終わらない恐怖
冬華は戸惑っていた。
自分たちの窮地を救ってくれたヒーローともいうべき人物が目の前で暑苦しいポージングをしている。そして何か言ってもらいたそうに、こちらを見て笑顔を振りまいている。
何か言うべきだろうか?
冬華はアキの言葉を思い出した。
「今度褒めてやれよ。よっ、キレてるよ! って」
「あいつも喜ぶからさ」
(褒めるの? あれを……)
冬華は葛藤する。助けられたのだから感謝の気持ちを込めてそのくらいしてあげてもいいのではないか? しかし、それで味を占めて毎回それを期待されるのも困る。だからと言ってこのまま放置というのも礼に掛けるのでは?
冬華は苦渋の決断を下す。
「フ、フラム? 助けてくれてありがとう。そ、その、きょ、今日もキレてるね」
冬華の言葉を聞き、フラムの顔は晴れ渡る空のようにパァッと明るくなり再びニカッと笑う。
『さすがはアキの妹、よくわかってるじゃないか。フン!』
フラムはよく見えるように冬華へと体を向け爽やかな笑顔で喜びを表現するようにポージング(フロント ラットスプレッド)した。これ見よがしに胸筋をピクピク動かしている。実に暑苦しい。
冬華の不安は的中し、フラムは早速肉体美を見せつけてきた。
(お、おぉ……これは……)
冬華は無意識に後ずさった。
「う、ううん。そんなでもないよ……」
(うわぁ、失敗したぁ。なんで褒めたのよ! 私のバカ! アホ!)
冬華は頬を引き攣らせてやんわりと否定すると、心の中で数秒前の自分に罵声を浴びせた。
『冬華、フラムに気を使う必要はありませんよ。暑苦しかったら暑苦しいとハッキリ言ってやってください』
突如冬華の横から声がした。
見上げると、いつの間かミュウが表れ、困り顔でフラムを見ていた。言葉に出さずともわかるほどに顔中に不快感をにじませている。
『休んでいる間、暇だからとずっとあの調子なのです。もう暑苦しいったらないですよ』
ミュウはオブラートに包むことなくズバッと言葉にしてしまった。
気持ちはわかる。こんなものを四六時中見せられていれば気が狂ってしまう。もしくはそっちの世界に目覚めてしまうかもしれない。なんと恐ろしい事か。
冬華は戦慄した。
が、そんなことはさすがに言えない。
「ううん、助けてもらったのにそんなこと言えないよ」
助けられなかったら言う気満々なのだと、ミュウは理解し頷いた。
フラムはすでに話を聞いておらず、楽しげに筋肉の光の反射具合を確認していた。
火の精霊のフラム、水の精霊のミュウ、そしてあと二人、彼らは魔力を取り込むために自然界に還っていたはずだ。それがここに現れたということは……
「ミュウ、もう魔力は回復できたんだね?」
冬華は筋肉に夢中のフラムではなく、まともに話の出来るミュウへと訊ねた。
『ええ、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です』
無表情のミュウが若干微笑みを見せた。
冬華はドキリとし、ミュウの変化をジッと見つめていた。
すると、
Gyaaaaaaaa!
