光と火と水
光輝が城の東門へ戻ると、酷い惨状が広がっていた。
辺りには兵士たちが倒れており、中には焼け焦げている遺体も混じっている。幾百という矢が地面に刺さり、へし折れた剣が転がっている。
ワイバーンが倒されているのはよかったのだが、死傷者が多すぎる。
一体何者にやられたのか……それは目の前にいるこいつだと言うことは一目瞭然だった。
目の前で暴れているのは巨大なドラゴンだった。
目の前とは言ったがそれなりに離れている。その巨体故にそう見せていたのだ。
光輝たちが倒したワイバーンの倍はあろう体躯をした、赤い鱗に覆われたドラゴンだった。鋭い爪に鋭い牙、その巨大な体躯で兵士たちを蹂躙したのだろう。その凶悪な眼光に睨まれれば恐怖で体の自由を奪われ命を奪われるだろう。それほどに怨嗟に染まった隻眼だった。潰れた右目はまだ真新しく、ついさっきつけられたように見える。一体誰が傷を負わせたのだろう?
光輝は今ドラゴンと戦っている者たちへ視線を向ける。
「……誰だ?」
光輝には見覚えのない二人組だった。
一人は炎を駆使して戦う、赤い髪、褐色の肌のマッチョな男。一人は水を操り戦う、青いショートヘアの青白い肌の女? らしき人物。
二人は、結界を破壊しようとするドラゴンを足止めしているようだ。
光輝が二人に視線を向けていると、弱々しい声が耳に届いた。
「こ、コウちゃん?」
「っ!? 冬華ちゃん! 無事だったか!」
光輝は瓦礫の側に倒れる冬華を抱き起す。
額からは血が流れ、白い胸当ては切り裂かれ血に染まっている。とても無事には見えなかった。
「は、はは、無事ねぇ。これが無事に見えるんだ? 目悪くなったんじゃない?」
冬華は減らず口を叩ける程度には無事のようだ。
「それだけ軽口を叩けるなら大丈夫だろ?」
光輝は言葉とは裏腹に心配そうな優しい声音で言う。
「コウちゃんがここにいるってことはワイバーンを倒したんだね? やればできるじゃん」
冬華は力なく微笑みながら言う。
「ああ、麻土香さんと風音、マリアさんが力を貸してくれたから。それより他のみんなは? あの二人は誰なんだ?」
「サラさんはそこで気絶してる。他はわかんないや、生きてるとは思うけど……」
光輝は冬華の視線の先を見ると、サラが横たわっているのを見つけた。
「あの二人は、火の精霊のフラムと水の精霊のミュウ、お兄ちゃんが連れて来た子たち」
「そうか……」
光輝は改めて二人を見る。奮闘しているようだが、押されているようだ。このままでは結界を破壊されてしまう。
「コウちゃん、私たちのことはいいから、二人と協力してあいつを倒して」
冬華は力を振り絞るように声を出し懇願する。
「ああ、倒すさ。直にマリアさんがここに来るはずだ。マリアさんに回復してもらってくれ」
「うん……」
光輝はそういうと、冬華を横に寝かしドラゴンの下へと向かう。
そして二人に声を掛ける。
「僕も協力する!」
光輝の登場に、ミュウは水の槍を放ちながら光輝をチラリと見て告げる。
『ご自由に……』
興味のない相手には冷たいミュウだった。
フラムは炎を纏った拳でドラゴンのボディを連続で打ち続け、チラリと光輝を見ると拳を止め、振り返りビシッとポージング(サイドリラックス)を決め告げる。
『おう! 歓迎するぜ! 光輝!』
暑苦しいポージング(サイドトライセプス)を決めるフラムだった。
光輝は思う。
アキの知り合いは変わったヤツばかりだ……
光輝は自分がその知り合いの内の一人だと言うことには目を瞑っていた。
戦闘中にポージングに集中してしまい、隙ができたフラムへドラゴンはその鋭い爪を振り下ろした。
ボフッ!?
フラムは体を炎に変え、ドラゴンの爪を躱した。
『あぶねっ!?』
『油断するからです!』
フラムはミュウの言葉が聞こえなかったのか、何も答えずドラゴンの腹の前で体を戻すと再び炎を纏った拳を打ち込んでいく。
ズドドドドドドドドッ
しかし、ドラゴンには決定打とはならなかった。
ドラゴンは鬱陶しそうにフラムを払い除けようとする。
光輝は剣を抜き真聖剣にすると、目くらましのようにドラゴンの顔面へと二の太刀を連続で飛ばす。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ザシュザシュザシュッ!?
