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ビルダー再び

ビュンッ

ドスッ

 カルマたちの放った矢はワイバーンの胸に突き刺さった。


Gyaaaaaaaa!


 ワイバーンは突如胸に異物が刺さったような激痛を感じ絶叫を上げる。

 顔面を靄に覆われ幻影を見せられているワイバーンには、何も刺さっていない胸に目に見えない何かを突き立てられたように感じただろう。何が起こったのかわからず取り乱したように暴れ狂っている。

 そして、その苦しむ姿を見て、まわりの兵士たちからは歓声が湧き上がった。

「おぉぉぉぉぉぉぉっ……」

 歓声が耳に届き、冬華はカルマがやってくれたのだと思い、カルマへ労いの言葉を掛けてやろうと視線を向ける。

(もう、カルマもやればできるじゃない。これはご褒美かなぁ……!?)

 なんてことを思いご褒美を何にしてあげようかと頭を巡らせていると、驚愕の光景を目の当たりにする。

 カルマは汐音と社交ダンスでも踊るかのように密着し、今にも抱き合いそうな勢いではないか。(実際には間に強弓があるのだが今の冬華には見えていない)

 冬華は裏切られた気分になり、怒気を孕んだ声を上げる。

「このバカルマ! なに汐音ちゃんとイチャついてんのよ! 私がどれだけ苦労したと思ってんのよ!」

 まわりの歓声のせいで冬華の声が届いていないのか、カルマは矢をワイバーンに命中させた事を喜び強弓を手放すと、この喜びを分かち合おうと、同じように喜んでいるであろう目の前にいる汐音に、両手を広げ抱き合おうとする。

「ぃよっしゃぁぁっ!」

ガシッ

 これはカルマが汐音に抱きついた音ではなく、汐音がカルマの顔面を片手で掴んだ音だった。アイアンクローだった。

 汐音はカルマを一睨みすると口を開く。

「何を喜んでいるんですか! 矢が刺さっただけでしょう! 仕留めきれていないというのにはしゃいでどうするんですか!」

 汐音の怒声が響く。

「え!? あ、おう……」

 カルマは勢いを削がれ、肩を落とす。

 カルマが汐音に咎められたのを聞き、同じようにはしゃいでいた兵士たちからはザワつく声が広がっていた。

 ドスドスと近づいて来ていた冬華も、汐音の剣幕にその歩みを止めていた。

 ワイバーンは胸に矢が刺さり痛みで苦しんでいるように見える。しかし、今だに生存し怒りの炎を燃やしている。後何発撃ち込めば倒せるのだろう? それまでに汐音の魔力が尽きてしまうのではないか?