思い出したようにワイバーンが咆哮を上げる。
突然の正体不明の来訪者に戸惑っていたのか、ワイバーンは手を出さずに上空でホバリングしていた。
いや、相手はドラゴン、ミュウたちが精霊だと言うことは本能的に気付いているはずだ。おそらく、ミュウたちの表れた目的がわからず様子を見ていたのだろう。そして冬華と話している様子から敵だと断定したようだ。
しかし、それでも狙いは変わらない。弱っている冬華と総司を狙い、滑空してくる。
『ここは私たちが抑えましょう。冬華たちは少し休んでいてください』
ミュウはそういうと、汐音をチラリと見、目配せする。そしてフラムへと声を掛けた。
『フラム! 遊んでないであれを抑えますよ』
『アッハハッ、ドラゴンと力比べか! ワクワクするな!』
フラムは笑みを浮かべ、ギラギラした目で総司をチラリと見る。
「え?」
総司はフラムの言わんとすることがよくわからなかった。
フラムはニカッと笑うと、拳に炎を纏わせワイバーンへ向け跳び上がっていく。
『はぁ、困ったものですねぇ。遊びではないというのに』
ミュウは愚痴をこぼしながらフラムのあとに続き跳び上がっていった。
二人を見送っている冬華へサラが手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
「え? あ、うん。平気」
「あの、彼らが?」
サラは確認するように訊ねる。話は聞いていたが、本人たちと顔を合わせていない為確認したのだ。まあ、特徴でほぼ確定しているのだけれど。
「うん、そうだよ。お兄ちゃんが一緒に連れて来た精霊たち、後もう一人いるんだけど……あれ? シルフィとあの子は?」
冬華は二人を探しキョロキョロと首を振るが見当たらなかった。
『オォォォォォォラッ!」』
フラムは炎を纏った拳でワイバーンを殴りつける。
ゴスッ
ワイバーンは進行を止められた。
フラムの細腕から繰り出された拳で止められたことにワイバーンは驚愕する。
フラムの腕は決して細くはない、自分の肉体美を愛しているだけあり、鍛え方が違うのだ。アキや、総司と比べても太い腕をしている。ワイバーンがデカいからそう見えただけである。
『く———っ、やっぱかてぇなぁ』
フラムは拳をふーふーしながら一人ごちる。しかし、その表情は悲観的なものではなく歓喜の表情だった。痛みで喜んでいるドMというわけではなく、ワイバーンが拳一発でのされるような弱い蜥蜴ではないと確認できたからだ。つまり相手が強くて嬉しい変態だった。
殴りつけられたワイバーンは、怒りを力に変えるように流れに逆らわずくるっとまわり尻尾をしならせフラムに叩きつける。
ガツッ
『ぐっ!?』
フラムは片腕でガードしたが、体格差のせいで、受けとめきれず吹き飛ばされ、そのまま地面に落下していく。
ボフンッ
地面に激突する瞬間フラムは体を炎に変え四方に霧散し直撃を回避した。
総司たちはそのフラムの熱の余波を受ける。
「うおっ!? あつっ!」
総司は腕で顔を覆い熱を防ぐ。
「キャッ!?」
サラは冬華を庇うように覆いかぶさりローブで熱を遮る。
「うわぷっ」
冬華はサラの下敷きになり、サラの胸に顔を埋める。
炎は上空に集まり再びフラムの姿を取り戻した。
『くくくっ、やっぱりつえぇなぁドラゴン。楽しくなってきたぜ』
フラムは口角を吊り上げ歓喜の声を漏らす。
フラムの横に浮かび上がてきたミュウは、フラムのその表情を見て苦言を言う。
『フラム! 遊ぶなと言ったでしょう!』
『遊んでねぇよ! ちゃんとしてるだろ?』
フラムは言い返すが、ミュウは冷静に指摘する。
『でしたらもう少し考えて戦ってください。さっきのは危うく冬華のいるところへ落ちるところでしたよ! 下手をすると、ヤツがそのまま追撃してきたかもしれない。そうなれば冬華たちを巻きこむことになるんですよ!』
フラムはチラリと下を見る。確かに先ほど落ちた近くに冬華たちがいた。ヤツが追撃してくるどころの話ではない。ミュウは言わなかったが一つ間違えればフラムの炎で焼いてしまうところだった。味方を焼き殺すという過ちを犯してしまうところだった。
フラムは頬をヒク付かせる。
『(あ、あぶねぇ……)』