二の太刀はドラゴンの顔面に当たると、何事もなかったかのように霧散する。
しかし、目くらましには成功し、フラムは払い除けられる前に自ら飛び退いた。
フラムは光輝の隣に降り立つと礼を言う。
『サンキュ、助かったぜ!』
『油断するからです!』
ミュウは先ほどフラムの耳に届いていなかったのだと思い、再び同じことを口にした。
『へいへい、気をつけますぅ』
フラムは指で耳に栓してぼやく。
二人が側に来てくれたところで、光輝は口を開く。
「何とかヤツの動きを止めることは出来るか? 注意を引いてくれるだけでもいいんだが」
『ヤツを倒す手立てでもあるんですか?』
ミュウが怪訝そうに訊ねる。
「ああ、集中する時間があればたぶん……」
光輝は頷きはしたが自信はなさそうだ。ワイバーンとの体躯差があるドラゴンを前に、若干気後れしているようだ。
ミュウはその様子を見て口を開く。
『光輝、やると決めたのなら迷いは捨てなさい。迷いは直接体の動きに反映され、力は十分に発揮されなくなります。自信を持ってください』
光輝は言葉を失っていた。冷たい印象のミュウが光輝に助言をしてくれたのだ。そして、アキに言われているような錯覚に襲われたのだ。驚きもするだろう。その証拠にフラムまでもが今の光輝と同じ顔をしていた。疑いようもなく稀有な出来事だと言うことだ。
「なんだかアキに言われてるみたいだ。ありがとう、気を付けるよ」
光輝の言葉を聞きミュウの視線が鋭くなる。
『あの男と同じにされたくはありませんね』
ミュウはそういうとプイッとそっぽを向いてしまう。本当に嫌がっているように見える。二人に何があったのだろう?
『ハハハハハッ、まあ、何か手があるなら何とかしてやるよ。行くぜ!』
フラムは威勢よく言い放つと、駆けだしていく。
『フラム! 一人で行くのはやめなさい! 私も行きますから!』
ミュウもフラムの後に続いて行く。
『おぉぉぉぉぉぉっ!』
フラムは体を炎に変え、ドラゴンの頭のまわりをグルグルと回り、螺旋状に炎の帯を伸ばしていく。
ドラゴンは目障りな虫を払うかのように手で振り払おうとしている。
『はぁぁぁぁぁぁっ!』
ミュウは地面から水を湧き出させ、ドラゴンの足元に流し込んでいく。
ドラゴンは足元のひんやりとした水の感触に気付き、避けるように足を交互に上げ、水しぶきを上げている。
『おらぁぁぁぁっ!』
『はぁぁぁぁぁっ!』
フラムとミュウが声を上げると、ドラゴンの頭のまわりの炎の帯がキュッと締まり視界を遮り、足元の水の嵩が増え生き物のようにドラゴンの足に絡みつき拘束する。
『『光輝!』』
フラムとミュウは、光輝へと声を上げる。
光輝は真聖剣に魔力を圧縮するように注ぎ込む。
「はぁぁぁぁぁぁ……」
ドラゴンは両手で頭を覆う炎を掴み、力任せに引き剥がそうとする。足元では、絡みつく水を蹴り上げようとジタバタさせている。
フラムとミュウはドラゴンを押さえ込むため魔力を注ぎ耐えている。
『ぐ、ぐぅぅ……』
『ふぅ、うぅぅ……』
Gyaaaaaaaa!
