少年とドラゴン
『アーサー、しばらく押さえていてもらってもいいですか?』
シルフィは辺りを見渡し、険しい表情を見せそう告げた。
アーサーはシルフィの顔を見上げ首を傾げると、それに気づいたシルフィは今の険しい表情が錯覚だったかのようにアーサーへ優し気な微笑みを向ける。
アーサーはにっこり微笑むとコクリと頷いた。
『ふふっ、しばらくは拡げないようにお願いしますね』
シルフィはアーサーの頭を撫でそう言うと、風に溶け込むように姿を消した。
光輝たちはシルフィたちが何を話していたのかわからず首を傾げていた。
アーサーはトコトコとドラゴンの前に歩み出ると、ドラゴンの巨体を見上げ、お~っと感嘆したような表情を見せる。
ドラゴンはアーサーを見下ろすと、目を細め首を傾げる。こんな小さな生き物が自分の前に立ちふさがり何をするのかと不思議に思っているのだろうか?
しかし、アーサーは一向に動く気配を見せない。ジッとドラゴンを見つめ続けている。見つめられているのがドラゴンではなく普通の女性ならば、抱きしめてしまうのではないかと言うほど愛くるし表情で見上げている。
「ああ、アーサー君可愛いよぉ」
背後からウットリするような麻土香の声が聞こえてくる。
「た、確かに可愛らしいですね」
子供好きの汐音もつぼにはまったようだ。光輝を回復しながらもアーサーから目が離せなかった。
可愛らしいということもあるが、その可愛らしい子供がドラゴンと相対しているという現実離れした光景に目が離せなかったのだ。
ひょっとしたらこの愛くるしさにドラゴンも心を開くのではないか? などと幻想的な、現実離れした妄想を汐音と麻土香は抱いていた。
もちろんそんな妄想は現実にはならなかった。
ドラゴンはその足を上げると、アーサーを踏みつぶさんとし、足を踏み下ろした。
「「アーサー君!!」」
汐音と麻土香が悲痛な声を上げる。
それがスイッチとなったのか、アーサーの表情は愛くるしい顔から、なんの感情も見て取れない冷たい印象の無表情に変わる。
そして、一歩足を踏みつけると、
ゴゴゴゴゴ……
地面から岩がせり上がってくると、龍の口のように開き、ドラゴンの足に喰らいつき押し返していく。
Gyaaaaaaaa!
ドラゴンは咆哮を上げ体重をかけ踏みつぶそうとする。
アーサーは再び足を踏みつけると、地面から岩がせり上がりもう1体の龍となりドラゴンの体に巻き付いて行く。
岩龍は蛇のような、ドラゴン〇ールのシェ〇ロンのような形状をしている。
岩龍は蜷局を巻くようにドラゴンの巻き付いていく。
Gyaaaaaaaa!
ドラゴンは咆哮を上げ両腕を力任せに広げ岩龍を引きちぎろうとする。
アーサーはトコトコと後ろに下がりドラゴンの足の下から出ると、再び地面を踏みつける。
すると、足に喰いついていた岩龍もドラゴンに巻き付いていき、締め上げていく。
Gugyaaaaaaa!
ドラゴンは体を覆う今まで感じて事のないであろう締め付けに苦悶の咆哮を上げる。ここで気持ちよさそうな声を上げようものなら全員引いてしまうところである。
ドラゴンが2体の岩龍を振りほどこうとジタバタしはじめると、最初に巻き付いていった岩龍がドラゴンの顔の前まで登り着き、その口を大きく開く。
ドラゴンに喰いつくわけではなく、口から石のつぶて、ストーンブレスを吐き出した。
ガガガガガガガガッ
身動きのできないドラゴンはストーンブレスを顔面にもろに受ける。しかし、顔にも硬い鱗が覆っている為大したダメージを与えることは出来なかった。
そして、ドラゴンはお返しとばかりに息を吸い込むと、ファイアーブレスを岩龍の顔面に向け吹きかけた。岩龍ということもあり、ドラゴンは今までにない高火力でブレスを吐き出したのか、岩龍の顔が融けはじめていく。
ドラゴンはそのブレスを、自身に巻き付く岩龍の胴体に吹きかける。岩龍が融けはじると渾身の力を籠め、大音量の咆哮と共に引き裂いた。
Gyaaaaaaaaaaaaa!!
