表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/288

ドラゴン

 ドラゴン、硬い鱗に覆われた巨大な蜥蜴のような体に、蝙蝠のような羽をつけ、鋭い爪、獰猛な牙を有しているファンタジー世界の覇者、ゲームなどでおなじみの空想上の生き物。それが今まさに目の前に現れたのだ。

 アキは無意識に後ずさり、カレンはガタガタと震えている。ルゥは羽で頭を覆いうずくまっている。

 ドラゴンは光の柱から飛び出すと南へ向け飛び発っていく。

 アキはドラゴンに目をつけられなくてホッとしていた。

 しかし、ホッとしたのも束の間、光の柱はまだそこに残っている。再び光が強くなると、中からドラゴンが次々に飛び出していく。最初のドラゴンの後に続くように4体飛び発っていく。最初のドラゴンと合わせ計5体のドラゴンが飛び発っていった。

 これで打ち止めかと思っていると再び光が強くなる。

 そして現れたのは、先ほど飛び発っていったモノよりも巨大な体躯の赤い鱗に覆われたドラゴンだった。先ほどのドラゴンが目測で全長10メートルくらいだとすると、それの倍くらいあるだろうか。全身から発せられる威圧感が巨大に見せているのかもしれない。

 だちらにしろ手を出してはいけない怪物だった。早く飛び去ってくれることを願うほかなかった。

 しかし、最後に出てきた一際デカイドラゴンはすぐに飛び立つことなくその場に(とど)まっている。

 アキは気付かれないようにピクリとも動かずにいた。というか動けなかった。呼吸すら忘れるほどに硬直していた。

(早く行ってくれ、こっちに気付くな……)

 アキはそう願っていた。

 しかし、


ガランガラン


 なにか金属が落ちる音が鳴り響いた。

 アキは音のした方へ目だけを動かし視線を向けると、さっきまでアキに剣を向けていた男がその剣を落していた。

(バッカヤロウ! 気付かれたらどうすんだ!)

 アキは心の中で男に怒りをぶつけていた。

 そして恐る恐るドラゴンへと視線を戻すと、その視線と合ってしまった。

 ドラゴンは剣の落ちる音に反応しこちらに顔を向けていた。

 そしてその獰猛な口を開き……


Gyaaaaaaaaaa!


 アキたちに向け叫び声を上げる。

 ドラゴンの咆哮を受け、アキたちは金縛りにでもあったかのように動くことができなくなった。

 アキたちの動きが止まると、ドラゴンはズシンッズシンッと地響きをならし遺跡の石柱をなぎ倒しながらこちらに近づいてくる。

「あ、あ、あぁぁぁ……」

 目の前の男はガクガクと震えその場に立ち尽くしている。

 継美も同じようで結界を張ることにすら頭が回らなくなっていた。

 このままでは皆殺しにされてしまう。それどころかアキたちが喰われようものなら、味を占め村の住人にまでその牙が及ぶかもしれない。倒すことは無理でも何とか退けなければならない。

 しかし、それすらできるか怪しい状況だった。アキ自体動けなくなっているのだから、一体誰がそれをするというのだろうか。

(動け動け動け動け動け……動かないと殺されるんだぞ! 俺もカレンもルゥもロンも、こいつらだって殺される! クソッ! 動け! 動けよ!)

 アキは心の中で言うことを聞かない体を動かそうと念じ続けていた。

「ヒッ、いっ、いっ……」

 カレンは声にならない声を漏らし恐怖している。その掠れるような声で泣いているのがわかる。自身の最後が近づいていると悟ってしまったようだ。

 ロンも同じような涙声を漏らしている。道案内さえ買って出なければこんな恐怖に見舞われることもなかった。大人しく待っていればもう少し長生きできたかもしれない。そんな後悔すら感じることができないほど恐怖に包まれていた。

 ルゥはうずくまって動かない。アキと一緒にいたい一心で後を追いついてきた。それに後悔はない。しかし、今アキが殺されるかもしれないというのに、アキを守ることもできずうずくまり、アキが助けてくれることを待っている無力な自分を悔しく思っていた。

「グ、グエェェェェ……」

(もっと、力があれば……)