ドラゴンは咆哮を上げ体を捩り抵抗する。
フラムは振り回されるがしがみ付いて踏ん張り、ミュウは片膝をつき耐えているが、そろそろ限界も近いようだ。光輝が来るまで二人でヤツの進行を妨害していたのだ、疲労やダメージも蓄積されていただろう。
『ま、まだですか!』
ミュウが苦悶の表情で声を上げる。
光輝はカッと目を見開き、光り輝く真聖剣を振り上げ、ドラゴンへ向け跳ね上がると、横薙ぎに振り抜き胴を真っ二つに切り裂こうとする。
「うおぁぁぁぁぁっ!」
しかし、少し遅く、ドラゴンの片足が水の拘束から外れてしまっていた。
『くっ!?』
ドラゴンは光輝の一撃を受ける前に、拘束されている足を軸に、体を半回転させ尻尾を振り上げた。
その尻尾は地面を抉るように跳ね上がり、膝をついているミュウを巻きこみ、そのまま光輝を打ちつけた。
『キャァァァッ!?』
「ぐあっ!?」
『ミュウ! 光輝!』
それを見たフラムは声を上げる。
その際に隙がうまれてしまい、ドラゴンは一気にフラムを引き剥がし地面に叩きつける。
ドズンッ
『グハッ!?』
フラムは体を炎に変える間もなく地面に打ちつけられ、動かなくなる。
ドラゴンは動かなくなったフラムを一瞥すると置き去りにし、光輝とミュウの方へ視線を向ける。
ミュウは城下町を覆う塀に激突し、地面にうつ伏せに転がっている。
『う、うぅぅ……』
うめき声が聞こえる。どうやら命に別状はないようだ。
光輝はミュウを横目に見ると、剣を杖代わりにヨロヨロと立ち上がる。
ドラゴンはミュウには目もくれず、光輝へとその獰猛な視線を向けていた。
先ほどの真聖剣が自分を斬り裂くことのできる一撃だったと認識したのかもしれない。自身の命を脅かす存在を見過ごすはずはなかった。
ドラゴンは光輝に近づき、光輝の小さな体を見下ろす。
目を細めて見据えると、体を反転する。光輝に興味が失せたのかと思われた矢先、反転する勢いに乗せ、尻尾を振り抜いて来た。
光輝は不意を突かれ、かろうじて剣を盾代わりに防御するが、弾かれ吹き飛ばされてしまう。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
光輝は地面に打ちつけられゴロゴロと転がっていく。
今の一撃には体を反転させる程度で大した力は入れていなかったようだが、あの巨大な尻尾の一撃であるため、ダメージはかなりある。
「く、そ……」
光輝は悪態を着くとヨロヨロと立ち上がりドラゴンを見据える。
ドラゴンは目を細めズシンッズシンッと光輝に近づいてくる。
そして同じように尻尾を振るい光輝を吹き飛ばす。
光輝はヨロヨロと立ち上がる。
ドラゴンは光輝が立ち上がれるギリギリの絶妙な力加減で尻尾を振るっていた。まるでいたぶっているようだ。
すぐに楽にはさせないこの行動は、人間に何か恨みでもあるかのようだ。
何度かそれが繰り返されたが、それもすぐに終わる。反撃もできない光輝をいたぶることに虚しさでも沸いたのか、はたまた恨みを晴らす相手が違うことに気付き、ドラゴンらしくないくだらないことをしたと自嘲したのか、ドラゴンは光輝を見据えると踏みつぶして止めを刺そうと足を振り上げ、そして踏みつける。
「っ!?」
動けない光輝は下唇を噛みしめ、無念さに顔を歪ませる。
「光輝!」
そこへ声を上げ飛び込んできた者がいた。
光輝は体当たりを受け、抱き合いながら地を転がる。
ズシンッ
すぐ横でドラゴンが地を踏みしめる地響きが耳に響いた。
光輝は腕の中の人物に視線を向ける。
「し、汐音!」
そこには泥や血で全身を染めた汐音がいた。その姿を見ただけで、光輝がいない間にどれだけの死闘が繰り広げられていたのかが窺えた。
「光輝! 諦めないで! まだ生きてるんだから最後まであがいて!」
汐音は涙ながらに訴えてくる。
「ああ、そうだな。僕がここで諦めたら城のみんなが、仲間が、汐音が殺される。そんなことはさせない!」
光輝はそう返事をし、ヨロヨロと立ち上がる。
汐音は立ち上がると光輝に肩を貸し、二人はドラゴンから距離をとろうと駆け出す。
ドラゴンは二人を追い、踏みつぶそうとズシンッズシンッと足を踏みつけてくる。
二人はそれを避けながら駆けていくが、ダメージの酷い光輝は足を縺れさせ転倒してしまう。
光輝に肩を貸している汐音も連鎖的に転倒する。
「ぐっ!?」
「キャッ!?」
そこへドラゴンの足が振り下ろされる。
「「っ!?」」
ガッ
二人が顔を伏せ声にならない悲鳴を漏らすと、振り下ろされたはずのドラゴンの足が襲ってこなかった。
「二人とも大丈夫か!?」
光輝は顔を上げると、目の前に総司がいた。そしてドラゴンの足を結衣の防御壁が押さえ防いでいた。
