光と風と土
ワイバーンは上空でホバリングし顔をキョロキョロさせている。光輝を振り落としたはいいが、どうやら見失ってしまったようだ。眼下には森が広がり、そう容易くは見つけられないだろう。しばらくは時間が稼げそうだ。ワイバーンがやけを起こして森を焼き払わなければだけれど……
光輝はハッとして後ろを振り返る。
「……あれ?」
「どうしました?」
マリアは光輝の行動を見て不思議そうに訊ねる。
「あ、いえ、僕が逃げている間にヤツがブレスを吐いて森を焼いていたんですが……」
燃えていたはずの森が鎮火し、一直線に黒い焼け焦げた道ができていた。
「ああ、それでしたらここに来る道すがら私が消火しておきましたよ。放っておけば森が全焼してしまいますので」
どうやらマリアさんが水の魔法で消火してくれていたようだ。
(そういえばワイバーンの背から見た時すでに消えていたような……)
光輝はその光景を思い出し、頭がクラクラした。
「私たちが森で修行してたからよかったものの、私たちがいなかったらどうするつもりだったのよ」
麻土香が腕を組み説教モードで言う。
「消したのはマリア先生なのに、なんで姉ちゃんが偉そうなんだ? 修行してたのも俺だし」
風音がボソリという。
どうやら魔法を習っているマリアの事を先生と呼んでいるようだ。
「い、いいのよ、そんな細かいことは! 私だって修行してたのは本当なんだし」
麻土香は取り繕うように言う。
風音が心配で修行に付いて来て、ついでに自分も見てもらっていたのだろう。
どちらにしても消火してくれたことには感謝しなければ。
「すみませんマリアさん。お手間をお掛けしてしまって」
「いえ、いいんですよ。たまたまいただけですし、もしいなくても城から消火の人員が派遣されていたでしょうから」
マリアはなんでもない事のように言う。
森に火が回った際の対応は決められているのだろう。この土地に住むのだから当然と言えば当然である。
「それで、これからどうします? 我々だけで倒すのですか?」
マリアは怪訝そうに訊ねる。それは現実的ではないと遠回しに言っているようだ。
普通に考えて、汐音たちの増援を待つのが最善だろう。しかし、向こうも1体相手にしている。その後にもう1体となると消耗が激しくまともに戦えないのではないだろうか?
それにこのメンツがいれば、地形を活かせばなんとかなるのではないか?
光輝は安易に考えていた。
「やりましょう。逃げ続けるにも限界があります。少しでもダメージを与えておけば汐音たちが増援に来てくれた時にすぐに倒せるでしょうから」
「倒さなくても撃退という方法もあるんですよ?」
マリアは光輝に無理をさせない為撃退を進める。戦力的にそうするものだと思っていたのだろう。
「いえ、逃がしたら近くの村が危険になります。倒せるのならここで倒した方がいいでしょう」
「お二人はどうですか? 光輝さんと同じ意見ですか?」
マリアは麻土香たちに訊ねる。
「倒せるんならその方がいいんじゃないですか?」
「倒せるならねぇ」
麻土香が言うと風音がチャチャを入れる。
「作戦次第ですね」
麻土香は風音の口を塞ぎ言う。
「そうですか、光輝さん作戦はあるんですか?」
マリアは作戦を聞いてから判断することにした。
「作戦というほどのモノではありませんが一応。やはり奴を叩き落として斬るのがいいでしょう。ここにはいい感じに山がそびえ立っていますし、いい風も吹いてます。この地形に適した人材もいることですし、叩き落とす手はあるでしょう」
光輝はチラリと麻土香を見る。
「確かに、ここはなかなかいい地形してるから叩き落とすことは出来るかな。でもアイツ空飛べるからすぐに立て直しそうだよ?」
麻土香はワイバーンの飛行能力を問題視している。
光輝は風音に訊ねる。
「風音は気流を操ることは出来るのか? 気流を操ってヤツの飛行の妨害をしてほしいんだけど」
風音は困り顔で口を開く。
「ん~ちょっと自信ないかも……」
「でしたらわたしがサポートしますから大丈夫だと思います」
マリアがサポートを買って出てくれた。
「じゃあ、後は光輝君があれを斬れるかって話なんだけど、どうなの?」
麻土香は疑いの視線を向ける。
「ああ、真聖剣は切れ味だけはいいからな。さすがに飛ばして当てる二の太刀になると劣ってしまうけど、直接斬り込めばいけると思う」
話を聞きマリアは決断する。
「わかりました、やってみましょう」
マリアの賛同を受け光輝たちは行動に移した。
「んじゃ、やって見ますか! ちょっと魔力多く消費しちゃうけど、いくよ! はぁぁぁぁぁっ!」
麻土香は魔力を練り込むと両手を地面につけ魔法を放つ。
「おいで! クイーンゴーレムちゃん!」
耳を疑う単語を聞き光輝は愕然とする。
ゴーレムのクイーンってどんなだ? と。
しかし、それも次の瞬間には納得してしまった。
ゴゴゴゴゴゴ……
と言う音と共に山の山頂付近から石が迫り出していき、人の形を成していく。ゴーレムが生成されているのだろう。ゴーレムと言えばゴツゴツとしたイメージだが、そこに作り上げられていくゴーレムは、丸みを帯びていく。そして、長い髪を固めた美しい女性を模した巨大なゴーレムが完成する。城を襲ってきたときのゴーレムを彷彿とさせる巨大さだった。
「ね、姉ちゃん! あのゴーレム、なんかエッチだ!」
風音は興奮気味に言う。
山から上半身だけを迫り出させた女性型ゴーレムは、服を着ておらず形のいい乳房を露わにしていた。ゴーレムに服というのも変な話だが、風音には刺激が強かったようだ。女性型で色気があるからクイーンなのだろうか?