 汐音は険しい表情でブツブツと呟く。

「鱗が邪魔ですね。やはり、当初の計画通り……」

 汐音は肩を落とすカルマにアイアンクローをしたままの状態で考え込んでいた為、次第に手の力が強くなっていく。

 弓や警棒術を扱えるだけあり、汐音の握力はそれなりに強かった。

 カルマはギリギリと顔面を締め付けられ、うめき声を漏らしはじめる。

「うっ、うぅぅぅっ、痛い……」

 しかし、叱られた手前その仕置きだと思い、強引に振り払うこともできず我慢していた。

 ドラゴンとの戦闘中だというのにかなりシュールな光景だった。

ペチペチぺチ

 カルマは限界をむかえ、汐音の腕をタップするが汐音は気付いていないようだ。

 このままではカルマの顔面が酷いことになってしまう。

 冬華は焦るように汐音に詰め寄る。

「し、汐音ちゃん! 落ち着いて! 調子に乗ったカルマにムカついたのはわかるけど、このままじゃカルマの見られない顔がもっと見られない状態になっちゃうよ!」

 そう軽くカルマの顔面をディスり、汐音の手をカルマの顔面から外そうと試みる。

 調子に乗ったカルマにムカついたのは冬華の方だったのだが、今はカルマをアイアンクローから救い出す方が先決だと思い、怒りは後に取っておくことにした。

「え? ああ、すみません。つい考え事に夢中になってしまいました」

 汐音は思い出したように謝罪すると、カルマの顔面から手を放す。

 カルマの褐色の顔面には汐音の手形が赤くくっきりと記されていた。

 これは私のモノと、主張するように……そんなことはないのだけれど。

 アイアンクローから解放されたカルマは、しゃがみ込むと痛みの残る顔面を揉みほぐすようにさすっている。

 カルマの顔を見て、冬華は頬を膨らませ早速怒りを発散する。

 冬華はカルマの後ろに回り込むとその背中を蹴り飛ばした。

ドガッ

ズザッ

「んぐっ!?」

 アイアンクローから救ってくれた冬華がそんな暴挙に出るとは思いもしなかったカルマは、勢いよく顔面を地面に打ち付けた。

「な、何すんだテメェ!」

 カルマは顔を上げると振り返り声を上げる。

 冬華はツカツカと歩み寄り、ズイッと顔を寄せる。

 そして、カルマの赤くなった顔を間近でまじまじと見つめ満足そうに頷いた。

「よし!」

「何がよしだ! よくねぇよ! いてぇよ!」

 当然カルマは納得していない。蹴られた意味も満足された意味も分からない。

 わかっているのは冬華だけだった。

 真相を言ってしまえば、自己主張する汐音の手形を消したかったのだ。地面に打ち付けたことで、顔面全体が赤くなり手形を消すことに、隠すことに成功した。だから満足気だったのだ。

 カルマの顔面に興味のない汐音は、そんな二人を無視しメガネをクイッと直すと告げる。

「もう一度やりますよ!」

 汐音の言葉にカルマはビクッとし顔面を隠す。アイアンクローをまたされるのかと思ったようだ。

 冬華はそんなカルマをジトッとした目で見下ろす。

 汐音は構わず続ける。

「今度は口の中を貫きます。ほら、こんなところで油売ってないで手はず通りにお願いしますよ。早く光輝の下に行きたいですから」

 汐音は本音を吐露した。総司と結衣、カルマと冬華を見て、なぜ自分は光輝と共に行かなかったのかと後悔していた。さっさと片付けると言う冬華の口車に乗った過去の自分をぶん殴ってやりたい。そう思っていた。

「う、うん」

 冬華は本音を隠さない汐音に戸惑うように返事をすると持ち場に向かう。持ち場と言っても、さっきとは若干戦場がズレていた為、サラの隣にスタンバった。

「カルマもいつまで百面相の練習をして遊んでるんですか!?」

「……くっ、す、すまん」

 自分は悪くないと主張したいのを堪え、再びアイアンクローを喰らわないために、カルマは苦渋の謝罪を口にした。

「はい、わかっていただけたのなら次の矢を番えてください」

 汐音は微笑みを称え強弓をカルマに差し出して言った。

「お、おう……」

 カルマは強弓を受け取り、引き攣る顔で頷いた。

 汐音とカルマは結衣の下へと向かうと、先ほどと同じ手順で第二射の準備をする。

 その頃にはワイバーンの頭を覆っていた靄は掻き消え、自らの胸に刺さる矢を忌々し気に見つめていた。

 痛みの正体を知り、怒りや憎しみを吐き出すように咆哮する。


Gyaaaaaaaa!


 その咆哮を合図にワイバーンと冬華が動きはじめた。

 ワイバーンは上空で旋回しながら矢を放ったカルマと汐音を見つけ、狙いを定め滑降してくる。

 冬華は両手を天にかざし魔法を放とうとする。

「レイン……っ!? あ、あれ?」

 冬華は魔法を放つことができず、体から力が抜け崩れ落ち膝をついてしまった。

 先ほど後先考えず力を放出してしまった影響が、今になって出てしまったようだ。

「「冬華!」」

「「冬華ちゃん!」」

「冬華さん!」

 皆の冬華を呼ぶ声が聞こえ、冬華は震える両手で体を支え立ち上がろうとする。

 狩りとは弱った者から狩っていくもの。ワイバーンはカルマ、汐音ペアから冬華へと狙いを変え、方向転換と共に尻尾を横薙ぎに振り抜いた。

「くっ!?」

 冬華はヨロヨロと腕をクロスさせ防御姿勢をとる。しかし、これは力を使い果たした冬華では何の意味もない行為だった。両腕の骨が粉々になり吹き飛ばされるのが容易に想像できる。それでも冬華は構えをとる。1パーセントでも助かる可能性があるのなら行動するべきだ。最初に汐音の作戦に賛同した際に口にした言葉と同じようなことを思い行動していた。

