リオル村
「ハァ~やっと着いた、ここがリオル村か?」
俺はカレンを見ながら訪ねる。今度はパンツ見てないからね。ホントだよ……
カレンは膝に手をついて呼吸を整えている。そんなに疲れたのか? 体力なさすぎませんかね? 若いんだからもっと外で遊ぼうぜ! あ、16は外で遊ぶような年じゃないか。
「ハァハァ、うん、そうだよ。……ハァ~なんか無駄に疲れた気がする」
「そんなときもあるさ、気にするな」
俺はさもありなんと言う。
「あんたが言うな!」
ふむ、怒りっぽい子だな。童顔だから怖くはないんだけど。
村は石を積み上げた様な塀でぐるっと囲まれ、門の上にソフトボール大の宝石? 水晶? とにかく綺麗な石が乗っかっていた。
俺が村の外観に目が言っていると、カレンが話しかけてきた。
「わたしは家に帰るけど、アキはどうするの?」
「ん? そりゃあ、宿行くけど……どこにあるんだ?」
カレンは狙い通りの返事に喜んだのか、得意げに提案してくる。
「うんうん、しょうがない。優しいカレンさんが案内してあげよう」
「自分で優しい言うとこが悲しくなるな」
「なにか言った?」
「いいえ、なにも。ヤサシイカレンサンアンナイオネガイシマス」
俺はこれでもかと言うくらいに棒読みで言った。まあ、噂の件もあるし、一人で村をうろつくのも怖かったからちょうどいい。
「まっかせて!」
カレンはブイサインを決める……こっちで流行ってんの?
「ほら、行くよーー」
「はいはい」
カレンは俺の腕を引き元気よく前を歩く。元気じゃん疲れはどこいったよ。まぁ地元に戻って安心したんだろうけどテンション高いな……
東側から村に入ったのだが、入ってすぐがまっすぐに伸びるメインの通りになっていて、そのまま進めば西側の入り口に行きつくつくりになっているようだ。向こう側の森が見えるし。
「ここの通りはいつも出店とか出てていろんな雑貨とか、アイテムとか売ってるんだよ」
カレンは村の説明を始める。
夕暮れ時だからなのか店仕舞いし始めているみたいだ。それでも人の行き来はあり、キョロキョロしていると通りがかりの人と目が合ったりする……
案内してくれるのはありがたいけど、カレンの家全然違う方向だったりしないだろうか? だったら申し訳ない。今更ながらに俺は聞いてみた。
「カレンの家もこの辺なのか?」
「ううん、わたしんちはもう少し先、宿屋の向かい側だよ、なんだかんだで怪我人とかって宿屋に担ぎ込まれたりするから」
「へ~診療所、ん~怪我人を治療するとこってないの?」
「あるよ、先生の家は宿屋の近くで村長さんとこの向かい側にあるよ。連絡すれば先生が飛んできてくれるし」
「へ~その先生は魔法で治療とかするの?」
「う~ん、魔法でもするし、薬でも薬草でも、なんでも使うよ」
俺はふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「なあ、魔法で治せるのになんで薬とか薬草とか使うんだ?」
だって魔法が使えるならそっちの方が早いと思うし。
「え、なに言ってんの?」
カレンに残念な子を見るような目で見られてしまった。なに、俺バカにされてる? しょうがないだろ俺魔法使えないし!
カレンはやれやれと言った感じで説明をはじめる。
「魔法だけで治療してたら、魔力すぐなくなっちゃうでしょ! 村や街では重症者くらいにしか回復魔法は使わないの。それに魔法でばかり治療してると、人に備わってる自然治癒力が低下しちゃうからよくないし」
「そうなのか?」
「そうなの! だからアキも回復魔法使うのは戦闘の時や、急いで治療しないといけないときだけにしときなよ」
「お、おう。気を付けるよ」
へ~さすが薬師、専門分野はくわしいな、思わず関心して尊敬しそうになる……
「分かればいいのよ、ふふん」
カレンは控えめなふくらみの胸を張ってドヤ顔をする、このドヤ顔さえなければ……
カレンに案内されて、村を見て回ったが、木造の家が多いようで村長さんと先生? の家だけは土壁っぽい頑丈そうな家だった。一通り見て賑やかな声の聞こえる建物の前に着いた。二階建ての木製のロッジのようなつくりの建物だ。
カレンはジャーンと言わんばかりの勢いで両手を広げて言う。
「ここが宿屋だよ、一階は食堂になってるから食事はそこで摂れるよ」
「おう、サンキュー助かったよ」
「これくらいいいよ、助けてもらったし。じゃまたね~」
「おう」
カレンはブイサインで敬礼? して帰っていく……だから流行ってんの? それ。
俺は賑やかな声の中に入って行きカウンターへと向かう。
一階の食堂は吹き抜けになっていて広い空間になっている。四人掛けのテーブルが六つ、中央に大きめのテーブルが一つ備え付けられていた。お酒も飲めるらしくガテン系の体格のいいおっさんや商人風の客が飲み食いしていた。カウンターには恰幅のいい女将さんらしき人が忙しなくしている。
「すいませ~ん、一泊したいんですけど」
「はいよ……!?」
女将さんは俺の頭を見るとそのまま上から下へと目をめぐらす。
ん? なんか驚いてない?……視姦じゃなく観察されてるような?