 アキはみんなを連れてきたことを後悔していた。追い返そうと思えばできたはずだ。しかし、カレンたちの厚意に甘えそれをしなかった。今の自分ならここいらにいる魔物程度、守りながらでもどうにかなると自惚れていた。その結果がこれだ。まさかドラゴンが出てくるとは想定外過ぎた。いや、マーサに借りた書物にはドラゴンについても書かれていた。頭の片隅にでも置いておけばその可能性にも気付けたはずだ。それを怠ったアキの落ち度だった。

 だからこそ、自分が何とかしなければならない。自分が守らなければならない。

 それなのに体は言うことを聞かない。

(俺にもっと力があれば……)

 ドラゴンがもう目の前まで来ている。

「っ!?」

 アキの脳裏に走馬燈のようにサラとの思い出が甦る。

 短い、本当に短い思い出の数々、最初に助けられたパンチラ、ネックレスをもらった時の急接近した顔、怖い夢にうなされ泣いていたサラを抱きしめた時の二つの柔らかな感触、(かたき)を見るような視線、刺された足、柔らかな唇の感触、偽アキとの……

 嫌な記憶を思い出し冷静さが戻ってきたアキは大切な約束を思い出す。


「わたしを置いて行かないでくださいね」


 サラとの約束を果たさなければならない。こんなところで死んでいる暇はない!

 アキは目を見開き、下っ腹に力を籠め気を溜める。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 アキは気勢を上げると体から気が溢れ出し硬直が解ける。

