから説明しなさい!」
「ププッ」
涙目で見当外れに激昂する汐音。その先生のような物言いに堪えられなくなり、アキは笑いを漏らしてしまった。
「な、何がおかしいんですか! ルゥちゃんが死んだのですよ! ショックで頭がおかしくなったんですか!」
汐音はアキの頭をディスリはじめた。
アキはムッとし言い返す。
「な、失礼な奴だな。おかしくなんてなってねぇし、ルゥも死んでねぇよ」
「え!? どいうことですか?」
「えっとだな……」
動揺を見せる汐音にアキはが説明をはじめると、
「クエッ!?(あっ!?)」
ルゥと呼ばれた巨大な鳥が声を漏らした。
「ん? どうした……!?」
すると、その巨体が光はじめた。
「え? なんですか?」
汐音は戸惑うように手をかざし、光を遮ろうとする。
そして、ボンッと音がするかのように光が弾けると、その中から丸みを帯びた見慣れた姿の巨大な鳥が現れた。
「グエッ?(あれ?)」
その飛ぶことを拒絶するかのようなシルエットは、まごうことなくルゥそのものだった。
「お前、元に戻れるのか!?」
「ルゥちゃん!?」
アキと汐音は違う意味で驚愕し目を丸くしていた。
アルスが大人しかったけれど、どうしたんでしょうね?