俺はたまらず訊ねた。
「あの、部屋ありますか?」
「え!? あ、はいはい、ええありますよ……え~と、二階の一番奥の部屋ね」
「あ、台帳も書いとくれ」
「あ~はい」
俺は台帳に目を向ける。
え~と見た感じフルネームじゃなくてもいいよね。あ・き・おっと。結構客入りはいいようだ。ちなみにサラさんの名前も確認できた。
「アキオさんね……ごゆっくり」
女将さんは名前を確認すると営業スマイルを向ける。
「ども」
こっちの世界の宿がどんな部屋かワクワクするなぁ。俺は鼻歌交じりにカウンター横の階段を上がっていく……
もちろん気付いてたけどね。中に入るなりチラチラこちらを窺う視線や、賑やかだった声がひそひそ声に変わってたことは、噂って怖いね。
部屋は六畳間くらいの広さで窓は一つ、ベッドに小さなテーブルの上には花瓶があり花が活けてある。こんな感じのシンプルなセットだった。素泊まりだし十分でしょ。部屋の確認もしたし荷物置いて飯いくか……あ、言うほど荷物なかった。
部屋を出て食堂に向かうと階段を下りる途中で声を掛けられた。
「あ、おーい! アキーー」
「ん?」
声の方へ顔を向けるとカレンがテーブル席から手を振っていた。人の名前を大声で、恥ずかしいだろ! ここは他人のフリで……
と思って下に着くと、カレンが仁王立ちで待ち構えていた。あれ? 服着替えたのか、膝丈のワンピースに変ってる。
「無視すんな!」
カレンは開口一番不満をぶつける。それに対し俺は抗議する。
「大声で人の名前呼ぶなよ! 恥ずいだろ!」
「いいでしょ別に、さ、こっちこっち」
俺の講義など気にすることもなく機嫌を取り戻し俺の手を引いて行く。
なんでこんなにテンション高いんだよ……ま、席取っといてくれたのはありがたいけど。
席に着くなりカレンは聞いてくる。
「何食べる?」
「え、おごってくれるの?」
俺はすぐさま反応いた。
「なんでよ! 普通男の人が出すものでしょ!」
たかる気満々だよこの子。
「なんで俺が、てかおまえ自分ちで食えばいいじゃん、なんでここにいんの?」
「いや~アキ一人じゃ味気ないかなぁって思って」
「まぁ、そうだけど。でも俺そんなに金ないぞ」
「そうなの? 仕方ない自分の分は自分でだすよ~アキは甲斐性なしだなぁ」
この子ホント一言多いよね。友達いる? 大丈夫? ……あ、俺もいなかった……クスン
一人友達の少なさに嘆いていると再び同じ質問がとんできた。
「で、何食べる?」
「ん~何って言われてもわかんないからなぁ。安くてうまいヤツある?」
「安くておいしいのかぁ……これでいいや」
「なにその適当な感じ、大丈夫?」
カレンのあまりに適当な選択に俺は不安を覚える。
「ダイジョブダイジョブ、ここのはみんなおいしいから。おばちゃーーーん」
俺の不安をよそにカレンはそう言うとさっさと女将さんを大声で呼ぶ。元気いいなぁ、何かいいことあったのかな? 某お人のセリフを思い出す。うんあれは名言だよね。などと思っていると女将さんが来ていた。
「おや、カレンちゃん帰ってたんだねぇ、今日はうちで食べてくのかい?」
「うん、さっき帰ってきたとこだよ、この人が一人で淋しいって言うから一緒してあげてるの」
なにわたし優しいでしょアピールしてんの? 誰にしてんの? そもそも淋しいなんて言ってないし。
俺の心の声など届くこともなく女将さんは注文をとる。
「そうかい、それで何にするんだい?」
「えっとねぇ、これとこれとこれ、あとパンとミルクを二人分」
「はいよ、ちょっと待っててね」
「はーい」
カレンはササッと注文を済ませた。
ん~それよりもだ……これ居心地悪すぎないか!