「ルゥ! 俺の子なら気合を入れろ! カレンとロン連れて継美さんのところへ行け!」

「グ、グエェェェェェェッ!」

 ルゥは気合を入れ駆け出す。獣なだけあり、恐怖に対する、逃げの本能が目覚めていた。

 カレンとロンを羽の脇に抱えると継美のところへ駆け寄る。

 アキは目の前の男を継美のところまで蹴り飛ばし声を上げる。

「継美さん! 結界を!」

 しかし、継美は恐怖で動けなかった。

 ドラゴンは継美たちに目をつけ狙いをそちらに移した。

 このままでは継美の下へ向かわせたルゥたちも危ない。

「チッ!」

 アキは舌打ちするとドラゴンの足元まで踏み込み、手刀にオーラソーを纏いドラゴンの足を斬り付ける。

「おぉぉぉぉぉっ!」

 注意を引きつけるように大きな声で気勢を発した。

ザンッ

「ぐっ!?」

 硬い鱗に阻まれ斬り抜くことができなかった。腕にしびれが走り一瞬硬直する。

 その一瞬をつきドラゴンは小石を蹴るように足を振るった。

 アキは腕をクロスさせ、気の障壁を前方に集中させ展開し防御する。

 蚊に刺された程度とはいえ、傷つけられた怒りなのかその蹴りの威力は半端なかった。

ドズッ

 蹴りの重さがわかるような低い音がするのと同時にバリンと音が鳴るように気の障壁は破壊された。

 そして、アキはその蹴りを素の腕で喰らってしまった。

ゴギンッ

「グフッ!?」

 腕からの嫌な音が脳に響く。

 障壁を破壊された反動と、ドラゴンに蹴られたダブルのダメージを受け、アキは吹き飛ばされる。

 岩肌にしたたかに打ちつけられ、追加で甚大なダメージを受けた。

 左腕の激痛に耐え、ガクガクと震える右腕で体を支え立ち上がろうとする。

「う、ぐ、がはっ……」

 アキは吐血し地面に崩れ落ちる。

「ぐっ、ふっ、ハァハァ……」

 それでもアキは立ち上がろうとする。

 そのアキへドラゴンが近づいて行く。ドラゴンの狙いはアキに移っていた。 

 ここで倒れればドラゴンの狙いが継美たちへと移ってしまう。アキは気を失わないように歯を食いしばり体を起こしていく。

「あ、アキ!」

 カレンが何とか声を上げる。

 アキはカレンへと視線を向けると、意識を取り戻した継美が結界を張っていた。

 一度結界に逃げ込み回復した方がいい。

 アキは頭の片隅でそう考え結界に向おうとする。

 しかし、頭とは裏腹に体が言うことを聞いてくれない。

 地を這うように移動していくが、すぐに行く手を阻まれる。

 ドラゴンはニヤリと嗤うと(恐怖の為アキにはそう見えた)その鋭い爪でアキを貫こうとする。

「っ!?」

『……』

 アキは覚悟を決める。頭の中で声がこだましているようだったが、アキの耳には聞こえていなかった。恐怖と絶望感、自身の無力さで気付けなかった。

 ドラゴンの爪が迫ると、

「グエェェェェェェッ!」

 ルゥがアキの前に飛び込んできた。


グチャッ

「グゲャ……」


 絶望を呼ぶ嫌な音が耳に刺さると、ルゥは吹き飛ばされゴロゴロと地面を転がっていく。

「ルゥ……ルゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」

 アキはルゥの名を絶叫する。

 ルゥの体は痙攣するようにビクビクし、起き上がる気配がない。

「ルゥちゃん!」

 カレンが震える体で駆けだし、ルゥの下へ向かう。

 カレンが声を上げたことでドラゴンに気付かれてしまった。

 ドラゴンは動かないアキに興味が無くなったのか、駆けているカレンに狙いを変えた。

 このままではルゥもカレンも殺される。

「ハッハッハッ……」

(何とかしないと何とかしないと……)

 アキの呼吸が荒くなり、過呼吸で気を失いかける。

 まわりの音が小さくなっていき、視界がゆっくり霞んでいく。


『……』

 アキは頭に響く声たちに気付いた。

『『(アキ! アキ!)』』

「(アルス、ウィンディ……)」

『(やっと気づいてくれた)』

 アルスはホッとしたように言う。

『(相手がドラゴンでは仕方ないですよ)』

 ウィンディは真剣な面持ちの声で言う。

「(ルゥが! カレンが!)」

 アキは悪夢にうなされるように取り乱す。

『(アキ、落ち着いてください)』

 ウィンディの優しい声がアキを包み込む。

『(アキ、僕たちのことを忘れないで。アキは一人じゃないんだから)』

 アルスはいつもの楽し気な声ではなく、真剣な優し気な声で語り掛けた。

「(一人じゃ、ない……)」

『(ええ、私たちがついています)』

『(だから、呼んで……僕たちを)』


 アキは視界がボヤける目に強引に魔力を注ぎ視力を戻す。

 ルゥの元にいる絶望に顔を歪めたカレンへとドラゴンが近づいて行く。

 まだ間に合う。

 アキはかすれた声を絞り出す。

「ウィンディ、カレンたちを……」

『はい!』

 アキの体から風が巻き起こると風はカレンたちの下へと流れていく。

 そしてカレンたちの前にウィンディが降り立つ。

「ウィンディさん……」

 カレンが絶望の中涙でグチャグチャになった顔を向け、惚けたように呟いた。

『これ以上はやらせません!』

 ウィンディが声を張り上げると風の勢いが増し、竜巻が立ち昇る。

『ハァァァァァァァッ!』

 竜巻の回転が速く、強くなっていくと、カレンたちを覆い風の障壁を作り出す。


Gyaaaaaaaa!