「冬華さん!」

 一番近くにいたサラが、冬華の前に出て、物理防御魔法を展開する。

 しかし、物理防御魔法の強度よりも強い力の尻尾での一撃、押さえ切る事ができず物理防御魔法はパリンッと音を立て破壊された。

 ワイバーンはその場でクルッと回転するとその威力のままもう一度尻尾を横薙ぎに振り抜く。

 尻尾がサラと冬華へ迫る。

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 総司が気勢を上げ、炎の剣を振り下ろした。剣閃に炎を乗せ、冬華たちと迫りくる尻尾との間に壁となるよう放った。

 ゴォォォォォォォォォォ……

 炎の壁に遮られ、ワイバーンは尻尾を引き、仕切り直すように後ろに下がる。

 総司は、サラたちの前に出ると炎の剣に魔力を注ぎ込み一気に振り下ろした。

「ぅおあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 炎は一直線にワイバーンへと飛んで行く。

 ワイバーンはそれを迎え撃つように息を吸い込みファイアーブレスを吐き出しぶつける。

 炎と炎のぶつかり合い。怒りと憎しみで若干勝るワイバーンが押していた。

 ここに来て力比べになるとは思っていなかったが、ここで引けば後ろに控える冬華たちが丸焼けになってしまう。

 総司は残る力を振り絞り炎を放ち、ワイバーンの炎を押し返そうとする。

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 少しずつ総司の炎がワイバーンの炎を押し返していく。

 炎が消える直前の一瞬のきらめきのような力を放つ。

 押されはじめたワイバーンは、自らの体を射ぬいたカルマたちと、自分を押し負かそうとする目の前の総司にプライドを傷つけられ、怒りと憎しみが溢れ出した。

Gyaaaaaaaa!

 その咆哮と共に炎の熱量と濃度が高くなり、総司の炎を押し返していく。

「なっ!? くっ……」

 総司は再び押し返そうと踏ん張るが、

パキッ

 総司の剣に亀裂が入る。

 この炎のせめぎ合いに剣が堪えられなくなったのだ。

 総司の使用している剣は一般に流通されている剣、それほどいいものではない。ここまで総司の力に耐えられたことの方が称賛に値する。それに加え、今までの戦いで蓄積されてきた疲労により、剣は限界をむかえようとしていた。

「くっ……こんなところで……」

 総司はこれまでの自分の暴走や無茶な扱いで剣を酷使してきた事、そしてその都度ちゃんと手入れをしていればと悔やんでいた。

 そしてついに、限界が訪れる。

パキンッ

 小気味いい音と共に剣は折れてしまった。そして、

「ぐっ!?」

 剣の限界だけでなく、総司の力も限界をむかえた。

 総司の炎が霧散し、ワイバーンの炎が総司たちを焼き尽くそうと迫りくる。

「く、そ……」

「総司ぃぃぃっ!」

 結衣の悲痛な声が耳に届く。

 総司は結衣の声に導かれるように振り返る。

 結衣は涙を流し、今にも駆けだして来そうだった。

 そんな事をしては結衣まで炎に巻かれてしまう。

 総司はそうさせない為、結衣を安心させるように微笑んで見せた。

 そして、炎に包まれた。

ゴォォォォォォ……

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「冬華ぁぁぁっ!?」

 結衣と、カルマの悲痛な叫びが響く。

 辺りに絶望が拡がって行く中、場の空気を壊すような奇声がとどろく。


『チェェストォォォォッ!』

ボフゥゥゥゥゥン


 その奇声と共に炎はかき消された。

 そして、高らかに笑う声が響き渡る。

『フハハハハハハハハハッ! フンッ! フンッ! フゥン!』

 フロントダブルバイセプス、サイドチェスト、アブドミナル&サイ

 三つのポージングを爽やかな笑顔で暑苦しく決める炎の男がいた。


 フラムだった。

『待たせたな』

 フラムはニカッと笑い白い歯を見せた。


フラム、いいヤツだよ。暑苦しいだけで。(2度目)

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