「……」
俺は無言で訴えかける。
「……なによ?」
俺の無言の圧力を受けカレンが怪訝そうに訊ねる。
俺は愚痴り始める。
「村に入ってから思ってたんだけど・・・視線が集まってるよな。ひそひそ話もされてるし」
「あ~あははは、だよねぇ」
「おまえなんかやったの?」
「わたしじゃないし! どっちかっていうとアキの方だし!」
カレンはプンプンしながら否定し、俺を指差し断言した。
「あ~やっぱり、知ってた」
俺は頬杖をつきながら周りを見ると隣の客と目が合った・・・顔を逸らすなよなよ~ちょっと傷つくんですけど?
「ハァ、一体どんな噂流れてんの? 俺じゃないのに……」
「あはは~ごめん」
カレンは申し訳なさそうに謝る。
「おまえが謝ることないけど」
「だよね!」
こいつは……変わり身早すぎだろ!
「噂なんだけど、黒髪の化け物が野盗を全滅にしたって。で、その姿がこの世の者とは思えない様だったからきっと魔族なんじゃないかって。こんな感じぃ」
「何軽い感じに言っちゃってるの? 話盛り過ぎでしょそれ」
きっと噂好きな人たちが脚色したんだろうけど。人が魔族って……呆れてしまうよ。魔族見たことないからわかんないけど。噂はどこの世界でも同じだねぇ。
「自分が認識できない強い力を持ってる人を目の当たりにしたら、誰だって怖く感じるものだよ」
カレンは顎に手をやりながらもっともらしいことを言う。
この子たまに鋭いこと言うんだよね。てか、目の当たりにしたの一人じゃなかったか?
「……」
「な、なに?」
「いや、なんでも」
しまったドヤ顔するかジーーーっと見てしまった。結局しなかったけど。
「はいよ、お待たせ」
ドヤ顔を監視してる間に飯が来たようだ。女将さんは見事な手際で料理を並べていく。
「待ってましたーーー食べよ食べよ! いただきまーーっす」
カレンは料理が並ぶなり食べ始める。
ほう、野菜炒め的なのとサラダに……から揚げ? かな。で、パンにミルクか。ちょっと待て、カレンのヤツ全部に手を付けてるんですけど……(正確にはフォークだけど)
全部食われるのかと焦る俺。
「俺のどれ?」
「一緒に食べようよ、いろいろ食べたいし」
「そっか、そういうことなら、いただきます」
ちゃんと手を合わせていただきますしたぞ……なんか正面から視線を感じるんだけど。
俺は手を合わせた状態で視線だけカレンに向けて訊ねる。
「なんだよ」
「食べる前に手合わせて何してるのかな~って」
あれ? 手合わせる習慣はないのかな? いただきますは言うのに……サラさんはどうだったっけ? ん~食べるときの口元がセクシーだったことしか覚えてないぞ。いや、もちろん味も覚えてるけど。
「感謝の気持ちを込めて手を合わせてるの」
「ふぇ~」
から揚げ頬張りながら返事するんじゃありません。
「あなたの命をいただきます、的な」
俺はパチンッと手を合わせ凄みをこめて言ってやった。
「え!?」
あ、固まった。口からから揚げが落ちたぞ。
「プッ、アハハハハハハッハハ、ビビっただろ今!」
俺は思わず指を指して笑ってしまった。食堂に響きわたるほどに……え? なんで?
あ~なるほど、気付くとまわりが静まり返っていた。こいつら全員聞き耳立ててやがったのか。
「ビビッてないし! ビビるわけないし!」
お、カレン復帰、でもまわりは今だにフリーズ中……これどうしよ?
よし、聞き耳立ててた奴等はほっといて、とりあえず食うか。
「これホントうめーな、さすがおまえが言うだけあるわ! 薬師の名は伊達じゃないな」
「まあね! ふふん」
あちゃ~ドヤ顔しちゃったよ~薬師は全然関係ないんだけど。
と静まる中、飯を堪能してると女将さんが恐る恐る訪ねてきた。
「カレンちゃん、その人と知り合いなんだよね? ……その~」
カレンはいつもの調子で笑い飛ばす。
「あはは、大丈夫だよ。アキは黒髪だけど噂の黒髪の化け物じゃないから。こんなの化け物に見えないでしょ!」
こんなのとはなんだ! あと人に指を指すな指を!