「風音は見ない! いいから早く気流を何とかして! 叩き落とせないでしょ!」
麻土香は魔力供給が辛いのか苦し気に声を上げる。あの巨体ともなると操るのが辛い様だ。
「風音君! いきますよ!」
「はい! 先生!」
風音は素直に返事をしマリアの合図で魔法を放つ。
「はぁぁぁぁぁっ!」
放った魔法で気流を操ると、ワイバーンは飛行を妨げられうまく飛ぶことができずフラフラしはじめる。
そこへ、クイーンゴーレムが土煙を上げ山を滑り下りるように下がってくると、その勢いを上乗せし、合わせた両拳を振り下ろした。
ゴスッ
空中でフラフラしているワイバーンは避けることも防ぐこともできず、叩き落とされた。
気流を風音に支配されているため、どんなに羽ばたこうとも飛ぶことは出来ず地面に向け落下していく。
そして、地面に激突する直前、光輝は真聖剣に魔力を注ぎ込み一気に間合いを詰めると逆袈裟斬りで斬り上げた。
「おぉぉぉぉぉぉっ!」
落下の威力も加えて斬り付けたその剣は威力を倍増させ、ワイバーンの胴を斬り裂けるかに見えた。
迫る光輝の真聖剣に対し、ワイバーンは羽ばたくことを諦め、最後の意地を見せるかのように身を捩り躱そうとする。
すでに振り上げている最中の光輝は軌道修正することができず、そのまま振り抜いた。
ザシュッ!?
ブシャァァァァッ
鮮血が舞う。
真聖剣はワイバーンの胴を斬り裂くことはなかったが、片翼を斬り落とすことに成功した。
ズゥゥゥゥゥン
地面に体を打ちつけたワイバーンはヨロヨロと立ち上がると、
Gyaaaaaaaa!
ワイバーンは背から伝わる激痛に、怒りと憎しみを籠めた咆哮を上げた。
それを間近で聞いてしまった光輝は硬直し体の自由を奪われてしまう。
「ぅぐっ!?」
片翼を失い飛ぶことがままならなくなったワイバーンは、怨嗟を瞳に宿し光輝を見据えると、恨みを晴らすべくズシンッズシンッと怒りを見せつけるように近づいてくる。
大空を駆けめぐる羽根を奪われたワイバーンの怒りがどれほどのものなのか計り知れない。
身を焦がさんほどの憎しみに晒され、光輝は体の芯から恐怖し体が動かなくなる。
「うぅぅぅぅっ」
このままでは光輝が殺されてしまう。
風音は震える体にムチを打ち、手をかざすと魔法を放つ。
「ウ、風の刃!」
ヒュン
バシュン
風の刃はワイバーンの外皮に直撃し、傷つけることなく霧散する。
ワイバーンの瞳がチラリと風音に向く。
「ヒッ!?」
風音は小さく悲鳴を漏らすが、それでも魔法を放ち続ける。
「ウインドカッター、ウインドカッター、ウインドカッター!」
しかし、その悉くは外皮で霧散する。
恐怖で錯乱したのではない。その小さな体に宿る勇気を振り絞り、光輝が動けるようになるまでの時間を稼ごうとしているのだ。
幾度となく風の刃を放ってくる風音を鬱陶しく思ったのか、ワイバーンは風音に顔を向けると、ブレスを吐き出そうと息を吸い込んだ。
風音がそれに気づいた頃には、ワイバーンはブレスを吐き出してしまっていた。
ゴォォォォォォ……
ファイアーブレスが風音に迫る。
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
「風音ッ!?」
クイーンゴーレムの維持で動けないでいる麻土香の悲痛な声が上がる。
「風音君!」
側にいたマリアが風音の前に躍り出て魔法を放つ。
「魔法防御魔法!」
しかし、ブレスは魔法ではない、どれほど耐えられるかわからない。
「くっ、うっ……」
マリアが苦悶の声を漏らしはじめる。
炎は何とか防ぐことは出来ているが、熱は防ぐことができていないようだ。
このままでは風音が、マリアが焼き殺されてしまう。
麻土香は残りの魔力を振り絞り、クイーンゴーレムに注ぎ込む。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「うわぁぁぁぁっ!」