 ドラゴンは咆哮を上げ竜巻を斬り裂こうとその爪を振り下ろす。

ザシュッ

『くっ!?』

 一瞬だが竜巻が斬り裂かれた。しかし、すぐさま風が裂かれた箇所を修復していく。

 しかし、斬り裂かれることがわかってしまった以上安心はできない、連続で斬り付けられれば突破される恐れがある。

 ウィンディは冷や汗を流しながらも、信じていた。アキが何とかしてくれることを。

『(カレンの視界はこれで塞ぐことができました。もう何も気にする必要はありませんよ)』

 ウィンディはアキがこれからすることをカレンに見られないように配慮していた。

 アキはウィンディが竜巻でカレンたち守っている事を確認すると、息を吸い込み意を決したように声を張り上げる。


「アルスゥゥゥゥゥゥッ!!」


『はぁい!』

 その場にそぐわぬ呑気な声が響くと、アキの体から闇が噴き出していく。

 闇はアキの体を持ち上げると、アキの体にまとわりついていく。あたかもアルスがアキにまとわりつくように。

 そして、黒いローブのような闇の衣となってアキを覆っていく。

「なんだこれ? お前纏うタイプの力なのか?」

 アキは呟く。

『今はね。僕は瘴気を取り込み力に変換することができるんだよ。今、変換した力をアキの力と融合させてるから、気を扱う要領で使えるよ』

 アルスはご丁寧に説明してくれた。

『あ、でもアキの中の瘴気が無くなるまでがリミットだから気を付けてね。今の僕ができるのはこのくらいだから、頑張ってね』

「ああ、サンキュ。アルス」

『えへへ、お礼言われちゃった』

 アルスは照れたように身をよじる。纏っているからそれが直に伝わってきた。

 違和感があるけれど、今は気にしている暇はない。

 アキは駆けだすと、右手から闇に染まった気(闇気(あんき))を噴き出させ拳に纏わせる。そして、一気にドラゴンの足下まで距離を詰めると、その足に拳を打ち付ける。

「おぉぉぉぉぉっ!」

ドゴッ

 接触と同時に闇が弾け飛び、重低音の音が響くとドラゴンの足は後方にずらされる。

 そして、体重を支えられなくなった巨体が横に倒れこんでくる。

 アキは倒れてくるタイミングに合わせ、ドラゴンの顔面に再び闇気を纏わせ拳を打ち付けた。

ブチャッ

 鮮血がアキの顔面へと吹きかかる。


Gugyaaaaaaaa!


 ドラゴンは不意のダメージに怒りの咆哮を上げる。

 ドラゴンの目にアキの腕が打ち込まれていた。

 普通に殴りつければ鱗に防がれダメージを負わせることはできない。だから、鱗に覆われていない目を狙ったのだ。

 アキは内部から破壊しようと、目に打ち込んだ拳に闇気を集中させる。

「くたばれぇぇぇぇぇぇっ!」

 アキはドラゴンの頭部に闇気を放出し、脳内部を圧迫させようとする。

 しかし、ドラゴンも簡単にはやられてくれない。


Gyaaaaaaaa!


「ぐっ!?」

 アキのすぐ横で咆哮を上げ、怯んだ隙を突きその巨大な腕でアキを薙ぎ払った。

「ぐわぁぁぁぁっ!?」

 左腕を折られ右腕はドラゴンの目の中、アキは防ぐことができず、直撃を受け吹き飛ばされた。

 アキを覆う闇の衣から触手が伸び、地面に突き刺さる。

ズドドドドドッ

 その触手で勢いを殺し踏ん張ると、再びドラゴンへと踏み込んでいく。

「お前はここで仕留める!」

 アキがドラゴンに殴りかかって行くと、ドラゴンはその羽を広げ、羽ばたかせる。

スカッ

 アキの拳は空を殴り、ドラゴンは空中に逃げる。

 そして口を広げ何かを吸い込む素振りを見せると、アキに向け炎を吐き出す。


ゴォォォォォォォォォォ


「ファイアーブレス!?」

 アキは闇のフードを被り、全身を闇の衣で包み込む。

 ドラゴンのブレスがアキを中心に辺りを焼き尽くしていく。

「うわぁぁぁぁっ」

 結界の中から悲鳴が聞こえてくる。一瞬のうちに目の前が火の海に変わったことで取り乱しているのだろう。

 結界が張られているため炎の影響はないはずだ。

 アキは継美の結界が結衣のそれよりも練度は上だと見ていた為、そう確信していた。

 ブレスの勢いが弱まってくる。

 すべて焼き尽くしたと思ったのか、はたまた、ブレスを吐き続ける限界が来たのかはわからない。しかし、ブレスが途切れた時が勝負の時。

 アキはじっと耐え、ブレスが途切れるのを待つ。

 そして、ついにブレスが止んだ。

 アキは素早く起き上がると、そのままドラゴンに向かい跳び上がる。

「おぉぉぉぉぉぉぉっ! くたばれぇぇぇぇぇぇっ!」

 アキは闇の衣から触手を放ち、ドラゴンを貫こうとする。

 しかし、空中戦ではドラゴンの方が有利、空中でクルッと旋回し躱すと、一気にアキに距離を詰めその尻尾でアキを叩き落とした。

「ぐっ!?」

ドゴォォォォォン

 アキは地面に叩きつけられ、土煙が立ち昇る。

「おぉぉぉぉっ!」

 気勢と共に土煙は霧散する。

 アキは闇の衣で地面に激突する衝撃をやわらげ、闇の衣を振るい土煙を吹き飛ばしていた。

 アキはドラゴンを睨みつけ、再び跳び上がろうと踏ん張る。

 すると、しつこく挑んでくるアキに嫌気がさしたのかアキの気迫に押されたのか、ドラゴンは踵を返し飛び去ろうとする。

「待ちやがれっ!」

 アキがドラゴンを追いかけようとすると、アキを呼び止める声が頭に響いた。

『アキ! もう限界だよ! 瘴気が!』

 どうやら瘴気が底をついたようだ。

「チッ!」

 アキが舌打ちをし見上げると、ドラゴンは南の空へと飛び去っていった。

 ドラゴンが見えなくなり気が緩むと、闇の衣は霧散し体中に激痛が走った。

「ぐあぁぁぁぁっ!?」

 どうやら闇の衣には痛みを和らげる効果があるようだ。戦いであまりダメージを蓄積させると闇の衣が解けた瞬間に死ぬ恐れがある。過信してダメージを受け過ぎないよう気をつけなければいけない。