俺はサラダを口に運びつつ言う。
「ビビッて、ちびってたくせによく言うなぁ」
「ビビってないし、ちびってもないし! 女の子にちびるとか言うな!」
カレンは顔を真っ赤にして怒っている。公衆の面前で言うことじゃなかったか。まぁ、まわりの緊張をほぐすための尊い犠牲だと思ってよしとしてくれ……笑われてるのは俺じゃないし。
「はいはい」
女将さんは緊張がほぐれたのか、人当たりのいい笑顔になった。
「なんだ、そうだったのかい。あいつの言うことなんざ信じてなかったんだけど、実際に黒髪のあんたが現れたもんだからびっくりしちゃってねぇ」
あいつっていうと、例の野盗の生き残りか。
「黒髪って珍しいの?」
そう言えば、サラさんも黒髪が目印になったって言ってたし、この村に来て一人も見てないな。
「うん、珍しいよ。わたしもアキがはじめてだったし」
「ふ~ん」
「……アキオ……アキ? アキ!?」
「はい?」
女将さんが俺の名前で悩んでる、この名前もこっちでは珍しいのかな?
女将さんが俺を観察しながら訊ねてきた。
「あんた、サラちゃんの知り合いかい?」
「サラちゃんって……?」
サラさんのこと?
「ブロンドの美人でおっぱいのおっきい子」
女将さんはおっぱいの部分で手振りジェスチャー付きで大きさを表現した。
ブーーッ!
俺はミルクを噴き出してしまった。ぶっかけてしまった。
「きったなーー、なにすんのよ~」
敢えて今まで言わなかったことを・・・確かにサラさんのおっぱいはおっきい。でも大きすぎるわけでもなく丁度よい大きさだと僕は思います、はい。
「いや、それだけでは」
俺はカレンに手を合わせ頭を下げて言う。
女将さんはカレンの顔をふきふきしながら思い出し口にする。
「たしか教会跡を調べてたって」
あ、間違いなく俺の知るサラさんだった、おっぱいも含めて。
「あ、はいそれなら間違いないです」
「やっぱり、黒髪絡みで、アキって名前をサラちゃんが言ってたから。そっか、あんたがサラちゃんの男かい」
今サラッとすごいこと言わなかった?
「男ーーーーーーっ!」
カレンが目を見開いて大声で叫んだ。カレンよ、なぜがおまえが驚く? そのセリフ俺の俺の!
「女将さん、俺そんなんじゃないですよ」
「そうなのかい? サラちゃんもそんなこと言ってたけど、でもあんたサラちゃんのこと好きでしょ?」
「え!? なんで?」
「わたしの女のカンが言ってるのさ。サラちゃんもきっと同じだと思うんだけどねぇ。なにか事情があるみたいだったし、あんたがしっかりしなきゃダメだよ……浮気なんてもってのほかだよ!」
「はあ!?」
身に覚えのないことを言われ俺は間の抜けた声を上げてしまった。
女将さんは俺とカレンを交互に見て言ってるようだが……
「女将さん、俺は年上好きなんです!」
「そうかい、サラちゃんいく」
「年上です!」
俺は食い気味に言ってしまった。
「アハハハハハ、それなら安心だね。サラちゃんのことしっかりつかまえとくんだよ」
「任せてください!」
それだけ言うと女将さんはカウンターへ戻っていった。
ってか、何任されちゃってんの俺。サラさんの気持ちもあるじゃん! それに……
「ねぇ!!」
「うぉ!?」
ビビった~。考え事してる時にいきなりデカイ声で呼ぶなよ! 心臓に悪い。あれ? カレンの目据わってないか?
俺は恐る恐る聞いてみる。
「な、なに?(ミルクのことかな?)」
「サラちゃんって誰よ?」
「誰って、この間までお世話になってた人だけど?(ミルクのことじゃなくてよかった~)」
「ふ~ん、それだけ?」
「ん? まぁそれだけ……かな」
特に女将さんの言ってるようなことは具体的にはなかったし、うん。なんでそんなこと事情聴取されてんの? 俺。
「……」
カレンは無言のまま俺を見据える。
「おまえ何怒ってんの?」
「怒ってないし! じゃあ、わたし帰るね!」
「おう、またな」
カレンは口を尖らせたまま行ってしまった。よくわからんヤツだ。俺も飯食って部屋に戻って寝るか……あ!? あいつここの払い忘れてやがる。明日請求してやる!
静まっていた食堂にはいつの間にか喧噪が戻っていた。