その表情を見て、ミュウはフラムがようやく気付いたのだと溜息を吐く。
『ハァ、わかったのなら次は手はず通りに! 見ていたのですから何をするかはわかっていますね?』
フラムたちはずっとそこにいて、冬華たちがどう戦うのかを間近で見ていた為作戦は理解していた。はずだ……
『おう、任せろ!』
フラムはさっきの反省はどこへやらと言った感じに軽く答える。
ミュウは不安になり再度確認する。
『本当にわかっているんですか? 我々だってドラゴンとやり合うのははじめてなのですから気を引き締めて真面目にやってくださいよ!』
ミュウはフラムの軽さを嗜めると、フラムは指で耳栓をして答える。
『わかってるって、あいつを叩き落とせばいいんだろ?』
『それだけではありませんが……もう、その時に指示を出します! 行きますよ!』
ミュウは耳栓をして話を聞いていないフラムに今何を言っても時間の無駄だと思い、投げやりに言い放った。
ワイバーンへ視線を戻すと、ワイバーンは空中にホバリングしながら冬華たちをチラリと見ていた。
『っ!?』
ワイバーンはミュウたちではなく尚も冬華たちを狙い、急降下していった。
『冬華!』
ミュウは声を上げると、ワイバーンの後を追った。
ワイバーンはファイアーブレスで焼き尽そうというのか、息を吸い込んでいく。
『やらせません!』
ミュウは眼下に手をかざすと、冬華たちの前に水の壁を作り出す。これでワイバーンのブレスを防ごうとしていた。
しかし、ワイバーンはクルッと反転し、ミュウに向けてブレスを吐き出した。
ゴォォォォォォ……
『っ!? しまっ……』
ミュウが炎に包まれる瞬間、目の前にフラムが割り込み炎を受けとめた。
『おぉぉぉぉぉぉっ!』
『!? フラム!?』
フラムは炎を受けとめると、そのまま口で吸いこんでいく。
すべての炎を吸い込むと満足そうに腹をさする。
『ゲプッ、ごっそーさん』
火の精霊に炎の攻撃をしても意味がない。かえって力を与えることになってしまう。フラムはそれを狙っていたのだ。
『ハハハハハッ、俺を倒したかったらもっと高火力の炎を吐き出してみせろ!』
フラムはワイバーンに言い放った。言葉が通じているかはわからないが。
『すみません、フラム』
『らしくなぇな、お前があんなに焦るなんてよ。そんなに気に入ったのか?』
普段になく取り乱していたミュウにフラムはニヤニヤしながら訊ねる。
ミュウはフラムのそのニヤケ顔に不機嫌そうに答える。
『ぐ、それはあなたもでしょう! 随分と嬉しそうですし』
『おう! 嬉しいぜ! 何せドラゴンとタイマンする気概を見せてくれたからな』
ミュウは嫌味のつもりで言ったのだが、フラムは気にせず本当に嬉しそうに答える。
フラム相手に嫌味は意味のない事だと重々承知していたミュウは諦めて溜息を吐く。
『ハァ、もういいです』
フラムは諦められたことは気にせず、ワイバーンへ眼光を向ける。
『よし! 行くぜミュウ!』
フラムはミュウへ声を掛けると、全身に炎をたぎらせワイバーンへ向け降下していく。
『あ、あなたに仕切られたくありません!』
ミュウは不満げに声を上げ魔力を高めていく。
『おぉぉぉぉぉぉらっ!』
フラムは落下のスピードを上乗せした蹴りをワイバーンの背に打ち込んだ。
Gugyaaaaaa!
ワイバーンは絶叫を上げるが、羽を羽ばたかせ落ちる気配はない。
フラムは両拳に炎を纏わせ、殴りかかって行く。
『おらおらおらっ!』
右フック左ブロー右アッパー、をワイバーンの顔面に打ち込んでいくが、ヒットしたのは初めの右フックのみ、ワイバーンは他の2撃を躱すと、その鋭い爪でフラムを斬り裂こうと腕を振りまわしてくる。
フラムはその大ぶりの腕を腰を屈め、身を翻し、旋回して躱しつつ、隙を窺う。
そして、ワイバーンが真上から振り下ろしてきたところをギリギリで躱し、頭の下がったところを、フラムは両拳を合わせ振り下ろした。
ドゴッ
Ggya!?
ワイバーンの頭部に渾身の一撃が入り、ワイバーンの動きが止まる。
フラムはワイバーンの頭を踏み台にし跳ね上がると、空を蹴り反転する。
そしてワイバーンの背に再び蹴りを打ち込んだ。
ズドォォォォ
Gyaaaaaaaa!