バキバキバキッ
ドッガァァァァ……
ガラガラガラ……
岩龍は砕け、瓦礫となり飛び散り落下していく。
『……』
アーサーはその光景を黙って静かに見据えていた。
「まずい!」
光輝が声を上げる。
アーサーが不利になった為ではない。そもそも岩龍が砕かれただけで、アーサー自体はまだ無傷で焦った様子もない。心配する必要は皆無だろう。
それよりも、下には負傷した兵士や瀕死の兵士が倒れている。岩龍の瓦礫の下敷きになってしまう。
光輝は焦るように、倒れている兵士たちの下へ駆けだそうとする。
しかし、駆けだす先が見当たらなかった。横たわっていたはずの兵士たちがいなくなっていた。すでに潰されてしまったのか? それとも今のブレスの余波で焼き尽くされ灰となったのか? どちらにしても遺体すら残っていなかった。
光輝が悔し気な表情で下唇を噛みしめていると汐音が光輝の腕を掴み揺すってきた。
「光輝! あそこ!」
汐音の指差す方向を見ると、門の内側、結界内に、つい先ほどまでこちら側で傷つき倒れていた兵士たちが運び込まれていた。よく見ると、兵士がフワフワと風に乗せられ運ばれている。シルフィの魔法で運び込まれていたようだ。アーサーに言っていた「拡げないでください」というのは、兵士たちを運び出すまで被害を拡大させないようにしてくれということだったようだ。
だから、はじめアーサーは時間を稼ぐために何もせずドラゴンを見上げていたのだ。
そんな思惑があったとは知らず、アーサーの事を可愛いとしか思っていなかった汐音と麻土香は、そのことに頭が回らなかった自分が恥ずかしくなってしまった。
しかし、アーサーが可愛いと言う認識を改めるつもりは当然なかった。
運び込まれた兵士たちは、城から救援に来た治療術士により順次治療を受けていた。
これで近くの兵士たちを心配する必要は無くなった。
あとは離れたところに飛ばされた兵士と、光輝たちだけである。回収と避難にはもう少しかかるようだ。
アーサーはもうしばらく時間を稼ぐ必要があると思い、再び地面を踏みつけた。
また岩龍が出てくるのかと思って見ていると、今度はアーサーの足元から岩がせり上がり、アーサーを覆うように折り重なっていく。そして、山のように大きくせり上がると、余分な肉を削ぎ落していくように岩が削り落ち成形されて行く。
出来上がったのはドラゴンと同等の大きさの、人を模したゴーレムだった。岩のゴーレムにしては黒い気もするが、ゴーレムだった。あの中のどこかにアーサーがいることになる。アーサーが核の役目を果たすのだろう。
ゴーレムはドラゴンを押さえ込む為組み掛かっていくと、ドラゴンも迎え撃つように組みついていく。
お互いに二の腕を掴み体制を崩そうと、前に後ろに、左右にと、まるで柔道のように揺り動かす。道着を着ていない為襟をつかむことは出来ないけれど。
しばらく牽制が続くと、ゴーレムが先に動いた。
ドラゴンの二の腕を掴んだまま引き寄せると、勢いよく頭突きをかました。
ズゴンッ
大気を震わすほどの衝撃が走り、ドラゴンは苦悶の表情をし咆哮を上げる。
Gugyaaaaaaa!
そしてもう一発頭突きをかまそうと引き寄せると、ドラゴンは至近距離からファイア―ブレスを吹きかけたて来た。
ゴーレムは顔面に高火力のブレスを無防備のまま受けてしまう。
岩龍を融かす、先ほどと同等の火力のブレスだった。ゴーレムが同じ末路をたどるのも時間の問題だった。
光輝たちはそう思っていた。
しかし実際は違った。ゴーレムは融けることなく、勢いをそのままにドラゴンへと頭突きをかました。
ズゴンッ
ブレスを吐き出していた為、鼻先に、イヤ、口先? とにかく直撃した。
Gugya!?