「あ、ああ。そっちこそ無事だったんだな、よかった」
「まあな」
そんな光輝と総司の軽い挨拶に業を煮やした結衣が声を上げる。
「そ、そんな挨拶はいいから! 早く二人を起こして! 逃げ……!?」
ピキッ
結衣の防御壁に亀裂が入る。結衣も万全ではないのだろう、防御壁の強度がいつもよりも低いようだ。それともドラゴンの力が強すぎるのかはわからないが、もはや時間はないようだ。
総司は光輝に肩を貸し、立ち上がらせるとドラゴンの足の下から逃れようとする。
「結衣! もういいぞ!」
しかし、結衣は動けないでいた。今動けば集中力が途切れ防御壁は破壊される。3人が逃れてから逃げるとしても、防御壁を解いた時点で潰される、全力で走ってもおそらく間に合わない。この手を使った時点でどのみち結衣に逃げる術は残っていなかった。
「結衣!」
総司が呼びかける。
結衣は振り返ると、涙を流し微笑む。
「総司、ゴメンね。ゴメ……」
パキンッ
結衣が言い切る前に防御壁は破壊され結衣にドラゴンの足がのしかかってくる。
「結衣ぃぃぃぃぃぃっ!?」
総司が手を差し伸べるが間に合わない。
「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」
総司の叫び声が上がると、それに交じり女性の声が聞こえた。
すると、地面から石の手が迫り出してくると、人の形となりドラゴンの足を支えはじめる。
そこへ一陣の風が吹き込む。
そして、ドズンッと言う音と共にドラゴンの足が踏み下ろされ、石のゴーレムは押しつぶされた。
『よく頑張りましたね』
涼やかで澄んだ声が響く。
その声に振り返ると、声の先には気絶した結衣を抱えたシルフィが佇んでいた。シルフィは結衣の無事を確かめるように顔を覗き込んでいる。
その横では麻土香が地に両手を付け苦し気な表情で荒く呼吸をしている。
そして麻土香の背に小さな男の子? が手を添えていた。
「も、もうこれで打ち止めだから! もう無理だからぁ!」
麻土香はそういうと、大の字になって倒れ込んだ。先のワイバーンとの戦いで魔力を使い切っていたが、更に絞り出したのだろう。顔色が悪くなっている。
シルフィの労いの言葉は結衣と麻土香に向けられたモノのようだ。
その麻土香を男の子が心配そうに覗き込んでいる。
「ハァハァハァ、アーサー君、力貸してくれてありがとね」
麻土香は男の子、アーサーに礼を言う。
アーサーはコクコクと頷く。
「結衣!」
総司はシルフィに駆け寄り結衣を抱きかかえると、結衣の無事を確認し、それを喜ぶようにきつく抱きしめ嗚咽する。
「結衣結衣! よかったよかった、うっ、うぅぅぅ……」
「シルフィ、なぜキミがここに? 風音とマリアさんは?」
光輝はシルフィのいきなりの登場に戸惑いを見せ、麻土香がいるにもかかわらず、一緒にいたはずの風音とマリアがいない事に、別れた後に何かあったのではないかと不安を覚えていた。
『フラムとミュウがいるのですから私がいても不思議はないでしょう? マリアさんは冬華とサラさんの治療をしています。風音は一応護衛として置いて来ました。それほど心配でしたら置いて行かないでください』
シルフィは説明を終えると、3人を置いて行ったことの苦言を述べる。
「え、あ、ゴメン」
光輝は自分に非があることは間違いないと思い、言い訳をすることなく謝罪する。
『汐音が心配だったと言えばいいでしょうに……』
シルフィはボソリと言う。
「え? 今なんて?」
汐音は聞き取れなかったように聞き返し、光輝を見る。頬が微妙に赤い所を見るとバッチリ聞こえていたのだろう。光輝の顔色を窺うあたり光輝の口から言ってもらいたいのだという事が窺える。
「え? えっと……」
光輝が言い澱んでいると、
Gyaaaaaaaa!
自分の存在を思い出させるようにドラゴンが咆哮を上げる。無視されていたことにプライド傷つけられたのだろうか、今にもブレスを吐き出しそうだった。
シルフィはドラゴンを睨みつけるように見据えると口を開く。
『光輝、私たちがヤツを押さえておきますので、すぐに回復を。そしていつでも止めを刺せるように準備しておいてください』
光輝はいきなり話を振られ返事に窮した。
「え? あ、ああ」
『ではアーサー、行きますよ』
シルフィがアーサーに声を掛けるとアーサーはシルフィの風のローブを掴みコクコクと頷く。
シルフィと、アーサーはドラゴンの前に歩み出る。
綺麗な容姿のシルフィ、可愛い女の子のようなアーサー。それはまるで、姉妹がドラゴンの生贄にされる光景のように光輝の目には見えた。
しかし、この後の二人の戦いで、その認識が一気に覆されることになる。
カルマはどうなったんだろう?