ワイバーンは絶叫を上げ今度こそ落下していく。蛙が体を開いたような格好で落下していく。
そこへ追い打ちをかけるようにミュウが魔法を放つ。
『はぁぁぁぁっ!』
水の壁を放ち、ワイバーンを捕らえる。
中世ヨーロッパで使用されていた木の板で首と両手を上下から挟み込むさらし台のように、上空から首と両手を水の壁で押さえ込み、地面から立ち昇る水の壁と結合し、完全にワイバーンを捕らえる。
こうして水製のさらし台が完成した。
後はワイバーンの口を開くのみ。
『フラム! 口をこじ開けてください!』
ミュウはフラムにそう告げるが、一体どうやってこじ開けろと言うのだろう……
フラムは悩んだ挙句、渾身の力を籠めワイバーンの腹部を殴り上げた。
『うおぉぉぉぉぉぉらっ!』
ドゴッ
Gugyaa!
ワイバーンは盛大に腹の中の空気を吐き出し、見事に大口を開けた。
『汐音! 今です!』
ミュウは汐音へ声を掛ける。
「はい!」
汐音は返事をすると、カルマへ魔力を注ぎ込む。
そして、カルマは弓を引き絞り、汐音の魔法サポートを受け矢を放った。
「いっけぇぇぇぇっ!」
ビュン
ドスッ
矢は見事口の中に吸い込まれていった。
角度的に打ち上げる形となり、矢は口の中に入り、上あごを貫き、脳を串刺しにしていた。
ワイバーンは断末魔を上げることなく即死し、体をビクンビクンと痙攣させた後、力なくさらし台に体を垂らした。
今度こそ本当に仕留めることができた。
「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「ぃやったぁぁぁぁっ!」
「やりましたぁぁぁっ!」
まわりからは兵士たちの歓声が沸き起こり、喜びを分かち合うように汐音とカルマはハグしていた。
「あぁぁぁぁぁぁっ!?」
当然冬華は喜びよりも怒りの方が増していた。ワナワナと打ち震え今すぐ殴り飛ばしに行きたかったが、体が思うように動かず、歯ぎしりしカルマを睨みつけていた。
「と、冬華さん? 落ち着いてください。あれはそういうモノではなく、ドラゴンを仕留められた喜びによる一時的な感情の昂りです。ですから、すぐに我に返ります……」
サラが必死に落ち着かせようとするが、冬華の耳には入っていなかった。
「(あのバカルマ、後で覚えてなさいよ……)」
冬華は一人ブツブツと怨嗟を呟いた。
サラはもう手遅れだと思い諦め、ただカルマの無事を祈るのみだった。
「総司!」
結衣が総司に駆け寄り抱きつく。そして無事なのを確かめるように全身に目を向ける。
その心配そうな表情を見て、総司は愛おしく思ってしまった。
「大丈夫だ」
総司は結衣を安心させるように優しく微笑みかける。
結衣はホッとし、胸をなでおろした。
そこへフラムたちが降りてきた。
フラムは総司の前に降り立ちニカッと笑い、ミュウは冬華の前に降り立ち微かに微笑みを見せる。
総司と冬華は、なぜ笑いかけられているのかわからず、戸惑いを見せる。
そして、フラムとミュウは真剣な表情に引き締めると同時に口を開く。
『総司、お前は……』
『冬華、あなたは……』
Gyaaaaaaaaaaaaa!
二人が何かを口にしようとした瞬間、再び咆哮が上がり大気を震わせた。
その場の全員が一か所を見つめ戦々恐々としていた。
視線の先には、先ほどのワイバーンを優に超える巨大なドラゴンが降下して来ていた。
着地したドラゴンはその隻眼で辺りを見渡し、水のさらし台で息絶えているワイバーンに目をとめる。
そして、目の前の人間たちを見据え、再び咆哮を上げる。
Gyaaaaaaaaaaaaa!
冬華たちは咆哮による威圧だけでなく、その存在感に中てられ硬直していた。
最近暑くて、執筆速度がガクンと落ちてます。
エアコン始動までのカウントダウンがはじまりました。