ドラゴンは短く声を上げると、鼻血は出ていないが後ろにのけ反った。
ゴーレムの顔面は熱で赤く輝いていた。
アーサーは、ゴーレムの外装に岩ではなく、岩よりも融点の高い鉄を使用していた。地面に混じる砂鉄を集め固めると、鎧のように外装に纏わせていたのだ。その為融けずに済んだのだ。
ゴーレムはドラゴンの二の腕を離すと、のけ反っている顎を狙い拳を打ち上げた。その巨体から打ち込まれる拳はずいぶんとゆっくりに見える。
それでも風圧は下まで流れ、汐音の長い髪をなびかせる。
ズゴンッ
拳が直撃すると重い音が響き渡り、ドラゴンの体が少し浮かび上がる。そして、がら空きとなったボディにもう一発拳を打ち込む。
ドズッ!
Gugya!?
ドラゴンは口を開き、腹の中の空気を吐き出す。
ドラゴンの体がのく字に曲がると、下がった顎に向けアッパーカットを振り上げる。
スカッ
ゴーレムのアッパーカットは空を打ち上げ、躱された。
ドラゴンはゴーレムの拳を見切ったのか、頭を横にずらし躱していた。
ゴーレムは尚も拳を打ち込むがドラゴンは顔を横にずらし、体を捻じり、体を屈ませて躱していく。
どうやら鈍重なゴーレムの動きは見切られてしまったようだ。
そこからドラゴンの反撃がはじまる。
ドラゴンはお返しとばかりにその鋭い爪で斬り裂いてくる。右から横薙ぎに、左からが逆袈裟に、そして体を回転させ尻尾を打ちつけてくる。
その悉くをゴーレムは躱すことができず直撃を貰ってしまう。ゴーレムのボディには爪痕が刻まれ、尻尾の一撃で後ろに弾かれてしまった。
岩と鉄でできたゴーレムだ。しかもデカイ。動きもかなり遅く躱すことは無理だった。躱すどころかこのままでは攻撃を当てることすら難しいだろう。当てるには不意を突くほかない。
攻撃を全て当て調子に乗ったのか、ドラゴンは再び攻撃を仕掛けてくる。
両の鋭い爪を振り回し連続で斬りつけてくる。
ゴーレムはやはり躱すことは出来なかったが、最後の大振りの左爪にタイミングを合わせ、逆クロスカウンターといった感じに右ストレートを打ち込んだ。
当然ドラゴンは動きを見切っている。ゴーレムの右ストレートの軌道上から顔をづらし躱そうとする。
ゴーレムの拳が遅いため、嘲笑うかのようにゆっくりと、顔をづらしていく。
そこへ、
ボンッ
何かの破裂音がしたかと思うと、ゴーレムの右ストレートがブースターでも付いているかのように急に加速が掛かる。
余裕ぶっていたドラゴンはスピードを増したゴーレムの右ストレートの直撃を受け、吹き飛ばされる。
ドゴッ
ズズンッ
ドラゴンは兵士たちのいなくなった地面へと倒れ込んだ。
光輝は何が起こったのかと見上げると、ゴーレムの肘に土煙が立ち昇っていた。そしてゴーレムの肩にシルフィが立っている。
シルフィの魔法で、空気を圧縮させ、拳を打ち込む右肘辺りで破裂させその爆風で加速を掛けたのだろうか。
『アーサー、お待たせしました。もう大丈夫です。では仕留めに行きましょうか』
シルフィがゴーレムの中のアーサーに告げる。
その言葉の通り兵士たちはすべて結界に中に運び込まれたようだ。いつの間にか総司たちもいなくなっていた。これで何の気兼ねもなく力を振るうことができるだろう。
見えないがきっとアーサーはコクリと頷いているはずだ。
光輝はそう思い、汐音に声を掛ける。
「汐音も結界の中へ」
「はい、気を付けて」
汐音は光輝の手を取りそういうと、名残惜しそうに手を離し結界の中へと入っていった。
それを見届け、光輝もいつでも攻撃に移れるよう真聖剣に魔力を籠めはじめる。
しかし、内心では別の事を考えていた。
このまま二人だけで倒せてしまい、自分の出番はないのではないか? と疑っていた。
アーサー、結局一言もしゃべらなかった。