 アキは地に這いつくばったままそんな事を考えていた。

 すると、カレンの切羽詰まった声が聞こえてきた。

「アキ! ルゥちゃんが!」

 ルゥの回復が完了したのだろうか? しかしそんな感じの声音ではなかった。

 アキはウィンディに肩をかり、ルゥの下へと向かう。

 そこで目にしたのは、今にも死にそうにしているルゥの姿だった。

「ル、ルゥ!」

 アキはウィンディを払い除けルゥへと倒れ込む。

 そして縋り付くようにルゥを掴む。

「ルゥ! ルゥ! しっかりしろ!」

「ク、クエェェェ……」

 ルゥの声は弱々しい。今にも消え入りそうだった。

「ルゥ、ダメだ! 死ぬな! お前はまだ子供なんだ、これからいっぱい楽しいことが待ってるんだぞ! こんなところで死ぬな!」

「クエェェェ……」

「カレン! 回復してやってくれ! お前ならできるだろ!」

 アキはカレンに詰め寄り声を荒げる。

「……ゴメン、ルゥちゃんはもう……」

 カレンは目を閉じ、アキから視線を逸らす。

 回復に精通したカレンがそういうのだから、疑う余地はなかった。

 それでもアキは受け入れられない。

「そ、そんな……そんな! 何とかしてくれよ!」

 アキの瞳から涙が溢れ、ドラゴンの血で染まる頬を伝っていく。

「クエェ……」

(パパァ……)

 ルゥがアキを呼ぶ。

「なんだ? ルゥ、元気だせ。カレンがきっと助けてくれる。な?」

 アキは現実を受けとめることができなくなっていた。

「クエェェェェ、グエェェェェェ……」

(ごめんなさい、パパの力になりたかったのに……)

「何言ってんだ! 何度も助けてくれただろ!」

「クエ、クエェェェェェ……」

(もっと、パパの役に立ちたかった……)

「ああ、俺にはお前が必要だ」

「クエェ、クエ……グエェェェェェ……」

(死にたく、ないよ……パパとずっと一緒に……)

「ああ、ずっと一緒だ。俺たちは親子なんだからな。お前を一人になんてしない、だから!」

「クエ、クエ……クエェ……」

(うん、パパ……大好き……)

 ルゥはゆっくりと瞳を閉じていく。

「ダメだ! 目を閉じるな、寝ちゃダメだ! 俺を置いて行くなよぉぉっ!」

 アキは泣きながらルゥを揺り動かし、目を覚まさせようとする。

「アキ……」

 カレンはルゥに必死に語り掛けるアキを辛そうに見ている。

「アキ、もうルゥちゃんを眠らせてあげよう」

 カレンはアキの肩に手を添えてアキを止める。

 しかしアキはその手を払い除ける。

「まだ死んでない、まだ助かる。ルゥは俺の子だ……ルゥは死なせない!」

 アキはそう声を張り上げる。

「死なせない、死なせないからな……」

 アキは体の痛みを忘れブツブツと呟き、収納箱からありったけの回復薬を取り出す。

 そして、効果のありそうなものをルゥに振り掛け、飲ませていくが一向に効果は表れない。

「アキ……うぅっ」

 カレンは見ていられなくなり、口を押さえ顔を背ける。

「くっ……」

 アキは震える手で回復薬を手に取る。

 その手に取った回復薬は、リーフ村で調合してもらったものだった。

 あの時の薬師の言葉を思い出した。

(確か、他とは効果の違う薬ができてしまったとか……)

 アキは最後の希望に縋り、その回復薬をルゥに飲ませた。

ゴクッ

 ルゥの喉が鳴る。

 そして、回復薬がルゥの体に浸透していくと、ルゥの体が光り輝きはじめた。

「ルゥ?」

 アキは血と涙でグチャグチャの顔で茫然とルゥを見つめていた。


ルゥ、どうなっちゃうんでしょう?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