魔力を振り絞っていたのは麻土香だけではなかった。
風音も全魔力を振り絞り風の魔法を放っていた。
放たれた風の魔法は、激しい竜巻となり、ワイバーンの吐き出す炎はその奔流に巻き込まれていく。
そして、その炎風の奔流はワイバーンを包み込む。
しかし、炎を吐くワイバーンにはあまり効果はない様だ。火竜なのかもしれない。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
風音はそんな事お構いなしに魔力を注ぎ込み、ワイバーンの体を浮き上がらせていく。
そして声を張り上げる。
「姉ちゃん!」
浮き上がってきたワイバーンに追い打ちを掛けるべく、麻土香はクイーンゴーレムを操り攻撃を仕掛ける。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
クイーンゴーレムはその両手をパチンッと打ち合わせるようにワイバーンの頭部を挟み込んだ。
しかし、ワイバーンは両腕でクイーンゴーレムの手を押さえそれを防ぐと、尻尾を振り上げクイーンゴーレムの腕を破壊した。
バキンッ
「くっ!? まだよ!」
クイーンゴーレムは破壊された腕を振り上げ叩きつけた。
ドゴッ
空を飛ぶことがままならないワイバーンは両腕でガードしたが、そのまま地面に向け背中から落下していく。
その落下地点には、ワイバーンの怨嗟から逃れ硬直の解けた光輝が真聖剣に魔力を注ぎ込み待ち構えている。
ワイバーンは仰向けになっているため、下にいる光輝に気付いていない。決めるのならここしかない。
光輝は力を伝えるように地面を踏み込み跳ね上がると、渾身の力と魔力を籠め真聖剣を振り抜いた。
「うおあぁぁぁぁぁっ!」
ザシュゥゥゥゥッ
真聖剣はワイバーンの頭を割り、首を割き、左脇へと斬り裂いていった。
鮮血が舞い散ると、ワイバーンの体は二つに分かれ地面に落下した。
ズズン
「ハァハァハァ、やった……」
光輝はワイバーンの亡骸の近くに尻をつき呟いた。
「やった! やったよ光輝兄ちゃん!」
風音は飛び跳ねて喜んでいる。若いだけあり元気いっぱいだ。魔力量の多さが窺える。
「はぁ……」
その横ではマリアが腰が砕けたように座り込み、生き残れたことにホッとしているようだ。
「も、もうダメ……」
麻土香は力なくへたりこんでいる。魔力を使い果たしたのだろう、クイーンゴーレムは形を維持できなくなり崩れ落ちていた。
この人数でワイバーンを倒したのだ、大健闘だと言えるだろう。
しかし、喜び合う時は与えられなかった。
Gyaaaaaaaaaaaaa!
城の方角からドラゴンと思しき咆哮が響いて来た。
光輝たちは愕然とする。
城からかなり離れているというのにここまで響いてくる。ワイバーンのモノではないことは確かだろう。つまり、それ以上の何かだと言うことだ。
向こうのワイバーンがどうなっているのかもわからない現状で、ワイバーン以上の何かが現れては、いくら人数がいるとはいえ危ないかもしれない。
「っ!? 汐音!」
汐音の身を案じ、光輝は城へ向け駆け出していた。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
麻土香の制止が聞こえないのか、光輝は足を止めることなく行ってしまった。
『行ってしまいましたね。一人で行くとは困ったものですね』
『……』
麻土香は突然の声に振り返ると、すぐ後ろにシルフィが佇んでいた。
そして目の前に男の子? が麻土香の顔をジッと見上げていた。
「シルフィさん、と……え? え? 誰この子? 超可愛い」
麻土香は目を輝かせ、抱きしめたそうに両手を伸ばしていた。
光輝、やればできる子。